宵闇の皇帝
星も照らさぬ冷たい夜。数十に及ぶ揺らめく影が、一人の少女を囲んでいる。ゴースト……、高位の騎士・魔導師・術師がこの世に怨嗟を残し生前の能力をそのままに、死に魅入られ、生有る者を妬み、死を振りまく一級品の魔物。
その強さは生前の能力によって振れ幅こそあれ、魔物の最高峰に数えられる竜族をも凌ぎ、時に一体で村一つを壊滅させうる怪物。赤い膝丈ほどのフリル付きスカートを履いた、燃えるような赤い髪の少女は、暗闇の中 蒼い目を光らせて敵を捕らえる。
「刺突!」
明るく可憐な声に反し、現れるのは地面から突き出された無数の巨大な鉄串。その内十数本がゴーストを臀部から脳天まで貫き、ゴーストに血を吐き出させ黒い霧へと変えた。
「……やっぱり一発じゃ無理か。」
今の一撃で2割は減ったが、半分には減らせると思って撃ち出した一撃だけに不安が募る。刺突前に鉄串の出現場所を感知され、見事に避けられた。生前はよほど腕の立つ騎士・術師だったのだろう。
『雑魚が消えただけだ、油断するな。』
「言われなくても解ってますよ!」
脳内に響く低く威厳ある声に、思わず反発する。この一帯は東西戦争時代の激戦地だ、ゴーストの質もさぞ高いだろう。刹那、騎士のゴーストが剣閃を放ち少女に襲い掛かる。しかし少女を切り裂く剣は、そのまま群れと化した蝙蝠によって阻まれた。
『油断するなと言ったはずだが。』
「うっさい!〝ちょっと力を試そう〟なんて言ったの誰!?」
『我が輩だ。』
「……これのどこがちょっとよ!?暗雲雷鳴!」
雷鳴轟く嵐が巻き起こり、容赦の無い雷はゴーストを無慈悲に冥府へと還した。
『残りは1体、まぁ手筈は整えている。』
「雷鳴も刺突も効かないなんて、これどうすれば……。」
『銀を纏っている。我が輩の能力では太刀打ち出来ん。』
「まって!?あんたどんだけ弱点だらけなの?」
『たったの日光と、銀と、聖なる物と、ニンニクと、流水だけだ。』
「致命的すぎ!」
『だから手を打ったと言っただろう。』
オォーーーーン という遠吠えが耳に入る。
「白狼?」
そこには人の身の3倍はある白毛の獣が群れを成し、恐ろしい速度で騎士のゴーストへ襲い掛かる。何体かは剣の錆と化すが、多勢に無勢……ゴーストはそのまま白狼の餌となり、完全に消滅した。
『貴様からすれば式の式だな、我が輩の呼びかけにやっと来てくれたようだ。』
「終わった……。」
『ご苦労、やはり弱い者いじめとは面白いものだ。』
少女の束ねた髪からふわりと拳大の式が現れる。
曰く【宵闇の皇帝】、曰く【吸血鬼】。
しかしその見た目は威厳に反するモノ。角の生えた球状の頭部、同じく球体の胴体、短い手足はふわふわと綿玉のようで、目はレーズンか何かを、鼻はアイスのコーンでもくっつけたような容貌。口は一本線で、左に小さな八重歯が生えており、逆に可愛らしさすら醸し出している。
「ねぇあなたさぁ。」
『なにか?』
「わたし魔法少女のマスコットが欲しいなんて言ってないんですけれど、もう少しなんとかならなかったの?」
『我が輩とて、右と左もわからんガキの式になりたいなど一言も言っておらん。』
「はぁ……。でもありがとう。この道は犠牲になる人も多かったみたいだから、これで安全になるわ。」
召喚術師リリアは嘘偽り無い感謝を述べた。
『感謝ならば言葉よりも、品で渡すのが道理であろう。』
「はいはい。」
リリアはその細く綺麗な小指の先を噛み、流血させる。そして小さな式にその血を垂らした。
『うむ、聖処女の血とはやはり格別だな。』
リリア=シュターレフ……白魔導司祭の家系にあり、〝魔の素質がある〟からと一族より絶縁を受けた孤独な少女は、複雑な心境で血を啜る式の言葉を聞いていた。