『第三公園のベンチ』
「そもそもなんで俺が小説書き始めたかっていうとな、そういう働き方に憧れとったからなんや」
「ほう。どういう働き方や?」
「まず締め切り以外は自分で自由に時間調整ができるやろ。せやから自分のペースで仕事ができる。ほんで上司も部下も同僚も無いやろうから人間関係で煩わされることもない。本読んで、散歩して、アニメ見て、筋トレして、ランニングして、家のことちゃちゃっとやって、食事もちょっと凝ったもんつくって、そうこうしながら英気を養って、ほんで夕方ごろから執筆にとりかかるっちゅう、そういう働き方ができるって思とってん」
「在宅ワークのええとこどりみたいなもんやな。まあ、コミュ障のお前にはベストな労働環境かもしれんな」
「せやろ。せやから俺は、小説で食っていけるように、そらもう書いて書いて書きまくったわけや。いつかこの夢を現実のものにしたる。ほんでゆくゆくは印税だけで食える暮らしを送ったる。チート持ちの主人公が異世界でスローライフを送るような、そんな生活を現実のもんにしたるってな」
「で、今の惨状に至ると」
「自分で自分の人生にオチつけとったら世話ないわなぁ」
「いろいろやった挙句、まったくモノにならんかったからなぁ」
「ほんま、なんやったんやろな」
「いうたら悪いけど、動機がゲスやねん。要するにお前の場合は楽して金稼いでだらだら生きたいってだけやからな」
「それの何が悪いんや。人間っちゅうんはな、だいたいそんなことを考えとるろくでもない生き物なんや。他人の上前はねて、あまーい汁をチューチュー吸って、楽して得して面白おかしくこの人生百年時代をやり過ごしたい、そう思うもんやねん。それが『人間』っちゅう生き物や。それを否定するってことは、人間の尊厳を否定するってことになるやろが」
「お前が人間の尊厳を全力で否定しとるやんけ。もうな、そういう心構えっちゅうか、根性があかんねん。例えばや、小説家になるにしてもな、自分はこういう物語を書きたいとか、こういう世界観をつくりたいとか、ほんでそれをたくさんの人に知ってもらいたいとか、そういう純粋な動機がないとやってかれんのとちゃうか?」
「俺にそんなキレイなもんを求めんなや」
「ほな、あれや。自分には世の中に向けて発信したいメッセージがある。たくさんの人に知ってもらいたい、訴えたい、叫びたいテーマがある。せやからそれを小説っちゅう形にして世の中に向けて発表したいっていう、そういうもんはないんか」
「はは、クソでも食ってろ」
「……お前、ようそれで今までモノ書いてこれたなあ」
「まったくモノにならんかったけどな」
「それさっき俺が言うたやんけ」
「まあでも、なんか目標もってがんばってこれたんは、それなりに楽しかったで」
「お、なんや、夢破れた負け犬の負け惜しみか」
「お前なあ、せっかく人が立ち直ろうとしとんのに、なぜ後ろから刺すようなことを言うんや」
「あー、ほら、昔から言うやろ。七転八倒て」
「七転び八起きのほうチョイスせえや」
「相変わらず、お前の言葉選びのセンスは冴えへんなあ」
「うっせ」
「日も落ちてきたし、そろそろ行こか」
「せやな。なんにせよ、明日は必ず来るわけやから」
「今日、お前が死んでもな」
「俺が死んだら俺に明日は来んやろ」
「それでも俺には来るねん。お前のおらん明日がな」
「まあ、ぼちぼちやるわ」
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