表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異形の修道士は花を摘む  作者: かみ
船上ノ旅
35/40

賭けを好む師弟達への難儀-3

 給仕の女性、調理場の男性、男性から聞いた話を手帳に纏めているノア、その横、船長が出て行った扉へ向け簡素な敬礼をした侭でいたアウロラへと、ハーマンは視線を注いだ。

 現場をざっと検証した所、一概に殺人事件と断定するには決定打に迷う点が多い。

 ――何故彼女は、アウロラ・サレスソトは、殺人事件だと言って部屋に駆け込んできたのだろうか。

 ついつい目を細め、アウロラを見遣るハーマンのその人相は、些か距離を詰めるに憚る物である。


「あら、ハーマンさん。私に激しい熱視線をくれるのは有り難い事ですが、顔が大分オッカナイです」

「……いや、まぁね。アウロラ、君から少しばかりお話を聞かせて貰えやしないかと思って。良いかい?」

「え? えぇ、構いません、私でよければ、いくらでも」


 ハーマンの声に気後れした様子も無く、自らの胸元をぽんと叩くと、アウロラはそそくさと近場のテーブルに着く。

 テーブルには掌にすっぽりと収まりそうな赤色の陶器がひとつ、ちょこんと置いてある。蓋を開け、中の小さな匙で何かを取り出すと、ほんの微量だけアウロラは口に含んだ。

 やや赤茶色を帯びた粉末の様に見えるそれに一瞥を向けつつ、ハーマンはアウロラと向かい合う椅子へと腰掛ける。


「なんだい、それは」

「あぁ、えへへ。これはですね。干して細かく砕いた海藻を、海のお水を天日干しにして作った海塩に混ぜたもので……」

「あの」


 陶器に蓋を被せて何の気なしに答えるアウロラの背後から、若い女性の声が聞こえてきた。

 何かと見遣るハーマンの目に、死んだ女性とテーブルを共にしていた彼女が小走りに駆け寄ってきていたのが目に映った。

 むぐ、と唇を閉じたままでいるアウロラを横から覗き込み、彼女は肩を竦める。それから、何処か寂しそうな、けれども嬉しそうに複雑な表情を浮かべた。

 きょとんと目を瞬きさせるアウロラ、不躾に彼女を見据えるハーマン。二人の様子に彼女は苦く笑った。


「あなたが。食事に着く前の姉さんと同じ仕草をしていたので……」

「ユリア! こっちに戻るんだ!」


 ユリアと呼ばれた彼女は、死んだ女性の婚約者である男に呼び戻される。

 びくと肩を震わせた直ぐ後、ユリアは頭を下げて踵を返した。


「……ごめんなさい、なんでもないんです」


 斯様な言葉を残して足早に男の元へと向かい、頭を下げてテーブルに着き直していた。

 彼女の背中を追って視線を投げるアウロラへ咳払いをすると、ハーマンは改めて塩を舐めていたアウロラと顔を見合わせる。

 どうですか? などと塩入りの器を勧めるアウロラに首を振って断った。

 周囲を今一度、視線のみで見回すハーマンの所作は、さながら誰かに聞かれるわけにもいかない話をするのだ、とでも言えよう。


「単刀直入に聞こう。アウロラ」

「はい?」

「俺の部屋に飛び込んできたとき、君は殺人事件だと言っていた。まだ検証途中だけれどね、被害者の女性の外傷に傷は見られないから、何が彼女を殺したのかすら未だ私には判っていない。

 ――何故君は、殺人事件だと断言できたんだい」

「え……」

「根拠があるなら教えてほしい」


 その瞬間、多弁を極めていたはずのアウロラだったが、彼女はハーマンの言葉に声を詰まらせた。

 目を瞠り、呼吸を止めたかの様に微動だにしない。はく、と、空気を食むのみに留まって、アウロラは数回唇の開閉を繰り返す。

 言葉を探す様にアウロラの視線が彼方此方へ逸れ、悩みを抱いているかの様に顎を引いて眼を合わせない。

 何か彼女は隠している。


「……、………」

「アウロラ」


 酷く穏やかな声で名を呼ぶハーマンだが、アウロラは視線を合わせようとしないままだ。

 如何した物だろうとハーマンが目を眇める瞬。


「先生!! ハーマン先生!」


 ハーマンとアウロラが座るテーブルへ駆け寄ってきたノアが、何かをハーマンの目の前へと寄越して置いた。

 花の形を象った、小さな置物にも見える。だが人の歯形がついており、花弁の一部が欠けている。

 訝しげな面持ちでそれを覗き込むハーマンの対面で、アウロラもまた、それを凝視していた。

 少々呼吸を荒げたノアがハーマンの傍らに棒立ちし、……アウロラへと目を向ける。


「これは。死んだ女性、アリアさんが口にしたと思われる砂糖菓子です。ケーキの上に乗せてあったそうで…先程の、修道士の方々も同じケーキをお願いした時には、このような砂糖菓子は無かったと。

 ケーキは彼らの結婚祝いとして食卓に運ばれ、その際に給仕をなさっていたのはアウロラさんだったと。アリアさんの妹、ユリアさん曰く、砂糖菓子は、既にケーキの上に乗せてあり、……。

 ……切り分けや、ケーキの上にひとつずつ置かれた砂糖菓子の配分は、アウロラさんであったと……」

「………………」

「……ハーマン先生が、アウロラさんとお話ししている間。船長の許可を得て、生け簀の中でも小さな魚を一匹、生かしたまま水ごと別の容器に移して砂糖菓子の一片を入れました。それが……」


 ハーマンもアウロラも、砂糖菓子とノアとを交互に見遣るのみで口を挟む様子はない。ノアの影から、水と魚の入った硝子の器を持った調理場の男性が顔を出す。

 何か言いたげにアウロラを見詰める男性だが、唇を動かさず、ふすりと鼻を鳴らして器を砂糖菓子の横にそっと置いた。

 小さな海の魚が、腹を上にして水面に浮かんでいる。死んでいる事は明白だ。


「……すみません。ハーマン先生に許可を取ってから、行おうと。思っていたんですが。

 一緒にテーブルの上に置かれていたワイン、紅茶などもほんの微量ずつ水に混ぜてみましたが反応は無かったんです。

 念のためと、砂糖菓子を小指の先程度の量を入れただけで。飄々と泳ぎ回っていた魚が、十数秒と持たず死んで……しまったんです……」

「………、…なるほど」


 ハーマンは一言そう呟いてノアを見上げた。

 手帳を握る手が悔しさを露わに紙片をくしゃりと潰している。俯くアウロラへ視線を向けているその顔は、アウロラへ向けて言葉を選ぼうとする焦りを含んだ表情を浮かべていた。

 立ち尽くす調理場の男性へ、貴重な食糧を無碍にしたと謝罪を口にし、ハーマンは椅子を引いて席を立つ。

 いや、立ちかけた所で、遠目から静観していたアリアの婚約者、ダナが声を張り上げた。

 

「その女は人殺しだ」


 と。 

 乱暴な足音を立てて歩み寄るダナを宥める暇もなく、アウロラの肩を掴み揺すった。

 語調こそ静かなものだが、一音一音が低く沈みきっている。


「そ……そんな、ちがいます、わたしは、私は!」

「僕はその時席を立っていたので見ていなかったけれどね。君がケーキを切り分け、砂糖菓子を飾り、アリアを殺したのだろう?」

「落ち着いてください、ダナさん」


 何度も声を詰まらせ萎縮しきるアウロラを詰るダナの腕を掴み、ハーマンは淡とした声でダナへと告げた。


「アウロラさんをその様に呼称するのはまだ早計過ぎます。……ノア。砂糖菓子はアリアさんのケーキにのみ乗っていたのかい?」

「あ、いいえ。ダナさん、ユリアさんのケーキにも同様の物が乗っていました。違いがあるとすれば、花芯の色が違った事くらいですが。ユリアさんのケーキに載せてあった砂糖菓子もまた、食べた形跡はありましたが……」

「どれが毒入りかと見分けるに易いだろうな」


 アウロラを睨み付けながら、ノアの言葉を遮ってダナが口を挟む。

 

「……聞いた限り、ダナさんに砂糖菓子の心当たりなどは無さそうですが?」

「無い。そもそも、菓子といえど僕はあんな形の花を見た事すら無い」


 吐き捨てるダナの声に、硬くさせたままでいた表情に、アウロラは驚嘆の色を含ませる。

 ハーマンが片眉を上げてその様子を記憶に留め、ふむと一息吐いて後頭を搔く。


「……アウロラさん。もう一度聞きます。何故君は、殺人事件だと断定したのかと」 

「は? 自らが殺していながら何を……」

 

 口を挟むダナの腕を振り払い、アウロラががたりと椅子を退けて立ち上がる。


「アリアが。アリアスティアが! 言っていたんです!!」


 振り返り、ダナを見上げて睥睨するアウロラの目許に水気が滲んでいた。


「アリアスティアは、花を咲かせた様に愛らしい顔で私に教えてくれたんです。私はもうすぐ殺される。醜い性根の男に殺されると……!」

 

 食堂の床を、アウロラの両目から溢れ出る幾つもの水滴がぽたりぽたりと落ちて濡らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ