医療魔導
「ほわぁ……。」
明らかに怪しい行商人に連れられた、何処の誰とも解らない【医療魔導師】なるフェタンという男。〝お嬢ちゃんは後回しで良さそうだから、こっちのエルフさんから治療するぞ。〟と、隣のベッドでルファーさんを治癒し始めた。
最初は少しでも不穏な動きをしようものなら痛い目に遭わせてやろうと思っていたが、その治癒魔導はあまりに独創的で幻想的なものだった。思わず感嘆の声が漏れる。
色取り取りに輝く無数の淡い光、その一つ一つが癒しと慈愛に満ちあふれた力を有しており、光の球から照射される、か細い光線が一点に集まり虹色を作りだしていた。
「ハーフエルフの治療は数回しか施術したことないが、人間より自然治癒力が高い。捻れた臓器と折れた骨を元の場所に戻して接合、筋と神経の断裂をある程度 修繕すれば、後は自然に治るだろう。
しかし致命的な箇所は外れていて幸運だったが臓器にも損傷が見られている、出来る限り傷を広げることなく、仮の修復をした。エルフなら本当は森の生気を浴びて療養すると回復が早いが、神獣を式として憑依しているから……まぁ明日か明後日には回復だな。
……とはいえ、何と闘ったんだお前ら?骨は臓器に突き刺さってたし、息があること自体奇跡としか言いようが無いぞ。」
フェタンはある程度の処置を終え、額の汗をハンカチで拭きながら問いかけてきた。あれは戦いと言えただろうか……、金色竜王さえ一撃で屠ったルファーさんが手足も出ず、ヴラドでさえ倒すことは叶わなかった。わたしたちが出来たのは、逃げ切ることだけだ。
「限りない厄災としか言いようのない何かね。」
この男にテコナの森、氷の悪魔の存在を話す義理はない。わたしは有耶無耶に誤魔化した。
「ふぅん……。まぁけが人や病人を治すのが仕事、詮索はしないさ。にしても、あの女と何処で会った?」
「……会ったというよりも、拾われたわ。厄災から逃げ切り、草原で二人とも意識を失ったところを。そういう意味では命の恩人といるわね。」
「それは幸運なのか不運なのか解らない話しだな。死ぬよりマシとはいえ、ヴィニフレート=ルボミーに拾われるなんて、疫病神に拾われた方がより幸運だったかもしれん。」
あの茶髪の自称行商人の顔が浮かぶ。命の恩人として感謝を抱くべき相手にも関わらず、胸に去来するのは不気味で得体の知れないモノを前にした、原始的な恐怖だ。
「……あの女、一体何者なの?どう考えても、ただの行商人じゃないわよね?」
「俺に聞くな。……それにあいつと〝取引〟してるんだろ?長い付き合いになるかもな、その内解るさ。お嬢ちゃんの治療だが、……黒魔導師にしては随分と捻くれた魔力だな。枯渇した魔力供給で事足りると思ったが、こりゃ施術より薬の方がいいかも知れん。」
そういってフェタンが薬品の並ぶ棚から取り出したのは、見るからに毒々しい赤と黒の液体……お互い入り交じることなく、ダマになって反発しあっている。
「ヒュドラーの心臓を液状化させたものと、蕺を煎じて黄麻を混ぜ極限まで煮詰めたものだ。見た目は悪いが、相性が良さそうだな。」
本当に毒なのではと邪推してしまうが、先程ルファーさんが治癒される場面を見た後だ。眠りに入っているルファーさんは素人目のわたしにでも解るほど劇的な回復を遂げている。この男、あの女の言葉を借りるなら診る目だけは確かなのだろう。
「これを飲めって?」
「苦いのは苦手か?蜂蜜でも入れるか?」
フェタンは茶化すように笑う。
「……信用するわよ。」
「ってかこの手の薬作製は黒魔導師の方が詳しいと思ったが?」
「わたし、薬師じゃないの。」
わたしは意を決して毒蛇が液状化したような薬を一気に飲み干した。
「んぐ!」
直後、一瞬だけ強烈な眩暈と頭痛か襲い掛かる。しかし一瞬で不快は去り、かわりに身体が火照り、強烈な覚醒作用が体内を回る。息切れと紅潮、心臓への過負荷とも思える巡るめく血液の循環。頭は謎の万能感で満たされた。
「おお、予想以上にキマったな。」
……これは麻薬・劇薬に近しい類だったのだろうか?今すぐにでも服を脱ぎ捨てたい身体の熱を理性で抑え、フェタンを睨む。
「うん、魔力回復は上々。今日は眠れないだろうから、そこのハーフエルフを看病してやりな。序でにこの杯でも見ててくれ。」
そう言ってルファーさんの横に、水に満たされた銀で出来た聖杯が置かれる。……ルファーさんの聖気から妙薬を作ると話していたアレだろう。その準備を終えると、フェタンは寝ると言って別室へ行ってしまった。
「……本当に、一体あの女は何者なのだろう。」
『また奇妙な場所へ来たな。カリフへは簡単に行けなかったか。』
「ヴラド!?」
そこには3日は目覚めないと言っていたわたしの式……、ぬいぐるみかマスコットに似た吸血鬼が姿を現していた。