カリフの街
「口ん中酸っぺぐにゃんだ、へばさっと乗物が胃に安げねぇとみえねばった。あ痛が、金庫さ頭がらっこかや!」
ただでさえ白い顔が青白くなり、乗り物酔いをして余裕が無くなった為か、訛り全開で悪態を付くルファーさん。
ガダガタと揺れる荷台は不快極まる浮遊感を伴い、脳から重力の基軸を喪失させる。車輪が火花を挙げる自律駆動機……〝死神行商人〟ルボミーが涼しい顔で運転する荷車は、悪路・隘路・獣道とお構いなく進んでいく。〝これから崖を下り……いえ、崖から落ちます〟と言われた時は本気で死を覚悟した。
「ちょっとルファーさん!?思いっきり頭打ったけれど大丈夫!?ってかあんた!もう少し安全運転出来ないの?」
「〝最短でカリフへご案内する〟取引です。リリアさんが権利を対価に義務を発生させた以上、わたしにも取引履行義務が生じます。この速度と道でしたら夕刻にはカリフに着くでしょう。乗り物酔い位我慢してください。」
朝一番で出発したコトボの街は10分もしないウチに影も形も見えなくなった。
「死体で運んでくれなんて言ってないわよ!」
「〝生きたまま運んでくれ〟とも聞いていません。……取引はしっかりと計画的に行うべきでしたね。もう手遅れですが。まぁ死にはしませんよ。どうでもいいですが、荷台を汚したら別途で慰謝料頂きますからね?」
金の亡者め……いや、金に集まる亡者を刈り取る死神か。よりタチが悪い。
「乗り物酔いの薬は!?」
「銀貨1枚。」
ガコン と運転席と荷台を繋ぐ封印ガラスのカゴが開いた。色々と罵詈雑言を浴びせたい気分だが、そうも言っていられない。わたしは財布から銀貨2枚を取り出しカゴに入れた。
「毎度ありです!」
ルボミーは銀貨を受け取り、対価として淡い青の霊薬が入った小さな瓶を2つカゴに入れる。わたしは急いで蓋を開け、ルファーさんに飲ませた後、自分も酔い止めを飲む。
「では次、長~い丸太橋を踏破しまぁす。天井や壁にご注意下さい。」
次の瞬間、天地が逆転する。見れば三輪の内二輪だけで一本の長い丸太を走っており、車体も斜めに傾いている。運転技術には舌を巻くと同時に、舌禍に火を付け捲し立てたい気分だ。丸太は途中でへし折れ、車体は斜めに上がった丸太をジャンプ台として盛大に飛び上がり、間一髪駆動機と荷台は大地に着地した。
その後も右へ曲がり左へ曲がり跳ね飛び回り、急加速急発進を繰り返すルボミーの運転は夕刻まで続く……。
◇ ◇ ◇
「着きましたよぉ。カリフの通関です。」
間もなく日没という時刻、わたしもルファーさんも死ぬことなく半日弱でカリフへ到着した。この半日で結局酔い止めと吐き気止めの薬を4度この女から買う羽目となった。
「あゃ、あずますぐねじゃ……。」
ルファーさんは完全に息絶え絶えで、力なく横たわっている。肌は真っ青、唇だけが生々しい紫となっており緑の双眸は焦点もあっていない。雪のように美しい銀髪はぐしゃぐしゃで見る影もない。
「まぁ一晩は休憩ですねぇ。〝魔導と召喚術の街カリフ〟に一体なんの用があるのか、わたくしも気になりますし。」
「あなたと同室で3人寝ろと?は、冗談キツイわ。スラム街で茣蓙引いて寝ていた方がマシよ。」
「ルファーさんにも、それを強要するのですか?」
相も変わらず痛いところを突いてくる女だ畜生。ルファーさんとルボミーを2人にするなんて、何が起こるか解らない。おそらくルボミーの協力がなければ、まともな宿など借りられないだろう。それにカリフで何をするかはまだヴラドから聞いていない。……この死神行商人がそんな〝情報〟を聞き逃すとも思えず、スラムで茣蓙引こうと着いてくるだろう。
それならば温かなベッドと密室が有った方がいい、幸い財布にはまだ金がある。わたしたちはコトボに入るときと同様、荷台の隠れ家に潜み通関を突破した。
「……随分と栄えた街ね。」
大きな看板には宿屋・食事処・魔導治癒所・果てはカジノと言った娯楽産業まで、様々な店の大きな看板が目立つ。
道々には大道芸人や音楽家が並んで芸を披露、画家が絵画や絵はがきを売っている。東西戦争終戦から5年、未だどこの街も復興の真っ直中にあり、これほどに栄えている街は王都くらいしか無いのではないか。
「カリフはコトボ・カマトと並ぶ3大都市ですからねぇ。コトボではスラム街に置いてけぼりにしたもので、繁華街は見ていないでしょうが負けていませんよ?……もっともあそこは、暴動も多いので、カリフの方が治安は良いですが。」
先程と一転し、緩やかに走る自律駆動車は宿屋の前で足を止める。かなり新しい建物で、正門に彫刻の設えまであり、高価な宿屋である事を伺わせる。
「今日はここで一泊致しましょう。ルファーさん、歩けます?」
「……わたしが肩を貸すから、指一本触れないで!」
これ以上借りをすれば何を取られるか解ったモノでは無い。ルファーさんは感謝を述べながらわたしの肩に掴まり、危なげな酔歩で宿屋へ入る。1人一泊金貨1枚という眼球が飛び出そうな値段であり、他の宿を提案したが〝自律駆動機を置ける宿はここしかない〟とルボミーに突っぱねられた。
「そんな訳でわたしの都合ですから、ここの宿代は……」
「出すわ、わたしたちが他の宿に行っても、どうせ着いてくるでしょう?これ以上ルファーさんを無茶させられないし、旅の出発時点でお金はそこそこ用意してきたから。」
半分見栄だが、この女に善意など期待していない。
「嫌われてしまったものですねぇ……。」
ルボミーは微笑を浮かべ肩を竦めて見せた。わたしは金貨二枚を払い、ルボミーと3人部屋へ泊まる事となった。入室したのは、今まで経験が無いほど柔らかな絨毯・広く清潔感溢れる部屋・柔らかなベッド……、金貨を支払ったのだから当然の対価だが、今までと無縁の世界に思わず絶句する。
『カリフへ着いたか。……そこに居るのが件の死神だな。』
わたしがルファーさんをベッドに寝かせ、ルボミーと険悪な無言を過ごしていると、日が落ちヴラドが起き出した。直後ルボミーはわたしへ……いや、正確にはわたしの周りをふよふよと飛ぶヴラドへ片膝を立てた最敬礼を取り出した。
「これはヴラド卿、お目にかかれ幸甚の至りに御座います。しがない行商人に身を窶したこの体ですが、以後お見知りおきを。」
「ちょっとあんた、わたしへの態度と随分違わない!?」
「当然ではありませんか、〝目上の者に礼を尽くす〟……それは人も悪魔も神も変わりません。」
目上の者……ヴラドの来歴はそこそこ知っているが、この不気味極まる死神行商人ヴィニフレート=ルボミーを持ってして上と言うモノか。そしてその態度を当然のように受け取るヴラドもヴラドだ。
『して小娘、リリアとどのような契約を結んだのだ?』
「〝契約〟ではなく、〝取引〟です。金貨10万枚・期日無し、対価はわたくしの部分的活用とカリフまでの案内で御座います。」
『ふむ……。リリアに交渉事など任せるべきでないと考えていたが、10万枚。そして自分を利用出来るように〝取引〟したか。』
ヴラドが鼻を鳴らし、難しい顔をする。
「ごめん、〝契約〟と〝取引〟……何が違うの?」
『〝契約〟とはリリアと我が輩の間で交わされているもの……召喚術という理に基づき、術師と式の契約を結ぶ。互いに〝召喚術の理〟に基づいた義務と権利が生じる代物だ。
一方〝取引〟はお互いの同意のみで交わされる約束事、余計な法則が介入する余地がない。どちらもメリット・デメリットがあるものだが、融通性は〝取引〟の方が断然高い。宝の統轄者らしいともいえる。
この〝取引〟によってリリアは、この木っ端死神と縁を切るのが容易で無くなった。〝取引〟さえなければ殺すことで縁切りも出来ただろうが、死神どもにも面子がある。今こいつを殺せば〝人間による、取引の一方的な不履行〟として、他の死神……より高位な〝命の統轄者〟が群れを成して貴様を襲うだろう。流石の我が輩も対処できん。』
わたしはルボミー1人で手一杯だというのに、さらりと〝死神を殺す〟なんて発想が出るあたり、ヴラドらしい。……というか、やはり死神にも生き死にはあるのか。わたしにはそんな着想さえ無かったので、ヴラドほど悲観的にものを見られない。
「お褒めの御言葉と受け止めさせて頂きます。」
『どの口がいうか……。さて、我が輩の目的は召喚術師だ。足に使えというならば貴様にも同行してもらおうか。ふ、我が輩に死神に黒魔導師、テグレクトの末裔が顔を引き攣らせる光景、ありありと目に浮かび滑稽だ。』
「テグレクト……。やはりカリフという時点で察しておりましたが、あの系譜ですか。」
「ちょっと!わたしを置いて話しを進めないで!」
わたしは思わず癇癪じみた声を挙げてしまった。
「第39代テグレクト=ウィリアム……。西デラス王国立国以前から続く、伝説の召喚術師の系譜です。」




