『広すぎるセブンイレブンの駐車場』
「前にも話した思うけどな、少し前に車買うてん」
「そういや言うとったな。知り合いの中古屋で安くてええの仕入れてもろたって」
「せやけど俺、まだ勤務先まで自転車で通勤しとるんよ。なにしろ自転車で十二、三分の距離やからな。車乗ってもあんま時間変わらんねん」
「ほななんで買うたんや」
「あそこは交通の便が悪いからなあ。電車は通っとらんし、地元帰ろ思たらバスの乗り継ぎやらなんやらで三時間はかかるんや。車やったらその半分ですむからな」
「難儀なとこやな。せやけど、運転大丈夫なんか? 高速乗らなここまで帰られへんやろ」
「まあな。せやから運転の練習もかねて、毎週土曜か日曜に車で三、四十分かかるとこにある温泉まで行っとんねん」
「温泉に週通いって、ジジイか」
「ええやろ、健康的で。その温泉が山の上にある自然豊かな公園の敷地内にあってな、一時間くらいそこらへん散歩してから温泉に入るんが最近の日課なんよ」
「完全にジジイやな」
「まあ実際のとこ、客のほとんどはええ年したおっさんとジジイやからな。せやけど、温泉はええもんやで。開放感があって、手も足も体思いっきり伸ばせるし、サウナも露天風呂もあるしな」
「運が良ければ幼女の裸を拝むこともできるしな。家族連れも来るやろから」
「お前、なんで俺が言おうとしたことを」
「もうな、さっきからお前の顔に書いてあんねん。いやでもわかるわ」
「まあそういうのも実際に何回かあったわ。ほんま、温泉っちゅうか銭湯っちゅうか、ああいう場所にはなんかこう、場の力みたいなんがあるよな」
「そういう目で見んかったら、そういうことにはならんのやろうな」
「たぶんそういうことなんやろうけどな、ちょっと気になったことがあってん」
「ほう?」
「俺が普通に温泉に入っとった時のことやってんけどな、なんと、男湯に成人女性が一人で入ってきたんや」
「掃除のおばちゃんやろ」
「お前、成人女性っちゅう表現にもうちょい引っかかれや。成人女性やぞ。二十代のうら若き乙女かもしれへんやろが。もっと想像力の翼をはためかせんかい」
「アホか。お前と俺の付き合いがどれくらいになる思とんねん。お前の考えそうなことなんか一瞬でわかるわ」
「まあ、実際に掃除のおばちゃんが入ってきたんやけどな。でも、よくよく考えたらおかしないか、これ」
「べつに普通やろ」
「仮にや、女湯に掃除のおっちゃんが入ってったら、どないなる思う?」
「それは普通に事件やな。ネットニュースにのるやろな」
「でも、やっとることの理屈としては、掃除のおばちゃんが男湯に入るんと同じやろ。この二つの出来事のどこに線引きがなされるんか、そこが気になんねん」
「言われてみれば、駅のトイレとかでも紳士用のところに掃除のおばちゃんが入ってきとるもんな」
「掃除のおばちゃんって、性別の壁を超越できる特権でも持っとるんかな」
「…………ああ、なるほどな」
「ん? なにがなるほどや」
「基本、男は女のことをエロい目で見てまうもんやろ。風呂場とかトイレとかで」
「せやな。エロい目で見んなっちゅうほうが無理や」
「せやから男は掃除係であっても女湯や女性用トイレには入られへん。せやけど、おばちゃんやったら男湯にも紳士用トイレにも入れる。それは何故か」
「つまり、男として見られてへんってことか?」
「そういうことになるんやろな。養鶏場で卵産んどるニワトリみて興奮する奴はそうそうおらんやろ。それと同じや」
「ほな、なんや。俺は掃除のおばちゃんに家畜を見るんと同じ目で見られとったってことになるんか?」
「成人女性に家畜を見る目で見られとるんや。真性マゾ豚のお前にはご褒美やろ。喜ばんかい」
「おいおいまてまて。さらっととんでもない属性を俺に盛るな。しかしまあ、なんか釈然とせん気持ちになるなあ。男して見られへんっちゅうんは」
「逆にお前、掃除のおばちゃんに男として見られたいんか? 素っ裸のお前を見て、胸をキュンキュンしてほしいんか?」
「……なあ、俺、これからどんな気持ちで温泉入ったらええんや」
「今までどおりでええと思うで」
次回更新は未定です。更新しないかもしれませんし、削除するかもしれません。ご了承ください。