太陽と雪穂とドンじぃ
ここは秋田県秋田市S新城。ここは秋田でも有数の田園地帯である。秋には夕日に照らされた金色の稲穂が輝く。そんなこの田園地帯で今日も忙しく動いているトラクターがある。
秋山正義。御年67歳。今でも現役の農業マンである。今日は自分の田起こしを行っていた。そして一日の仕事を終え、帰路についていたところ農作業器具に使うガソリンのことを思い出したのでガソリンスタンに向かった。そこでガソリンを2リットル購入し、帰路に着く。そんな正義のトラクターを後続車が追い抜いていく。ちょうど日が沈む風景を煙草を片手に正義は見るのが好きだ。
町内の入口に入り、自宅の駐車場へと向かう。正義の自宅の庭の奥にはトラクターを停める駐車場がある。駐車場の周りには自然に囲まれた木々が沢山佇んでいる。その中にはかなり昔から生えている樹齢何年か判断するのが難しいほどのものもある。中でも正義の駐車場には周りの木々とは比較にならない大木が一本あった。周囲の木々に比べて頭一つ以上飛び抜けて大きい。正義はいつもその大木の近くにトラクターを停めている。
正義はトラクターをゆっくりいつもの定位置に駐車しようとする。そしていつもブレーキを踏むところでブレーキを踏み込もうとする。しかし、そこで大木の方で微かに一瞬の閃光が生じたかのように見えた。その閃光が皮切りか分からないが激しい音を上げ、トラクターがいきなりスピードが上がる。
「!?」
正義はスピードが上がるのに驚く。どうやらブレーキとアクセルを踏み間違えたらしい。正義も誕生日を迎えると今年で68歳。もう若くはない。老人(中には若者もいるが)がブレーキとアクセルを間違えて事故を起こすということは結構頻繁に生じている。正義も例外ではない。
正義は一瞬びっくりしながらも落ち着いてアクセルのペダルを外し、ブレーキに足を移動し、踏み込む。通常ならそれならブレーキが掛かり、トラクターはスピードを落とし、停まる…はずだった。しかし、トラクターはブレーキがまるで効いていないのか。スピードを落ちない。そのまま駐車場にある大木に直進する。
「うわぁ…お、お助け」
その後、トラクターは躊躇なく大木に突っ込んだ。その抜きん出て大きな木は突っ込んだとき激しい音を立て、大木は中間から二つに
折れてしまった。トラクターももう半壊で無残な姿になっている。トラクターを運転していた正義はどうなったかというと。大木とぶつかった衝撃で外に投げ出されていた。屋根なしの旧式のトラクターであったのが項を制したようである。しかしここで正義も気がついていないことがあった。それはこの御神木から黒い邪な瘴気が漏れ出していたのだ。
「うぅ…痛なぁ」
正義は軽く体を打ったり、擦り傷はおっているが怪我自体は大したことはない。そしてゆっくりと起き上がり、深呼吸をした。普通なら事故が起きたら慌てふためくはずだがここの町内自体和かというか呑気であるここに生まれてきたため命に別状がない正義自身妙に落ち着いていた。
近くにある石の上に座り、ゆっくりと右手で胸ポケットにあるタバコの箱に手を伸ばす。一本タバコを手に取り、ライターで火を付けた。
「うめぇ…この一服が止められねんだわな」
紫煙が宙に舞い、ゆっくりと空気と同化していき、消えていく。
「とりあえんず、ばさまと雪穂に説明せんとな…よっこら」
タバコを吸い終わり…立ち上がり後方にポイ捨てする。激しい音が起こり、正義が後方を振り向いたとき、激しい光が正義を包み込んだ。
「まぶしなぁ…あがりぃなぁ…あっ」
爆発の衝撃で吹っ飛ばされ正義は気を失った。その時正義の周りをどす黒い霧状の何かが覆い尽くしていた。その後、大木の方からさらに爆発が大きくなり、予想以上の周りの木々に被害が出たのであった。当初の爆発ではここまで火が回るのはおかしいと消防の人が言っていた。
それから正義自身よく覚えていない。気がついたら正義は病室に寝ていた。あの後、正義がポイ捨てしたタバコの残り香がトラクターから流れ出たのガソリン、購入した灯油に引火して大爆発したらしい。
その後にその音に気がついた隣人の方がその近くで倒れていた正義を発見、119番をして現在に至る。医者からは命に別状はないが火傷と打ち身、右足と左腕の骨折をしていると伝えられる。
「じさま、あれだけの爆発で生きでるだけで奇跡だで」
隣には安堵した顔つきで正義の妻の妙がいう。
「そうけ…雪穂は心配しとったかの」
「あの子も心配しとったけ、んでも命に心配ないって聞いたら安堵しでだで」
「んだが、早ぐ、よぐならんとな」
そういうと正義は少し考え込んだ。あの時、確かに正義はブレーキもきちんと踏んだと思うし、タバコの火の始末もきちんとしたはずだ。それなのにどうして…色々考えたが最終的に焦っていた心境からの自分のミスという結論にたどり着いた。たまには忘れることもあるし、間違いってこともある。
「(オラももう若ぐねぇな…)」
正義はそう思いつつ、また深い眠りに着いた。
米山太陽は今日も田んぼに佇んでいた。田んぼの田おこしの手伝いである。
太陽の家系は農業を代々営んできた一族である。年齢は現在18歳。高校三年生。ちょうどこれから人生どうするかの岐路に立たされている。学校は自宅から近いということで特に農業に興味もない農業高校に進学してしまった。これから進学するのか、就職するのかそれとも父親の跡を継ぎ、農業をやるのか。太陽自身楽天家なため特に将来とか先のことは気にしていないのである。
時は四月の午前九時。太陽は日光の元でだるそうに鍬で田んぼを耕している。田おこしとは田の土を砕いて緑肥などを鋤き込むことであり、この時期ではどこの田んぼでも同じことをしているのが見受けられる。太陽の家では父親がトラクターでほとんどの田を起こし、祖母と太陽はトラクターで土を砕けない細かい場所を丁寧に鍬で耕している。太陽は若いのか力任せに鍬で耕しているが、祖母は年齢的にも力があるわけでもないので力任せの太陽とは対照的に巧みに鍬を振るっている。力と技、対照的な二人だが進み具合はどっこいどっこいだが体力の消耗具合が太陽は祖母の比ではない。太陽は小休止をたくさん取りながら進む感じだが祖母はゆっくりとほぼ休まず進むという感じだ。
今年は三月十一日に生じた東北地方太平洋沖地震の放射能の影響で東北、関東、北陸の農業、漁業等に多大な影響が与えられている。
そのため震源地からは離れているがここ秋田でも影響を危惧している。
作業をしていると見覚えのある女性が父親と話している。彼女は太陽の小さな時から幼馴染の秋山雪穂。彼女の先祖はここの町内の神社を護り、奉ってきたがいつからかそれは薄れてきて今は軽くその神社を世話してきている。そんな血筋のため、彼女は昔から妖怪が見えたりする。またその妖怪から自分の身を守ったりするくらいのことは出来る。
父親との話が終わり雪穂が太陽の方を向き、ハニカミながら会釈する。太陽もぶっきらぼうに軽く一礼する。田舎に昔ながらいる農家の娘というイメージだったがここ数年で一気に垢抜けて今じゃ物静かな献身的な可愛い女性へと進化してしまった。
「(雪穂のやつもここ一年で垢ぬけたよのぅ、お主見とれておったな)」
太陽の真横から声がする。田んぼから半身を出したその姿は異径の物。と普通の人は思い、驚くだろう。しかし、太陽の家系は昔から霊力があり、泥田坊の姿や妖怪の姿が見える。父親にも見えている。
「ドンじぃか、茶化すな。別にそんなんじゃねーよ。まぁ、あいつが美人なったてのは否定はしねーがな」
ドンじぃと言われたその異径の物はそうかそうかと頷く。
泥田坊。そうこの田んぼに住み着く泥の妖怪である。泥田坊は顔が片目のみで手の指が三本しかなく、泥田から上半身のみを現した姿である。伝承によれば、北国に住む翁が、子孫のために買い込んだ田を遺して死んでしまい、その息子は農業を継ぐどころか酒ばかり飲んで遊びふけっており、夜な夜な田に一つ目の者が現れ田を返せ、田を返せと罵ったとある。このことから一般には、農業を営む老人が田を遺して死んだ末、放蕩息子を怨んで泥田坊という妖怪と化したものとされる。太平洋戦争の時期には、基地建設のために多くの農地が撤収され、農民は反対したために逮捕されたり、行き場を失って浮浪者となったり自殺したりと不遇な死を遂げたことから、昭和に入ってから彼らの怨念が泥田坊と化して祟りを起こしたとの説もある。文学博士・阿部正路の説によれば、人間の手の五本指は二つの美徳と三つの悪徳を示し、瞋恚、貪婪、愚痴という三つの悪徳を知恵と慈悲の二つの美徳で抑えているので、三本指の泥田坊は悪徳のみで生きる卑しい存在としている。
このことから泥田坊はいい妖怪というより悪い妖怪というイメージが先行しているがこのドンじぃといわれる泥田坊は違う。むしろ人間より人間らしい。律儀で厳格で気難しい性格だ。性格的に太陽を昔可愛がった祖父と姿がかぶる。太陽がドンじぃと出会ったのも祖父がきっかけである。太陽が小さなとき、祖父の田んぼの農作業に何回もついて行っていた。そこで太陽にはこのドンじぃが見えていた。太陽はそれを見てよく祖父に怖い怖いと泣きついていたが祖父は太陽の頭を優しく撫でて
「あれは怖いものじゃないんだよ太陽。じぃじの田んぼを守っていただいてるんだ。太陽も美味しいご飯好きじゃろ、あのご飯を食べられるのもあのお方がいるからなんだよ」
そう言うと、祖父はにっこり微笑んだのを太陽は覚えている。それからというもの太陽は毎日のようにドンじぃと遊び、学んだ。霊力があり、妖怪が見えるということで太陽にはよからぬものから目を付けられるきらいがある。そのため太陽はドンじぃと修行して自分を守る術を教えてもらった。
また太陽がドンじぃと合体することにより常人とは逸脱する力を発揮することが出来る。しかしそれはドンじぃ近くにいるときだけだ。また太陽の近くなら田んぼではなくても太陽自身という体(土地)を媒介として佇むことが出来る。万が一の時のために外出や学校にいる時はドンじぃの体の泥の一部を常に携帯している。屋内に入ると泥田坊であるドンじぃは泥が吸収できなくなりフルで力が発揮できなくなり力は制限されるのだが。太陽が修行で学んだ主な技はドンじぃの力で発達した右手で打つことが出来る指弾。もちろん空圧とかではなく物質を飛ばす技である。
「ドンじぃ、めんどいから力貸してくれよ…流石に体力が限界だぜ」
太陽が汗まみれになり、ぐったりしながらぶつくさ言う。
「(田おこしは田んぼの基盤になる初めの重要な行いじゃ。ズルはいかんぞ、ズルはのぅ)」
ドンじぃが一度言ったことを曲げないことは太陽は知っているのではぁ~とため息を付き、作業に戻る。
太陽の一族はいつからか定かではないがずっと無農薬製法を貫いている。そのため色々な外敵には弱いがその分手がかかっているので味は抜群がいい。それに泥田坊が田んぼに住めるのも今じゃ無農薬の田んぼだけだ。昔のように今は無農薬の田んぼの絶対的な数が無くなってきており、ここら辺の田園地帯でも多くはない。
「太陽くぅん」
甘い明るい声が太陽の背後で聞こえた。雪穂である。
「おー、正義じーちゃん大丈夫か?」
先日の正義が事故で怪我をして入院したことを太陽は知っていた。
「うん。命に別状はないしぃ、今は病院のご飯を食べるのが毎日楽しみなんだって言ってたよぉ」
今でこそ、ここまで元気になったが事故の起きた時の雪穂はひどく落ち込んでいたのを太陽は覚えている。雪穂は祖父母と一緒に暮らしている。両親とは訳あって暮らしていない。そのため、雪穂にとっては祖父母は親代わりといっても過言ではない。
「そっかそっか、なら近いうちに退院すっべ」
「いやいや骨折もしてるからすぐは無理だよぉ~」
今ではようやく笑えるくらいになった。太陽も少しは安心している。
「(雪穂、正義が命に別状がなくてよかったな)」
ドンじぃが雪穂に言う。雪穂もドンじぃが見えるし会話も出来るのである。
「ドンじぃ、ありがとう。心配してくれて」
「いや祖父殿にも世話になってるからの、あとこやつも何だかんだでお主のこと予想以上にかなり心配しとったぞ」
ドンじぃが太陽のほうを見る。
「そりゃあな、昔からずっと俺は雪穂の事知ってるからな」
昔からずっと一緒にいたから太陽は知っている。雪穂は何かあっても溜め込むタイプである。
「心配してくれてありがとぉ、太陽くぅん」
「あと呼び捨てでいいってばよ」
昔っから雪穂は君付けなので太陽は特に違和感を感じていたわけではないがやはりどこかしっくりこないのである。
「うーん、呼び捨てで呼べるように私、頑張るねぇ」
雪穂も恥ずかしいのか少し俯き加減で頷いた。内心は嬉しそうである。
「頑張るものなのかよ…おいおい」
そして二人は微笑む。ドンじぃもその二人の微笑ましい光景を見てさりげない幸せを感じながら田んぼの中に消えていくのであった。
時は同日夕方、田んぼの田おこしもある程度終わり、町内の中心の位置する公民館で座談会が開かれている。太陽は父親が所用で参加できなかったので代わりに参加することになった。座談会は定期的に集まり、農業のことについて町内の農業家の人たちが話し合う会合の場所である。父親が座談会に参加出来ない理由はこの地域にある大学の農業科の
深夜の講義の講師として招かれていることからその講義があるとのことで今回は参加できないとのことだ。それとは別に太陽に対して農業もとい自分の跡を継いで欲しいという淡い期待からというものからだ。
座談会の主な内容は今年の地震で起きたセシウムの土壌中のセシウム濃度についてだ。平成27年産のお米については、生産されたお米が食品衛生法上の暫定規制値を超える可能性の高い地域について、四月に作付制限を実施。それ以外の地域については、土壌中の放射性セシウム濃度が高い市町村等において、収穫前調査と収穫後調査の二段階で放射性物質の調査を実施。調査の結果、放射性セシウム濃度が暫定規制値を超えるものが確認された場合は、その地域のお米を全て確実に出荷制限のうえ、廃棄することとしており、安全なお米が流通する体制をとっている。と農林水産省から通知がきている。しかし数値が基準値を超えているかが話し合いのポイントだがそれは出来てからでないと分からないので結局は皆でお酒で温黙る方向になる。座談会の主なメインはこの酒っ子の飲みなのかもしれない。日が暮れると秋田の人々は特にやることがなくなるので暗くなると酒を飲んでぬくだまるのがもはや定番となっている。
自然と皆はいい気分になっていく。飲んでいるのは年配の人なのでほとんどが飲んだら基本は寝るか、面倒くさくなるだけだ。
「正義さんとこの孫っこの雪穂ちゃん、えらいぺっぴんさんになったねぇ」
「んだんだ、正義に似なぐでよがったよがった」
「もう18だべ? それなら嫁っ子に行く年だべさ」
田舎で農業を昔からやってきた人たちには娘や嫁は若いうちに嫁ぐ、貰うという偏った根強い考えが現在も少なくない。
「太陽、いだいだ。おめぇ好きな娘いないのがぁ?」
隅で静かにお茶を飲んでいた太陽はまたかという顔つきで苦笑いでいないいないということを手振りで伝える。
「何しょしがってる(何恥ずかしがってる)こっちさ、けぇ」
太陽はやれやれといった顔つきで中央に向かう。
「太陽は雪穂ちゃんどうなのよ?」
「どうって…幼馴染だけど」
「そらぁ、分がってる、聞いてるのは女としてどうだべ?」
「(女としてか…確かに雪穂は笑顔も素敵だし、器量もいいし、よく働くし、胸も大きいしって…こんなこと言えるか!)いい娘だと思うけど」
太陽自身も雪穂は素敵な女性だと思う。しかし小さい頃からいつも一緒にいたので何かそんな感情は湧いてこない…てのは嘘だが今の関係で太陽はとりあえずはいいと思っている。
「なら太陽が雪穂ちゃんを嫁っこにもらえばいいべ」
「あー…そうっすね…雪穂がよければですが…はは」
太陽がそう言った直後に料理を片ずけている女性陣の一人が馬鹿なこと言ってないでそろそろ解散するよと台所から叫んだ。太陽は助かったと内心思いつつ、すぐさま帰路に着こうとする。このままここに滞在しているとまた飛び火でまた巻き込まれることになる。酔っぱらいの相手は比較的慣れているがやはり疲れるのである。
過疎化が進むこの地域には若い娘っ子や男児は大変可愛がられる。ほとんどが他県へと出ていくのが普通だ。学校の友人連中も進路はほとんど県外に出ていくので残るのは数えるくらいしかいない。
公民館を出ると手伝いをしていた雪穂が入口で待っていた。どうやら雪穂も終わったらしい。太陽と雪穂の家は近いので途中まで送ることにする。
「気にしないでねぇ、ここのおじいちゃんたちはお酒が入るといつもこうだからぁ」
少しの沈黙もなく雪穂が少し申し訳なさそうに言った。さっきの太陽と出来上がった老人達との会話を聞いていたようだ。
「まぁ、過疎化が進み、大抵は県外に出ていってしまうこのご時世だから俺たちみたいな世代は貴重なんだよ、ただでさえこの町内は子供がいないから」
太陽も答える。春なのに少し夜風が肌寒い。
「そうだねぇ…学校のみんなも県外に出ていく人が結構いたと思うよぉ」
「実際、なんにもないからなぁ、ここは。農業って言ったって実際食っていけるかっていったら疑問だしな…雪穂は進路どうするんだ?」
「私はまだどうするか決めかねてるけど秋田には残るつもり。太陽君は?」
太陽は考える振りをするが特に何も浮かばない。
「俺か…ぶっちゃけると特に何も考えてないっていうのが本音。農業なんて柄でもないしなぁ」
「そうなんだぁ」
雪穂的には太陽には他県にはでてほしくないと思われる。
「まぁ、まだ時間もあるしなんとかなる、おいおい考えていくよ」
太陽は楽天家だ。昔から切羽詰らないと事を起こさない。太陽らしいといえば太陽らしいが。
「いきなりで話は変わるんだけど太陽君は気になる娘とかいないの?」
「ど、どうしたんだ。いきなり」
突然の雪穂の質問に太陽はたじろぐ。太陽自身あまりそんなことを思ったことはない。
「いやぁ、だって太陽君そんな話とか全くしないからぁ」
「まぁ、焦って無理してすることでもないからなぁ」
「ひょっとして…男が好きとか…」
二人に沈黙がおとずれる。普段は冗談を言わない雪穂が悪戯っぽく聞いた。
「…ふっふっふっ、よくわかったな雪穂。俺は男が好きなんだ! …っておーい」
太陽の言葉が田んぼに木霊した。一人ボケとツッコミである。深夜の田園地帯に太陽の声が木霊する。
「ふっふっ…私が変なこと聞いちゃってごめんね、気にしないで」
昔から、雪穂はどんなつまらないこともよく笑ってくれる。昔からそうだった。太陽のよき理解者である。いつも隣でいてくれた。太陽のつまらない一人ボケつツッコミでなお肌寒さを感じた二人は早々と自宅への帰路につくのであった。