議会は踊る。それ故に去る
「それでラビット01。今回のことについて、正式に報告をしてくれたまえ」
周介は日本に戻ってすぐに日本州の議会に顔を出していた。
自分が言ったこととはいえ直接議会で説明しなければいけないという状況であるが故にはっきり言って面倒くさかった。
「忙しいので結論から説明させてもらいます。北アメリカ大陸において東部、中部、およびカナダ国境線が崩壊しました。そして、おそらくは西部においても、防衛陣地の崩壊が起きているものと思われます」
周介の端的な説明に、難民を勝手に保護したことに関する説明があるかと思っていた議会の人間はその説明を理解しきれずに一瞬呆けてしまう。
そして一斉にざわめきが大きくなっていく。
「この情報は我が友、アメリカにおける能力部隊に所属しているトイトニーの手紙により判明いたしました。その手紙の抜粋がこちらになります。関係のない内容……彼の個人的な家族自慢などの内容は省いていますのであしからず」
周介はトイトニーの手紙をデータ化し、議員全員の目の前にある画面に展開する。
手紙というなんとも古風な情報共有に全員が目を白黒させているが、しかしそこに書かれている内容が事実だとしたら、世界の中でもトップクラスの勢力だった国が陥落したことになる。
この事実は決して無視できないことでもあった。
「そして、トイトニーの手紙により、難民の保護を依頼されたため、それを実行いたしました。北アメリカ大陸の崩壊、そこから南アメリカ大陸も危うくなることを想定すると、このオードリギン大陸以外に受け入れ先はないでしょう」
難民の救助がトイトニーからの依頼であるという事実に加え、周介は撮影された当時の難民たちを乗せた戦艦の画像を展開する。
「ご覧のように、難民を乗せた戦艦はいつ沈んでもおかしくないレベルで損傷していました。あれを見捨てるという選択肢はありません。海上であったことに加え、同盟国でもあったアメリカの所属の船です。難民も中にいた船員も、全員が保護対象であると考えます」
あまりにも損傷の大きい戦艦の姿に、議会の人間は再びざわめき始める。これに難民数万人が乗っていたという事実に関しても驚いているのだろうが、彼らの今の興味は難民よりも北アメリカ大陸、アメリカ合衆国が崩壊したという事実だった。
経済的にも、そして軍事的にも、アメリカは世界の中でも指折りの大国だった。その大国が崩壊したという事実を告げられて平静でいられるものは少ない。
「……ラビット01、君とトイトニーとの交流については、我々もいくらか知っている。この手紙以外に、何のやり取りもなかったのかね?何か情報は?」
「…………半年以上前になりますが、その際には秘匿回線を使っての会話を行いました。ですがその際には戦況に関しての報告、相談などはなく、私もこの手紙をもって知った次第です」
「隠してはいないだろうね?もしそうだとしたら、重大な……っ!?」
議会の人間の一人が周介に糾弾しようとした瞬間、周介から強大な圧力が放たれる。周りにいた人間にもその圧は伝わり、誰も口がきけない状態になってしまっていた。
「…………仮に、もし相談されていたのであれば、少しでも助けを求められていたのであれば、俺はすぐにでも部隊を率いてアメリカに飛んでいましたよ。仮にあなた方議会に止められようと」
そう、この場の全員が知っている。周介は議会の決定や、細かな調整やら手続きやら、それらすべてを無視して現場に行ってしまう人間であるということを。
周介の言うように、もし仮にトイトニーが手伝ってほしいと一言でも口にしていれば、周介は間違いなく必要な戦力をそろえてアメリカに飛んでいただろうことは想像に難くない。
「ラビット01、落ち着きなさい」
「……失礼しました。あまりにも不快な質問に、少々頭に来ただけです。ご容赦を」
徐々に威圧感が収まっていき、一時的に呼吸さえできなくなっていた議会の人間の何人かは荒く息をつき始める。
何もしていないというのに、ただ威圧しただけだというのにこの有様。この中で周介を侮る人間は一人としていない。
なぜなら彼は半世紀近く現場で活動し続けた、世界でも指折りの能力者なのだ。
議会において椅子に座って議論することが仕事である彼らでも、その脅威は知っている。そしてその貢献も。
「それに、私の個人的な交友関係よりも、外交官の方に聞くのが先なのでは?アメリカとの連絡を怠っていたのであれば、まず聞くべきは私ではないでしょう」
「それは……我々の回線も、その……復旧に時間がかかり……」
「なら現地に赴くでも、我々を使うでも、方法はいくらでもあったはずだ。それをしなかったのは、我が身可愛さか、あるいは怠慢か……」
「こ、言葉が過ぎるぞ!そのようなことを現場の人間風情が」
「であれば、本来現場の人間よりも先に知るべき情報を知らなかったのはなぜですか?仕事をしていなかったからとしか言えないでしょう。口だけではなく成果で表してほしいものですな。たかが現場の人間風情から言わせてもらえれば、議会のような国や組織の方針を決める場では、もっと大きな視野を持って議論をしていただきたいものです。そのための情報も持っていないのに舵取りなどできるのですか?」
周介の言葉に誰も反論することができずにいた。
とはいえ、周介だってこんな文句の言い合いをしたいわけではない。
「ともかく、件の難民と船員、そして能力者部隊に関してはすでに対応をさせていただきました。今後彼らが住まう場所についても、こちらですでに動かせていただいています」
そんな勝手なことをと、誰もが言いたいことだろう。だが、そもそもアメリカが崩壊したことすら知らなかった彼らが、この場で議論を開始したところでいつその方針が決まるか分かったものではない。
その間難民を野ざらしにするわけにもいかないのだ。そういう意味では周介の行動はある意味最適解に近いといえる。
「ラビット01、アメリカの状況を詳しく把握するために、君たちに調査を依頼した場合、行動してもらえるのかね?」
「それは私に言うことではありませんね。私たちよりも適切な部隊がいますし、何より私には……第二十艦隊には、それなりの役割が与えられています。組織に言えば、適切な部隊を割り当ててくれることでしょう」
「それは……そうなんだが……」
「それよりもまずするべきは、各国への情報共有と各国の状況把握に努めるべきでは?組織に頼るのは結構ですが、まずご自分たちの仕事をするのが先決かと。それでどうしようもないとなったら、組織を頼ってください。それが筋です」
まずは自分たちでできることをして、それがどうしようもなくなったら組織を頼れ。
周介の言っていることは至極正論だ。何でもかんでも組織を頼っているのであれば彼ら議会は一体何の仕事をするというのか。
組織に頼るのが悪いこととは言わない。結局のところは持ちつ持たれつというものだ。だからと言ってすべてを押し付けられるのは違う。
「わ、我々も手を尽くすつもりではいる。だが、この手紙に書かれていることが事実だとしたら……その……相応の危険が付きまとうことは予想できるだろう」
「そのための軍でしょう。今は能力者も多く存在していますし、組織のノウハウも共有しています。問題なく活動できるはずです」
「それは……」
「むしろ、いつまでも我々組織に頼っていることの方が問題なのです。議会として、組織の在り方に口出しをしろとまでは言いませんが、組織に頼る必要がないように軍の改革を推し進めるべきなのでは?」
「き、君にそのようなことに口出しをされるいわれはない。わかっているだろう?」
「そうですね。私はあくまで一現場の司令官にすぎません。まぁ、だからこそ、ちゃんと仕事しろよと苦言を強いたくもなる気持ちをわかっていただけると助かりますが」
周介の吐き捨てた毒に多くの議会の人間が反論する。当然だ、自分たちの苦労も知らずに何を言うのかと言いたくなる気持ちもわかる。
仕事をしていないわけではないのだろう。議会だって決めることがあるからこそ機能しているのだから。
ただ、中には惰眠をむさぼるようなものがいるのも事実だ。傍から見れば仕事もせずにだらけているようにしか見えない。
そのあたりの働く姿勢をもう少し変えればいいものをと思わずにはいられなかった。
「私の言葉に反論されるということは、皆さまは多くの仕事をされているようですね。であれば、まずは皆さまの仕事を完遂させることです。それでどうしようもなくなれば、我ら組織へご相談ください。私の言葉に反感を持ったのであれば、よほど皆さんは仕事をされているのでしょうから」
働いていないという発言に対しては取り消すように求めた。それ故に、まずは自分たちの仕事をしてから組織に相談しろという言葉に何も言えなくなってしまう。
さすがの政治家とはいえ、つい数秒前に自分たちが吐き捨てた言葉を否定するほど厚顔無恥ではないようだった。
「組織へは必要に応じて調整を行おう。ただラビット01、必要になったときは君の力も貸してほしい」
「組織が必要であると判断すれば、私も動きましょう。それを決めるのは組織の上層部です。私では」
ないと言い切ろうとしたときに周介の耳に緊急の連絡が入る。
唐突に言葉を切った周介が不思議に思ったのか、何人かの議会の人間はざわつき始めている。
「ラビット01、どうした?何かあったか?」
「…………いいえ。申し訳ありません。所要ができました。これにて今回の難民関係の聴取は終了とさせていただきますが、よろしいですね?」
「なに?いや待ってくれ、まだ」
「皆様はこれからアメリカに対する議論でお忙しいと思われます。これ以上皆様のお時間を割いていただくのは失礼かと思いますので、これにて」
周介が即座に議会から去ろうとするのを、近くにいた黒服の人物が止めようとする。まだ議会の人間が聞きたいことがあるだろうということを分かっているが故の行動だ。あるいは誰かが止めるように指図をしたのだろう。
「どいてくれないかな?」
「申し訳ありませんラビット01……それは……」
「待ちたまえラビット01!まだ話は終わっていない!」
どうやら誰かが指図をしたというのが正解だったようだ。黒服の人物は申し訳なさそうに議会の方を見ている。
可能なら彼らも議会から出してやりたいとは思っているのだろうが、仕事上そういうわけにもいかないらしい。
周介はため息をついて少し目を閉じる。
「……私ができる話は終わりました。既に全て伝達し、あとは皆さま方での議論の場になるでしょう…………これ以上俺の時間をお前たちの雑談に使わせるな」
瞬間、この強烈な威圧が議会全体を包む。これ以上囀るなという圧に、その場の誰もが口を開くこともできなくなってしまっていた。
中には腰が抜けた人間もいる。目の前にいる黒服の一人は耐えられたようだったが、もう一人は耐えられなかったのか、その場に座り込んでしまっていた。
そんな中、議会の扉が勢いよく開く。
「司令官!何やってんですか!めちゃくちゃに威圧すんのやめてくださいよ!あとで俺らにクレーム来るんですから!」
「……あぁ、悪かったよ。そうだな、自重するよ」
周介は即座に威圧を解き、議会の方を向いて小さく会釈する。
「それでは皆さん、またいずれ」
それだけ言って颯爽と議会を去っていく。
議会の人間が次に口を利けるようになるまで、数分を要すことになったのはまた別の話である。