父と師の想いを
その後、周介たちは難民たちを移送して日本州の軍港にやってきていた。
昔で言うところの日本海側に作られた港には日本州における多くの船舶の立ち寄る場になっている。
何せ日本の南側にあった港などはすべて別の島々や大陸と繋がってしまったため、太平洋側の港のほとんどは失われてしまったのだ。
結果、日本州においては旧日本海側の、日本列島の北側のみが海への出入り口となっている。
この軍港もまた、日本海側に作られた数少ない軍港の一つだ。
「難民を全員保護。衣食住の確保のために別動隊が動いてくれている。帳簿を作って家族単位で移動できるように取り計らえ!」
ラビット隊の隊員たちが手際よく着港後の移送の指揮を執っている。こういう時に現場経験が豊富な人間はありがたい。
そんな中、周介は部屋で拘束していたティムを自分の下に連れてきて常に行動を共にさせていた。
「マスター、何故拘束を……?市民を受け入れてくれたのは非常にありがたいですが……その訳を教えてください……なぜこんな……!」
「……ティム、お前の息子たちや妻は、あの難民の中にいるのか?」
ティムには妻と息子がいる。確か少し前に第二子も生まれていたはずだ。それらを危険なアメリカに残しているとは考えにくい。
「……はい。乗っています。彼女たちの身の安全を……保障していただけたら……」
「そこは安心しろ。俺が責任もってお前らの家族全員無事に生活できるようにする。それは
……お前の父親からも頼まれてる」
「……父から……であれば、我々は国に戻ります。反抗作戦に参加しなければ……船の修復や補給などをしていただければ、すぐにでも」
ティムはあの状況の戦艦や空母を再利用しようとしているのだろう。もちろん日本の組織の力を使えばできないことはない。
アメリカとの協力関係は今も続いている。アメリカ側が頼めば日本としても断ることはないだろう。それは周介もよくわかっている。
だが、そうさせるつもりは毛頭なかった。
「それはダメだ。お前らの身柄は俺たちが預かる。お前たちは捕虜だ」
「何故!?我々は、日本州……いいえ、日本との関係は良好に保ってきました!少なくともそのつもりです!それを、捕虜だなんて……!」
「……お前が、アメリカに戻ろうとするだろうから、あいつはこれをお前に持たせたんだよ……全部わかってて……」
そういって周介は船で渡されたトイトニーからの手紙をティムに見せる。
一体何が書かれているのか、ティムは一文字一文字しっかりと読み始めた。前半部分は家族などの自慢話である為に飛ばして読んでも問題ないのだが、一言一句逃さぬように熟読し始めた。
「そんな……こんなの……!」
「……わかっただろう?だから、お前が絶対にアメリカに行くことができないように、拘束する。捕虜という形をとって監視も付ける。必要なら、お前たちの家族にも」
「……マスター……ですが……!」
「お前の愛国心も理解できる。向こうにたくさん、仲間も残してきただろう。だがな、お前のその気持ちよりも、俺はあいつの最期の頼みを優先する。俺の使えるすべてを使って……お前をアメリカには行かせない。行かせるわけにはいかない」
自身の父の頼みを聞く師に対して、ティムはそれ以上何も言うことはできなくなってしまったのか、歯を食いしばってうつむいてしまっていた。
そしてティムと一緒にやってきたトイトニーの手駒ともいうべき能力者たちは小さく周介に頭を下げる。
本来であれば、アメリカ側でしっかりと話をしてこのあたりの対応を決めるべき内容だ。そのあたりを何も聞かされずにティムはこの場にやってきた。
「あの野郎……こういう嫌な役目ばっかり俺に押し付けやがって……最後の最後にでかい置き土産をされたよ……本当に……本当に腹が立つ。一発殴ってやりたい気分だ」
本当に怒りを覚えているであろう周介の声に、ティムは体の奥底からくる震えを止めることができなかった。
本当に怒っている。威圧感が漏れ出るほどに。
それはティムを自分のところに預けたからというだけではないだろう。最期の最期に何も相談してもらえなかったことや、助けに行くことができなかったという自責の念もあるだろう。
そしてティムと同様に、今すぐにでもアメリカの本土に行って救援活動をしに行きたいという思いも、ティムを頼むというトイトニーの願いによって封じられてしまったという憤りが、周介を動かすことを許さなかった。
「ティム、悪いが、諦めてくれ。頼む」
周介の絞り出した言葉に、ティムはもうどうしようもないのだと、泣きそうな顔を浮かべて項垂れる。
周りにいたアメリカの隊員がティムの傍で声をかけているが、彼は一向に顔を上げることはなかった。
「司令官、難民の移送はこのペースでいけば二時間もあれば終わるかと。彼は……どうしますか?」
「あれは捕虜にする。外出は禁止させる形で、組織の一室に案内しろ。丁重にな」
「わかりました!」
ラビット隊の隊員がティムをはじめとするアメリカの能力者たちを移送していく。
「本当に……こんな役目押し付けるなよな……」
周介は空を見上げて独り言ちる。
空は周介の気持ちとは裏腹に、雲一つない快晴だった。