午前の訓練
オルビアの剣撃は速い。この一年近い訓練でだいぶ真一の技術も向上したとはいえ、攻撃一つ一つを受け止めていたら間違いなく追いつかなくなる。
そのため真一は適度に距離を取りながらオルビアと剣を交える回数を可能な限り少なくしようとしていた。
無論それにも限度がある。何せオルビアには今まで戦ってきた経験と技術があるのだ。仮に真一が少し動きを変えたりしても即座に対応してくる。距離を取っても同じことで、即座に距離を詰められ追い詰められる。
「相変わらずマスターは左腕の反応が鈍いですね。なぜでしょうか?」
「んー・・・右腕はきびきび動いてくれるんだけどな・・・なんでだろ?」
真一は軽く腕を振り回し、右腕でオルビアを振り回す。その太刀筋は一年で技術を磨いたにしては鋭く、剣の指導をしているオルビアも驚いているところなのだが、どうにも左腕の反応が鈍いことだけが気がかりだった。
「マスターは左腕に何か障害を抱えているなどはないですよね?」
「五体満足健康体だぞ?いや待て、細菌が体内にいるから健康体といっていいのか?寄生虫的なあれだろ?」
真一の体の中には以前奇形種研究所での一件にかかわった時、体内に奇形種の細菌を宿している。
寄生されていると言われればその通りなのだが、共生していると言えば聞こえはいいだろう。
だがとにもかくにも左腕に運動障害を起こすほどのことではないように思える。
何か原因があるのだろうと思いつつ真一は左腕でオルビアを振るうが、やはり右腕ほどの精度が出ない。
だが振れていないというわけではないのだ。ただ右腕の時に比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「マスターは確か右利きでしたね?そういった部分があるのでしょうか?」
「俺剣道ってやったことなかったけど、やっぱ利き腕とか関係あるのか?」
「両方使えるに越したことはありませんが、やはり利き腕かどうかによって使い方は変わってきます。利き腕に剣を、違う腕に盾を持つものも多くおりました」
「盾か・・・やっぱ防御は重要かな?俺の場合鎧が出るからあんまりかもしれないけど」
「いいえ、鎧があっても過信は禁物です。小型でも盾を持つというのは必要かもしれませんよ?ですが鎧の状態で盾をつけるとなると・・・サイズが重要ですね」
真一はとりあえず自分の鎧の状態を確認しようと、用意してあったアドレナリン入りの即席注射器を取り出し、首に刺す。
体内にアドレナリンが注入され、体内にいる奇形種の細菌たちが大量分泌されたアドレナリンに反応し、宿主の危険と判断したのか能力を発動していく。
ゆっくりと時間をかけてその体を覆っていく。全身を包むような形で顕現した鎧は真一の動きやすいように徐々に改良されている。この状態で走り回ることも可能だが、金属の鎧ということもあって多少うるさいのが玉に瑕である。
「この状態で盾か・・・やっぱりでかいより小さいほうがいいかな?」
「マスターの戦い方の場合、基本的にヒット&アウェイを狙う形ですからね。視界は広いほうが良いですが・・・逆に大きな盾で自らの姿を隠すというやり方も一つの手です。こればかりはやってみないことには何とも言えませんね」
鎧状態の真一の体を触りながら、オルビアは修練場代わりの体育館に置いてあるそれっぽいものを見繕って取り付けていく。
盾のように見えなくもないがやはり盾には見えない。専門の場所に行き、専用の盾を作ってもらうほかないだろうかと考えていた。
「その状態でマスターはどれ位走ることができますか?」
「誰かさんの訓練のおかげでかなり長時間走れるようになったよ。うるさいはうるさいけどな」
「それは良かった。私も心を鬼にした甲斐があったというものです。それではせっかくですからその状態で訓練をしましょうか。その状態であれば多少強く打ち込んでも問題なさそうですし」
「オルビアさんや、鎧があっても痛いものは痛いんですよ?」
「承知の上です。痛いからこそ精進するのですよ。では参ります」
オルビアは美女というにふさわしい外見をしている。そんな彼女に叩かれるというのは人によっては喜ぶのかもしれないが、あいにくと真一はそのような趣味は一切ない。
喜々として真一に対して木刀を振るってくるオルビアに対して、真一はとにかく守ることしかできなかった。
「この!さすがに反撃させてもらうぞ!」
真一は走り出し、オルビアを一時的に振り払うと全力で接近しながらオルビアめがけて剣を振るう。
オルビアは難なく回避したが、真一もまたそのまま走り抜けてオルビアとの距離を作っていった。
このまま体力がもつ限り攻撃だけを行いヒット&アウェイを繰り返せばいつかは当たる。そう考えていたのだが、二回目の接触の瞬間、オルビアは剣を受け流すと同時に真一の胸元の鎧を掴み、足を絡めて真一を転倒させる。
全力で走っていたためにその勢いのままに転んだ真一の首元にオルビアの木刀が添えられる。
「接触時は攻撃のチャンスでもあり、敵の攻撃を受ける瞬間でもあります。注意しなければ不利になるだけですよ?お気をつけください」
「・・・よく学びました・・・鎧着てても転ぶのは痛い・・・」
痛みによる教訓がすべてとは言わないが、真一からすれば痛いのは嫌なことだ。次はこうはいかないようにしようと誓いながら、真一はゆっくりと立ち上がる。
「鎧を作った後脱ぐのが面倒くさいよな・・・使い終わったら勝手に消えてくれればいいのに」
「そうもいかないのでしょう。マスターの中にいる細菌の能力は創造系統ですから。存在しなかったものが存在してしまう、それは欠点でもあります」
能力にはすべて系統というものが存在している。正確には人間がある程度の系統に分別しているというべきだろう。
例えば真一が所有している霊装『歪む切札』は収納系統に属している。細かく区分すればさらに複数の系統の力が込められているらしいが、ベースは収納系統。ものを収納するための能力である。
そして真一の体内に宿っている細菌たちの能力は創造系統。そこに存在しないものを新たに作り出すという能力だ。
発現系統のように能力を解除すれば作り出されたものが消えるのと異なり、想像系統はその物体や現象を作り出すことそのものが能力であるために、能力を解除しても作り出されたものが消えることはない。
ただしその代わりに作り出せるものはかなり限定されている。さらに言えば作り出されたものが本当に消えないため処理に困るという欠点がある。
真一が戦闘時に毎回作り出す鎧はある程度集積してから産業廃棄物収集業者に売却という形で売っている。
といっても運搬費と差し引いてほとんど捨て値のようなものなのだが。
「使う時だけこう、シュパッと現れてくれる鎧だったら格好いいんだけどな・・・変身!って感じになるんだけど、この鎧ってじわじわ現れるじゃん?」
「おっしゃることはわかりますが、仕方がないかと。あるいは鎧をトランプの中に入れて必要な時に出すようにすればよいのでは?」
「それだと容量が圧迫されるじゃん。っていうかパーツによっては入れられないぞこれ」
真一の所有している『歪む切札』の能力は収納系統としては非常に弱い部類になる。
何せトランプ一枚につき五百グラム以下のものしか入れられないのだから。
真一が身に着けている鎧は良くも悪くも鉄に近い金属でできているために重い。トランプ一つの中に入れられないものの方が多いのである。
ただしその代わり、入れたものの運動エネルギーが保存されていたり、光そのものを入れることができたりと多様性も多い。とはいえ収納系統としてはかなり微妙な性能なのである。
かつての英雄が残した霊装として博物館に保管されていた代物ではあるが、実際に使ってみるとかなり微妙な性能である。
調べると、その英雄は何度も世界を救うほどの功績をあげたことがあるという。各国でもかなり評価が高く、特にかかわりの深かったイギリスなどでは今でもその英雄の子孫とつながりを持ち続けている者がいるのだとか。
真一がこの霊装を使用するにあたっていろいろと問題も多かったらしい。だが英雄本人が残した遺言と、この歪む切札の中にいたオルビアがそれを変えた。
オルビアはかつて英雄とともに行動していた霊装だ。共に戦い、共に過ごし、写真にも記録にも残っている
霊装を管理する機関にも公式な記録として残っているため、真一をこの霊装の所有者であると強引に認めさせたのだとか。
「なぁ・・・これの製作者ってさ、本当にこんな性能で世界を何度も救ったのか?」
「はい。確かにその能力の性能だけに頼った話ではありませんが・・・特にあの方は良くも悪くも周りに優れた方が多かったですから」
「ふぅん・・・じゃあ指揮官的なポジションだったのか?」
「そうですね、多くの方が静希様に従っていました。カリスマとでもいえばよいのでしょうか、あの方にはそういった才能があったのだと思います」
オルビアがかつての所有者のことを話すとき、目を細めながら薄く微笑むその表情が真一にはとても印象的だった。
英雄が死んでからすでに何十年も経過している。かつて一緒に行動したものからすればずっと霊装の中に閉じ込められていたと感じても不思議はないのに、オルビアはそのようなことは一言も言わなかった。
どのような心境があって霊装の中にいたのかわからないが、彼女にとってはかつての主はそれだけの行動をとるだけの価値がある人物だったのだろう。
「もうちょっと自由自在に動かせればいいんだけどな・・・夢みたいにはいかないな」
「夢・・・ですか?」
「あぁ。夢の中ではこのトランプ、もっと速く複雑に動いてたんだよ。俺はまだ全然動かせないけどさ」
真一が手のひらの上に置いたトランプを宙に浮かせると、五十三枚のトランプは規則正しくゆっくりと旋回しだす。
夢の中で出てきたトランプはあの炎の鬼を追い詰めようと高速で動いていた。今まで見た夢の中でもトランプはまさに自由自在といった風に動いていたのだ。だが真一はまだあそこまで動かすことができずにいる。
努力が足りないのか才能が足りないのか、未だこの霊装は真一が十全操れるようなものではないのだ。
「これがまだ能力だった頃、本来の持ち主だった静希様は幼少時からこの能力に触れ、操っていました。一年程度しか扱っていないマスターがそのように操れないのは仕方がないと思われます。むしろ一年でこれだけ動かせるようになっているだけ素晴らしいと思いますが」
「そういうものかな?俺は無能力者だからわからないよ」
能力者が能力に目覚めるのは大体幼少時と言われている。幼いころから能力と一緒に育ち、操り方を学ぶのだが真一は無能力者として育った。能力の使い方など知らずに育ったにしては、トランプの扱いは上手くなっている。
少なくともオルビアはそのように評価していた。