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小鳥遊茜

次の日の早朝。太陽は激しい目覚ましの音で目を覚ました。時刻は朝五時。何故起きたかというと父親の言いつけで田んぼの様子を見に行くことになっていた。

 田おこしがここ数日で終わったので田んぼは次の段階に進む。田んぼに水を入れ、その後にトラクターで圃場を整え田植えに備える作業が始まる。(代掻きといわれている)そのためまずは田んぼに水を一面に入れないといけない。ここで毎年恒例の水取合戦が勃発するのはいうまでもない。田んぼの近くを流れている農業用水が流れている。もともとは田んぼに水を引く(入れる)ための水の道なのだが、普段はただの小川と化している。まずはこの農業用水に水をいれるために近くにある用水路の水をせきとめ、農業用水の方に水を引っ張ってくる。それから小川と化してる農業用水をさらにせき止めて水位を上げ、田んぼの中へ水を流し込むのである。

しかし、ここで様々な問題が生じてくる。まずは太陽の田んぼの位置だ。太陽の田んぼは比較的下のほうに位置している。大体みんなどの田んぼに水を入れるのは同じ時期だ。どの田んぼも一斉に田んぼに水を入れ始める。簡単にいうと流しそうめんだ。上から流されるそうめんは上の位置にいる人がどんどんすくっていき、下の人に流れてくる頃にはほとんどといってそうめんは残らず流れて来ない。これと全く同じことがこの時期は起こる。どんなに農業用水の水量があったとしても上の田んぼの人が自分の田んぼのために水路をせき止めてしまう。そうなると下の田んぼには水が全く来なくなる。来たとしてもちょろちょろである。

大体、田んぼに入れる水の目安は毎年毎年父親が入れている水量は分かっているので止める量は分かっている。しかしこれが毎年時間がかかる。玄関を出るとドンじぃがいった。


 「おはよう、ドンじぃ」

 「(おはよう、水入れか?)」


挨拶がてらにドンじぃは聞く。毎年恒例のことだからドンじぃにはこれからここいら一帯の農業家のすることは手に取るように分かる。


 「んだ。また悪いけどいつもの奴頼むわ、ドンじぃ」


太陽が申し訳なさそうに頼むとドンじぃはしょうがないのぅという素振りで自らの体をみるみると牛への姿に変えた。ドンじぃは難しいものじゃなければ姿を変化することが出来る。太陽の場合移動は専らこの牛に変身してもらい乗っけて貰う。


 「ドンじぃ、んじゃお願いします」

 「全く年寄りはもっと丁寧に扱わんかい」


ぶつくさ言ってはいるが内心は嬉しそうな感じである。ドンじぃは今まで太陽の父親、祖父…それからずっと前の米山家の農作業を手伝ってきたことからこのように動物に変身するのは造作もない。太陽とドンじぃの絆があってこその芸当だが。


 「んじゃ出発!」


太陽の出発の合図でドンじぃは勢いよく走り出した。といってもまぁ自転車と同じくらいのスピードだが。自転車で走るより、こっちのほうが風を切る感じがあり太陽は好きである。


 「そろそろ着くぞ」


ドンじぃが少し息を切らせながらつぶやく。田んぼはもう目前だ。農道を結構なスピードで走っているので当然である。


 「サンキュー、ドンじぃ。ここで休んでてくれ」


太陽は作業着と長靴を履いてるの忘れているかのように軽い身のこなしでドンじぃの背中から飛び降りた。

 農業用水を見ると水は勢いよく流れている。時刻も時刻なのでまだ誰も田んぼに水を入れていないと思われる。このチャンスを逃す訳にはいかないのでまだ農業用水には水がたくさん来ているので止め板でせき止め、あて口(田んぼに水を入れる水門みたいなところ)から自分の田んぼに水が入るのを確認する。


 「とりあえずはこれでよしと」


これで上に位置している田んぼが止め板でせき止めない限り水は太陽の家の田んぼに水は入り続ける。


 「このまま入り続ければいいのだがな」


呼吸を整えたドンじぃが言った。確かに水がこの田んぼ全域にうまく浸透し、土壌にうまく染み渡って水が貯まるには数日かかる。しかもそれは何事も無く絶え間なく水が入り続けているのが絶対条件。


 「まぁ、無理だろ。父さんもそこを見越して早めに入れ始めたんだろ」


太陽は手に付いた水をタオルに拭きながら、諦め口調で言った


 「まぁのぅ…四字熟語にも我田引水という言葉もあるしのぅ」

 「我田引水? なんだそりゃ」


太陽が?という顔つきでドンじぃに聞き返すとドンじぃはやれやれという素振りで説明した。


 「我田引水とはまず字から察するに自分の田んぼに水を引くことじゃろ…つまり今の時期と現状からだと自分の田んぼに水を引くことつまり自分の利益になるようにとりはからうことという意味合いじゃ。少しは利口になったかな太陽君」

 「んだよ、少し長生きだからってでも少しは利口になった気がする」


年の功もあるせいかドンじぃの説明は分かりやすい。しゃがみ仕事をしていたせいか太陽は背伸びをした。背骨から鈍い音がし、太陽はそれに構わず伸ばす。米山家の田んぼは大きいため、結構あて口があるせいで意外と手間と時間がかかる。


 「朝早くから精がでるね」


 後方から声が聞こえ太陽は振り向くとここらでは見かけたことのない女の子が立っていた。服装はワンピースに麦わら帽子。ブルーの青い髪と蒼い瞳が美しい。身長は雪穂より小柄であろうか150から155の間くらい。太陽がぽかんとしていると


 「あー、挨拶が先だったね、久しぶり。いやおはようか」


久しぶり?何を言ってるんだと太陽は心中で思った。会ったことがあるかなと思い、考えるが…身に覚えがない。


 「お、おはよーす。…って悪いけどどちらさんだっけ?」

 「あー…そうだね、うん♪ ならはじめましてでいいや」


太陽はもう訳が分からんといった感じだ。


 「何か素っ気無いな…こんな可愛い娘が話しかけてるんだよー」 


自意識過剰な痛い女なのか。太陽自身今まで雪穂や学校の女子くらいしか話したことがなく、しかもこの手のタイプは学校ではいないので未知との遭遇とはこのようなことをいうのか。確かに可愛い。小柄で悪戯っぽい笑顔。そして人の関心を引くかのようなこのオーラというか存在感。隣ではあのドンじぃも一言も発していないのも気になる。


 「おーけぃ、悪いな、俺はもうやることやったから帰るけど」


太陽は帰り支度をしながら少女に言い、ドンじぃに乗った。ドンじぃ行くぞと少女がいる手前声には出せないので心の中で伝えるがドンじぃは微動だにしない。


 「(動け、ドンじぃ、何故だ、何故動かん!?)」


 太陽は大好きなZガンダムの作中の名台詞を引用し、心の中で唱えるが全く動く気配はない。そうこうしていると太陽の後方で鈍い音が走った。嫌な予感がして太陽が恐る恐る振り返るとそこには予想通り少女が後ろに乗っていた。太陽が言葉を発する前に少女は大きな声で言った。


 「しゅぱーつ」

 「お、おま…」


と途中まで言いかけたとき牛が歩き出す。どうなっっているんだ??と思いつつ太陽は降りる。二人だと流石にバランスの問題があるので危ない。


 「(しゃあねーな)家どこよ?」


太陽がぶっきらぼうに聞いた。


 「ん、太陽の家まででいいよ。そっから近いから」

 「了解、んじゃ行くからしっかり捕まってな!」


 太陽はゆっくりとたずなを引き、自宅への帰路に着いた。その間は数分だったが二人とも無言であったが特に何も不快感とかはなかった。少女もぎゅっと太陽の背中から捕まっている。彼女の心の臓の鼓動が太陽に朗らかに伝わってくる。一定間隔の弾む音と彼女の胸の柔らかな感触の生々しさが何とも言えない生という感覚を印象つける。


 「到着だ」


太陽が自宅の前の道でドンじぃを停めた。ドンじぃは珍しく無言だったのが気にはなるが。少女はゆっくりと降りると感謝の意を込めて


 「ありがとう、太陽。私は茜。思い出してじゃなくて忘れないでね」


茜という少女はにっこり笑ってそう言った。


 「…あぁ、んじゃ」


太陽は訳が分からない感じになりつつ、考え込んでみたがやはり茜という少女は知らない。太陽が考えている間に茜なる少女は姿を消していた。


 「そういえば…俺、名前教えたっけ…」


少し考えたが…どうでもいいことなので考えることを太陽はやめた。別にあんな可愛い娘に名前を覚えられるなら光栄だ。


 「ドンじぃ、さっきからどうしたんだ?」


黙っているドンじぃを不審に思い、太陽が聞く。ドンじぃはうまくかわした感じで特にいつもと変わらぬ様子で


 「いや…お主たちが仲睦まじい感じだったんでな。少しスケベ心もあったようだし」

 「そりゃ俺もモテたいしな」


 四月の半ば、ゴールデンウィーク前、これが太陽と茜の再会であった。太陽はすっかり忘れていたようだが。次の日、学校で眠気眼の太陽の眠気を覚ましたのは予測されない人物の登場だった。担任に促され、教室に入ってきたのは見覚えのある青い髪、蒼い瞳。ブルーディスティニー。戦慄のブルー。


 「新しく転校してきた小鳥遊たかなし茜さんです、みなさん仲良くしてあげてね」


担任の声が頭に入ってこない。なんなんだ…この展開とタイミングは訳が分からない。


 「皆さん、よろしく」


茜が自己紹介をしているがあまり頭に入ってこない。そんな太陽を正気に戻したのは茜の一言だった。


 「やっほ~、太陽、昨日の今日だね♪ そういうことでよろしく」


太陽自身あまり気するほうではないが流石に周りの視線が痛い。特に男子生徒の視線が鋭い。こんな可愛い娘とすでに知り合っているのは何故だとというプレッシャー。こんな訳の分からない、迷惑な転校生を太陽は知るはずもない。いや知りたくもないし、知り合いでいたくもない。しかし何故か太陽はノスタルジックを感じずにはいられないのだった。




 茜が転校してきてから太陽の学校生活は180度大分変わってしまった。とりあえず太陽の周りにはいつも茜がついてまわる。茜は明るく、物怖じしない性格でどんなことも率先して行う。そんなことから男女問わず人気がある。それで特にイケメンでもなく、勉強が出来るわけでもない冴えないどこにでもいる男に茜がついてまわるのである。

 目立つのは当然だ。実際太陽自身も戸惑っているのが正直なところだ。何より運がいいのか悪いのか太陽の席の隣がちょうど空いていたのでそこが茜の席になってしまった。そのせいもある。


 「太陽、宿題やってきた?」


 太陽が机に突っ伏した感じでいたところに茜が話しかけた。そういえば今日、農業についてまとめるレポート提出があったような気がする。


 「適当にまとめてきたよ…そんな大層なこと書けるわけじゃないし」


実際内容を机の前で考えてもみたがそこまで農業に思い入れがない太陽は書くこともあるようでないのも事実。書いた内容も当たり障りのない内容だ。


 「そっかぁ。私、昨日頑張っちゃったら結構書いちゃったな」


にっこりと笑顔で茜は言った。

 茜は転校してきてからまだ数日だが農業についての知識は人並み以上にある。というか成績も上位で実施作業も問題なく簡単にこなしている。これで農業が初めてだと本人が言っているのだから驚きだ。

 それから担任が教室に来てホームルームが開始された。そこでレポートが回収される。 一時間目は理科室で稲の生態について実験も踏まえての勉強だ。黒板の板書を写す授業よりかは太陽は好きだ。理科室は一階にある。この学校自体三階建てのそんな大きな建物ではない。全生徒数も300人にも満たない。農業学校自体そんなに需要があるわけでもない。理科室に着くと理科の授業の先生が実験について説明している。机は四人がけで太陽、雪穂、茜、もう一人は友人の竹山だ。基本は四人で一つのグループで実験を行う。授業の担当の教師が説明を開始する。皆がそれを適当に聞いている。

その頃飼育小屋では…。田吾作たごさくさんが学校で飼育している牛たちにご飯を与えていた。田吾作さんはこの学校で飼育員を務めて30年勤続のベテランだ。食べるものは牧草、とうもろこし、稲を混ぜたものである。牛たちもこの田吾作さんに全幅ぜんぷくの信頼を置いているのかもしれない。ゆっくりゆっくりとトッピングされたものを舌で吸い込むように食べている。こころなしか牛たちも嬉しそうだ。


 「ほれ、ほれ、どんどんたべれぇ~」


飼育小屋の近くに田吾作以外に人物がいた。それは頭の一部に包帯を巻いた老人のようである。老人はニヤッとして飼育小屋の中にいる牛たちを見つめる。そして三郎太夫に目を付ける。老人は右手に力を込めているようだ。そして黒い霧状のものを作り出した。老人はそれを三郎太夫の方にボールを放物線を描くように投げた。その後飼育小屋の中に真っ黒いボール状のものが入ってきた。ほとんどの牛たちは食事をしているが牛の中でもっとも年をとっている三郎太夫は違った。いつもと違った飼育小屋の空気感とただならぬ雰囲気を感じたようだ。いつもと違うと感じているせいか気持ちが落ち着かない。その時、三郎太夫さぶろうだゆうの肛門の穴からその黒いボール状のかたまりが入っていた。


 「モ…ヴモ…グモォォォォ」


激しい鳴き声を三郎太夫は発している。


 「三郎太夫どうしちまったんだぁ~!?」


田吾作さんが異変を察知して三郎太夫に近づくが三郎太夫の様子が変だ。短かった二つの角は天を貫くかの如く猛々《たけだく》しく伸び、双眼そうがんはいつもの三郎太夫の穏やかな瞳とは違い目から今にも火花が飛び散るが如く充血し、体つきも普段の体型より三回り以上巨大化し、前足の肩の部分が異常なほどに発達している。


 「グモォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 「三郎太夫ぅぅぅぅぅぅ」


素っ《すっとんきょう》頓狂な声が学園の裏側の家畜小屋から木霊した。あの声は確か飼育員の田吾作さんだ。飼育小屋に近い理科室にはその普段とは逸脱した空気感が走る。

 太陽たちもその切迫した雰囲気を感じたいた。理科の教師が様子を確認してくるといい、生徒達にここで待機と告げ、理科室を後にした。理科室の外から慌ただしい足跡や声が聞こえてくる。状況はどうなっているか分からない。


 「太陽、なんか外が騒がしいね」


隣の茜が今の状況を察しているのか分からないが太陽に話しかける。


 「んー、牛でも脱走でもしたのかな…にしてもここの牛は逃げ出す感じでもないんだが」


太陽はボサボサの髪をかきながら言った。太陽としては授業がさぼれるからいいが。


 「グモーーーーーーーーーーーーー!」

 「!?」


 理科室にいた誰もが驚いた。すぐ理科室の外で牛らしきものの鳴き声を聞いたのだから…いや咆哮ほうこうといったほうが正しいのかもしれない。ただならぬ状況を察した太陽が椅子から立ち上がろうとしたときだった。激しい鍵爪の音と爆発音と同時に理科室の外壁が吹き飛んだ。破片が理科室内にいる生徒に飛んでくる。全員が机の下に潜る。三郎太夫がそのまま一直線に窓を突き破り、グランドの方に駆け抜けていった。どうやら誰一人怪我をしていないようだ。

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