『風がうたう上り坂』
「俺も年をとった……」
「それっぽい雰囲気出してなに言うとんねん」
「いやな、俺も若い頃はえげつないジャンルの年齢制限書籍を愛読しとったやろ」
「さすがの俺もドン引きしたやつもあったな」
「最近はそれにほとんど反応できんようになったんや」
「病院行ってこい」
「いや、そういう話ではないねん」
「ちゃうちゃう。そういう話ではないねん」
「……あー、はいはい。どつくぞ」
「ほんで? そないなったクソしょうもないゴミみたいな理由はなんや」
「聞いてはくれるんやな。まあ、あれや。感情移入してまうねん」
「どういうことや」
「まあ例えばや。ようある話としては、優秀な女性捜査官が犯罪組織に単独で潜入して、捕まって、ひたすら凌辱されるってやつあるやろ」
「まあお約束やわな」
「でも考えてみてくれ。その女性捜査官にも、それまで歩んできた人生ってあるやろ」
「お前何言うとんねん」
「あれや。犯罪組織に単独で潜入するくらいやから、相当優秀な人間であることは間違いないやろ。てことは、そこにいたるまで一生懸命努力を重ねてきたってことや」
「え? そういう視点なん?」
「学生時代はがんばって勉学に励んどったんやろうな。身体能力も高いから、部活でもバリバリ活躍しとったんやろう」
「……」
「充実した学生生活を送っとったことやろうな。ほんで美人やから、色恋沙汰もいろいろあったんやろ。成績優秀、運動神経も抜群。生徒や教員からも慕われ、幸せな学生生活を送っとったはずや。せやから世のため人のためになる仕事をしたいっていう、立派な志を持てたんやろう」
「…………」
「もちろん、家族からも愛されとったんやろうなあ」
「……やめろ」
「両親の愛情をいっぱいに受けて育って、小学生、中学生、高校生と健やかに育って」
「やめろ」
「学校のテストで初めて百点取った時なんか、満面の笑みで両親にそれを見せて」
「やめろやめろ」
「学校を卒業して、立派な社会人になって、世のため人のために働いて、そんな娘のことを両親は何よりも誇らしく思って」
「やめろやめろやめろ」
「花嫁姿を」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「どうした?」
「どうしたちゃうわ。お前がどうした? ちゅうかそれ以上言うな。俺までおかしなるわ。ほんで何を言うとんねん」
「俺が言いたいんは、どんな人間にも、そいつなりの人生があるってことや」
「いやまあそうやけど、あくまで年齢制限書籍に登場するんは架空の人物であって」
「なあ、ひとつ聞いてええか?」
「お、おう。なんや」
「ニュースで報道される死傷者数あるやろ。その数字を、俺らは現実の人間として見とるんかな。それとも架空の人物を見るんと同じ感覚で見とるんかな」
「……わからん。ただ、はっきり言えることはある」
「なんや」
「どんな人間であれ、そいつが生きている人間であることを知っとる人は、必ずいるってことや」
「そうであってほしいな」