その部屋の中では
体が地面に叩きつけられたことで、真一は強い衝撃を受けていた。
鎧のおかげで多少はましになっているとはいえ、地面に叩きつけられてしまえばあまり意味はない。
鎧が激しい金属音を響かせる中、真一は意識を保ちながらどのようにすればこの状況を脱することができるのかを考えていた。
オルビアの言葉が確かであれば、掴まれた時点で逃げられる可能性は限りなく低くなってしまったのだ。
掴まれた状態を持続している以上、この状態を続けていればこのように投げられ続けるばかり。
ならばどうするか。腕の力だけでは真一に勝つことができないとわからせるほかない。
相手の力はあくまで霊装の力。自分自身の体の力ではない、そこに勝機がある。
掴まれた腕部分の鎧が、握力によって大きくひしゃげていく中、これはさすがにまずいと判断した真一は勢いよく立ち上がりながら自分の体ごと五十嵐静希の体を振り回そうとする。
金属の鎧を見に着けている状態であれば単純な体重差によって相手を振り回すことは容易だ。特に五十嵐静希はもともとの身体能力がそこまで高くないのか、真一に簡単に振り回されてしまう。
だが振り回されながらも、技術は五十嵐静希の方が上であるらしい。振り回される中で霊装の腕を強引に動かし、体の距離をゼロにすると同時に足をかけ、再び真一の体を地面に叩きつけた。
だがこの動きは真一も予想できていた。柔道などで似たような動きを体感したことのある真一は、叩きつけられる勢いをそのままに、片腕で持っていたオルビアを五十嵐静希の喉元めがけて突き立てようとする。
さすがに喉を狙われては回避を優先せざるを得ないのか、五十嵐静希はわずかに体勢を崩し、大きくのけぞりながらも回避して見せた。
だが本命はオルビアの剣ではない。真一は五十嵐静希の腹部めがけて思い切り蹴りを放つ。全力で放った蹴りはその腹部にめり込む。わずかに苦悶の表情を浮かべている五十嵐静希の表情を見て、真一は即座に体を動かし、掴まれた状態の腕をうまく利用しながら相手の腕をわざとからませ動きを封じようとする。
動きを封じられてはさすがに不利だと判断したのか、五十嵐静希はつかんでいた腕を解放し、真一の体に回し蹴りを当てることで強引に距離を作って見せた。
真一の鎧は掴まれた部分がいびつに変形してしまっている。これは脱ぐのに苦労しそうだなと、見当違いな考えを浮かべながらも、真一は相手の戦闘経験からくるであろう技量に驚いていた。
状況判断が早い。何より的確にこちらが嫌がる行動をやってくる。相手を観察することに長けているのか、相手の実力を把握する術に長けているのか、真一の技量をほぼ正確に把握されているように思えた。
真一が覚えている体術とは少し異なるが、高い技量を持っていることは真一もうかがえた。身体能力で劣る分、技術で補っているというべきだろうか。
どちらにせよ、真一からすれば驚異の実力である。このままではよくないなと考えていると先に五十嵐静希が動きに変化を作り出した。
その構えは、真一の背筋を凍り着かせるのに十分すぎるものだった。
オルビアが時折見せる構えだ。オルビア自身、自分のこれは劣化型であると評価していたその構え。
日本剣法で言うところの『居合』と呼ばれる構えだ。オルビアの剣撃でさえ圧倒的に早かった。真一がぎりぎり反応できるレベルの斬撃だったが、あれが劣化型ということはオリジナルがあるということでもある。
今目の前で五十嵐静希がしている構えは、オルビアのそれに酷似している。
この人がオリジナルなのかと、真一は目を細める。剣を左手で握っているということは、霊装で剣を振るうつもりなのだろう。
速度重視の一撃必殺。そういうことなのだろうかと真一は警戒する。
攻撃よりも防御を優先するべきだろうなと、真一は先ほどまで五十嵐静希がどうしていたような、剣を正眼に構えた防御態勢に入る。
五十嵐静希も、真一の緊張を読み取ったのか薄く笑みを浮かべた。ゆっくりと深呼吸するその動きは、集中力を高めていることがよくわかる。
静寂がこの空間を支配している中、その剣が動いた。
五十嵐静希が踏み込むと同時に振るわれた剣。瞬きするほどの一瞬で振るわれた剣撃は、横一線の斬撃となって真一の顔めがけて襲い掛かる。
真一はその斬撃を剣で何とか防御する。とっさに反応できたのは、オルビアの剣撃をかつて受けたことがあるからに他ならなかった。
真一が剣を防御したことで、五十嵐静希の腕の振りの速度は若干落ちた。あまりに高い速度で腕を振りすぎると、腕自体に体が振り回されてしまうが、防御させたことにより腕に体が振り回されるということはなくなっているようだった。
つまり、相手は攻撃の準備ができている。
真一は集中を切らせることなく、その体と剣の切っ先を見続けた。
次々と襲い掛かる五十嵐静希の剣撃を、真一は一つ一つ丁寧に防御していく。時折剣だけでは防ぎきれないために、鎧を使ってうまく防いでいくが、このままではいずれ鎧の隙間を切り刻まれる。そう判断し、真一は賭けに出た。
相手が踏み込み、剣を振るってきた瞬間に真一も同じように踏み出す。そして先ほどまで防御に使っていた剣を攻撃するために相手めがけて、五十嵐静希の顔めがけて突き立てた。
互いの体がぶつかり金属音がわずかに周囲に響く中、五十嵐静希の放った剣撃は空振りし、真一が放った剣は五十嵐静希の頬をわずかに斬りつけていた。
首をわずかに捻ることで真一の剣を避けたものの、完璧によけることはできなかったようで、五十嵐静希はわずかに血を流している。
その目は真一をまっすぐに見つめていた。
そして五十嵐静希がわずかにため息をつき、その場の空気が弛緩すると真一の緊張が一気に解け、疲労感が体を支配していく。
膝をつき、周囲に金属音を響かせながら真一は荒く息をつく。動き続け、なおかつダメージもそれなりにある状況で動き続けたのだ。このようになるのも仕方のない話なのかもわからない。
あれだけ肉薄してあれだけ攻撃して、付けられた傷は頬の傷一つ。真一の今までの努力が無駄だったとは言わないが、それを超えるだけの技術が相手にあったということでもある。
真一からすればいろいろと複雑な気分ではあったが、いろいろと得るものが大きい経験ではあった。
真一の息が整うのを見計らって、五十嵐静希は手を差し伸べてくれる。恐る恐るその手を取って立ち上がり、深々と礼をした後で再び五十嵐静希の方を見ると、先ほどつけたはずの傷がなくなっていた。
一体どういうことなのかと理解するよりも早く、五十嵐静希は自分の持っていた剣、オルビアをトランプの中にしまい、真一がもっているオルビアの方に視線を向けた。
瞬間、オルビアがわずかに光る。その光がどのような意味を持っているのか、真一には分らなかったが、少なくとも五十嵐静希は理解したのだろう、薄く笑みを浮かべながら真一に近づき、顔を近づけてきた。
「オルビアを頼む」
その声は、真一たち高校生と何ら変わらない声だった。そしてその言葉を理解するよりも早く、五十嵐静希はその場から消えた。
あれが情報伝達を行おうとした者の結果だろうかと、真一は目を細めながらこの場に残されてしまった。
てっきり伝えられた自分もこの場からはじき出されると思っていただけに少し困惑していた。
未だ光り続けるオルビアに、わずかに苦笑しながら、部屋を出ようとすると、その音が真一の耳に届く。
金属音だ。
聞きなれた音だ。だがどこか聞きなれない音だ。普段自分が聞いている音なのに、自分以外の人間が出しているとこうまで音が違うのかと、真一はため息をつく。
予想はしていた。過去の英雄五十嵐静希と出会えるということは理解していた。そして過去、オルビアは未来の五十嵐静希ともで会っていたようなことをほのめかしていた。
この場所は過去と未来、どこだろうと繋いでしまう。縁があれば繋げてしまう。
それはつまり、自分自身の未来の姿も見ることができてしまうのだ。
真一が音の出る方向に目をやると、そこには普段真一がつけているものと同じ、いや、少しだけ細部が異なる鎧を纏った人物がこちらに歩いてきている。
真一よりもほんの少し背が高い。しかも体が分厚い。今の真一よりも体格が一回りは大きく見えた。
鎧が分厚くなっているのか、いやそれだけではないと真一は理解している。
未来の自分。鍛え続けた自分。戦い続けた自分。目の前にいる人物がそういう男なのだと真一は理解していた。
真一が身に着けている鎧は真一の体内にいる細菌たちが作り出している。宿主に適した形になるように、状況に適したものを作り出す。
日々その鎧は真一の体に最適化され続けている。そういう意味では目の前の鎧の形が異なっていても不思議はない。
目の前にいる未来の真一が剣を構えた。太い腕だ。今の真一よりもさらに太い。その太い腕に握られるオルビアは、いつも握っているそれと同じように見えた。
だがどうだろうか、分厚い肉体の、鎧姿の男が握っているというだけで、オルビアの剣、バスタードソードが本来の重さを持っているかのように見えてしまう。
放たれる威圧感は、重く恐ろしい。
殺気を込められているわけでもないのに、真一はここから逃げ出したい欲求に駆られてしまっていた。
あれが何年後の自分なのかはわからない。だが真一はあれが未来の自分の姿だとは信じられなかった。
過程をすべて飛ばして結果だけを見せられると違和感が強すぎる。あれが一年近く前までただの無能力者だった男の将来とは思えない。
一年前の自分に見せてやりたいなと真一は笑いながらオルビアを構える。
オルビアもこの展開は予想外だったのか、やや動揺しているように見えるが、真一が未来でもオルビアを使い続けているという事実に少しだけうれしさを感じているようだった。
未来の自分に会うなんてそうそうできるものではない。何より、目の前の男は努力し続けた自分自身。真一は単純に興味があった。
努力し続けた結果、自分がどのように変化し、どのような技術を身に着けたのか。
真一もオルビアを構え、目の前の未来の自分に目を向ける。ここまで来てしまっては逃げるわけにもいかない。いや、逃げるつもりもない。
腰を落とし、相手の攻撃を待つ。まずは相手の攻撃能力がどの程度のものなのか確認したかった。
攻撃を捌ききれないほどであれば逆に攻撃して相手の手数を封じたい。防ぎきれるのであればそこからカウンター狙いで攻撃したい。
真一の思惑を察したのか、未来の真一はゆっくりと剣を構えたまま近づいてくる。もうすぐ互いの剣が届く。その瞬間未来の真一の蹴りが真一の顔面目掛けて襲い掛かる。