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おまけ 短編集  作者: 池金啓太
アロットロールゲインafter 短編『世界の変わり目を憂う兎』
19/24

現場か政治か

『百枝司令官、説明をしてくれ。確かに君には件の艦隊に対する裁量権を預けた。だが難民に関しての対応まで預けたわけではないぞ。それにアメリカの部隊の人間を拘束したと聞いている。いったい何を考えているんだ!』


 周介は旗艦の艦橋に向かい、本拠地との通信回線を開いていた。


 今話をしているのは現小太刀部隊の大隊長だ。能力者組織の中においても周介のかなり後輩である。


 既に指揮系統からは外れているものの、周介自身は小太刀部隊の所属であることもあって基本彼を通して話をすることになっている。


「言いたいことはわかった。つまりお前は、いつ沈むかもわからない船でやっとのことで逃れてきた何万という難民を、今この場ですべて見捨てろと言いたいんだな?」


『そ……そんなことは言っていない!こちらに何の情報もよこさずに、議会も通さずにそんな決定をしても何の保証もないといってるんだ!』


「そもそもこの話を日本州だけで終わらせるつもりはない。議会へは俺が直接報告する。何か文句はあるか?」


 直接報告するとまで言われて、これ以上追及できるほど今の小太刀部隊の大隊長は肝が太くはなかった。


『……先輩、いったい何があったっていうんですか?貴方がこんなに強引に動くなんて……』


 小太刀部隊の大隊長としてではなく、後輩としての彼のある種本音に近い言葉が聞こえたことで、周介は苦笑する。


 大隊長としての面子を気にせずに、普段からそういう対応を取ったほうが、こちらとしても顔を立てやすいのだけれどと思いながらも、ついため息をついてしまっていた。


「単純な話だよ。頼まれちゃった。だから、何とかしてやりたい」


『頼まれたって……誰に?まさかその難民の人たちにですか?そんなのは……』


「違う。古い馴染みだよ。あの野郎……もう全部どうしようもない状態ってところで、一番大事なところを押し付けていきやがった……もし会えたらぶん殴ってやりたいよ」


 古い馴染み。周介がそう言えるだけの人物は数少ない。そして、アメリカとなればもう数えるほどしかいない。


 その中で、周介がこれほどの無理を通そうとするだけの行動を起こすだけの人物は、もはや一人しかいなかった。


『……その難民船の中には、アメリカの組織はいましたか?』


「数人な。今は捕縛してる。これから難民をそれぞれの船に分配して、せめて普通に休める程度の状態にしながら陸に戻る。もしかしたら、他にも難民船が出てるかもしれない。アメリカからの航路の索敵網を密にしてくれ」


『…………また上から文句言われますよ』


「言わせておけよ。現場第一だ」


『そんなんだからいつまでたっても組織の役員になれないんですよ』


「なりたいと思わないね。面倒な仕事は全部上役に任せるよ。それと、ドクは拠点にいるか?」


『もちろん。いつも通り工房にこもってます』


「いい歳してまた徹夜してるのか?いい加減あの人を少しは休ませろ」


『休ませようとして休む人だったらどれだけ楽でしょうかね』


 それもそうかと、周介は一度大隊長との回線を切る。


 椅子に座り込むと、次々と運ばれてくる難民の人々を見てため息をつく。


「司令官……あまりいい反応とは言えませんかね?」


 周介の会話を聞いていた旗艦の艦長は複雑そうな顔をする。彼としても難民を救助することに関しては賛成だ。


 ただ万単位となるとそう簡単には話は進まない。


 うまくいかないのではないか。こうして運ばれてくる難民を、見捨てなければいけないのではないかと不安を覚えているようだった。


 だがしかし、上層部の指令となればそれに従わなければならないだろう。司令官は周介だが、それよりもさらに上からの指令があった場合は、それに従わなければならない。


 もっとも周介がその命令に従うかどうかは不明だが。


「言った通りだ。俺が直接議会で話す。それ以外に説明を求められたなら、まぁ上役の方々には誠心誠意説得するつもりだよ。向こうが根負けするまで」


 周介の怖いところはこういうところだ。


 現場における、この艦隊における司令官という立場にありながら、そのコネとでもいうのか人脈とでもいうのか、それがあまりにも多い。


 一度、周介を排除しようとした上役がいた。日本や世界で活躍したラビット01が気に入らなかったのか、単純に自分の保有する部隊を優先したかったのか、そのあたりはわからないが、ラビット隊そのものを他の部隊と併合して消滅させようとしたものがいた。


 ただ、その上役は、様々な不正などが発覚し、そのまま失脚した。


 偶然かもしれない。だが偶然とは思えないタイミングで様々な不運が続いた。


 それが周介の仕業であるという証拠は一切ない。そこが周介の恐ろしさをさらに助長していた。


「あまりそういう強引なことをやってると、いずれ上役から嫌われますよ?」


「いまさらだよ。現場に出ずっ張りの癖に自分の我を通したいときはちょっかいかけてくるなんて面倒なことこの上ない。俺ならそんな奴はすぐに別の部署に回すね」


 自分がどれだけ面倒なことをしているのかは理解しているのだが、それをやめるつもりはないらしく、周介は悪い顔をしながら笑っている。


 ただこれでも目の前の人々を助けようという理念のもとに活動しているのがまた始末に負えないところである。


「司令官、難民の皆さんの移送は順次進んでいますが、陸に戻った後はどうするんですか?避難所……あるいは難民キャンプなんてものは……」


「うちには作りたがりの困ったちゃんがたくさんいるだろ?そのあたりの力を借りる。というかもう話は通してあるよ」


 いつの間にと、隊員たちは目を見張る。


 日本州の能力者組織には製作班という物を作ることに命を懸けている者たちがいる。というか物を作っていないと生きていられない者たちというべきだろうか。


 彼らに頼みごとをしたのだ。普段からして彼らの頼みを聞いている周介からすれば難しい話ではない。


「むしろ問題なのは、そっちじゃないな……特殊個体の方だ」


「アメリカからの難民となると……北アメリカ大陸はほとんど崩壊といってもいいのでしょうか……?」


「どの程度なのかはわからない。まだ生き残りがいるかもしれないし、反抗のための部隊再編成が行われてるかもわからない。けど……あの数の難民を出すってことは、相当ひどい状態だ。大陸東側が滅んで結構経つけど、こうして西側にまで迫ってきてるって事実がかなり重く出てくるな……」


 あの時、北と南を分断するためパナマ運河で起きた事件。あれを止めてしまったために、南北の大陸はつながったままだ。


 そのせいで北大陸だけではなく南大陸まで滅ぶ未来につながるかもしれない。


 自分は可能な限り人を助けようとしてきたはずだった。だが結果として、人類がどんどん滅びの未来につながっている気がして仕方がない。


 自分の行動が、人類の滅びに繋がっている気がしてしまう。


「司令官、議会から報告をしろとラブコールですよ」


「帰ってから報告すると伝えろ。こちとらまだ海の上だぞ」


「先に帰って来いってことでしょう。船に随伴しなきゃ早く帰れるでしょうし」


「ダメだ。俺はこの艦隊の司令官だぞ。俺を早く返したきゃ司令官から降ろして別の部署に異動させろ。ちゃんと辞令は手渡しじゃないと認めないからな」


「結局すぐに帰るつもりはないんじゃないですか。議会の人たちかんかんみたいですよ?政治をなんだと思ってるんだって。せめて一言言ってやってくださいよ」


 周介との付き合いの長い人間は、悪態にも似たことをさも当然のように言ってのける。


 その性格上、役職だのなんだのよりもできることと本人の意思を尊重するタイプの人種だと理解しているが故のことだ。


 普通であれば上司にこんな口の利き方は許されないのだが、この空間においてはそれが許されている。


 普段周介が面倒をかけまくっているからこういうやり取りが許されるのかもしれないが。


「わかったわかった。通信こっちにくれ」


 周介が艦橋内の通信を開いて議会の誰かとつながっているであろう受話器を取る。


「こちらラビット01。どうぞ」


『ラビット01、君は一体何を考えているんだ!万を超える難民を救助したなどと!その前にこちらに情報を渡してどのように対応するか審議するのが筋ではないのか!?』


「既に報告はしました。そして難民を乗せている船が沈没しそうなくらい損傷しているために急遽対応を行いました。そちらの審議を待っていては難民を見捨てる結果になりかねなかったので現場の状況判断が先行したことは申し訳ありません」


『だとしてもだ!難民を大陸に連れてくるというのはどういう了見だ。いったい誰が指示を、許可を出した!?』


「我々の船も活動期間が非常に長くなっており、規範上の連続行動制限限界のぎりぎりを攻めています。別の軍港に向かうには手続きが長引くため行動限界期間を超えてしまいます。そのため最も手早く寄港できる日本州の軍港に向かっている次第です」


『多少の行動制限解除くらいできるだろう!今までだってそうしてきたはずだ!』


「その権限は議会にはありません。私の上司に直接お問い合わせを。少なくとも私は行動制限解除の話は上司からは伺っておりません。よって、行動制限内で行える航行ルートを考えさせていただきます」


 一回の航海や活動において、能力者及び職員などには連続で行動できる時間の制限がかかっている。特に海上での行動においては、一度出港してしまうと活動期間がかなり長くなってしまうためにかなり厳しく制限されている。


 もちろん悪天候などにも左右されるために、制限を一時的に解除するということは可能だが、能力者にとって悪天候でさえもその理由にはなり得ない。特にこの第二十艦隊には能力者が多数乗り込んでいるために、行動制限の解除にはそれ相応の理由が求められる。


 なお、現在の周介の直接の上司は辰巳だ。


 彼女の首を縦に振らせるのは容易ではない。そのことを理解しているからか、議会の人間は口ごもった。


『き、君は一体議会をなんだと思っているんだ!?なんのために我々がいると思っている!?政治をないがしろにするのもいい加減にしろ!現場の人間風情が勝手なことばかりするんじゃあない!』


 その言葉が聞こえてきた瞬間、その場でその言葉を聞いていた隊員が何人か「あ、やべ」と声を漏らした。


 その理由は簡単だ。周介から強い威圧感が漏れ出しているのだ。慣れていないものがいたらその場で腰を抜かしてしまうほど強く、重い威圧感。それが漏れ出しているということが周介が怒っているということを象徴していた。


「ふざけるなよ阿呆が!海で遭難してる人を見つけたら救助する!海で難民見つけたら助けてとりあえず陸地に連れて行って飯を食わせてほっとさせる!そこに政治も何もあるか!ただ机に座ってるだけの連中が粋がってんじゃねえよ!こちとら半世紀近く人助けしてんだよ!命賭ける覚悟も無い奴が偉そうに囀るな!!」


 艦橋中に響き渡る怒声と威圧感に、何人かの慣れていない隊員が震えあがる中、周介の声は続く。


「おい、お前の名前、何だったか?覚えておけよ。俺が戻ったら議会からお前の席は消えると思え」


 それだけ言い切って周介は受話器を静かに降ろす。叩きつけるようなことをしないあたりまだ理性は残っているのだろう。


「司令官、いいんですか?あんなこと言って」


「いい!現場をないがしろにして何が議会だ!」


 周介は本当に憤慨しているらしく鼻息を荒くしていた。そんな様子と先ほどの啖呵に何人かがガッツポーズしていたのは、また別の話である。


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