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おまけ 短編集  作者: 池金啓太
ポンコツ魔術師の凶運after 短編 『鐘子文奮闘記Ⅱ』
13/24

大人は汚いもの

「……それで、私のところに?」


「はい……もうどうしたらいいのかわからなくて……」


追い詰められた文が駆け込んだのは、小百合の兄弟子の奏のところだった。文が頼れる大人の中で、まともに掛け合ってくれそうな数少ない人物だ。


文の師匠である春奈には相談しにくい。単純に身近すぎて、そういったことを話すのは気恥しいというのがある。


親に相談するようなものだ。同様の理由から文の両親も相談候補から外れる。そうなると、もう相談できるのは奏しかいなかった。


奏の会社の社長室、コーヒーの香りが漂う部屋の中で、文はソファに座りそのことを相談していた。


「何というか……私もまさかという気持ちだ。正直な話、もうとっくに初体験は終えているものとばかり……」


「ヘタレですいません」


「いや、別に責めているわけではない。そういうことを大事にしたいという気持ちはわかる。だがまぁ……うん、言っては何だが、その……奥手にもほどがないだろうか?」


「……ヘタレです……私はヘタレです……!」


机に突っ伏すように倒れ込む文を見て奏は苦笑してしまう。


「まぁ待ちなさい。若いころの恥というものはあとから笑い話にできるものだ。お前たちはまだ若い。いろいろと失敗をして学んでいけばいいだけの話だ。大切にしたいというのはよくわかる。だが、理想まで高くなってしまっているのではないか?」


「理想……?」


「まぁ、乙女じみた想像や妄想のようなものだ。素晴らしい体験にしたい、という感情があるのだろう?だが、思い返してもみろ。康太との初めてのキスなどは、どうだった?素晴らしい体験だったか?」


文はその時のことを思い出す。


決して最高の思い出とは言えない。むしろ不意打ちのようなものだった。照れ隠しに右ストレートを叩きこんでしまったほどである。


だが、その時のことは今でも思い出せる。鮮明に。


康太に告白を返してもらった、康太と出会って一年ほどした、再戦の日だった。それが、文と康太との、新しい関係の始まりだった。


顔を赤くして、その顔を隠そうと手で覆っている文を見て、奏は笑う。


「まぁそういうことだ。良くない思い出、とまでは言えないのだろう。どんなことだって、好きな相手とならよい思い出になってしまうものだ。特に、互いに好き合っているのならなおさらだろう」


「それは……そういうものかもしれませんけど……」


「いま、康太は準備をしているんだろう?なら後は、心の準備を終えるだけ。あとは、体の準備をしておきなさい」


「……体の?洗うとかそういうことですか?」


「もちろんそれもある。だが、文はこれから康太にその体を差し出そうというんだ。一流の料理というのは何もそれそのものだけではなく、皿や部屋の内装、雰囲気、そしてテーブルクロスや椅子までも気を付けるものだ。つまり、人、女で言えば、服や下着、ムダ毛や肌の状態などすべてだ」


そう言いながら奏はまるで用意していたかのようにいくつかのカタログを取り出していた。


「随分、用意がいいですね」


「まぁ、アリスから少し話を聞いていてな。私が力になれるといえば、このくらいだ。この程度の事しかできん。だから、精いっぱい着飾って、よい女になりなさい」


用意してきたカタログには、下着、服、アクセサリーなど様々なものが記載されているが、その中には意味深な穴が開いていたりと、きわどいものが多い。


所謂勝負下着というものなのだろうが、それを堂々とつけられるだけの度胸は、文にはない。


だがこの時点で気づくべきだったのだ。奏とアリスが、ちょくちょく連絡をし合っているという時点で気づくべきだったのだ。


「で、でもこれ、ちょっと派手過ぎて……私、どんな服が似合うのかとか、ちょっと、自身ないし……」


「ならこちらで選んでやろう。任せろ、お前に似合うコーディネートをしてやる。安心しなさい。絶対に失敗はさせない」


「か、奏さん……!ありがとうございます!ありがとうございます……!」


自分の情けなさと、奏の心強さに文は涙さえ流しそうになってしまっていた。


失敗はさせないと、奏は言った。


その通りなのだろう。奏のセンスであれば失敗することはないだろう。だが奏は、こうは言わなかった。


後悔はさせないと。


つまり、まぁ、そういうことなのだ。


文は気づくべきだったのだ。奏とアリスが連絡を取り合っているという事実から、衣服を選ぶということを奏が言い出した時から、どのような服が選ばれ、そして、どのような下着やアクセサリーが選ばれ、どのようなコーディネートがされるのか。


そして、それを選ぶのは、奏だけだとは、一言も言っていないのだ。


そう、そのことに、文は気づくべきだったのだ。


だがもう遅い。もう気づけない。文は既に、自分の情けなさと奏への感謝で目が曇ってしまっている。


もう、すべてが遅かった。


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