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ヴィニフレート=ルボミー

「……二人合わせて金貨550枚ってところだな。特にエルフの治療は複雑を極める。」


「東王国金貨でですか?それとも西王国金貨で?」


「西王国金貨に決まってるだろう。今時東王国金貨なんて、薪の一本も買えやしない。」


 茶髪の少女……自称行商人であるルボミーの運転する駆動機は、通関手続きを経て、〝薬学と医療魔導の街コトボ〟へ到着し、麻薬独特の甘ったるい匂いと、それらに陶酔し流涎する中毒者の溢れるスラム街へ入っていった。そしてわたしとルファーさんはスラム街に場違いな建物……闇医者を訪れている。


 わたしとルファーさんは少女の金庫から解放された癒しの妙薬で応急処置を終え、水分と食事を補給し、通関手続き時は二重底となっていた荷台の下に隠れていた。曰く〝見られたら不味い商品を隠す秘所〟らしい。


 ……わたしとそう歳が変わらないように見えるが、どれだけ用意周到な女なのだ。すくなくとも故郷の村に来ていた行商人と同等の存在には思えない。


 この女、善意でわたしたちを助けた訳ではなく、またその意思を隠すつもりもない。あとあとどんな面倒を背負い込むか解ったものではないが、ヴラドも眠りに入り、双方満身創痍なわたしたちが他に頼る術も思いつかなかった。


「やれやれ、あれほど〝支払いは東王国金貨以外受け付けない〟と豪語していたフェタン様が敗戦した途端に手のひらを返すとは、信念とははかないものですねぇ。」


「その信念に漬け込んで、暴落した東王国金貨を俺のところに持ってきてボロ儲けしたやつが何言っていやがる。刺されないだけマシだと思え。」


「ですからこうして訳ありの患者をご紹介し、みそぎをしているではありませんか。あなたは政局や戦局を見る目はありませんでしたが、患者を診る目だけは確かなのでね。」


「……兎に角、西王国金貨で550枚。びた銭一枚負からない。不満があるなら余所へ行け。」


「そうですか、では〝取引〟をしましょう。フェタンさん。」


 闇医者……フェタンの顔が引き攣る。何処か恐怖におののいて見えるのは何故だろうか。


「言ってみろ。」


「あなた程の医療魔導師です、ルファーさん……そこのハーフエルフに神獣が憑依している事は見抜いておいででしょう。それも一匹や二匹ではない。リリアさんも同じ、未知なる怪奇を式にしている。」


「それもあって俺のところへ連れてきたんだろう?正規の治療院へ行けば、即効呪縛魔導で簀巻きにされて実験室行きだ。」


 思わずゾワリと鳥肌が沸き立つ。わたしが無知にも白の治療院へ駆け込んでいれば、二人揃ってモルモットとなっていた。……しかし、本当にこの女は何者なのだ?最早商人の識別眼という領域を超越している。


「以前あなたに〝精霊の杯〟……。水を入れて一晩置けば癒しの妙薬となる、妖精界の秘宝をお売りしましたよね?金貨200枚で。」


「ああ、なけなしの〝西王国金貨〟200枚でな。」


「二人の治療費、合わせて金貨275枚でどうでしょう?……びた一枚負からないならば、わたしは別の医療魔導師を探しますが。二人は〝明日〟わたくしがお迎えにあがります。」


「……。」


「精霊の杯に、エルフと神獣の聖気……。ただの水が万能薬エリクサーに近しい高位の妙薬へ変化するかもしれませんね。もし成功したあかつきには、わたくしが金貨500枚以上で売り抜いて見せましょう。手数料は2割で結構です。……如何ですか?」


「可能性は高い、元々試してみる予定だったがお見通しか……。いいよわかった。その値段で治療してやる。二人とも奥にベッドがあるから寝てろ、明日には嘘みたいに動けるようにしてやる。」


「では〝取引成立〟ですね。……さて、リリアさん。」


「なにかしら?」


「ここでの治療費はわたしが支払います。荷台でお話ししたとおり、治療費と〝手数料〟込みで金貨500枚頂きますね。」


「ちょっと!?275枚の治療でしょう?」


「550枚だった治療が50枚も浮いたのですよ?それとも、治療を諦めますか?」


 この女……足下見やがって。


「わかったわよ、しっかり金貨500枚稼ぐから、治療費をお願い。」


「はい、取引成立ですね♪」


 わたしとルファーさんは、色々と厄介事は背負ったが〝治療を受ける〟という懸念していた大難題はひとまずクリアした。


 ◇   ◇   ◇


 コトボの繁華街に構えられた建築され新しい屋敷。国教として繁栄を遂げる白の教会の新たな区局。その入り口には三輪駆動の魔導工学機が停められており、その主……ヴィニフレート=ルボミーは取引相手の司祭を前にして眉間にシワを寄せていた。


「通信の式20つい……確かに納品致しましたが、約束の金額と異なります。1体に金貨3枚、20対なので、全部で40体。金貨120枚を頂かなくてはなりません。」


「こちらは〝1対〟に金貨3枚とお願いしたはずでは?」


「そんな〝取引〟はしておりません。事前に通信の式は2体で一つの商品であり、20対とは40体を示すことを告知しております。不足している金貨60枚を今すぐ準備してください。」


「念書にも〝1対〟に金貨3枚と書いておりますが?」


「杜撰にもほどがある改竄ですね。不足している金貨60枚を今すぐ準備してください。」


「聞き間違えをしたそちらの不備でしょう。」


「傲慢は結構です。不足している金貨60枚を今すぐ準備してください。」


「何度も言うように、こちらは契約に則って……。」


「不足している金貨60枚を今すぐ準備してください。」


「行商人風情がしつこいなぁ。当協会の金貨は清廉なる布施と神からの賜り物なのでね、無駄遣いを出来ないのですよ。」


「わかりました。〝取引〟を〝反故〟にされるということですね。……嘘つきは泥棒の始まりといいますが、嘘つきで泥棒とは救えませんね。」


 瞬間、応接室が瘴気しょうきに充ち満ちる。少女……ヴィニフレート=ルボミーを褐色の摩り切れたローブが覆い、何処からともなく人の身を越える大鎌が現れた。


「え……ぁ…。」


 白の新人司祭は余りに突拍子もない出来事で、阿呆の如く口をパクパクとさせる事しかできないでいた。


「汝の穢れた魂……命を持って救いたもうう。」


 そのまま大鎌が司祭の心臓を袈裟斬りにする。切創は全くみられないが、その鎌は心の臓を神経から刈り取り、心肺機能を停止させた肉体は痙攣を起こし、憎悪を声にしようとする口からは泡が溢れ出る。そうして数秒……白目を剥き、糸の切れた人形の様に斃れ伏した。


「ふぅ……。」


 ヴィニフレート=ルボミーは一息ついて倚子に座る。同時に褐色のローブと大鎌は消失し、何処にでもいる少女の容貌へと戻った。


「すみませーーーん!司祭様が!商談中いきなり!」


 【急性心臓発作 事件性無し】 夜にはそんな診断書が、コトボ王立治療院から提出された。

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