黒魔術師として
スラムで出会ったレオという栗髪の少年。リリアは〝修行の森〟からノボラの繁華街へ戻り、その少年からこんな提案をされた。
「姉ちゃん、あてがないならうちに泊まっていくかい?」
……正直スリをして生きているスラムの少年だ、屋根があるかさえ怪しい。だがその言葉からは下卑た感情などは一切感じない純粋な善意であり、断るのは気が引けた。
繁華街からスラムまで歩く必要があるだろうとリリアは考えていたが、レオが案内したのは草臥れているが、元は立派だったことを思わせる拳闘の道場だった。
「あなた……拳闘士なの?」
「いいや、おれの親父がここの道場長だった。」
「だった……。ごめんなさいね。」
リリアは少し考えれば解る迂闊な発言に、心を痛めた。
「いいよ、顔もロクに覚えてないし、お袋は俺を産むと同時に死んだらしい。」
一方でレオは慣れた様子で語る。本当に気にしていないようで、リリアはそれを逆に悲劇とも思った。
「道場長ってことは……。門下生がいたんじゃ?」
「さぁ?少なくとも俺が物心付いた時には、道場は空っぽさ。」
道場には傾いた【心・技・体】という看板と、ボロボロになった毛布、粗末な木箱以外何も無い。
『リリア、もういいだろう。少年、夜盗が人攫いを行うことに全く驚いていなかったな、まるで知っていたかのようだ。』
「俺らみたいなクソガキどもには有名な話しだ。俺は拳闘場でかっぱらった靴を買ってくれたり、宝石を金に換えてくれるおっさんから聞いた。」
「マフィア……。こんな場所にも居るのね。」
『逆だ〝こんな場所だから居る〟のだ。悪人とは人・物・金が動く場所に敏感だからな。』
「難しいことはわかんねぇけど……姉ちゃん、そのしゃべるぬいぐるみ何?」
ウラドはレオの言葉に怒気を発し、リリアに頭をひっぱたかれて床に叩きつけられた。ヴラドはバツの悪い顔をしてふよふよと浮かび上がる。
『我が輩はウラド、吸血鬼とも呼ばれている。これでも千の時を生きている立派な……』
「吸血鬼!?もっと怖えおっさんじゃねーの!?」
【吸血鬼】……ロクに学を持たないレオとて存在は知っている。夜に人の生き血を啜り、嵐や雷鳴・狼や獣を操り、影と同化する高位の魔物だ。
『あんな紛い物と一緒にするな、〝アレ〟は我が輩の振りまく力を模倣したパクリ魔物でしかない。……全く不愉快なことだ。』
「まぁいいや、ドラキュラ君は姉ちゃん……リリアの友だちなのか?」
『ドラキュラ君……、ヴラドと呼べ。友だちとは異なる、わたしは彼女の式である。』
「ふぅん、つまりリリアの僕って訳だ……痛ぇ!」
ヴラドの八重歯が少年の指先を刺す。怒りもあったが、腹も減っていたので丁度良い。
『ふん、次に無礼な振る舞いをすれば干物にするぞ。……ガキが起きている時間ではない、さっさと寝ろ。』
「痛ってぇなぁ。はいはい、子供は大人しく寝ますよ。」
そう言ってレオは毛布にくるまり、数分で眠りに落ちた。
「……ヴラド、この子をマフィアから離すことは出来ないかしら?」
『情でも沸いたか?まぁ難しくはない。夜盗とマフィアと騎士の癒着を暴き出し、鉄串で貫けば事は終わる。ただ貴様の首に懸賞金が懸かるだろうがな。』
「もっと穏便な方法がいいわね。」
『では穏便かどうか解らんが、もうひとつ。』
「……何かあったの?」
『わたしは先程この少年の血を啜った、血とは魂の化身。様々な情報を与えてくれる。あの少年、風神の加護を受けている。確かに拳闘士の家系にあるようだ。』
リリアは一瞬レオを見つめ驚愕し、直ぐに納得へと変わった。レオは自分よりも年下であろう、幾らスラムの孤児として優秀だろうと、警備の厳しい拳闘場へ何度も行き来出来るだろうか?
……答えは否だ。一時的とはいえ、自分と同等に近しい身体能力まで見せつけた。
「彼に拳闘士としての才能があるというのは解ったわ。このまま悪の道へ進むより、光の浴びる世界へ誘うことも出来るわね。」
『あのガキに拳闘を教えるか?貴様では無理だろう。』
「ここは拳闘士の街よ、わたしじゃなくてもっといい師匠がいるでしょう?」
『ならば縛り首をえらぶか?』
「いいえ……引っ掛かる点がいくつもあるの。黒魔術師としての力を選ぶわ。」