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侍女と少女2

応接間での話しを終えた俺達は少女の元にへと向かっていた。


裏召喚と老婆の死との関係性。ウツシ玉の内部空間は死後の世界。勇者の過去にあった本当の出来事。その他諸々と話しを聞き終えて続けざま話しをしにいく。嫌とかでもなく面倒臭いとかでもない。少しばかり気が重いのだ。足取りは普通だ。勇者としての扱われ方に不満なんて勿論ない。ただ……あれだ。楽しい話しがないんだ。内容として面白くはあるがテンションが上がる内容でもない。湿っぽい空気をずっと吸い続けてるとちょいとばかしネガティブになっちゃうのさ。でも大人なので我慢だ。これから会う相手は子供で王様やメイドさんよりも一番落ち込んでいるだろう。今必要なのは笑顔と優しく寛大な気持ちを持って接することだ。


「この部屋です」


王様を先頭に俺とトュエリーさんは後ろを歩いて少女のいる部屋の前にへと到着した。


「リリスティール。今から部屋の中に入れて貰っても問題はないですか?」


王様は扉をノックして中にいるであろう人物に呼びかける。その数秒後に扉が開いて一人のメイドさんが出てきた。


「お待ちしておりました。部屋にいらっしゃる勇者様には承諾を得ていますので入られても大丈夫です。ただ……まだ精神的に不安定があるご様子です」


「……そうですか。そればかりは仕方ないでしょうね」


それぞれ悲壮な面持ちでドア越しの向こうにいる少女の方へと向く。あんな事が起きて幼い子が何とも無いように気を強く持てる人の方が少数だ。


「あまり時間を要して会話をすることは難しそうですね。本人の話しは後にしてそれぞれ自己紹介しつつこちらに関心を持たせて距離を縮めてきましょう」


「そうですね。思えば昨日はする必要も無いとお互い名前を名乗ってもいませんし」


ここしばらく何度か顔を合わせることになるだろうし名前を知らないというのも不便だろう。


「それにトュエリーさんには一方的に聞いて自分だけ名乗らず仕舞いですしね」


「いえ、そんな……気になさらないでください」


首を横に降って問題はないと言ってくれた。


そんなお気遣いを頂いた彼女にありがとうと伝えるともう1人のメイドさんがこちらに近づいてきた。


「勇者様。昨日のご無礼……誠に申し訳ございませんでした」


「えっと……貴方は?」


突如として謝罪をするもう1人のメイドさん。


ここにいる使用人の容姿は似たり寄ったりなので誰なのかすぐに判別するのは難しい。顔を上げてもらってようやくこの人が誰なのかが分かった。


「確か命欠片(キーピス)という花について教えてくださったメイドさんですね」


「はい」


「昨日についてはもう大丈夫ですよ。こちらこそ貴方の心情を()まず無理させました」


これに関しては昨日で話しを終えてるのでこれ以上に話題が広がるわけでもなく会話は止まる。彼女なりの礼儀としてこうやって謝罪に来たのだろう。


しかし……気になることがひとつある。


「でも……どうして貴方がここに?」


少女の部屋から出てきたということは少しだけ面倒を見ていたというわけだ。そうなるとこのメイドさんもある程度の事情を知っているのだろうか?


「彼女はサントシタードの補佐です」


その疑問に答えてくれたのは王様であった。


「なるほど……そうでしたか」


いつの間にかそんなことになってたのか。いや……そもそも彼女は王様が用意させたウツシ玉を持ってきたメイドさんだ。それなりの信用があるのかもしれない。


「あまり彼女の事は悪く思わないでください。ウツシ玉を用意させてちょっとばかりの嘘を仕向けさせたのは私ですので」


そのメイドさんに悪印象を与えないよう王様が責任を背負って代わりに謝罪した。


正直そこまでのことは考えてなかった。他のメイドに代わる理由は本人の中で色々あったと思うがどんな嘘でも勇者にずっと騙して相手するのは相当嫌で我慢できなかったのもその原因のひとつだろう。


「それぐらいの些細な嘘はどうってこともないですよ。昨日の貴方の感情の取り乱しにそれも要因の一部であれば先程の謝罪に含めてなかったことにします」


ここの使用人は仕事熱心で真面目な人が多く深刻に捉えてる人が大勢いそうなので俺は笑みを浮かべて答えた。気にすることはないと。


「ありがとうございます。引き続きお見苦しい姿をお見せることないよう務めていきます」


彼女の言葉を聞いた後に王様は頃合いを見て口が開いた。


「では……そろそろ中に入りましょうか」


俺とトュエリーさんは頷き王様は扉をノックして中に入る。


「トュエリー……無理はしないでね」


「大丈夫よ」


王様の後に続く俺は後ろで二人のメイドさんの会話が聞こえた。空気を読んで振り向かずそのまま少女のいる部屋にと足を踏み入れた。





┿┿┿





部屋の中は俺の寝室と似たようなものであった。シャンデリアに天蓋付きベッドに高そうな物が色々ある。一言で言うならセレブである。そんな部屋の中心でひとつのデーブルを囲う形で四方に置かれたソファーにそれぞれ座り込んでいた。何故に東西南北に別れて1人ずつ座っているのかは威圧感を与えぬ為であろう。少女1人に対して大人が3人向き合ってしまえば萎縮するイメージが用意に思い浮かぶ。現に右に座る少女は何処か不安気ににこちらを見て警戒してる様子だからだ。その少女に怖がらせないよう左に座る王様は常にイケメンスマイルである。少女の真正面であるからと意識してるのか表情を崩さず自然な笑顔だ。常にそれを維持できるのはホント凄い。


逆にちょっと心配に思うのは目の前に座るメイドさんであるトュエリーさんだ。少しぎこちない笑みで体が微かに震えている。本当に大丈夫だろうか。


「急に2人も連れて来てすみません。誰も貴女に危害を加えることはないとお約束します」


まずは王様から言葉を掛けた。少女はそれを本当かどうかこちらを恐る恐ると確かめるように様子見る。当然俺は無害であると頷く。その次に少女はメイドさんの方へと向く。


「……っ」


それに対してメイドさんはビクリと震えた。


「……っ」


その反応に釣られて少女も一緒にビクリと震えた。


「す、すみません! 私は決して何もしないことをこの場で誓います!」


突然立ち上がり綺麗なお辞儀で宣言する。


少女は唖然としてそれを眺めていた。


「サントシタード……とりあえず座りなさい」


「は、はい」


王様はトュエリーさんを落ち着かせて少女の方にへと向きなおす。


「始めは自己紹介からしましょう。私はアルクリ・バラナルクゥヘン。この国の王様をやっています」


「おう、さま?」


「ええそうです。そちらの世界にも王様はいるのですか?」


「……知らない」


「そうですか……貴殿も同じ世界の方だと思いますが存在してるのですが?」


同じ世界と聞いた少女の視線は興味を持ってこちらに向く。……会話の誘導は王様に任せているが直接本題は持ってこさず雑談で会話をするのであればその流れに乗っかろう。


「昔はそう呼ばれる者は存在したと思います。今はそれに似たような立場で総理大臣やら大統領と言った方が存在してます。教養不足なもので全ての国の事は分からないですから現在王様と言われてる国があるかどうかわかりません」


「なるほど。そうなのですか」


「……おじさんは王様じゃない」


そこで少女は王様という存在を否定する。それに対して王様は笑みを崩さす優しい口調で聞いた。


「どうしてでしょう?」


「王様は凄い人で強い人だから」


「……それは誰から聞いたのですが?」


続けての質問に少女は無言。言いたくないという訳でもなさそうだが何となく少女の中での王様という人物像を教えてくれた人を想像できた。


「……もしかしてキミのお婆さんなのですか?」


なので俺が代わりに答えを聞いた。だがそれは今このタイミングで少女に聞くのは失敗であった。


「……会いたい」


少女は涙目になる。


「お婆ちゃんに会いたい」


王様の質問に無言であったのはお婆さんの事で頭が一杯になったからであろう。俺のせいで少女は泣く寸前だ。ど……どうしよう。


「王様……この世界で亡くなった人を生き返らせる方法はあったりするのですか?」


少女が痛ましく見ていられなくなった俺は焦って救いを求めた。しかしこれも今この場で言うのは良くないと発言した直後に気づく。


魔法があるファンタジーな世界なのだからきっとあるに違いないと思ったけども、そんな方法があれば既にお婆さんを生き返らせてるはずだ。となると当然王様から返ってくる答えはノー。


「すみません……さすがに亡くなった命を救う方法はありません」


微かな希望は瞬間にして砕かれる。まだ精神的に安定していない少女にとっては聞きたくない言葉に違いない。俺のせいでもあって見てて心が痛い。


「起こしてよ」


それでも尚すがりつく。それほどお婆さんはとても大切な人なのだろう。


「お婆ちゃん……起こせないの?」


「本当に……すみません。どうすることもできないのです」


「王様じゃないの?」


「王様ですよ。……とても情けない王様ですが」


「じゃあこれ……これあげる」


少女は首周りから服の内側にあった紐を頭の方へとするりと脱がす。どうやらそれはペンダントであった。


「これは……なんでしょうか?」


王様はデーブルの上に置かれたペンダントを見る。


「四つ葉のクローバーだよ」


確かに3つあるペンダントヘッドの透明樹脂の中には四つ葉のクローバーが入っていた。


「見たことありませんね。……サントシタードあなたはどうです」


「いえ……私はこういったのには疎いものでして、葉っぱか何かでしょうか」


「葉っぱじゃないもん」


「あ……も、申し訳ございません」


少女に強く否定されて気落ちしてしまうトュエリーさん。


地球産の植物だから見たことないだろうし知らないのは仕方ない。


「四つ葉のクローバーはね幸せにしてくれるの。お願い事も叶えれるんだよ」


そういえば小さい頃に女子の間で一時期流行って時があったな。幸運を運んでくれるとか意中の男子が振り向いてくれるとか。目に見える効果が無かったからすぐに飽きられてたけど。


「これはそんなにも凄いものなのですか?」


王様はこちらを見て聞いてくる。そんなに凄いものじゃないですよ。おまじないやお守りとして使うにはただ縁起が良いだけです。…………なんて口にすることはできない。こんなこと言ってしまえば本格的に泣かせてしまう。かといってその場限りの嘘で誤魔化しても結果的にお婆さんを助けれないんじゃ意味がない。


「なるほど……分かりました」


王様は俺の無言と表情で察してくれたのか少女の方へと向く。


「すみません。これを頂くことはできません」


「でも……これ一番の宝物だよ。他に何も持ってない」


「でしたらこれは貴女が持つべきでしょう。その四つ葉のクローバーは大切にしてください」


「……じゃあどうしたらいいの?」


「あまり……ハッキリと言いたくもありませんが。私では力不足ですしお祖母様を助けれる方法はありません」


言っちゃった。王様言っちゃった。でも遅かれ早かれそれを知る事になるだろう。いずれ少女は今の状況と現実を知らなくてはいけない。心配なのはそれを受け入れるほど強さを持っているかだ。


「なんで……王様なんでしょ?」


しかしその強さを子供に期待するもんでもない。感情を抑制するほど成長なんざしていない。


「本当にすみません。何もしてあげることができなくて」


「……嘘だ。本当に王様だったらできるはずだもん」


何を根拠にそんなことを言っているのか分からない。だがある程度の予想は付く。おばあちゃん子であれば昔話やら絵本を読み聞かせてくれたりもしたはずだ。その中には王様が活躍する話しもあっただろう。それがフィクションだとしてもお婆さんは喜ばせたいだけで可愛い孫にわざわざ嘘をつく必要もないし大きくなった時に徐々に教えてやればいいだけだ。サンタクロースの存在をいると信じて疑わない純粋な子である。


今ここでそれを指摘すると少女の中で支えであるお婆さんを否定することになるし傷つけることにもなる。これ以上この子を悲しませるなんて俺には出来ないしどんな事を言えば良いのかも分からない。


「だっだらおじさんは王様じゃない! 嘘つき!!」


少女は大声で言い放つとやはりというか手を目にやって泣き始めた。さすがの王様も笑みを失って憂いを帯びた顔になる。


だけど思っていたよりこの子は少し強い子であった。昨日のように大泣きではなく静かに泣いている。どことなく涙を押し止めてるような気もする。


しかし……こうなってしまっては誰もが口を開こうとはしなかった。沈黙の中で少女のすすり泣く時間が流れていく。気の利いた言葉や慰めも見つからない。


「わ……私が勇者様のお力になります」


そんな中で少女に意を決して発言したのはトュエリーさんであった。


「ここにいる間は勇者様にお辛いことがあろうと私はずっと側にいます。決して一人にはさせません」


「なにそれ、私……勇者じゃない」


「そうですね。そうでございますね。失礼ながらお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか? ……の前に私から名乗るのが礼儀ですね。申し遅れながら私はトュエリー・サントシタードど申します。話しは聞いておられるかもしれませんが本日から貴方様の侍女となりました」


「わ、私は……」


「落ち着いてからで大丈夫ですよ。いくらでも待ちますから」


トュエリーさんは少女のしゃくり上げが止まるまで静かに待つ。というよりも息を整えて自身を落ち着かせている。少女は目元を擦っている為にそれに気づかないがこうやって話しかけて会話をするだけでもいっぱいいっぱいの様子だ。例え無理してでも意思の固い想いで座っている彼女は席を外すことはしないだろう。情けないが今の状況で頼れるのは無理してるトュエリーさんだ。


その間に王様はリリスティールと呼ばれたメイドさんが用意したお菓子や紅茶を進めながら機嫌をとってなだめかすと徐々に落ち着きを取り戻す。


「名前は……花田(はなだ)美幸(みゆき)


周囲の顔を一度伺ってから少女は自身の名をゆっくりと答えた。


「ハナダ様……ミユキ様……どちらでお呼びすれば宜しいでしょうか?」


「……美幸で良いよ」


「承知しました。ミユキ様でございますね」


名前を聞くことが出来たトュエリーさんは達成感があったのか少し満足気である。しかしそれに続く言葉が見つからないようだ。声をかけたのは勢いぽかったしこのまま会話を続けるにも少女との目をあまり合わせようともしていない。もしかして頭の中が真っ白になっちゃったりしてるのだろうか。


「でしたら次は俺の番ですね。名前は刀野(たちの)(しげる)と言います」


そんなトュエリーさんを助ける為に俺は話しに割り込むことにした。せっかくの自己紹介の流れだし自分の名を言えるタイミングである。


「美幸さんと同じように勇者ではなく名前で呼んでくれたらと」


ついでとばかりに勇者様呼びを変えて頂こう。相応しくないし慣れてしまうのも嫌なのでお願いする。美幸ちゃんがオッケーなら俺もオッケーのはずだ。


「それは、その」


そこで渋っちゃうトュエリーさん。うん、なんとなく分かってたけどね。トュエリーさんが美幸ちゃんの名前で呼んだのはその子の為であってこれとそれとは別問題なのだろう。ちょっとは期待してたけどやっぱり駄目かぁ。


「それでしたら条件があります」


そこで面白そうな笑みを浮かべて自慢の髭を触る王様。


「昨日から言ってますが私に対してもう少し砕けた態度にしてくれればと」


「それは、その」


先程のトュエリーさんと同じような反応になる。いやだって王様だし。国のトップなんだから恐れ多いじゃん。いくら勇者と言ったって身内の方々に分をわけまえない奴だなんて思われて嫌われるのはやだよ。ましてや若者じゃなく中年だ。マナーがないと思われるのも恥ずかしい。


「貴殿が思うことと同じようにそれぐらいこの世界での勇者というのは我々にとって特別な存在なのです。普通の人であれば敬意を抱きますし貴殿に不躾な言動をしたくもありませんからとても難しい」


思考を読みとられて現状の扱いに受け入れることをオススメされる。予想はしてたけどやはり勇者はかなりの特別扱いらしい。……魔王討伐の話しを断ったのは本当に良かったと思う。魔法を使いたいとか異世界の文化や食事に触れたいとか個人的な欲求と生半可な覚悟で勇者になりたいとか言ってたら後々悔やむことになる。目先の楽しみばかり見ては痛い目に合う。他の国での勇者はどのような覚悟で勇者になったのか気になるところだ。


「と……言いたい所ですが。親睦を深める為に名前で呼び合うのは賛成しましょう」


「すみません王様……どういうことですか?」


「まずは友達から始めるということです」


つまり……どういうことだ。突然なんで友達になろうなんて事になる。


それよりもそれぞれの考えや立場があるから今の距離感があるというのにそれは難しいんじゃないか。特にトュエリーさんは嫌がるだろうし。


「そう……ですね」


と思いきや思案顔で納得していた。


何故と考えれば美幸ちゃんか。そういや警戒心を無くしお互いの距離を縮めるのが優先だと言っていた。同じ目線の高さになれば自分の身に何が起きたのかも話してくれるかもしれない。他に何か方法は思いつかないし皆で友達計画は案外悪くない。


「……友達に名前ですか。そう言葉にされて口にするのは少し気恥ずかしいものがありますね」


子供であれば言わなくても気がつかぬ間に友達になってたり俺達友達だよねーなんて言えるけど。大人になった今ではそう簡単に口にする機会は減った。というより会社と家を往復するだけの毎日だったし社員以外の人と交流はまったくないから当たり前だ。しかし……今日から俺ら友達な! みたいな陽気なキャラでもないから必然的に人との距離を取るので心の底から友達と言える者はいない。……元の世界に帰ったらまずはそこからだよな。生きる意味を探す前に少しは外を出るようにして明るい人間になるのが最低限の目標だ。


「そうは言いますが……貴殿は既にサントシタードを名前で呼んでるじゃないですが」


「え?」


王様の言ってる意味を理解するため少し間を空けて考える。


「もしかするとですがこの世界の苗字……いえ、家名ですか。後ろの方に持ってかれるのですが?」


「ええそうです。トュエリーが名前でサントシタードが家名になります。私であれば名前はアルクリです」


えぇ……ということは今まで知らずに名前を呼んでたのか。初めて異性に下の名前を呼んじゃったよ。いや、この世界だと上の名前になるのか。……うーんややこしい。


「そうとは知らず馴れ馴れしく呼んでしまってすみません」


「い、いえいえむしろ勇者様に名前で呼んでもらえるなんて光栄です」


「サントシタード。いえ、トュエリー。勇者様ではなくシゲルさんですよ」


「えっ、あっ、はい。そうですね…………シゲル様」


あっ……やばい。ちょっとときめいた。女性にそんな恥じらい持って名前を呼んでもらえるとこうも胸にくるものがあるのか。まるでそう、あれだ。好きな女の子に告白で成功してお付き合い出来るようになった手始めに、お互い下の名前呼んでもらうも恥ずかしくて初々しくなるちょっと良い雰囲気なワンシーン。ああ……そんな甘酸っぱい学園生活を送ってみたかった。


「では改めまして。トュエリーさん。アルクリ王。そして美幸さん。こんな俺で良ければ友人にしてもらえればと」


「わ、私こそ不甲斐ない者かもしれませんが宜しくお願いします」


「……うーん、なんか私が思う友人関係とは少し違いますね。仕方のないと言えば仕方がないのですが」


それもそうだ。王様は本気で友達になろうと考えているのか知らないけどもこんな堅苦しそうな関係で第三者に俺達友達なんだぜとか言ってもそうには見えないと思うのが大半だろう。せめて言葉使いぐらいは崩せばそれっぽく見えるかもしれない。しかしこれは美幸ちゃんと信頼を築き上げるために作られた友人関係だからお互い越えてはいけない壁を作って線引きしている。


そのせいか美幸ちゃんはどこかしら胡散臭そうな眼差しである。


そんな調子で王様は本来聞きたいであろう話しを後回しにしてあれやこれやと色々な話題を美幸ちゃんや俺達に振る。何気ない会話というのは簡単のようで難しくそれを難なくやりどける王様は関心する。王となれば外交が多いだろうから対話は手慣れたものだろう。機嫌が少し悪くなればトュエリーさんがあやし。異世界での難しい言葉が出てきたのであれば子供にもわかりやすいように元の世界にあったものを例えにして俺が教える。


しかしどれもこれも美幸ちゃんはほとんど無反応であり口数は多くはなかった。ネックレス以降自分から何か語ろうとする気配はない。お婆さんが生き返らないと知ってから話しの内容が頭に入っていないかもしれない。諦めて無理やり問いだすのも逆効果だろう。本来ならば本人がお婆さんが亡くなった現実と向き合って心を落ち着かせる為に時間を置きたいところだが異世界であるこの世界でずっといるのも危険であるためそんな猶予もない。


そんな進展もない状況がずっと続き、王様は遂に痺れを切らしたのか本題にへと入ろうとした。


「美幸さん……貴女に聞きたいことがあります。この世界に来る前の話しです」


「まっ……待ってください! アルクリ王!」


だがそれを止めたのはトュエリーさんである。


「それはもう少し待って頂けませんか?」


「……トュエリー気持ちはわかります。ですがあまり悠長にしてられないのも事実です」


「それでしたら提案がございます。ここからはそれぞれ一対一での対話をされては如何でしょうか?」


「…………一対一ですか」


王様は考え込む。美幸ちゃんからすれば三対一での会話をしてるようなもんだし発言しにくい場であるかもしれない。一対一であれば多少なりとこちらと向き合って話し合ってくれるかもしれない。


「そうですね。それは良いかもしれないですね」


王様は同じ事を思ったのかその提案に乗っかる。


「ありがとうございます。……ミユキ様はそれで宜しいでしょうか? 長い事にお話しにお付き合い頂いてますが気分が優れないのであれば無理をさせるわけにはございません」


美幸ちゃんを気遣って選択を委ねる。数秒して小さく頷いてくれた。


「ありがとうございます」


「でしたら私達は一度応接間に戻りましょう。続けての会話はミユキさんも疲れるでしょうから休憩も必要でしょう。その間ここはリリスティールに任せることにします」


「そういうことでしたら私がミユキ様を」


「いえトュエリー。貴方も戻りなさい」


「で、ですか……私は侍女でありますから」


「そうは言っても貴方こそ相当無理してるのは分かってますよ。そんなのではまともに仕事が出来るのか怪しいものです。当然貴方も一対一での会話を望むのもわかってます。それまでに自身を落ち着かせときなさい。これは命令です」


命令であればトュエリーさんはそれに応じるしかない。そりゃあ暑くもないのに汗があり顔色があまりにも優れないのが目に見えて分かるから王様もそう言うだろう。


しかし……一対一での会話か。幼い子にどのような会話をすればまったく分からない。王様のように流暢に次々と話題を途切れることなく喋れるようなスキルはないし、トュエリーさんのように宥めることができる母性的なもんもない。


とりあえず俺達は美幸ちゃんの寝室を後にしてどのような話しをすれば良いのかと悩ませながら応接間に戻るのであった。




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