夢
目の前に巨大な炎が巻き上がっていた。
空中を飛翔するいくつものトランプ。そしてそのトランプから射出されたナイフや釘を吹き飛ばす、強烈な爆発。
目のくらむようなその光景に、つい目を細めてしまう。
そして炎の奥から、一人の、いや一匹のと表すべきだろうか。到底人間とは思えない姿をした何かが現れる。
頭部には巨大な角が二本。炎によって作られているかのような赤色化したその体は、人間のそれよりも一回りは大きい。
炎鬼。そう表現するのが最も適切かもしれない。
そしてその鬼の左腕は人の者とは大きく異なっていた。
棒状で、先端がとがった、所謂円錐状の槍。そこまで大きさはないものの、その槍を見て目を見開いてしまう。
目の前にいるの炎の鬼は、何かを話しているが、その声が届くことはなかった。何を伝えたいのか、何を話しているのか。気になることだというのに、その声は、その言葉が耳に届くことはなかった。
そして意を決したように、鬼が動き出す。
自らの体の周りを縦横無尽に高速で移動し続ける。どこから攻撃してくるのか、周囲を飛翔しているトランプも鬼を追いかけるがその速度に追い付けていなかった。
そして目で追おうとしても、その速度に体が追い付かない。
鬼の姿を一瞬見失った次の瞬間、背後から槍が襲い掛かった。
だがその手にいつの間にか握られていた剣が、不自然な軌道を描いてその槍を受け止めた。いや受け止めたというよりは盾になったというほうが正しい。
その証拠に、槍の衝撃に耐えられず、体ははるか後方へと吹き飛ばされてしまっていた。
剣が勝手に動いたかのような駆動、その意味を考えるよりも早く、再び鬼が周囲を高速で移動し始める。
不規則な動きに目も体も追いつかない。背後からの攻撃を何度も受け、そのたびに剣が動いて守ってくれているのがわかった。
そして四度目、その攻撃が来ると確信した瞬間に前方へと跳躍し、背後から襲い掛かっていた鬼めがけてトランプを向ける。
次の瞬間、爆発が周囲を包み込んだ。
爆発の勢いによって吹き飛ばされた体は中を待っている。あの鬼もさすがにこの爆発に巻き込まれたらどうしようもないだろう。
そう思ったが、その考えは瞬時に覆される。
爆炎を引き裂くかのように、その鬼は一直線にこちらに向かってきていた。
先ほどの赤色ではなく、その色は白へと変化していた。
その腕にあった槍はなくなり、太い腕があるだけだったが、それだけでも十分すぎた。
空中にある自分の体めがけて、鬼の拳が襲い掛かる。
強烈な痛み、体の中から響く骨と内臓が痛めつけられる音を聞きながら、その体は何度も地面を跳ね、木に激突した。
強い痛みを受けたせいもあって、視界が明滅する。足や腕が痙攣し、満足に動かすこともできなかった。
そんな中、鬼が近くに歩み寄っていた。
もはや動けない。そんな様子を見てか、鬼はその姿を変えた。
そこにいたのは茶髪の、体格のいい男子だった。大人というには幼く、子供というにはたくましすぎる。
僅かに垂れたその目が、自分を睨んでいる。いったいどんな恨みを持っているのか、一体なんでこんなことをするのか、理解することはできなかった。
鬼だった少年は、自分の胸ぐらをつかむと何かを叫んでいる。
いったい何を伝えたいのか、何を怒っているのか、理解はできない。目の前で叫んでいるというのに、その声は、その言葉はこの耳に届くことはなかった。
この少年はいったい誰だろうか。目の前にいる少年の顔を見て、眉をひそめたが、まったく覚えがなかった。
きっと、自分ではない誰かに話しかけているのだろう。それは、きっと自分の知っている人物なのだろう。
自分に向けられた言葉ではないから、自分には聞こえないのだ。そう理解して、薄く笑みを浮かべた。
そして目の前の少年が怪訝な顔をした瞬間、動かなかったはずの左腕が勢いよく動き、少年の顎を打ち抜いた。
その腕は人の腕ではなかった。鎧のような、甲冑のような、機械のようなその腕は、動かないこの体の代わりに少年の顎を打ち抜き、体の自由を完全に奪っていた。
少年が倒れると同時に、剣から金髪の女性が現れる。見知った顔を見つけたことで安心してしまう中、女性に肩を借りながら立ち上がる。
鬼だった少年が、動かない体を動かそうともがいている。そして何かを叫んでいる。だがやはりその声は聞こえなかった。
周りに振っている雨の音だけが耳に届く。ここは一体どこだろうか。いったいいつなのだろうか。
そんな疑問を抱いて、その疑問に意味がないことを思い出して、ゆっくりとため息をつく。
目の前に現れた巨大な獣にまたがった瞬間、景色が暗転し、独特の浮遊感に包まれる。
空を飛んでいるかのような、落ちているかのような浮遊感。
体の奥の鼓動の音が妙に大きく聞こえる。どんどんと大きくなっていくその音が最高潮に達した時、誰かに呼ばれた気がした。
「・・・夢か・・・」
目を覚ました時、そこにあったのはいつもの寮室の天井だった。
いつものように見た、かつてあった夢。その夢を反芻しながら、彼、武藤真一はゆっくりと体を起こしていた。
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