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異形の修道士は花を摘む  作者: かみ
夏ノ旅
18/40

閑話-坑道の暗がりで-2

 坑道の暗がりを、キャンドルランタンの暖かい光が照らしている。そして同時に、彼らの甲高い声が木霊した。

 剣の柄を握り直した私の元へ、彼らはやってきた。複雑に入り組んでいるだろう坑道内、踏み締める足音に一切の迷いを持たず、真っ直ぐと私の元へやってきたのだ。

 私は双眸を細め、坑道内の土を掘るばかりであった剣先を、やってきた彼らへと向けた。数は二体、彼らの得物らしい、短刀を携えているのが見える。内の一体が、私の姿を見て賑やかしく飛び跳ねる。


「男だ、おとこ!! 燻り殺す!! 燻製にしよう!!!」

「人間だ、人間! 紛れもない……んん…?」

「こいつ、あんまり肉はなさそうだけど、久々だから、美味しく食べないと!!」

「にんげん…?」


 飛び跳ねながらはしゃぎ騒ぎ立てる一体と反比例するかの如く、もう一体は私の方を見て訝しげに首を捻り始めた。

 過去、人間以外のモノ(魔物)に、私が人間ではないと気付かれた事はそう多く無い。少なくとも、首を捻らせている方は、相応の知性を持っているのだろう、か。

 いいや、今は彼らの出方を待っているべきではない。私は、早くベラの元に行かなければならない。


「おいどうしたんだよぉ! さっさと動けないようにして、食べないと!!!」

「それが、ちがう、こいつ、こいつは、人間じゃないような……」

「はあー!? こんな人間の匂いぷんぷんしてるのに!? いまさらどっちだってイイよ、火の気配がないなら、食べちゃえばおんなじ!!」

「!」


 躊躇うとはまた違う、何かを警戒するように二の足を踏んでいた一体を放置し、文字通り跳ねるように、彼は小柄な体を私の方へと弾ませ躍り出た。

 まるでスローモーションにでも掛けたかの様に、構えたナイフの刃を私の頸部へ的確に向けている姿がまじまじと見受けられた。人を殺し慣れている動きだと判じられる。

 きっと人の肉眼では、捉える間も無く断頭されてしまっていよう。言葉の幼さや、小さな体に秘められているとは思えない瞬発力である。殺すだなんだと言っていた言葉は、強ち誇張などでは無いだろう。

 視界の端に、捻らせていた首を戻した一体が、慌てたような表情をしているのが見える。

 私は固唾を飲み、構えていた剣を素早く頭上へ擡げて振り下ろした。


「―――ッっッ!!!???」


 ごつん、か、もしくは、ごちん。そんな酷く鈍くも間の抜けた音が、短刀を振るう彼の頭から響く。

 私は、先ず襲い掛かってきた彼に対して、剣の柄頭を思い切り脳天へと叩き付けたのである。彼が持つキャンドルランタンが、がしゃりと音を立てて地面へ落ちた。


「わ、ぁあッ――!!!!?」


 それを横目に、私は慌て焦れた顔へと表情を変えるもう一体の彼にもまた、ごちん。と、音を立てて、脳天を叩き付けた。

 ほんの一瞬だ。坑道内が静寂に包まれた。


「いっっだァアあああ!!!!」

「うッッがああァァア!!!!」

「……………」


 ……思い思いに叫び声を上げて、彼らが坑道内の地面に身を転がして身悶えたのは、言うまでもないだろう。

 私は、えも言われぬ顔できっと彼らを見ていたに違いない。

 一先ず、大事な光源であるキャンドルランタンを拾おうとした私であったが、その様子に気付くと、先んじて脳天を叩いた彼がかっ攫っていった。私が言えたことではないが、抜け目がない。

 そうした所で、彼らは私を睨み付けた。


「痛い! めちゃめちゃ痛い!!! いたいけな子鬼(ゴブリン)相手に容赦なく殴りつけるなんてオカシイよコイツ!!」

「いえ、襲われ掛けたもので、」

「そうだァそうだーー!!! 剣の柄で殴りつけてくるなんて、ふつう剣っていうのは、ものを斬るもんだろー!!?」

「はぁ。なるほど、」

「そこじゃない! お前ほんとにばか! そんな事いったら、コイツ殴るだけじゃなくて斬ってくるかもしれないじゃん!」

「まぁ、その手もまたありましたが、」

「ちがうよ! そうやって油断させて襲い掛かるとか、すればいいんだよ!」

「………」

「言っちゃったら意味ないだろう! ばか舌どころか、頭までばか!」

「うるさいなーーー!!!」

「ばーかばーか!!!」


 彼らの口は本当によく回っていた。口を挟む機会が、否、真面に喋る事が出来やしないかと投げ掛けてみたのだが、どうにも。

 

「ばかばかって、そればっかりしか言えないのどうにかしろよなー!!」

「だってお前ばかじゃん、ばかだよ、すごいばか!!!」

「ばかばか言うほうがばかって言葉、あるんだぞーー!!」

「そんなもんないし!! ばかはばかでしかないし!!」


 脳天を抱えるようにしながら、のたうち回っていた身を起こしたかと思えば、お互いがお互いを罵り合い始めてしまった。

 ……。私は、剣を携えたままに、改めて彼らの姿をよくよく眺める事にした。

 子鬼。彼らは確かにそう言っていた。人の姿に酷似した彼らは、人間には凡そ有り得ないであろう特徴を二つほど有している。

 ランタンの灯りで何となく判る程度だが、赤い肌膚と尖った耳を持っている事が最たるものだろう。それ以外は、嗚呼、とても人間に近しい。短いが、赤い髪らしき物も見える。

 次いで。ベラと同じか、少し小柄かという背丈である彼らの胸部には、角を持った動物の骨が装身具の様に飾られ、また体の彼方此方に、人のそれか、或いは動物のそれかは知り得ないが、骨をあしらった装飾で小柄な体躯を飾り付けていた。

 執拗にばかだばかだと罵っている子鬼の方がやや背は大きく、胸部は牛の頭蓋骨を、罵られている子鬼は羊の頭蓋骨を胸に飾っている。

 …便宜上。私へいの一番に襲い掛かってきた羊の彼は、キャンドルランタンを振り回して、牛の彼を威嚇していた。ぐらぐらと揺れるそれは、私達の影を右往左往に坑道内で移動させる。

 言葉を喋る事はもとより、あの様に複雑な服飾を繕うという文明を築く子鬼はそう居ない。彼らもまた、私に似た特異な存在なのだろう…か。それとも、人間と同じく、魔物である彼らもまた、私が居ない数百年の中で日進月歩しているのか。


「はあぁ……もう、つかれ、たぁ……」

「ば、…ばかぁ……は~~……」


 ――どれ程の時間が経っていただろうか。そうして観察に耽っていた私の眼前で、ぜえぜえと肩で息をしながら、彼らはその場にへたり込んだ。

 ガシャンと音を立てて、再度地面へ放り投げられたキャンドルランタンが転がっていく。私をそれを拾い上げ、すっかり小さくなった蝋燭の灯りに息を吐く。


「…………………気は済みましたか?」


 長く間を置いて投げた私の問い掛けに、彼らは揃って首を項垂れさせた。

 そっとキャンドルランタンを彼らの頭上へ擡げてみると、私が柄頭で叩き付けた箇所がほんのり盛り上がっているのが見て取れる。

 私は、手にしていた剣先で、彼らが地面へと落とした短刀を此方側へ寄せておく。私の所作に気付いた牛の彼が、「お前さあ!」私へ向けて指を差してきた。


「人間じゃあないだろ!!?」

「……はぁ」

「えッ! ええ!? まじ!!?」

「……このようななりをしてはいますが、そうですね。私は人間ではありません。はい」

「やっっぱりそうだ!! 火の気配はしない、肉の匂いはする、でもなんか、根本からちがう!!! このばかは気付いてなかったけど、お前はアレだ、かーさん達に似たなにかがある!」

「ばかってゆうな!!」

「ばかだろー!!! 動き、みきられやがってー!!!」

「しょうがないじゃん!!! コイツ人間じゃないなら、しょうがないじゃん!!」


 再び罵り合いを始めた彼らに、私は溜息に似た呼気を零したが。

 ……かーさん達、とは。

 いよいよ彼らの喧嘩が、取っ組み合いへと発展してしまう前に、私はキャンドルランタンを地面へ静かにおいて、空けた両手で彼らの首根を掴んで引き剥がした。


「喧嘩をしてはいけません」

「わぁッ!」

「おぁッ!」


 かーさん達と発した先の言葉は気にはなりますが、今はそれを事細かに訊ねている暇はない。一刻も速く此処を出なければ。


「早速で申し訳ありませんが、貴方がたには此処より道案内を願いたいと思います」

「道あんないぃ?」

「ええ。貴方がたは、私の元へ辿り着くまで、迷い無く坑道内を行き来していたようですので」

「そりゃあ、そうだよ。僕ら、かーさんの山にずっと棲んでるもん」

「そうそう! この隠れ家をつくった火の気配のする人間が棲む、ずっと前からだぞ!」

「はあ。そうですか。いえ、聞きたいことをはそうではなく……」


 私はもう一度だけ、彼らに向けて柄頭を向ける所作をした。判りやすく、彼らがびくりと肩を震わせている。


()()()をお願いできますか」


 比較的にこやかに微笑んだつもりではあるが、果たして彼らの目にはどう映っただろうか。


「うわ、わあ!! 道案内なんてする、いくらでもする!!!」

「だ、だからそれでぶったりするのはやめろよ! ばかばか!!」

「ありがとうございます」


 両腕を前に突きだし、首をぶんぶんと左右へ揺する彼らに、私は剣を引いて、腰から下げる鞘へとしまい込んだ。

 ……すっかり萎縮しきられてしまうのも考え物というもの。徐に彼らの頭を軽く撫でてから、私はキャンドルランタンを片手に持った。短い蝋燭が気がかりに思えたので、この坑道内で拾い上げた物の中から、未だ道標代わりに使っていない蝋燭へと変えておこう。

 さて、此処から出る算段が立ったと、勤しんで発つ準備を整えた私は、先程から静かな彼らを見遣る。…まだ立ち上がる所か、尻餅をついたまま私を見上げていた。


「貴方がたに名前は?」

「…はぁ?! 人間じゃないけど人間ぽいヤツめ! ぼくらに名前なんてないよ!」

「そうだそうだぁ、そんなのないよ!! 人間じゃないのに名前なんていらないもん!」

「そうですか。些か、呼ぶのに苦労を覚えますね。では、……ウシさんとヒツジさんで宜しいでしょうか? 道案内を乞いたいのですが、」

「ウシさん!?」

「ヒツジさん!!?」

「……ええ。貴方はウシの頭蓋骨を、貴方はヒツジの頭蓋骨をそれぞれ胸に飾っていましたので」

「…………」

「気にくわないのでしたら……」


 私の言葉に、彼らは各々の胸元の飾りをみて何やら訝しげに見詰めていた。亀より遅い歩みであれ、坑道内から早く出たいと考えている私は、直ぐに撤回の言葉を投げようと思っていた。束の間。

 彼らは両者とも全く同じ動きで、胸に飾っていた頭蓋骨を頭へと被り直した。…胸当て代わりかと思っていたが、あれは彼らの頭飾りでもあった……のだろうか。いや、私がまた叩き付けてくると思っているのかも知れない。

 あれこれと余分に考えている私の手を、"ウシさん"と称した彼が掴んだ。キャンドルランタンを持つ反対の手を、"ヒツジさん"と称した彼が掴んだ。


「仕方ないなぁ!!! 早くいくぞぉ、人間じゃないけど人間ぽいヤツ!!」

「ああ、はい。……あの、ところで。もう私は貴方がたに柄頭で叩く事はしませんが」

「ちがうー! こうしたほうが判りやすいだろ、判りやすいだろー!!」

「ええ、まぁ。はい。そうですね、識別がよりし易くなったと言えます」

「ほらぁ、ねぇ!!」

「早く、早くー!!」


 得意気になって私を見上げる彼らに挟まれ、私は、妙な事になったなと肩の力を抜く。そうして、幾重にも枝分かれし見える坑道を見渡していると、特に私を急かして引っ張るヒツジさんと、得意気に鼻を鳴らしてるウシさんに引き摺られていった。

 暗がりに慣れているとは言え、坑道内はどこまでも暗く続いている。昔の人間が知恵を絞り、試行錯誤を重ねて築き上げた道は、さながら迷宮の様相である。


 彼らは私を引っ張りながら、様々な事を教えてくれた。


 彼らは古代から、この活火山で、火山の神と共に暮らしてきた子鬼なのだという。

 かーさんとは何かと思えば、彼らの話を統合するに、その火山の神であるという。なんでも極度の人間嫌い、……なのだそうだ。

 そして、ベラと私が目指していた山の麓にある村人達は、唯一火山の神に寵愛を受けた火の気配を纏う部族であるのだ、とも。

 神に寵愛を受けるかの村の人間達は襲わないと神に誓った彼らではあるが、入山し迷い込んできた人間を食らう事も侭あるのだという。それであれ、火の気配を纏う部族の客人とあれば、そうそう襲うことは無いのだとも。多々の矛盾と理不尽を孕んだものに感じるが、私には彼らを咎める資格など無い。

 私は試しに、火山の神とはどのような姿をしているのか? その様な質問を投げてみたが、


「かーさんのすがた? そんなの、ぼくらには見えないよ!」

「そうだよー!! かーさんはぁ、ぼくらの見える世界にはいきてないんだ! もっと高いところさ!!」

「人間じゃないけど人間ぽいヤツも、かーさんみたいなのにたすけて貰ってるんだろ?」


 ベラとヴィダル以上に耳元を賑やかにする彼らの言葉に、私はほんの一寸言葉を潰えさせる。

 彼らが慕う神と、私をこの世に遺した神は、また違う存在なのだろう。果たして、私は神にたすけられた存在であるのだろうか。


「……どうでしょうか。私には、よくわかりません」

「あッ!! もうすぐだぞ、もうすぐだ!」」

「もうすぐだー!」


 私の言葉を遮るようにして、二人の子鬼が声を張り上げる。前方を見れば、いつの間にか、陽光が坑道内へと差している。夕暮れ時なのか、赤を混ぜた橙色の様な光だ。

 私は深く安堵の息を零しながら、引き摺ってくれている彼らと共に坑道内から外の世界へと飛び出した。


「きょうは兎でもくう?」

「ばか、兎はきのうたべたろ! 鳥がいい!」


 一日と少しぶりの見る太陽光に、私は双眸を細めてその目映さに息を飲む。

 私を挟んでああだこうだと喋り倒す彼らを余所に、私はいま立っている場所を再確認した。山の麓であるが小高い丘の上にいるらしい、遠目に、昨日目指していた村らしい集落が見える。

 虫のような小ささではあるが、人が何人か目見える。もしかしたら、ベラはもう彼処の村にいるかもしれない。無事でいてくれれば良いのだが……。

 片手を目の上に擡げ、集落の様子を窺っていた私の耳に、それは立て続けに聞こえた。


 パァン  ―――パァン、パァン  パァン……


 一発、間を置いて二発、暫くして一発。銃声だ。あの集落の方からだ。


「おい聞いたか!?」

「聞いた、聞いた!!!」


 細めていた双眸を、瞳孔でも開けんばかりに見開く私の横で、彼らは実に楽しそうに声を上げていた。

 

「あの音、かーさんに愛されてないヤツがいるぞ!!」

「いる! いるー!!! 今夜はごちそうだ、ごちそうにしよう!!」


 三度(みたび)、頻りに騒ぎ立てる彼らを余所に、私は息を飲んだ。

 あの銃声は、なんだ。ベラは、無事なのだろうか。早く、一刻も早くベラを探し出さないとならない。


「人間じゃないけど人間ぽいヤツ、いこう、いこう!!」

「はやくはやく!! 早くしないと、逃げられる!!!」

「……ウシさん、ヒツジさん、あの音は、あの集落から聞こえたものでしたね」


 私の腕を引っ張る彼らを宥めながら、私は至って安穏とした様子で訊ねた。


「そうとも、そうとも! かーさんに愛されてないヤツが、あそこでやらかしたんだ!」

「いこう、いこう!!! かーさんに愛されてるヤツらは、きっとヤツをきらってる!」

「「はやく捕まえて、食べないと!!」」

「…ええ、ええ。そうですね」


 子鬼特有の鋭すぎる犬歯を覗かせてけたけた笑う彼らに、私は眉宇を寄せつつも、集落までの道案内を引き続き願う事にしよう。

 些事ではあるが。揃って告げていた声の大きさに、私の耳の鼓膜がきんと唸った。


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