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おまけ 短編集  作者: 池金啓太
アロットロールゲインafter 短編『世界の変わり目を憂う兎』
16/24

大海原の真ん中で兎は揺蕩う

『日本州本部より入電。各員第一種警戒態勢。繰り返す、第一種警戒体制』


 艦内に鳴り響く警戒音に続いて各員に告げられる緊急事態を知らせる放送。それらを耳にした各員は緊急の警戒状態へ移行するべく慌ただしく移動を開始していた。


 そんな中、艦内にしては珍しく個室を与えられている男がため息をつきながらベッドの上から起き上がり、部屋に備え付けられている電話を取った。


「俺だ。何が起きた?」


『現在、未確認の艦隊がオードリギン大陸に接近中であることが航空巡視隊より報告されました。このままだと数時間後に本艦隊との巡視ルートに接近するとのことです』


 名前も碌に名乗らずとも、通話の相手、艦橋にいるオペレーターは何の淀みもなく現在の状況を教えてくれる。


 それがこの部屋にいる人物の立ち位置を表明していた。


「未確認……?どの方角からだ?」


『北東からだと。ただし詳細は不明』


「数は?」


『四つです。こちらのレーダーでも確認できました』


「俺たちに喧嘩を売りたいっていう割には、数が少ないな。詳細不明というが、大きさは?砲台の有無は?」


『申し訳ありません。今のところ追加の情報が上がっておらず、不明な状態です』


 情報が足りていないにもかかわらず即座に情報をこちらに回してきたことに関してはむしろ褒めるべきところだ。それにその情報を読み上げているだけのオペレーターを攻めるようなつもりは一切ない。


「わからないなら仕方がない。偵察機を出すぞ。人員に余裕はあるか?いないなら俺が動くが?」


『すでにオオルリ隊が準備を進めています。わざわざ司令官が出る必要はありません。ぁ、大丈夫です。止めます』


 この部屋にいるのはこの艦隊の司令官の役割を担っている男だ。普通であれば拠点や別の場所で指揮を執るのが定石だが、彼は現場出身ということもあって常に旗艦に身を置いている。そんな男が自分が出るといわれれば当然誰かが止めるに決まっている。


 そして、おそらくは通信の向こう側でこの会話を聞いていたものがいたのだろう。聞こえてはいないが、おそらく出させるなとか、そんなことを言ったのだということは想像に難くなかった。


「後ろに誰がいるんだ?余計なことを言ってそうだな」


『艦長がご立腹です。勝手に動かれては困ると』


「おぉそれは怖いな。わかったよ。艦長閣下に伝えてくれ。とりあえずは大人しくしてる。情報がわかったら伝えてくれ。それまでは日向ぼっこでもしてるさ。以上、交信終わり」


 その男は言うだけ言ってベッドを降りて慣れた様子で装備を身に着けていく。


 その部屋の扉が開いた段階で、その部屋の外には二名の隊員が待機していた。


「お疲れ。ちょっと散歩に行く。日向ぼっこだ」


「司令官、現在第一種警戒体制が発令中です。表に出るのは」


「わかってるよ。だから行くんだ。オオルリも出るんだろ?なら見送りくらいしてやらなきゃな」


「ですが何が起きるかわかりません。せめて艦橋の方に向かわれた方が……」


「あそこ狭いだろ?俺が行ってもやることないんだ。なら、広いところでしっかり眺めたほうがいいだろ」


 この艦隊の司令官だというのに司令官らしからぬ反応をしているというのにもかかわらず、部屋の前に立っていた隊員二名はそれがさも当然のような反応をしていた。


 そして移動する司令官に当たり前のように随伴していく。彼らは見張りだ。この司令官が勝手な行動をしないようにするための。


「すいません通ります!」


「おっとと、ごめんよ。さすがに第一種警戒体制ともなると慌ただしいな」


 第一種警戒体制であるために自分の持ち場に急ぐ船内の隊員たちが急ぐ中で、司令官たちは焦らずに歩いている。道を譲るのも当然だ。狭い艦内においてはこういった細かな気遣いが必要となってくる。


「そうですね。我々の艦隊が巡視に出てから、第一種の警戒体制をとるのは初めてのことです。皆浮足立っていますね」


「最近では、船すらも通らなくなっていますからね。司令官は、何か感じますか?」


「いいや?危険な感じは一切しない。だからまぁ、焦る必要はないと思うんだ。ただ珍しくはあるよ。船が四つ接近。規模不明。装備不明。ただ、航空索敵で得られるってことは相当大きい。今の時代に、そんなのを動かす余裕がある国なんて限られる」


 過去、まだ人類が大きな力を持っていた頃と違い、今の人類の持っている力はかなり限られる。


 特に彼らが所属している国以外の、海外の諸外国においてはその傾向がより顕著に表れている。


 それでも海上用の装備を保有している国は少なくない。ただしそれは自国の周辺で運用する場合に限られる。


 それが公共の海上にまでやってきていて、なおかつ自国の方角へ向かっているとなるとなおのこと話が変わってくる。


 艦内から外に出ると、潮風が肌に打ち付けられる。


 遮るものが何もないため、ほんのわずかな風でも体全部にぶつかるように押し寄せてくる。


 そんな中で、甲板にていくつかの航空機が準備を始めていた。


 今回出るのは特殊なヘリコプターだ。まだ相手との距離があるため近くまで接近してから能力者による行動が必要不可欠となる。


 そこで出動するのが先ほど名前の出たオオルリ部隊だ。彼らが行くというのならこの艦隊を任せられている人間として一言激励にでも行かなければならない。


 間に合えばいいなと思いながら、司令官は甲板の奥で機体の準備をしているヘリを見つけると足早に駆け付ける。


「接近する艦隊の情報収集が主な目的であり、相手を刺激するような行動は……って司令官!?なんでここに!?」


「よっ!オオルリが出るって聞いてな。ちょっと激励に来た。あぁ、そんなにかしこまらなくていい。楽にしてくれ」


 ヘリの前で最後のブリーフィングを行っていたであろうオオルリ部隊の人間はこの艦隊の司令官がやってきたことに驚いて全員が緊張状態を作る。


 それに対して司令官の態度はあまりにも柔らかい。彼も元々現場で一部隊を率いていた身だ。こういう状況で余計な緊張を与えるのがよくないことはわかっている。


「今隊長が言っていたように、相手に余計な刺激は与えないでくれ。たぶんだが……相手はろくな装備がない。少なくとも危険は一切感じない」


 彼がそういうと、全員の緊張が僅かに弛緩する。


 司令官が保有しているその感覚を知らないものはいない。なぜなら彼はその危険を感知する優れた感覚によって今の地位にいるといっても過言ではないのだから。


 その彼が危険はないといっているのだ。となれば戦闘の可能性は低いと思われる。


「だから相手を気遣え。どんな相手が乗っているのかもわからない。ポケットは持ってるか?」


「はい!各員が保有しております!」


「ならよし。一時的に本部との直通回線を聞けるように手配した。向こうからの情報をダイレクトで卸してもらえるようにしてあるから聞き耳を立てておいていいぞ。ただし割り込むなよ?ばれたら俺が怒られるから」


 その言葉に何人かの隊員が苦笑する。本来であればそんなことをすれば怒られるだけでは済まないだろう。普通であれば懲罰ものだ。最悪降格だってあり得るかもしれない。そんなことをしても許されるのはこの司令官の人脈と人徳によるところが大きい。


 何せ現場のために直接本部とのやり取りを聞かせてくれるのだ。現場の人間でこの司令官を支持しないものはいないだろう。


 それほどの歴戦の能力者であり、世界的にも有名な、彼らからすれば大先輩であり一種の偉人や英雄のそれに近い。


 そんな人物がこうして自分たちのために動いてくれているのだ。それに報いようと思うのも自然な流れだった。


「司令官、一つよろしいでしょうか?」


「一つといわず、何でもいいぞ?どうした?」


「今回、接近中の艦隊……いったいどこの所属でしょうか?我々の方にはまだ情報が降りてきておりません」


「こっちも同じだ。所属は不明。北東方面からのルートで来てるらしい。数は四。航空巡視隊が見つけたってこともあって大型だ。少なくともただの漁船なんかじゃないのは確定。良くても貨物船……悪ければ戦艦クラスだと思え」


「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えてもう一つ」


「あぁ。なんだ?」


「今回、司令官は動きませんよね?」


 オオルリ隊の隊長の言葉に、一瞬全員に緊張が走る。先ほどまでとは全く違う緊張だ。何が起きるかわからない不安を交えた緊張から、途方もないことが起きる可能性を秘めた恐怖を交えたそれへと変わる。


「俺が動くようなことはないだろうな。たぶん、ここで日向ぼっこして終わりになると思うぞ」


 その言葉が聞けた瞬間、全員が緊張から解放される。先ほどまでのそれとは全く違う安堵に司令官は憤慨してしまう。


「お前らその反応はどういうことだ!俺が動けばその分早く解決できるんだから、そこはがっかりするところだろうが!なんで安心してるんだよ!」


「いやいや、さすがにそれはないでしょう。過去の偉業を諸先輩方からうかがってますよ。司令官が動くのが一番やばいって」


「そうそう。司令官の話を聞くとき、大体みんな愚痴から入るんですから」


「よぉしいい度胸だ。その諸先輩の名前を教えてくれるか?俺が直々にお話をしに行ってやろうじゃないか」


「それはダメです。先輩を売るわけにはいきませんから」


「司令官、これが身から出た錆というものでしょう。甘んじて受け入れてください」


「畜生。誰も俺を敬ってくれないじゃないか。今までたくさん助けてやったってのに、なんか腹立つな。今度からもうずっと部屋に引きこもってようかな」


 そんな司令官の様子に隊員たちの緊張はすっかり解けたようで全員が笑いだす。その様子を見て司令官は安心した様子で小さく息をつく。


「それじゃあお前たち、任せたぞ。絶対無事に戻ってこい」


「了解しました。お前ら!行くぞ!」


 司令官の言葉に全員が威勢のいい声を上げる。


 そして飛び立ったヘリを見送りながら、司令官はその場に座ると大海原の向こうにいるであろう、接近してくるという艦隊の方に目を向けていた。


「司令官、せめて椅子でも用意しましょうか?」


「あぁいいなそれ。ついでに手の空いてるやつは休憩にしてやってくれ。内緒で一緒に休憩しよう」


「第一種警戒体制は解かれてませんが……」


「本部はとにかく肝が小さいんだよ。現場に長いこと出ていないとそういう風になるのもわかるけどな。やっぱ部屋の机にいるより、こういう場所に来た方がよくわかるし指示もしやすい」


 普通なら拠点の司令官室で過ごすことが当然の役割を持っている彼が、このような場所にいるのはほかでもない。自分の預かる艦隊を案じてのことだ。


 最初こそ、偉い人間がなぜ艦隊に身を置くのかと疑問を抱く者も多かったが、その人事を聞いて誰もが納得してしまったのも事実だ。


「司令官より各員。第一種警戒態勢発令中ではあるが、司令官は危険はないとの判断を下している。手隙の者は各々休憩に入ってよいとのこと。繰り返す、司令官より各員……」


 一緒についてきていた隊員が艦内放送を使って全員に伝える中、司令官は大きなあくびをしていた。


 幼い外見を保っている彼の名前は百枝周介。この世界において五本の指に入る能力者にして、仮称オードリギン大陸国日本州所属の第二十艦隊司令官である。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ずっと待ってた! [気になる点] 色々と世界情勢が変わっててこっちのエピソードもめちゃくちゃ面白そうでオマケと言わずガッツリみたいです
[一言] おまけ待ってました!
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