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おまけ 短編集  作者: 池金啓太
J/53 after 『Kfrom0』
10/24

その部屋を出たら

剣でも拳でもなく蹴り。初手の攻撃に真一は驚きながらも寸前のところで回避する。


てっきり剣術が進歩したところを見せてくれると思っていただけに、真一は面食らっていた。

だが驚いたのはその先である。


顔面を狙った蹴りが真一の顔の少し前を通り過ぎた瞬間、真一の喉元に剣が襲い掛かっていたのだ。


完全に反応が遅れた。当たってしまうと覚悟した瞬間、とっさにオルビアが反応し襲い掛かる剣を防いで見せた。


心の中でオルビアに感謝しながら、真一は未来の自分から距離を取った。


蹴りをよけたと思ったら斬られそうになっていた。蹴りは囮でその後の剣撃こそが本命。今まで真一が培った技術の中にはあのようなものはなかった。


先ほどまで戦っていた五十嵐静希もあのような技は使っていなかった。


つまり、あの攻撃は真一がこれからの何年かで習得したものということになる。


面白い技術であると考えると同時に、それがあまりにも不可解なことであると真一もわかっていた。


もともと蹴り技は自分の安定を意図的に崩しながら放つものだ。そんな状態で剣を振るったところで大した威力にはならない。


しかももともとオルビアには重さがないのだ。そんなオルビアで不安定な状態で切り付けたところでかすり傷程度しか負わせることはできないだろう。


いったい何を考えているのかと、未来の自分を見ていたが、その状態が先ほどまでと少し変わっていることに気付く。


いや、外見上は何も変わっていない。だが明らかに変わっている点が一つ。


オルビアの刀身の色が変わっているのだ。

オルビアの刀身は美しい白銀だ。だが未来の真一がもっているオルビアの刀身は黒く変色している。


さらに言えばその形さえも変わっていた。一回りか二回りも大きく、そして太くなっている。


オルビアの剣が変質しているのか、それとも何か別の何かか。真一には理解できなかったが、オルビアの剣の間合いが変化していることは憂慮すべき事項であると、剣を構えた状態で再び待つ。


先ほどは不意打ちを受けてしまった。次はどんな攻撃も次の攻撃につながっていると考えたほうが良い。そう考え真一は完全な警戒態勢へと移行する。


僅かに揺れる未来の真一の姿に、警戒の色をあらわにする真一。明らかに攻撃をしようとしているのはわかるのだが、その攻撃の方法がわからないのだ。


先ほどの動きにしたってどのようにしたのか全く分からない。オルビアの状態にしたってどのようになっているのかわからない。


不明なことだらけで打つ手がないというのが正直なところである。


揺れながらリズムをとっていた未来の真一は、何の合図もなしにいきなり急接近してくる。


振るわれる拳と蹴り、そして不意に襲い掛かる剣。拳と蹴りに意識を集中させて本命の剣を叩きつけるつもりなのだろう。


だが囮になっているはずの拳と蹴りも十分重い。受け流そうとしても体格に差があるせいか、なかなか思うようにいかなかった。


そしてオルビアの剣撃にも変化があった。


重いのだ。


剣なのだから重いのは当たり前と思うかもしれないが、オルビアは霊装。物体としての重さがないために一撃一撃は軽いはずなのである。


だが振るわれる剣撃には重さがある。一撃一撃、受け止めるたびに手がしびれる。体重を乗せているような素振りはない。単純に剣の重さだけを叩きつけているかのようだった。


これが本来のオルビアの剣であるバスタードソードの使い方でもある。重さに任せて振り回し叩き斬る。

オルビアは重さがなかったために今まで日本刀に近い引いて斬る手法を多用してきたが、重さが宿っているのであれば問題なく本来の使い方ができるということだ。


そして気のせいではないだろう、この動きの方がひどく似合っているのだ。目の前の鎧がそう見せるのか、それとも未来の真一が使っているからこそそう見えるのか。


どちらにせよ今の真一では捌ききれる攻撃ではないのは確かである。


攻撃速度自体は対応可能だが、一撃一撃が重すぎて防御していると、防御した腕や剣が弾かれて一つ一つの動作で反応が遅れてしまう。


完全に回避したいところだが、重い鎧をつけている状態では回避に専念することは難しかった。何より相手の方が若干速い。訓練のたまものか、それとも単純に筋力があるのか、動きやすい鎧にリフォームされているのか、あるいはそのすべてか。


純粋な力でも機動力でも、技術でも上をいかれている。今の真一に勝ち目はないだろう。それもそのはず。目の前にいるのは未来の真一なのだから。


とはいえ、このまま何もできないまま負けるつもりは毛頭なかった。


相手がダイナミックな動きをしているというのなら、こちらはあくまで堅実な動きをするまで。


できないことを無理にやろうとしても無駄に終わる可能性が高い。ならば今できる最高の技術をぶつけるしかない。


今まで練習でできなかったことが本番でできたためしはないのだ。この場でもやることは同じ。


練習と同じことをするだけ。真一は相手の動きをしっかりと確認しながらその法則を見極めようとする。

目の前にいるのが未来の真一ならば、その動きは努力によって掴みとったものだ。人のできる動きには限界があるのだから必ず隙はある。真一は防御をしながら必死にその隙を探していた。


拳と蹴り、剣での攻撃が激しく続く中、真一は自分を包む鎧のおかげで何とか耐えることができていた。


単純な打撃でもほとんどの攻撃を鎧が防いでくれているために、ダメージ自体はそれほどでもない。

ダメージそのものをあまり受けていないために真一は問題なく動くことはできている。


だが問題なのはダメージよりも体力である。すでに一度五十嵐静希と戦闘を行っているために、真一の体力はすでに限界に近づいていた。


今までの戦闘でもこれほど長い間鎧をつけて戦闘をし続けたことはない。互角か、それ以上の相手と戦い続けることがこれほど体力を消耗するとは知らなかったために、真一は焦っていた。


あとどれくらい全力で戦えるだろうか、自分の体に問いかけても体の中に注入されたアドレナリンのせいで自分の体力を正確に把握することができなかった。


このままでは途中でいきなりガス欠になってもおかしくはない。


そもそも真一は近接戦をメインにして戦うようなタイプではないのだ。歪む切札を使って射撃戦と近距離戦を使い分ける準中距離支援型の戦い方を好む。


近接型の人間はこんなことをずっと続けているのかと真一は朦朧としてきた意識の中でそんなことを考えていた。


そんな時、真一の足が未来の真一の足払いによって弾かれ、そのまま転んでしまう。


荒く息を突き、大の字になった状態で倒れた真一は立ち上がろうとするが、足がわずかに痙攣していた。


運動部だった頃によくあったことだ。動きすぎてエネルギーが足りていない、水分も欠如しているのか筋肉が攣りかけている。


そしてそれを見ていた未来の真一もこれ以上続けるのは無理だと判断したのか、ため息をついてオルビアをトランプの中にしまい込んだ。


真一もそれに倣ってオルビアをトランプの中にしまい込む。正真正銘この場には武藤真一しかいなくなったことになる。


年齢がいくつのものなのかは不明だが、目の前にいるのが未来の武藤真一であるという確信が真一にはあった。


小さな癖とでもいうべきか、息遣いや手の動き、意識的にやっていることから無意識にやっていることまで、誰かに指摘されたことがあるようなものから自分しか知らないようなことまで、小さなことが一致するのだ。


目の前にいるのが未来の自分。そう分かっても、真一としてはどう対処したらいいのかわからない。


子供の自分と大人の自分。いったい何があったのか、どんな努力をしたのか、気になって仕方がないが、とりあえず真一は体だけでも起こそうとする。


だが、未来の真一はそれを止めて何やら口元を指さしている。


そのジェスチャーは、真一が喋れという意志を誰かに伝える時にするそれと同じだった。


未来の自分であれば喋っても大丈夫なのだろうかと、真一は口を開く。


「本当にお前は、未来のおれぇえぁああ!?」


一言喋った瞬間に、真一の体が勢いよく何かに引っ張られる。その瞬間、未来の真一は真一に指をさして馬鹿にするようなポーズをとっていた。


やられた。


真一がそう理解するよりも早く、真一は部屋からたたき出され、勢いよくマンションの廊下の壁に叩きつけられた。


「・・・ワォ、まさかそんな形で退室するシステムだったとは・・・っていうか大丈夫かい真一」


「・・・あの野郎・・・!覚えてろよ・・・!やりやがった・・・!」


「・・・何がどうなってるのかはわからないけど落ち着いて・・・なんか鎧が禍々しくなってるよ?」


真一の怒りによって分泌された体内物質を検知してか、体内の細菌が鎧を攻撃的なものへと変化させつつある。


だが真一はそんなことは気にしていない。未来の自分がこれを自分にやりたかったのかどうかはさておいて、あのバカにしたようなポーズは一生忘れないだろう。


そんな中、オルビアがトランプの中から出てきて真一の鎧を外し始める。


「マスター、おそらくあの方もマスター自身なのですから、覚えてろよと言っても結局自分に返ってくるだけなのですよ?」


「それはそうだけどさ・・・!あのむかつく態度・・・!ぶん殴ってやりたい!」


「・・・ご自分を殴る結果になりそうですが・・・」


未来の自分を殴りたいといっても、結局殴れなくて終わるのが関の山。ならば自分の顔を殴るかと聞かれると、さすがにそれも遠慮したかった。


「何があったのかは聞かないほうがいいのかな?ここまで怒ってる真一は久しぶりに見るよ」


「うっさい。未来の自分が思った以上にクズだったってだけの話だ・・・!五十嵐静希はめちゃくちゃいい人っぽかったのに!なんだこの落差!俺あんな人間になるの!?」


五十嵐静希は自分がはじき出されることを知っていてなお、オルビアのことを気づかような発言をしたというのに、未来の自分ははじき出される自分を見ながら笑ったのだ。


将来自分があんな人間になるなど、真一は認めたくはなかった。だがこれが事実なのだろうと歯噛みしてしまっていた。


だがそこにここの管理人の古賀が恐る恐る話しかけてくる。


「あの、この部屋で入れるのはあくまで未来ではありますが、確定しているわけではありません。いくつもある未来の中から選ばれてはいるだけの話です」


「そうなんですか!?よし!俺今日から真人間になる!真っ当な人間になる!」


「それだと今が真っ当じゃないみたいだけど・・・それじゃあ次は僕が行ってくるよ。さて誰に会えるやら」


真一の後にネイロードがその部屋の中に入っていく。いったい誰に会うのかは真一には分らなかったが、オルビアはその様子をほほえましそうに眺めていた。


数分後、ネイロードは真一と同じように扉から勢いよくはじき出されてきた。


転がるように廊下に飛び出してきて壁に叩きつけられたネイロードは、涙目になりながら痛みに悶えている。


「あはははは!お前もはじき出されてきたか!」


「っくぅぅぅ!いや、あれは仕方ないでしょ!卑怯だよあれ!そりゃびっくりするよ!なんなのあれ!」


「落ち着け、何があったのかさっぱりわからない。とりあえずスタンダップ」


衝撃による痛みと、部屋の中での混乱のせいもあって、部屋の中で何があったのか全く説明できていないネイロードに真一は苦笑しながら手を貸す。


この廊下に叩きつけられるシステムはどうにかならないのだろうかと思いながら、真一は外し終えた鎧を一カ所にまとめながらネイロードの方を見る。


「で?何があったんだよ?聞いてもいいのかわからないけど」


「いやもうびっくりだよ・・・何人も人がわらわらくるんだよ。いったい誰!?ってレベルでさ・・・でもその中には若いころの父さんもいてさ・・・」


「へぇ・・・親父さんが・・・ってことはその人たちって全員」


「・・・うん、たぶんうちの一族だと思う・・・オルビアは知っていたの?」


ネイロードの家、パークス家は五十嵐静希の生きていた時代からの付き合いがある。その関係でこの部屋のことを知っていても不思議はない。


とはいえまさかあれほどの数の人間が登場するとは思っていなかっただけにネイロードはかなり驚いてしまっていたようだった。


「はい、エドモンド様は静希様にこの部屋を紹介されてより、代々自らの直系の人間のみにこの部屋へ入るように命じておりました。おそらくその話がずっと続いていたのでしょう」


「人が悪いなぁ・・・教えてくれてたらまだ耐えられたのに・・・写真で見てた人たちの顔がどんどん出てくるから心臓に悪かったよ」


いくら自分の先祖とはいえ、父、祖父、曾祖父などの面々が若い顔で現れればそれはびっくりするだろう。


最初は誰?となるかもしれないが、アルバムなどで見た顔であればネイロードならばピンとくるものも多いはず。


「でもさ、入ってきたって言っても四、五人くらいだろ?五十嵐静希の年代からどれくらいだ?四代か五代くらい?」


「そのくらいだと思われます・・・ネイロード様、何名ほど現れたのですか?」


「いや五人なんてレベルじゃなかったよ?最初にもうすでに四人いて、僕が入った後にぞろぞろと・・・中には仮面付けてた人もいたなぁ」


「・・・となると、ネイロード様の子孫の方々でしょう。未来でもパークス家は繁栄しているということでしょうか」


「ワォ・・・未来の子供たち?僕まだ彼女もいないんだけど」


先祖だけではなく子孫にも出会うことができるような場所だとは思っていなかったのか、ネイロードは自分の今後に少し不安を抱いているようだった。


あれだけの子孫ができる可能性を今自分が担っているという自覚が出てきたのか、ネイロードは必死に今後の男性としての活動について悩んでいた。


「ネイロはいいだろ、お前ぶっちゃけより取り見取りじゃん。会社の人含めお姉さま方にモテモテだろ?」


「あれは僕がパークスの人間だからかわいがってくれてるだけだよ・・・僕としては同年代の女子からモテたいね」


「贅沢言いやがって・・・あの人はどうだよ、なんだっけ・・・リリーさんだっけ?」


「あぁ・・・アイギスさん?あの人こそうちの中で僕を無駄に溺愛してる人の一人だよ・・・幹部候補なのにいつまで経ってもふらふらしてさ・・・」


「お前あんないい人に可愛がられてるくせになんて生意気な・・・!これがボンボンの恐ろしさか!」


話に出てきたのはリリー・アイギス。アイガースの中でも重要なポストにいる一族の一人である。

事あるごとにネイロードをかわいがる、現役大学生である。


「将来のネイロード様のお話はさておき、お二人ともいろいろと学ぶことができたのではないでしょうか?」


「・・・学ぶっていうか事故だよ事故。僕からすれば自分の将来について考えさせられたね。未来の子孫をなかったことにするわけにはいかないよ」


「同じく。未来の俺許すまじ」


二人の反応にオルビアは苦笑してしまう。


二人の間でかなり未来の情報に関して議論はされるだろう。だがこの二人の少年の中で意識がいろいろと変わったのは間違いない。


オルビアも今日という日に満足していた。かつての主に久しぶりに出会えた。剣を交えることができた。

今日という日をオルビアは忘れないだろう。そしてまたこの部屋に入る日まで、きっとこの主に仕え続けるのだろうと、オルビアは目を細める。


「そうだオルビア」


「はい、なんでしょう」


「・・・これからもよろしくな」


オルビアを頼む。


五十嵐静希から言われたからというわけではないが、真一はそういっておきたかった。そういうべきだと思った。


その言葉に、オルビアは笑みを作る。


「はい、マスター」


剣を預けた主。無能力者だった彼に、今後もオルビアは仕え続ける。


これから彼がどのような存在になろうと、どのような道に進もうと、彼の手にあるのは自分なのだと、そう言い聞かせる。


「っていうか五十嵐静希って結構細かったぞ。もっとごつい人を想像してたよ」

「へぇ、どんな感じだったんだい?」


「なんていうか・・・人のよさそうな感じ。けどびっくりするくらい怖い笑い方する。魔王みたいな感じだったわ」


「はっはっは、笑顔が怖いってことか。結構それで損をしてたタイプなのかもしれないね」


未来の話に花を咲かせる二人の少年を見ながら、オルビアはかつての主と出会えた部屋を見つめる。

この場所で、この時代で、少年たちは成長し続ける。オルビアはそれを支え、導く。


かつての主との約束を果たすため、そして自らが仕える主を支えるため。


オルビア・リーヴァス。霊装となった彼女は、今もこうして少年の傍らにい続ける。


これにてプレゼントSSは完結です。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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