〝取引〟の相手
医療と薬学の街コトボ、そのスラム街。何処の誰とも解らない【医療魔導師】なるフェタンという闇医者の治療室で、麻酔に眠るルファーさんを見ていたわたしに思いもよらない声が掛かった。
『また奇妙な場所へ来たな。カリフへは簡単に行けなかったか。』
「ヴラド!?」
そこにはフワフワとわたしの周りを飛ぶ赤い裏地の黒マント……、ぬいぐるみのような吸血鬼が目を醒ましていた。
『夜……。あれから3日は起きられぬと思ったが、その反応を見るに予想よりも早く目覚めたようだな。そしてそこの半森賢人も良い治療を受けられたようだ。ということは、ここはカリフではないな?』
「ここはコトボって街らしいわ。ヴラドが眠ってから1日半、あなたが予想を外すなんて珍しいじゃない。」
『うむ、目覚めた時、そこのハーフエルフは死んでいて神獣を入れる器だけとなり、お前は絶望に暮れていると考えていた。』
……やはりヴラドの目からしてもルファーさんはかなり危ない状態だったようだ。命を救われるというのはこの上無い借りで、相手があのルボミーという女かと思えば感謝の念は沸いてこず、固唾を呑み込む不気味な感覚が襲う。
『お前らに癒しの魔導を掛ける好き者がいるとも思えん。それにこの妙に頭だけが冴える奇妙な感覚……ヒュドラーの血か。これだけの治療を受ける幸運があったのだ、対価にかなりの不運を背負った様子だな。』
「行商人と〝取引〟をしたわ。相手はヴィニフレート=ルボミーとかいう女。ルファーさんの神木の槍を質入れしてて、3日以内に金貨500枚を稼がないといけないの。」
『よし、槍は諦めろ。3日で金貨500枚など、寝ずに春を売っても間に合わん。』
「それを決めるのはルファーさんよ?わたしが1人で決められることじゃないわ!それに毒草や麻薬の原材料となる山が有ると言ってた。そこで稼ぐことが出来るみたいよ!?」
『それではテコナの森があの悪魔に支配される。時間との戦いだ、目的と手段を違えるな。』
「……なすたんて、魔神さん起きでらが?」
わたしたちの会話が思わず白熱してしまった為か、ルファーさんがゆっくりと目を開けた。
「起きたの!?大丈夫?まだ寝ていた方が……。」
「んや、すったらも言ってらんねじゃ。時間が無んじゃろ?槍だばまた作れら。〝カリフ〟とやらに行がねば。」
「そう、そうよ。カリフって何処?ここからどれ位掛かるの?」
『リリアであれば蝙蝠へ変化し、夜に一飛びで行ける距離だ。問題はルファーの方だな。風魔導の脚力強化とて、森ほど万全ではあるまい?』
「……不甲斐ねぇばって言う通りじゃ。獣よりかは速く走れるじゃろうて、一足飛びで果てまで飛べん。君達さ迷惑ば掛けてばかりじゃな。」
ルファーさんはベッドへ端座位となり悲しげに俯いた。
『どの道出発は明日の夜だろう?』
「……?明日?」
『まてまて、リリア。本当に何も気がついていないのか?我が輩は貴様が全てを知っている前提で話しを進めていたのだぞ?』
「だから何の話し!?」
『〝死神の取引〟についてだ。本朝、死神が迎えに来るのだろう?この屋敷を一歩でも出れば、〝取引〟は反故にされたこととなる。黒魔導師ならば一番に気がついて然るべきことではないか。』
「……死神?あの行商人が?」
『死神とは大きく分けて命の統轄者と宝の統轄者がいるが、宝の番人の亜種か、はたまた死神の亜神か……。どの道今悪魔の相手をしているのに、死神まで敵に回す余裕はない。明日の晩飛び立つので、ルファーの処遇については決めておけ。』
脳裏に浮かんだルボミーの瞳の笑っていない笑顔。その口元が歪に釣り上がった。