辿り着いた鉄の箱舟
仮称オードリギン大陸。かつては存在しなかったその大陸は、過去起きてしまった能力者事件をきっかけに作り出された。
地殻変動。本来ではありえない形で大陸移動が起きた結果、グアム諸島を中心に周辺の島国大陸などが物理的に合併し、大きな大陸が出来上がった。
新たな大陸を、吸収された周辺諸国の名から複合し、オードリギン大陸と仮称された。
その後の展開、および関係性は揉めに揉めた。国の境も無茶苦茶になり、何百年と続いてきた隣国関係などが一切合切ゼロからの作り直しとなったのだ。
そしてその中に、日本も含まれる。
完全に島国同士の領地が一つになっても、未だ正式な国家間のやり取りは牛歩の歩みのままだ。
新たな国を作るなどありえない。新たに生まれた一つの大陸の中で争いが生まれるのは必至だった。
だが、そんな人間同士の争いになるよりも早く、今まで積み上げられた問題が、世界各国で火を噴いた。
まず最初に、中東が落ちた。
特殊個体の増殖と、それによる治安の悪化。もともと存在していた火種がそれらを増殖し、それを抑えるための現地能力者たちの奮戦もむなしく、中東の地は、人の住める場所ではなくなった。特殊個体の蔓延る、ある種原初の地となったのだ。
これにより、インド、中国、そしてロシアなども続いて崩壊が始まったのだ。
中東の小国の崩壊と、東アジアに座している大国の崩壊では意味合いが全く異なる。
この時点で残った国の人類は、ようやく、本当にようやく、自分たちの置かれている状況を正しく理解し始めた。
もはや人類同士の戦争や縄張り争いをしている場合ではないのだと。
だが、もう手遅れの部分も多かった。
アジア大陸における特殊個体の進出と、人類文明の崩壊は止められなかった。
その牙は、今やヨーロッパ大陸まで延びようとしている。特殊個体の発現黎明期において、早々に対処に回った能力者たちの奮闘により、一時的には対処も可能だった。
だが、アジア大陸からの流入が始まれば、もはや歯止めは効かない。
そしてここで、アフリカ大陸という存在に多くの権力者たちの目が向けられた。
過去に起きた能力者の仕業によって、アフリカ大陸はアジア、ヨーロッパ大陸からは完全に分断された形となる。そのおかげで、特殊個体の流入が極端に少なくなっていた。
北アメリカ、南アメリカに関してはつながったまま。南北大陸でそれぞれ、特に北大陸で多量の特殊個体が発見され、各都市が崩壊を始めている。
そして多くの者たちは気づいたのだ。件の、大陸を分断させようとした能力者集団が、これを予見して動いていたのだということを。
この世界において、人類に残された安息の地を、特殊個体に侵略されない土地を作ろうとしていたことを。
その証拠に、件の一件が完遂された南アフリカは多くの都市が無事に残っている。逆に南北アメリカ大陸、特に南アメリカ大陸は、北アメリカ大陸からの特殊個体の流入が止まらず、遠からず崩壊の兆しがある。
そして、新たに生まれたオードリギン大陸は、特殊個体のほとんどいない、人類における最後の安息地となりつつある。
そんな中で、オードリギン大陸に取り込まれた大小の島国は、もはや争っている場合でも競っている場合でもないと、ようやく重い腰を上げた。
仮称オードリギン大陸国の誕生である。
他の大陸と異なり、特殊個体のないこの大陸国には、多くの国から難民が押し寄せることになる。
そのため、インフラ工事やら生活水準の確保やらで多くの人間が駆り出された。その際、多くの活躍をしたのが日本の保有する能力者集団と各企業だった。
ライフラインの構築。そしてその構築速度。それらにおいてこの世界で日本がどの国よりも優れていた。
特に能力者組織におけるビルド隊の働きと、要所要所へ資材の運搬を行ったラビット隊の活躍は、大陸内外に響き渡った。
結果として、ビルド隊とラビット隊の二つは大きく膨れ上がることとなる。
「司令官!本拠地から通信が入りました」
「ん?どうした?」
「接近中の艦隊に関しての対応についてです」
「あー……どうだった?さすがにいきなり撃沈しろ……とはならないだろうけど」
周介自身が危険はないと判断しても、上の判断がどうなるかはわからない。
この艦隊の司令官として、この艦隊全員の命を預かっている身だ。勝手な行動をとることはできない。だが、部下を危険にさらすようなことをするのであれば、周介自身にも考えがある。
本拠地、日本州にある能力者拠点、ひいては自身の所属する新大陸の能力者組織における考えがどうなるのか、周介も気になるところだった。
「確認された艦隊の対処については……第二十艦隊司令官に、一任すると」
「……ほっほう?随分と腰の据わった判断だな。うちのボスじゃないな?誰がそんなことを許可したんだ?」
「そこまでは……ですが、正式な回線から伝わってきたものです」
「記録はとったか?」
「もちろん。通信記録と音声、そしてその通話個所に関しても全て確認済みです。間違いなく、本拠地からの通信でした」
「オーケーだ。俺に全部押し付けるつもりか?よほど面倒ごとだとわかってるのか……それとも俺のやり方を知らない新参者が幅を利かせたか?あるいは日本以外の上層部が無理やり押し通したか……?」
日向ぼっこをしながら、周介は笑う。その声に、通信を知らせてくれた隊員はわずかに冷や汗を流す。
目の前にいるのは大陸国の中でも、いや、世界でも指折りの能力者にして指揮官。そして、自国他国すべてが認めるほどの、要注意人物でもある。
「時間があれば、その許可の出所も調べておいてくれるか?あとでそんなつもりじゃなかったとか言っても、俺は知らないぞ?その指令、確かに受領した」
「あーあ……隊長、頼むから落ち着いた作戦を頼みますよ?」
「振り回される俺らの身にもなってほしいってんだよなぁ?」
その話を聞いていた古参の隊員たちは、あきれた様子で笑っていた。
本拠地はとんでもない決定をしてしまったのだと。そして、きっとそれは面倒なことになるぞと、彼らは確信しているようだった。
周介はそれを否定も肯定もせず、ただ笑って見せていた。
先遣隊、調査用の部隊を送り出してからどれほどの時間が経過したか、周介の下にいくつもの情報が送られることとなる。
その中の一つに、件の艦隊に戦闘の意思なしというものもあった。
そしてもう一つ。それは周介にとって、ある意味予想外なことがあった。
「なるほど、アメリカからか」
『はい。どうやら、その中の一人が、司令官のお知り合いであると……』
「そうか。どちらにせよ戦闘の意思がないのであれば目的をはっきりさせてほしいもんだが、それはわかったか?」
『はい。というのも……すべての船に、一般市民が大勢乗っております。間違いなく、難民でしょう』
難民。それを聞いて周介はわずかに眉を顰める。
このご時世、特殊個体から逃げるために難民となるのは珍しくはない。だが、アメリカからやってくるというのが解せなかった。
「船の種類は?貨物船か?」
『いいえ。戦艦と空母の編成です。ただ、空母には戦闘機の類は一つも積まれていませんでした……すべて一般市民用の道具で敷き詰められています』
戦闘機の乗っていない空母は果たして空母といえるのだろうかという疑問はさておき、戦闘用の戦艦と空母を持ち出して難民というのも違和感はある。
ただ、相変わらず周介の勘に危険は告げられていなかった。
「戦艦や空母なら指揮官がいるはずだ。その人物の所属などを調べてくれ。それと難民の数がどれくらいかわかるか?」
『今分隊長が指揮官と思わしき人物と話をしています。もう少しで終わるかと。難民の数は……申し訳ありません、数えきれないほど……としか……船の中に、すし詰め状態で乗船しています。そのため……数までは……』
「つまりそれだけの数の難民が来てるってことか……万単位だな?」
『おそらくは。それと、船そのものもだいぶ損傷しています。よくここまで航行できてきたものです……』
損傷の度合いがどの程度なのかは不明だが、現場を数えきれないほどに経験してきた隊員が言うということは相当だ。
それこそ航行すら途中でできなくなる可能性すらある。それを聞いた周介の対応は早かった。
「艦隊にいるラビット隊およびビルド隊に出撃命令。接近中のアメリカ艦隊の補修を実施しろ。各艦艦長へ伝達。接近中のアメリカ艦隊へ接近。相対速度合わせ。隊列を組む形で先導する。かかれ」
この艦隊の司令官である周介の命令となれば否やはない。あらかじめこうなることを予想していたのか、ラビット隊の面々は即座に周介のいる甲板に集まっていた。
各員が装備を身に着け、いつでも出撃できるように準備している。
「隊長!行動方針は!?」
「アメリカ艦隊には難民が大量に乗ってる。だがボロボロだ。沈まないように補修作業を行って、難民の状態確認を行え。場合によってはこの艦隊に移送する。ビルド隊との連携を密に。必要に応じてキャット隊に資材の提供を頼め。わからないことは?」
「戦闘は許可されますか?」
「こちらから手を出すのはやめろ。相手が出してきたとしても殺さず無力化しろ。相手はアメリカだ。少なくとも戦闘にはならない。なったとしても難民が暴発するくらいのもんだ」
「了解しました。相手指揮官との直通回線をつなぎますか?」
「可能ならな。俺のことを知ってるってやつがいるはずだ。そいつとつないでほしい。場合によってはこっちに連れてくるか……あるいは俺が直接会いに行く」
「承知しました!もし進捗があればその都度ご報告いたします!」
「ほかに質問は?なければ行け。時間勝負だ」
「承知しました!お前ら!行くぞ!」
対してブリーフィングもしていないというのに、艦内から出てきたビルド隊を次々と運ぶためにラビット隊各員が飛んでいく。
難民が大量。となるとアメリカは今どういう状況なのか。艦隊が、それも戦艦や空母がぼろぼろということは西海岸のあたりまで攻め込まれたのか。
周介の頭の中にはいくつもの考えが生まれては消えていく。そんな中で気になっているのはアメリカにいる友人のことだった。
「司令官。現状の報告を、本拠地につなげますか?」
「未確定情報が多すぎる。難民関係に関してはまだ報告はするな。ただ、戦艦や空母の情報だけは伝えろ。ついでにボロボロだっていうところも」
「承知しました。しかし……いったいどういう状況なんでしょうか?」
「さぁな。わかることは、アメリカの西側も相当やばい状態ってことだ。戦艦の中にすし詰め状態ってことは、連れてこられるだけ連れてきたってところか?どちらにせよ、面白い話じゃない」
「……アメリカ大陸が……そんな状態となると……もう……」
「アメリカはきついな。東側が崩壊したのが二年前……南はまだそこまで被害を受けてないけど……それも時間の問題だ」
「…………我々の大陸に、さらに人が集まる形になるでしょうか?」
「そうなるな。今後難民がさらに増えることになる。俺の方からアメリカ側への索敵網を強化するように上申しておく。場合によっては、アメリカ本土に向けて救助隊を差し向ける必要もあるかもしれないな」
アメリカの崩壊。過去、いったい誰が予想しただろうか。そのようなことが起きたことに周介は驚くことはしなかった。人類の生存圏は着々と削られてきている。もはや特定の場所以外の人類が排斥されるのも、時間の問題なのだ。