白と黒
黒の教会とは何も【悪魔・魔女を崇拝】する教義ではない。よく誤解されるし、誤解の原因には白の教会のプロパンガンダもあると思う。50年前に始まった東王国オリハルオンからの侵略、東西の交流盛んだった〝友好国〟からの青天の霹靂。
そこから終わりの見えない、泥沼の大戦が始まった。
初期の西王国はその奇襲性もあり、多くの村や町が焼かれ劣勢を強いられた。そんな先の東西戦争に置いて勢力を伸ばしたのが〝白の教会〟だ。左手に聖書、右手に剣を持った従軍司祭の他に、教会は多くの白魔導騎士団を編制し、遂には狂王の首を撥ね飛ばした。
それがアントン=シュターレフ……わたしの叔父にあたる。彼は英雄となり、聖者となり、勇者の称号を得て、東王国残党の一部からは暗殺者とも憎き怨敵とも認識されている。あの男は今後、国教として繁栄するであろう白の教会を導く、法皇猊下様々となるだろう。
そんな白の教会から蛇蝎の如く嫌われているのが〝黒の教会〟。白魔導と違い、戦気昂揚を流布させる魔導剣術や裁きの光や癒しの魔導は扱えない。……だが大戦で無力という訳では決してなかった。むしろ〝汚れ仕事〟を率先して行うことで、白の教会が国教となった現在も存続を許されている。
こちらの特技は呪術……状態異常・毒殺・諜報といった完全な裏方仕事だ。東王国が通信に使用していた魔導暗号を解読したのも黒の教会、無数に存在した狂王の影武者を暴いたのも我々、西王国を悩ませた稀代の戦術家を暗殺したのも黒の教会大司教だ。
しかし裏方に日は当たらない、その活躍全ては国に隠匿された。大々的に戦勝パレードを催してくれとは言わないが、せめて名を残すくらいして欲しかった。
〝真の英雄とは表に出ないモノだ、何時の世も変わらない。〟
わたしの式であるヴァンパイア……ヴラドは、わたしの愚痴を聞きながらそんなことを言っていた。理屈は解る、自国民の感情を煽動することもまた戦争なのだ。しかし感情が着いていかない。
そうして5年前、狂王の首が飛ぶことで戦争は終わった。……だが戦争とは、敵を斃してハッピーエンドではない。西王国は東王国の民にも平等の権限を与え〝東西統一王国〟として戦後処理に励んでいる。
未だ武器を持つことしか知らない人間や、敗戦に咽び泣く民、返らぬ家族に失望する親・子・兄弟、敵対から抜け出せぬ差別意識。燻る火種は枚挙に暇が無い。
『同じ神を信じながら対立とは、人間とは進歩しない愚かな存在だな。』
「あら、起きたの?……ってかもうこんな時間か。」
窓を覗くとすっかり日は落ちて、月が煌々と照らしている。……同じ神、この吸血鬼から聞いた話だ。白の教会が行う白魔導も、わたしたちが行う黒魔導も、根源は内包される魔力……曰く〝神の気まぐれ〟だそうだ。
『貴様はこの小さな教会の司祭で生涯を終えるつもりか?』
「わたしの今後……?」
『昼はどこにでもいる司祭、夜は文字通り日の当たらない討伐者。それで貴様が満足ならば何も言わないが。』
「今この国に黒魔導師の居場所なんて少ないわよ。」
『居場所がないならば作り出せばよいではないか、生物が生存権を欲するように、国家が領土や生存圏を拡大するように……。有史以来生物や組織とは、生存のための勢力圏を膨張する努力をして衰退を免れた。』
「わたしにその旗手になれってこと?」
『どう解釈するかは貴様次第だ。ただこのままでは我が輩は退屈で仕方ない。』
「放浪の冒険者……。」
『貴様はスラムとこの辺境の地しか知らないのだろう?……ああ、幼少期は王都にいたか。しかし禄に覚えてもいないだろう。見聞を広めることも悪くはないぞ?』
「そうかもね。ヴラドは着いて来てくれる?」
『わたしは貴様の式だ、命終を看取る義務がある。』
「わたし、もう少し世界を知りたい。教会に来てくれるみんなには申し訳ないけれど、わたしはこの世界をもう少し。」
『唐突な戦争に、狂った王。戦後間もない動乱。……退屈はしないだろうな。それよりも腹が減った。』
「ああ……、はいはい。」
わたしは人差し指を差し出した。指の腹にチクリと痛みが走る。ヴラドの八重歯が吸血を始めていた。……これで生前は一国を任され、周辺国を恐怖のどん底に陥れた〝串刺し公〟〝人食い伯爵〟というのだから恐れ入る。
わたしは最後の説法を行う準備を整える。