理屈で考えれば……
……わたしのココロはどこにあるのだろう?
〝理屈で考えれば感情に支配されている〟
なんていう言葉遊びのような状態がわたしの心情だ。
人間は二者択一を迫られ、責任を持って決断を下した際、どちらを選ぼうと必ず後悔をする。【もしも】なんていう滑稽な世界はこの世のどこを探そうとありはしない。あったとすれば、それは精神耗弱者の妄想か、活字や吟遊詩人の唄の中だけだ。ひとつを切り捨てひとつをとった以上、後悔の念など、運命に対する冒涜でしかない。
しかしながら【もしも】なんて事が常に頭を過ってしまう愚かな存在も、また人間なのだ。
わたしの人生にはもしもが多すぎる。だが悲劇のヒロインに堕ちるつもりもない。……そう自分をいくら鼓舞したところで。
『また生産性の無い悩み事か。貴様の特技だな。』
「うっさい。」
わたしは今、東西戦争の時分【武器工場】としてその勢力を確固たるものとし、戦後も復興における魔導工学の街と名高い5大都市のひとつカマトへ向かっている。
ヴラドに頼れない自分がどれほど情けない存在であるか、前回の事件で痛感させられたわたしは、【見聞を広める旅】に出るのが早すぎたのではないかと後悔している真っただ中だった。
とはいえわたしが本当に見たかったのは【小さな町の外の世界】でも【戦後に激動する国内情勢】でもなく、【自分は何者なのか】というありきたりで、ありふれた、陳腐で手垢の付いた話なのかもしれない。
旅で必要となるであろう研鑽の手が止まり、自己嫌悪に陥り思考の悪循環へ突入する。
『……助けて欲しいと叫んでみればいい。誰も助けてはくれん。』
「うっさい。」
『あの辺鄙な村に居た時分なら違ったかもしれんな?今だから言うが、貴様に恋慕の情を抱く酔狂な男も少なくなかったぞ。もっとも、貴様の壊滅的な鈍感さでは良縁など夢のまた夢だっただろうが。』
「うっさい。」
『そこまで悩むならばあの死神商人に人生相談してはどうだ?きっと熱心に聞いてくれるぞ。いくら金をとられるか我が輩もわからんが。』
「うっさい。」
わたしはこのマスコット野郎の煽りに声を荒げない事で精いっぱいだった。
『まぁ夜は短い。十分に休んだだろう。前に進め。それしか道はない。……いや、本当はあるのだが、貴様の目指した道ではない。』
「………。」
『我が輩は口伝の如き歪曲した言葉は好かん。誤解を生むからな。』
「知ってるわよ。」
『〝前に進め〟とは文字通り、目的地に向かって物理的に一歩でも歩を縮めろと言っている。生産のない悩み事なら死んでから存分にやれ。』
先ほどまで呟いて脳裏に蘇り続けていた言葉をわたしは噤む。小休止のため急造した仮眠の洞窟を出て、夜空の星と月光を浴び、放浪されていた歪で醜悪な心模様を無理やりに仕舞い込んだ。
わたしのパートナーであるヴラドは御来光など浴びれば文字通り昇天する。その前にある程度安全な村や町、それが叶わなければせめて荒くれ者や魔物から身を隠せる場所を探さなければならない。
わたしは、意を込めるでもなく、未だ迷ったまま、それでも一歩を踏み出した。




