異世界対応のネットスーパーが凄い ~つまり、凄く危険という事~
「ああ~~! マジで金が足りない! なんも買えないじゃん!!」
『ネットスーパー』スキルに目覚めた女子高生、『大迫 真姫奈』は自分の通帳を確認して盛大に嘆いた。
彼女はつい最近、自身のステータス画面が見えるようになり、『ネットスーパー』という不思議な力に目覚めた。
この『ネットスーパー』というスキルは、異世界の品々を日本円で購入できるというものであり、地球にはない不思議なパワーを持った魅力的な品が手に入るというものだった。
彼女は物欲に負け、『美肌の魔法薬』『豊乳の飴玉』『痩身のジェル』といった品を買っており、ブランド品を買おうと思って貯めていた貯金をほぼ全額下ろし、その購入費用に充てていた。
『美肌の魔法薬』を使えばシミやソバカスが消え失せ、彼女が望んだとおりの白くすべすべの肌が手に入った。
『豊乳の飴玉』を舐めれば、Bカップギリギリだった胸が短期間でDカップまで成長した。
『痩身のジェル』は塗ったところの脂肪を汗の形で排出し、肌を自然に整える効果がある。体重は1日で8kgも減った。
そのすさまじい効果は、手術期間が全く無かったにもかかわらず「整形をした」と学校中で噂されるほどであった。
噂の方は「かなり高い薬を使った」と言って誤魔化したが、入手元は明かせない為、『認識阻害のイヤリング』という、人から注目されにくくなるアイテムを購入するハメにもなった。
彼女は平和な生活をそうして手に入れたものの、まだ欲しいものはいくつもあるのに、代償として金欠にあえぐ事になったのだ。
「あぁー、もう。最悪。次のバイト代、いつだっけ?」
真姫奈は元はごく普通の女子高生である。
売春といった行為などかけらも考えないし、普通にお金を稼ぐ事を考える常識人だ。
お小遣いではなんともならない事を理解しているし、親に強請る事も出来ず、バイトが最初に思い浮かぶ。
スキルを人にバラしてしまえば大惨事になるというのも頭では分かっており、友人であっても教えるつもりがない。
もちろん、不特定多数に情報が漏れる事を考えれば、匿名であってもネットオークションに流す考えもない。
しかし、金欠は如何ともし難く、物欲に耐えられるだけの理性が足りなかった。
売り切れないと分かっていても、目の前にあるお宝に目が眩む。
「キョーコもサキも、美肌の薬は欲しがってたし……。イヤリングがあるから、大丈夫だよね? 転売、しちゃう?」
こうして彼女は、泥沼へと足を一歩踏み入れた。
結果だけ言えば、転売は上手くいった。
1個数万円というお高い薬であっても、効果を考えれば安いものだ。格安と言っていい。
真姫奈の友人達は、みんな薬を欲しがった。
手数料として2割を徴収していったが、それでも友人全員にアイテムを売り抜けた真姫奈は、ほんの数日で数10万という大金を手にする。
金稼ぎは上手くいったのである。
友人達には何度も念押しして秘密を守らせようとした。
が、本人達が喋らなくても、ネットは簡単に情報を暴く。
真姫奈のイヤリングは直接会った人間にしか作用しない。
ネットに情報が流れてしまえば、何の意味も無いのだ。
また、友人たちが注目されれば、真姫奈も関連付けされて注目を浴びる。
少しだけ注目されなくなるイヤリングを使おうと、限度というものがある事に真姫奈は気が付けなかった。
転売は上手くいった。
が、バレない、目立たないという目的は果たせなかったのである。
「大迫真姫奈さんですね」
「ええっと、どちら様でしょうか?」
ネットに情報を流され、一躍有名人になってしまった真姫奈。
しかし、イヤリングの力により直接顔を合わせる段階で相手が真姫奈に興味を無くすので、ギリギリのラインでその生活は守られていた。
が、その男にイヤリングの効果が発揮されているようには見えない。
完全に、男の目は真姫奈を捉えていた。
そして、真姫奈を物扱いするように値踏みしている。
「あ、あの……」
真姫奈は、男の視線に居心地の悪いものを感じ、何かを言おうとした。
が、すぐにその意識が遠のき、その場に倒れる。
体は痛みを訴えているはずだが、真姫奈は何も感じられない。
「目標を確保しました。急いでそちらに向かいます」
薄れゆく意識の中、男が何か言っているのが聞こえたが、真姫奈がその意味を理解することは無かった。
真姫奈は、政府のとある施設に軟禁されていた。
行動の自由を許されず、言われるままに『ネットスーパー』を使う日々だ。
逆らえば暴行を加えられるため、真姫奈は大人しく能力を使っていた。
金銭による購入能力であったため、金銭の動きで真姫奈の行動は把握・管理されてしまう。ただの女子高生でしかない真姫奈には逆らう事などできなかった。
そこに連れて行かれるまで真姫奈は知らなかったが、『ネットスーパー』スキルにはいくつもの制限があった。
購入できる金額に応じたリキャストタイムが決まっており、例えば100万円以上の購入をした場合、2日はスキルが使えなくなる。
さらに高額な商品、1000万円クラスのものを購入すれば30日もスキルが使用不可能になった。
また、造幣局で紙幣を刷っても、流通に1年以上乗せたものでなければ使えず、また流通された紙幣と新紙幣を銀行で交換するなどと言った抜け道も通用しなかった。
国の強権を使って無限に資金を投入することもできない。
この「購入制限」のため、政府は『ネットスーパー』スキル保有者を集めていた。
少しでも多く、有益なアイテムを購入させるためだ。
政府関係者である彼らは下級国民の欲望を満たす必要性を感じておらず、国益のために能力を使わせることを決めていたのだ。
少しでも多くのスキル保有者を回収するよう、専用の人員を多く用意している。
少し考えれば誰でもわかる事だが、異世界の品々が民間に大量流出しようものなら、あっという間に国中が混乱する。
スライムなどの「安い」魔物が100円で購入できるなど、国にとっては悪夢でしかない。どこか人の多い場所でそれをやられようものなら大惨事だ。被害は想像もつかない規模に拡大するだろう。
個人の人権を蹂躙しようと、絶対に見逃すことのできない問題である。
あとは海外勢力への対抗手段でもある。
日本でそういった能力保有者が複数見つかったのなら、海外にも同じ能力保有者がいる事だろう。
国が能力者をきちんと管理しなければ、海外の能力者に日本が食い荒らされかねない。
奇しくも近年は隣国との関係悪化が懸念材料であったことも後押しして、危機感を抱いている政府関係者は多かった。
真姫奈は思う。
なぜ、こんな事になったのかと。
真姫奈は思う。
どうすれば、こんな事にならなかったのかと。
真姫奈は思う。
いつ、自分は助かるのだろうかと。
いや、そもそも自分は助かるのかと。
答える者は誰もいなかった。