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旅の始まり

「あるときのお話です。商人の牛車に使われていた牛は、自らの運命を呪っていました。〝何故わたしは産まれながらこれほどの重荷を背負い、生きて行かなければならないのだろう〟と。


 しかし逃げることは叶いません、荷台はとても重く、口枷がつけられ、餌も最低限の生活が続きます。


 あるとき牛は考えました。〝こんな荷台があるからわたしは苦労しているのだ〟と。そうしてある日牛は荷台を暴走させ、木々や岩にぶつけて叩き壊しました。荷台を引かない足取りは想像以上に軽く、そして解放された気持ちは何をも代え難い甘美なものでした。


 ……ですが、そんな生活は長く続きません。牛を飼っていた商人が新たな荷台を購入しました。それは鉄で出来た、今までよりも何十倍と重い荷台でした。牛はそれまでの何十倍も重く苦しい荷台を引き、死ぬまで働かされることとなりました。」


 わたしは教会に集まった信者さん達の前で、聖典を開き説法を説く。教義にある話しをただ朗読するだけならば誰にでも出来る、如何にわかりやすい寓話として話すかが司祭の役目だ。……今の時代、黒魔導の教会に足を運ぼうとする信者さんというのは、大抵深い心の傷を負っている。


 中には開口一番「呪い殺したい人が居るんです。」と目を血走らせやってくる人もいるほどだ。たしかに黒魔導は〝呪術〟を行うが、【復讐】を推奨する教義ではない。人間生きていればぶっ殺したい人間の一人や二人居るものだ。


 しかし殺したところで何が解決するでもない、むしろより大きな(ごう)を背負うことになる。……今回はそんな話しを説法の題材とした。これはわたしが師匠に拾われて、始めに聞いた思い出の話しでもある。この世の全てが憎くて、この世の全てがなくなればいいと思っていたわたしに、師匠はこの話しをした。


 ……この説法は自分への(はなむけ)だ。わたしは聖典を閉じ、一呼吸置いて大切な話しをする。


「……本日を持ちまして、黒の教会リーフ支部は一時閉院させて頂きます。長らくの御愛好と倍旧(ばいきゅう)のご支援を(たまわ)り、ここに感謝を申し上げます。」


 信者さんたちが一斉にぞよめきだす。〝何故?〟〝どうして?〟そんな問いが多く投げかけられる。


「身勝手なこととは解っています……。わたしは、国を旅したくなりました。いずれより一層見聞を広めた大司祭となって皆様にまたお話が出来ればと思っております。」


「頑張ってー!」


 小さな教会内に響く、大きな声だった。先代司祭……師匠の頃から足を運んでくれている信者さんが、瞳に涙をためながらも、笑顔で発してくれた激励だ。その言葉に続くよう、わたしの旅立ちを祝う言葉が飛び交う。なんだ……わたしは一人じゃなかったんだ。恥ずかしいことに、わたしも少し涙が溢れてきた。


 ◇  ◇  ◇


 時刻は日にちが変わるかどうかという深夜。慣れ親しんだ教会の二階。わたしは街で買い集めた保存食・着替え・魔道具のいくつかをカバンに詰めて出発の準備をする。


『思えば旅など、我が輩もしたことがない。中々に心躍るものだ。』


 ヴラドはこんな小さなぬいぐるみみたいな容貌でも、立派な吸血鬼だ。今の季節ならば夜の7時から朝の4時くらいまでしか活動出来ない。わたしも単身では腕が立つ方だとは思うが、何があるか解らない一人旅をするほど過信していない。


「わたしも、緊張と不安と……期待で一杯。これからどんな事が起きるのかな。」


 わたしは旅をするに際し〝リリア=シュターレフ〟という名前を隠すことにした。白魔導の系譜としての名前を軽々しく使えば余計な面倒を起こしかねない。


『ではレニ=ハウスホーファー。我が主よ、まずは近くの街で宿を取ろうではないか。』


「ええ、そうしましょう。」


 そういってわたしは……無数の蝙蝠へ変化し、〝拳闘士の聖地〟とも名高いノボラの街へ飛び立った。

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