『晴天へ続く階段』
「全てが灰燼に帰したあの日から、お前とはこうなる運命やったんや……」
「あ、ああ、あああああ。なんてこっちゃ。とうとう、とうとうイカレてしもた……」
「ちゃうちゃう、落ち着け。俺はまともや。ちゅうか、その憐憫に満ちた目やめえや」
「まともや言うても、今の発言はなんやねん。いろんな意味で恐ろしいわ」
「いやな、物語を始めるにあたって重要なんは、最初の導入やろ。最初の一文で、読者の意識をぐっと引きつけることができるかどうかで、最後まで読んでもらえるかどうかが決まるやんか。せやからどんな導入がええかな思て、考えてみたんや」
「それがさっきのセリフか」
「どないや。さっきの一文だけで、主人公の過去とか因縁とか宿命とか、いろんなもんが連想できるやろ。え、え、何があったん? って興味持ってくるやろ」
「正直な感想言うてええか?」
「おお」
「灰燼て、お前それ漢字書けるんかい。アホたれがええかっこして小難しい言葉と表現つこてそれっぽく見せとるけど、完全にスベっとるぞアホたれが」
「二回もアホたれ言うなや」
「ほんで最後の関西弁で台無しや。俺が言うんもなんやけどな、関西弁とシリアスは決して相いれん存在や思うで。なんかヘンに茶化しとるようで腹立つわ」
「謝れ。お前すべての関西人に謝れ」
「そもそも最初の一文て、そんなに重要なもんかねえ。そらまあ、有名な作品には最初の一文でぐっと引きつけるもんが多いけど、そっから先のストーリーのほうが大事やろ」
「まあ、一理あるわな。せやけどたいていの小説の書き方みたいな本には、序盤で読者を引きつける構成を心掛けろみたいなこと書いとるで。極端なはなし、竜頭蛇尾でええってことや」
「羊頭掲げて狗肉を売る、のほうやと思うけどな。まあでも、最初でしっかりと『予感』みたいなもんを感じさせといたら、読者は最後までつきあってくれるやろうな。もっとも、最後まで読んで盛り上がりどころがなんもなかったら、ぶちギレるやろけど」
「裏切られた感が半端ないわな。それが金出して買った作品とかやったら、金と時間の両方失ったってなるから、怒りも相当なもんになるやろし」
「結局のところ、最初だけでは判断できんってことやな。物語に限らず、いろんなことは」
「考えてみたら、人間もそうやろな。どんなボンクラでも、生まれて間もないころは両親やら祖父母やらの期待や希望を大いにかけられとるやろ」
「ごくごく平凡な家庭の子どもでも、この子はきっと将来大物になるとか、根拠もなんもない期待をかけられる、いや、かけてまうんやな」
「はじまりはいつも希望に満ちとるもんなんやなあ」
「物語が進むにつれて、どんどん裏切られていくけどな。希望が絶望にかわり、祝福が呪いに変わっていく」
「そしてこう言われるんや。お前なんか生まれてこんほうがよかった。そしてこう言うんや。こんなんやったら生まれてこんほうがよかった」
「それでも、最後までいってみな、わからんやろ。物語を読むんも、物語を書くんも」
「続けることと終わらせることと、どっちがつらいかねえ」
「どっちもつらいやろ。ただ、どんな形であれ、終わりは必ず来るんや」
「全てが灰燼に帰したとしても?」
「ああ。その命、燃え尽きるまで」
「…………」
「その目、やめんかい」
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