頼み事
周介率いる第二十艦隊が、索敵に引っかかった四つの戦艦級の船を囲む形で陣形を組み、相対速度を合わせて同じように航行を始めた時、周介のいる旗艦に、ラビット隊の手によって一人の人物が連れられてきた。
その人物を周介は知っている。そして相手も周介のことを知っていた。
「お久しぶりですマスター!お元気そうで何よりです!」
「久しぶりだなティム。また大きくなったな。そっちも元気そうだ」
周介の前に立つと同時に姿勢を正し、敬礼して見せる男性。短い金髪に碧眼をしたその男性を周介は知っていた。
彼はトイトニージュニア。本名はティム。そう、あのトイトニーの息子だ。
「司令官、この方は?」
「あぁ、こいつは俺の友人の息子だ。一時期日本に来て鍛えてやったことがある。ラビット隊の古参なら、こいつのことを知ってても不思議はない」
「はい。久々にリーダーにもお会いしました。皆さんお元気そうで。僕を見つけたら、すぐにマスターのところに行って来いと尻を蹴飛ばされましたよ」
「他国の人間に荒っぽいことを……半ば身内とはいえやっていいことと悪いことがあるだろうに……あとでこっちで注意しておく。とはいえ事情を知ってるのなら教えてほしい。何があった?」
アメリカの状態に関しては周介もそこまで明るいわけではない。むしろ艦隊を率いて難民を連れてきたというのはかなりの異常事態だ。
しかも艦隊を組んだ状態だからこそわかるが、やってきた四つの艦はすべてかなり損傷している。
確かに外見だけ見れば航行できているのが不思議なくらいの損傷度合いだ。おそらくは能力者の力で必要最低限航行に必要な部分だけ修復してここまで来たのだろう。
あんな状態になっている時点で碌な状況ではないというのは理解できる。
それが出港したタイミングでそうなったのか、あるいは海の上であのようになったのか。
「……僕たちはアメリカ合衆国の西部、サンフランシスコから来ました。結論から言えば……サンフランシスコは陥落しました」
サンフランシスコはアメリカの西部にある大都市だ。そこが陥落したというのは、さすがに動揺を隠せなかった。
「あの辺り一帯の防衛は?そもそもあの辺りは森林や山も多かっただろう」
「はい。部隊編成は特殊個体の侵攻がが続いていた東部側に向けられていました。その際、北部側から森林地帯を縫うような形で、特殊個体の大群が押し寄せてきたんです」
「……背後を取られた……ってことか」
「はい。当初は対応できていましたが、市街地への被害が増してきたことで対応に遅れが出てきて、かなりの人々が被害にあいました。防衛線をより強固にするために、市民には避難勧告が出され、こうして、船で逃げてきたんです。難民という形で」
市民がいてもできることなどない。戦うことができるというのならともかく、そのようなことができないものがほとんどだ。
であればとにかく逃がそうとした。その考えは理解できる。
「ですが、部隊の再編成と、南側……ロサンゼルスからの増援によって押し返す予定なんです。僕がここに来たのは、難民の方々の護衛と……これを、マスターに届けるために」
懐から取り出されたのは封筒だった。手紙なのだろう。その中に入っているものが自分宛だとすぐにわかるものがあった。
「親父さんからか」
「はい。父からの手紙です」
筆跡からすぐにトイトニーからの手紙であるということを理解した周介は封筒を開けて中身を読み始める。
最初はちょっとした挨拶から始まり、家族自慢と近況報告が続く。いつも通りの内容だったが、それを読んでいけばいくほど、雲行きは怪しくなっていた。
そして、周介がその手紙を読み終わるころ、その手は震えていた。
「……あの……馬鹿が…………!」
手紙を読み終えた後、周介の頭の中にあるのは強い怒りだった。何を思って、なぜそのようなことを頼んできたのか、周介には理解ができない。
どうしてそんなことを頼む前に、一言自分に話をしてくれなかったのかと怒りがふつふつとわいてくる。
だが同時に、この手紙を息子であるティムに渡したということから、そしておそらくかなりの日数をかけてこの海域までたどり着いたということから、もうすでにすべてが手遅れなのだと悟り大きくため息をつく。
「……マスター……?あの、父は、なんと……?」
手紙を読んでから周介の様子がおかしい。何か、何かとんでもないことが書かれているような、そんな気配がする。
だが、彼はそれが一体なんであるのかがわからないようだった。
「……ティム……お前はこの手紙の中身を読んだか?」
「いいえ。父からマスター宛のものですので……さすがに勝手に中身を読むのは……何と書かれていたんですか?」
周介はこの内容をティムに伝えるかどうか迷う。
だが、伝えた場合どうなるのかを考えて歯を食いしばった。そして同時に、この手紙に書かれている内容を反芻して周介はどうするべきなのかを考える。
「連れてきた難民は、どうする予定だ?」
「可能であれば、オードリギン大陸の方で保護していただければと」
「お前たちはどうする?」
「市民の護衛が完了し次第、また本国に戻ります。まだ仲間たちが大勢戦っていますから。人手はいくらあっても足りません」
「……そうか……連れてきた部隊は何人だ?」
「父の側近が何人か程度です。あとは船を動かせる人員と、それを修復できる技術者の構成ですね」
「そうか……あの野郎……わかった。わかったよ。ラビット隊、および艦隊各員へ次ぐ。本艦隊は遭遇した艦隊を鹵獲する。中にいる難民は全員保護。護衛についている能力者は全員捕縛しろ」
「え?ま、マスター!?」
周介の指示と同時に、傍で控えていた能力者たちがティムを拘束する。いったい何が起きているのかもわからずに、ティムは目を白黒させてしまっていた。
「マスター!どういうことです!?ぅわ!?」
周介に問いかけるよりも早く体を縛り上げられていく。もはや自らの肉体だけではどうしようもないだろう。
「拘束したら部屋に入れておけ。不必要に痛めつけるな。丁重に扱え」
「了解。ほれ、行くぞ」
「マスター!マスター!」
自分の師に拘束されるという状況をティムは予想できなかっただろう。
拘束され連れていかれるティムはその姿が見えなくなるまで周介を呼んでいた。少しでも答えを聞かせてもらいたかったのだろう。だが周介は一切答えなかった。
その様子を見ていた若い隊員は怪訝な表情をする。なぜ周介がこのようなことをしたのかわからないといった様子だった。
「司令官、よろしかったのですか?彼は……いわゆるお弟子さんだったのでは?」
「あぁ。しばらく俺が鍛えてやった。三年くらいかな?あいつの親父さんに頼まれてな……あぁ……俺が直接指導した……弟子の一人だ」
弟子という言葉を少し迷ったのは、彼自身が弟子という関係に対して少し思うところがあったのだろう。
弟子というよりは、友人の息子という認識の方が強いのだ。だからこそ、あのような対応をしたことに強く抵抗を示しているのか、珍しく眉間に皴を強く寄せていた。
「であれば……なぜあのような……難民たちは助けるというのに……」
「……」
周介が言い淀んでいるとラビット隊の人間が何人か戻ってくる。彼らは数人の人間を抱えている。それが今回の艦隊の護衛役となっている、トイトニーの側近とでもいうべき能力者たちだろう。
彼らは抵抗もせず、ただ運ばれている。そして周介の目の前にたどり着くと姿勢を正して敬礼をして見せた。
「ラビット01寛大な処置、感謝いたします」
「感謝するな。お前たちのことも拘束させてもらう。陸地につくまで拘留は続くことは覚悟してくれ」
拘束されるとわかっていても彼らは全く動揺を見せなかった。それどころかむしろ安心した様子すらある。
拘束されることを望んでいるような節さえあるような対応に、若い隊員は不思議がっていた。
「承知しています。我らが市民は……」
「こちらで保護する。もうすでにうちの人間が対応に当たっているから問題はない。あの船ごと鹵獲する。構わないな?」
「構いません。それと、我々の隊長からの手紙は……」
「もう読んだ。一発殴ってやりたい気持ちになったよ」
周介は強く握りしめたせいで少し皴ができてしまった手紙を見せる。それを見ただけで周介がどのような感情をもって事に当たったのか理解できてしまっていた。
「……連れていけ。拘束は不要だ。監視をつけろ。陸に着くまでは絶対に部屋から出すな」
「承知しました」
隊員に連れていかれる彼らを見送って、周介はため息をつく。
その様子に若い隊員は困惑していた。
「本拠地に伝えろ。アメリカからの難民を回収する。数は不明。大量で万単位だと。鹵獲した船の情報も随時流せ」
「で、ですが司令官。さすがに万単位の難民を受け入れるとなると、上役の承認を受けなければなりません。受け入れ先をどうするかということもあります。この場ですべてを決めるのは」
「あとで俺が直接話をつける。文句は言わせない」
一体あの手紙には何が書かれていたのか。威圧感すら放つ周介の背中を見て若い隊員はわずかにたじろいでしまっていた。
大海原ではラビット隊や輸送用の機械が動き続けている。難民の彼らを少しでも安全な状況にするべく全員で仕事にとりかかっていた。
船を鹵獲することも、難民たちを救助し受け入れることも、誰一人として不満を言う者はいない。
周介がそうするということを理解しているのだ。彼らだって好き好んで誰かを見捨てたいとは思わない。
周介は再び、自分に当てられた手紙を見る。
「………………馬鹿野郎……」
手紙に書かれているのは半分まではいつも通りの内容で、そこからが本題になっていた。
まずは、周介への謝罪から始まっていた。
『我が友シュウスケ。手紙のような形でここからのことを伝えることを許してほしい。君に三つ、頼みたいことがある。一つは息子を君の下で面倒見てやってほしい。今度は期間限定ではなく、これからずっと。というのも、アメリカという国は、私がこれを書いている時からあと数か月、早ければ数週間もしないうちに崩壊する。東部、中部だけではなく、カナダとの国境線沿いもすでに崩壊した。西部の方はまだ何とか形を保っているが、それももう長くは続かないだろう。だから、君のいる場所に、息子と信頼できる部下を数名、市民とともに亡命させる。二つ目の頼みは、その市民を難民として受け入れてやってほしい。君たちのところも大変であるということは重々承知している。そのうえでのこのような頼みをすることを許してほしい。君以外に、もはや頼れるものがいないのが実際のところだ。最後の頼みは、これこそ、君に頼んでしまうことを申し訳なく思う。息子にはアメリカの状況を正確に伝えていない。もし知れば、どんな手を使ってでもアメリカに向かおうとしてしまうだろう。真実を伝えるかどうかは君に任せる。ただ、息子をアメリカの地に向かわせるのだけはやめてほしい。無駄死にするだけだ。アメリカという国は、もう手遅れだ。南側への援護を優先してほしい。最後になってしまうが、君と出会えてよかった。出会い方は最悪の一言だったが、心の底からそう思う。友よ、君との友情に感謝を。そして』
手紙の最後の方は、何かを書こうとして、そこから先は書かれていなかった。
紙にはよく見なければわからないような、染みのようなものがあった。それが何なのかわからないほど、周介は鈍くはない。
周介にとって、何度も行動を共にした友人の最後の言葉だ。その手紙を握りしめ、何度も、何度も何度も読み返した。
いつの間にか、その目から涙が滲んでいた。