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おまけ 短編集  作者: 池金啓太
ポンコツ魔術師の凶運after 短編 『鐘子文奮闘記Ⅱ』
12/24

ドタバタ相談

「で……なぜ私のところに来るのだ」


文が相談役に選んだのは他でもない。封印指定、かつ世界最高峰の魔術師にして康太たちの良き相談相手、アリシア・メリノスである。


小百合の店の地下の一角、アリスがかり続けている、もはやアリスの自室といっても差し支えない空間に、文は康太を連れてやってきていた。


「聞いてくれよアリスえもん……文ャイアンが酷いんだぜ……!もう付き合って結構な年月になるってのに、まだ俺はチェリーのままなんだよ……!」


「その話は今でなければいかんのか?私が今ものすごく忙しいというのが見てわからんか?」


アリスのスペースの一角には大量のプラモデルが積み上げられていた。軍艦や城、ありとあらゆるプラモデルを利用し、一種のデティールを作ろうとしているというのがうかがえる。遠くに怪獣の玩具などもあることから、かなり壮大な物語を作ろうとしているというのは何となく文にも理解できた。


「そもそもだ、フミよ、何故してやらん?お前たちも法的には結婚できる歳になったのだろう?ならばよいではないか。さっさと子をこさえてしまえ」


「あのね、それ本気で言ってる?」


「もちろん本気だ。私は前から言っているだろう。早くお前たちの子が見たいと。私の弟子にする予定なのだから、さっさと作ればいい。金銭的にも、別に困っているわけではないのだろう?」


「それは……そうだけど」


康太も言っていたが、康太と文は魔術師としてそれなり以上に活動的であるため、魔術協会からかなりの報酬を受け取っている。


康太の受け取っている報酬は、年収換算で一千万を軽く超えるほどの額になる。それを考えれば金銭的な問題は一切ない。


「互いに愛し合っていないというわけでもあるまい。フミとて、コータとそういったことをするのは、やぶさかではないのだろう?」


「それ、は……そう……だけど……」


文は耳まで真っ赤にしながら答える。文だって康太と結ばれたい気持ちはあるのだ。だが、いまいち踏ん切りがつかない。


最後の一歩を踏み出せずにいる。なんとももどかしい限りだと、アリスはプラモデルを作る手を止めてため息をつく。


「何年たっても初心な女よ……コータのイチモツ程度見慣れているだろうに」


「それとこれとは話が別なの!って言うかなんであんたがそんなこと知ってんの!」


「私はコータの主治医のようなものだぞ。普段の生活なんかも聞いておる。いや失礼。性活といったほうがよかったかな?」


「余計なことを……康太、これから私生活のことまでアリスに話さなくてもいいから」


「え?でもどれくらいの頻度かとかは教えておいたほうがいいと思うんだけど」


「ダメ、私だけの秘密にしておきなさい。こいついつも面白がってからかうんだから」


アリスに相談したのは失敗だっただろうか。そんなことを思いながらも、この内容ばかりはアリスにしか相談できないのも事実だった。


何せ康太の肉体の状態を正確に把握しているのはアリスだけなのだ。当の本人の康太でさえ、その体の状態を正確に把握できていない以上、アリスに頼るほかないのである。


「で、私にわざわざ話に来たのだ。いったい何を聞きたいのだ?よもや夜景の綺麗なホテルの場所を聞きに来たわけでもないだろう?」


「あんたがそういうところを知ってるとも思えないけどね。前に、康太のを調べてもらったでしょ?その……」


「あぁ、康太の精液か」


「そ、そう!で、康太のは、体外に出れば一般的なそれと変わらないって、言ってたじゃない?普通に、子供もできるって」


それは康太が人間ではなくなって少ししてからアリスが調べたことだった。康太の体外に出た精子は、一般男性のそれと遜色ないようなものだった。遺伝子レベルでも、健康な一般的男性のそれと変化はない。


文の肉体が不妊症などでもない限り、普通に妊娠もするだろうというのが、当時のアリスの診断だった。


「その通りだ。少なくとも私はそうみている。ただ、まぁ、お前たちに言っても仕方がないかもしれないが、子供というのは授かりものだ。作ろうと思ってできるものではないし、作りたくなくてもできてしまうものだ。計画性というのは、まぁ大事だとは思うがな」


「今回の場合、康太が私と、したいから、って言うのが理由なんだけど……」


康太的には、ただ性欲を処理するだけでは物足りなくなってきているというのが理由としては大きい。


文のような女性を前に、自制心が保てなくなってきているというのが原因だ。それは、無理のないことだというのは、文にも理解はできる。


ただ男の心を理解しようとするのは、女には無理な話なのである。もちろん、逆も然りだが。


「フミよ、コータがお前を求めてしまうのは仕方のないことだろう。コータはお前を愛し、共に過ごし、生涯を共に生きる気でいる。だというのにいつまでもお預けというのは、少々酷だと思うがな」


「それは……」


「もっとも、お預けを食らっているのはフミも同様だと思うがの。コータよ、たまには獣のように襲い掛かってやれ。嫌よ嫌よも好きの内という言葉が日本にはあるのだろう?」


「そうだったのか文、なんだよ、それなら俺はいつだって」


「変な誤解を与えないで!いや、まぁ、別に誤解ってわけじゃないけど、そうじゃなくて!」


話がおかしな方向に進んでいるのを感じ、文はこの話を一度切り上げようとしていた。何を相談したかったのかもわからなくなってきてしまっている。こんな状態で満足に相談ができるとも思えなかった。


「おーっす。いるかー?って、何だいるじゃねえか。表誰もいなかったぞ。誰か一人くらい店番しとけよ」


文たちがそんな話をしているとやってきたのは倉敷だった。倉敷も康太たちと同じように大学生になり、精霊術師としての活動も続けているが、とある理由から小百合の店に足を運ぶようになっているのである。


「あぁ、悪い倉敷、まだ神加は帰ってきてないぞ?」


「マジか、ちょっと早かったかな?まぁいいや。適当に待たせてもらうわ」


そう、倉敷は神加に水の術の指導をしているのである。神加の精霊との会話の仕方や、水の属性の術の扱い方。そういった特定の条件であれば倉敷の他に適任者はいなかった。


倉敷自身、神加にものを教えるというのが嫌いではないのか、積極的にこの店に足を運んでいる。時折小百合の相手をさせられて辛いというのが、唯一の不満だったが。


「おぉちょうどよい。お前の意見も聞かせてくれ。ここに悩ましいカップルがいるものでな。第三者の意見が欲しかったところだ」


「あ?なんだよいきなり。お前ら倦怠期か?」


「いやそれがな、倦怠期などとは真逆よ」


アリスが現状を倉敷に説明すると、倉敷は呆れるような表情を作り、大きなため息と同時に首を横に振る。


「それは鐘子が悪い」


「な、なんでよ!」


「あのな、お前は男ってもんを全然わかってない。男はな、いい女がいたら自分のものにしたいって思うんだよ。お前みたいな女と何年も付き合ってて、未だ一度もやってないって、それはこいつがかわいそうだろ。正直俺こいつがまだ童貞だったことにびっくりだわ」


「倉敷ぃ、お前はわかってくれるんだなぁぁ!」


「わかる、俺には分るぞお前の苦悩が。わかるか鐘子!こいつは風俗に行こうと思えばパパっとやれるところをお前に操を立ててんだよ!そのあたり察してやれっての!」


「そ、それは……」


康太ももうすでに大学生だ。外見も大人のそれに見えるため、倉敷の言うようにその気になれば風俗などに言って童貞を捨てる程度の事は可能だ。


だがそのあたりは康太の性格というのもあるのだろう。文という恋人がいながらそういう店に行こうとは思えなかったというのも大きい。


そういった部分で、康太のフラストレーションがたまっていたのもまた事実なのかもしれない。


「いいか、お前ら付き合ってんだろ?んでもって二人とも未経験なんだろ?それだったら初めての相手になりたいとか思わねえのか?出すだけじゃねえんだよ!別の繋がりって言うの?そういうなんていうのかな、変な満足感があんだよ!やってやったぜって感じがすんだよ!」


「男としての言い分として、それが正しいのかはさておいて……どうだフミよ。こやつの言い分は何も間違っているとは思えん。お前がどんな風に考えているのかは……まぁ察しが付くが、もう少し勇気を出してもよいのではないか?そのうち康太はお前と結ばれる光景を夢に見てしまうかもしれんぞ?お前がどうかは……知らんがな」


「ぅ……」


文は顔を赤くしながら視線を逸らす。そういった夢を、文だって見ないわけではない。むしろ、何度も見ている。


時には康太に優しく抱かれ、時には獣のように無理矢理に、時には当たり前のように、時には自分から求めるような、そんな淫靡な夢も、もう何度も。


それらに共通しているのは、どの自分も、最終的には幸せな気分で包まれてしまうということだった。


優しくささやかれているときも、途中までは抵抗するような素振りも、自然としているときも、自ら求めているときも、どれも最後の瞬間に目が覚め、その瞬間、幸せな気分で満たされているのである。


そんな夢を見ていることを、まるで見透かされたような言葉に文は返す言葉がなくなってしまっていた。


「ところで倉敷君、なんかさっきすごく実感のこもった言葉だったけどさ……もしかしてお前もう経験済みなのか?」


「……あ……」


「……てめぇぇ!倉敷この野郎!そこになおれぇぇ!」


「うるせぇ童貞野郎!俺だって彼女もちなんだよ!そのくらい普通だわ!」


「言っちゃいけないこと言いやがったなこの野郎!逃げんなコラ!」


「逃げるわ!お前なんか相手にしてられるか!」


文が顔を真っ赤にしているその背後で、康太と倉敷の追いかけっこが始まっていた。魔術協会屈指の戦闘狂と、まともに戦える精霊術師など、世界広しと言えど倉敷くらいのものだろう。


小百合の訓練場の中で暴れる二人をよそに、アリスはため息をついて赤くなったままの文を見る。


「フミよ、お前にとって、大事にしたいという気持ちはわかる。だが先ほども言ったように、お前自身、したくないわけではないのだろう?」


「……ん」


文は顔を赤くしたまま小さくうなずく。最後の一歩が踏み出せない。そういうこともあるのだ。


なまじ魔術師としての実力があるために抵抗できてしまう。それが、康太を今まで押しとどめることができている原因でもあるのだ。


これで、文がただの女であったなら、康太は力づくで文を襲っていたかもしれない。とはいえ、文が本気で抵抗したなら、康太は止まるだろう。


もっとも、文は本気で抵抗などしないだろうが。


「お前は賢いがゆえに、いろいろと考えすぎているだけだ。もう少し、そうだな……何も考えずに、感情のままに行動してもよいのではないのか?ただ、康太に向ける感情を、そのまま行動に移せばよいのではないのか?」


「でも、それだとその……」


「……あぁなるほど。猿のようにやりまくってしまうのではないかと、そういうことか」


「うっさい」


否定できないからこそ、これが精いっぱいの文の反論の言葉だった。全く反論していない、むしろ図星の言葉だったからこその、情けない反撃なのだが。


「であれば、酒の力を借りるのも一つの手だぞ?何も考えずに行動させるには、単純に脳の活動能力を低下させてしまえばいい。幸い、お前たちはもう大学生だ。咎めるものなどいないだろう」


法律的に、未成年の飲酒は禁じられている。文もそれを理解しているが、魔術師である自分たちがこんな時だけ法律を順守するのもおかしな話だということもわかっていた。


同時に、それも一つの手なのかもしれないと、文は思い始めている。


「お前がいつまでも踏ん切りがつかんと、どこかの誰かにコータを取られてしまうかもしれんぞ?」


そう言ってアリスは魔術を使ってその姿を変える。幼い少女の姿から、高身長で、放漫な肉体を持つ妖艶な女性の姿へと変貌し、文の頬を優しくなでた。


「こういった女は、コータの好みだろう?あれは外見上はなかなかの好青年だ。誘われないとも限らんだろう?」


「康太は、そういうのは」


「普段ならお前を選ぶだろう。だが性欲に支配された男というのは何をするかわからん。間違いを起こすことだってあるやもしれんぞ?」


怪しく笑いながらアリスは魔術を解き、普段の少女の姿に戻ると小さくため息をつきながら椅子の背に自分の体を預ける。


「コータを繋ぎ止めているのはお前だ。ならば、コータを本当の意味でお前のものにするべきだろう。それはお前が得た権利だ。相手が求めてくれているのだぞ?良いことではないか。もっとも、お前にあれと添い遂げるつもりがないのなら、話は別だがな」


「そんなつもりは!私だって……康太と……」


どんな関係を築きたいのか、どのようなことをしたいのか。そんなことを実際に想像して文は顔を赤くする。


普段から、康太の体を見慣れてしまっているからか、そして、康太への奉仕と、康太からの奉仕を知っているからか、顔が茹で上がるかのように熱を持っていた。


「ただいまー。あれ?お姉ちゃん、それに……お兄ちゃんと倉敷さん、訓練してるの?」


そんな中、小百合の店に戻ってきたのは神加だった。


地下に全員がいるということを索敵によって察したのだろう。降りてくるや否や、戦っている康太と倉敷を見て目を丸くしている。


武器を使っていないとはいえ、ほぼ全力で戦っている康太に対し、倉敷は防戦一方、だがその状態を続けることができている。


一見すれば、殺し合いのように見えてしまうそれも、見慣れてしまっている神加にとってはただの訓練の様子にしか見えなかった。


「おうおうミカ、おかえり。学校はどうだった?」


「うん、普通。お姉ちゃんたちはどうしたの?何かあったの?」


小学校に通い、もう小学校の中学年になろうという神加は昔の様子などほとんどないかのように、普通の女の子として成長していた。


感情も表情も豊かになり、かつての人形のような姿はもはやみられない。


文がこの店にやってくるのは、何か問題があった時だということを知っているからか、神加は興味津々に文に問いかけていた。


とはいえ、言えるわけもない。年端も行かない、まだ小学生の神加に、康太との性交渉に関して相談しに来たなどと、口が裂けても言えるはずもない。


「えっと、その……ちょっと悩んでることがあって、アリスに相談しに来たの?」


「悩み事?なになに?教えて」


「いや、そのぉ……」


「ミカよ、フミたちの大学の勉強の話だ。お前に話してもわかるものでもない」


「そうなの?なんだ……それじゃしかたないか」


神加としては文の力になりたかったのだろう。少しでも話を聞いて何か考えたかったのだろう。だが、その優しい気づかいが文の心に刺さった。


こんな子供に心配をさせてしまうという事実に、一種の罪悪感が付いて回る。そしてアリスにそのフォローをされたというのが、地味に傷ついた原因だった。


「ミカ、これから訓練をするのだろう?あの二人を止めてこい。でなければあやつらはいつまでたっても暴れ続けるぞ」


「わかった。行ってくるね。お兄ちゃん!倉敷さん!そろそろ訓練終わり!」


神加は叫ぶと同時に、二人を閉じ込めるように立方体の障壁を展開する。


その気になれば康太はその障壁を破ることもできただろうが、いつの間にか神加がやってきたということに気付き、康太はため息をつきながら戦闘状態を解除していた。


「くっそ、神加に救われたな。次会ったら覚えておけよ裏切者め」


「うるせぇ、お前がさっさと鐘子とやらねえのが問題なんだろうが。ヘタレてねえでとっとと手出しちまえよ」


「お前わかって言ってんだろ!無理矢理は嫌なんだよ!どうせならほら、互いに納得いった形って言うかよ」


「はいはい、童貞さんのいいわけはいいから。よし神加、今日の訓練始めるぞ」


「覚えてろ倉敷この野郎!次の依頼では背後に気をつけな!」


「こっちのセリフだバカ野郎!溺死体にならないよう気をつけな!」


互いに暴言を吐きながらとりあえずは離れ、康太は文たちのもとに、倉敷は神加の訓練をするために動いていた。


「ようやっと落ち着いたか。暴れすぎだバカ者」


「だってよぉ、倉敷の奴がさぁ」


「奴にだって彼女くらいいるのだ。男としての経験があったところで不思議はあるまい。むしろお前たちの方が異常なのだ。付き合ってからもう何年になる?その間ほとんど寝食を共にしていたというのに……」


「俺が我慢してたからな!」


康太が堂々と胸を張る中、アリスは目を細めて、わずかに文を咎めるように視線を強くする。


「フミよ、お前がコータのことを好いていることを疑いはせん。だがな、多少コータの思いを汲んでやってもいいのではないか?お前を求めているというその意味が分からんわけでもないだろう」


「それは……わかるけど……」


「……はぁ……頭もよく、器量もよく、度胸もあるのになぜそういうことに関しては奥手なのか……そういうところは昔から変わらんな。コータに告白する前と何も変わらんではないか」


「うぅ……」


「まぁまぁアリスさんや、そこも文のいいところなわけで」


「だがお前はフミとまぐわいたいのだろう?」


「したい!」


「うぅぅ……」


堂々と隠すこともなく言ってのける康太に対し、文は困ってしまっていた。したくないわけではない。むしろしたい。文だってそういうことに興味もあるし康太と結ばれたい気持ちだってあるのだ。

だが理性が邪魔をする。


こうなってくると先ほどアリスが言っていたように、酒に頼るしかないのではないかと思えてしまうほどだった。


「とはいえ、ここまで奥手ではな……コータ、むしろ力づくで襲ってしまえば解決するのではないか?フミならばそれでも喜ぶだろうて」


「いやいや、さすがに無理矢理はなぁ……」


「先ほど言っただろう。嫌よ嫌よも、という言葉もある」


「そういうもんなのか?」


「私に聞かないでよ!今頭ぐちゃぐちゃなんだから!」


冷静な思考ができていないのは文も理解していた。とはいえ、このまま康太を待たせ続けるのも申し訳ないとも思っていた。


まさか、康太が社会人になるまで待つわけにもいかない。康太と結婚するのは、康太の勢いのままに行けばはっきり言っていつでもできてしまう。


その気になれば康太は次の日どころかこの瞬間にも文と籍を入れるつもりでいるのだ。嬉しくないわけがない。文からすれば、康太にそこまで思ってもらえるのは純粋にうれしいことだ。


だからこそ、康太との初めてだからこそ、互いに初めてだからこそ、その初めてというものを大事にしたかった。


思い出に残すという意味でも、そして、経験という意味でも。


最初で最後の始まりの一回。それを少しでも良い思い出にしたいと思うのは、少しでも大事にしたいと思うのは、文の我儘のようなものだ。


それが、康太に負担を強いているのもわかっている。情けないことだが、アリスの言うように奥手になってしまっているというのも事実だ。


肝心な時にヘタレてしまう。アリスの言うように、昔から文はこういうことに関しては、情けないままだった。


「とりあえずコータよ、お前は良いホテルでも探しておくがいい。逃げられん状況を作ればこのヘタレも腹をくくるしかなくなるだろう」


「そういうもんかね。文は昔からシャイなところあるからなぁ」


「女というのはそういうものだ。惚れた者の前では、いい格好をしようとし、だらしない姿を見られたがり、同時に支配されたがり、支配したがるもの……まぁ男のお前にそれを理解しろと言っても無理な話だ。だからお前はとにかく場だけを整えろ。あとはもう流れだ」


「うっす、アリスパイセンさすがっす」


「当然だ。伊達に何百年も女をやっていない」


それは果たして褒められることなのだろうかと文は内心首をかしげてしまうが、アリスの言うように逃げられない状況を作ってしまいさえすれば、追い詰められてしまえば窮鼠の勇が自分にも宿るかもしれないと文は考えていた。


いつだってどうしようもない状況だろうと、何とかしてきたのだ。今回もそうなるのかもしれないと思いながらも、それでも、どこか足踏みをしてしまう。


「あぁ、それともだ、フミよ、避妊面、子供を作ってしまうかもということが気がかりなら、私が何とかしてやるぞ?絶対に子供ができない状態にすることだってできなくもない。ただ欲望のままにやりたい放題できるだろうよ」


それを聞いたとき、文は一瞬考えた。そうすれば安全なのではないかと。だが、文の中で、それだけは違うと、それだけは嫌だと、そんなことを思ってしまった。


「やだ……康太の赤ちゃんは……欲しいし」


口にするつもりはなかったその思いが、漏れ出るように出てしまった。口にした次の瞬間には、文はしまったという表情を作り、同時に顔を真っ赤にし、大量に汗をかき始める。


それを見ていた、そして聞いていた康太は、無表情のまま文を見ている。アリスは呆れたように、そして鬱陶しそうに笑う。


「……もう私は関与せん。お前たちの好きにしろ。やりたいだけやってしまえ。そしてとっとと子供の顔を私に拝ませろ。着床さえしてしまえばあとの体調管理は私が全部やってやる。早々に孕ませてしまえ!」


「ちが!今のは違うから!そういうのじゃなくて!」


「ならどういうことだというのだ!?いい加減まごついてないでとっととやることやってしまえ!コータ、お前も聞いていただろう。もう我慢することなどない。とっとと家に帰ってまぐわってしまえ。私が許可する!」


「あ、あんたの許可が何だってのよ!あんた私の親!?」


「似たようなものだ!もう二十歳になろうという娘がいつまでもぐだぐだと生娘のようなことをいいよってからに!腹をくくれ腹を!」


「わ、私はまだ生娘だから!処女だから!別にいいじゃないの!」


「だからこそだ!やることやっているくせに本番だけに二の足を踏むなど言語道断だ!貴様それでも魔術師か!普段の度胸はどこに行った!」


「ぅぅうぅぅぅぅぅ!」


それを言われてしまうと文としては返す言葉もなかった。基本的に文が思いとどまっているのは、はっきり言って感情論でしかない。


もっとも、康太がしたいなどと言い出したのも行ってみれば感情が根底にあるためどっちもどっちなのだが、今の状態が歪であるということは文自身自覚している。情けない話だということも自覚しているし、康太に申し訳ないという気持ちもある。


そういう意味では、文が早々に踏み出してしまえばそれで解決する話なのだ。


「とにかく、これ以上遅延行為は許さん。ほかならぬコータが我慢の限界だろうしな。とっとと決めてしまえ。一度やってしまえば『なんだこんなものか』となるものだろうよ。場合によってはコータ、お前がリードしてやれ。このヘタレでは話が先に進まん」


「とりあえずホテルは予約したわ。外堀を埋めていく作戦で行こう」


「さすがコータ話が早いな、次はデートプランだ。お嬢様にも思い出になるようにしっかりとしたものを組むのだぞ。あとはもう力づくだ」


「女の子だとどういうデートプランがいいんだろうな……アリスえもん、アドバイス頼む」


「私のようなものにアドバイスを求めるな。そういうことに関しては門外漢だ。女ではあるが、女の子というのは歳を取りすぎているのだ」


「姉さんを頼るかなぁ……でもさすがにこういう内容はちょっと相談しにくいなぁ……」


文がまごついている間にどんどんと話が進んでいた。もはや逃げられない。逃げ道をどんどんと塞がれている。


このままだと本当に、その未来が訪れる。確実に。


一瞬、悪くないかもしれないなと思いながらも、まだ文は心の準備ができていなかった。


アリスにヘタレだといわれてしまうのも、無理のないことかもしれなかった。


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