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間話

夜が訪れ……窓がないこの空間で視認出来る光はアンティーク調で重厚な佇まいな存在感を放つ両袖机の上にあるランタンと似た照明器具が1つだけであった。ゆらゆらとガラスの中で踊る火の玉は暗闇と(たわむ)れてあっちこっちと周囲が照らされる。それでもまだ薄暗さがあるのだが、広くもないこの部屋では足元が見えさせすれば歩くには充分な明るさである。初めてこの部屋に訪れた者であれば先に目を移すのは壁一面に隙間無く敷き詰められた本棚であろう。この世界の愛書家からすればどれもこれも古い本ばかりであるが誰かが定期的に手入れをしているお陰か、埃も被らず真新しさがあった。コレクター気質の者である視点とすれば眠る綺麗な宝箱である。


しかし、この部屋に訪れた若い女性二人は周囲に目もくれず、古くさい床を軋ませながら慣れた足取りで机に向かっていた。……にもかかわらず緊張した面持ちである。


「そこで良いですよ」


そんな二人の歩みを止めさせたのは一人の老婆だ。机の上で手を重ねて置き、椅子の背もたれに身を任せていた。その者は茶髪でワンピースにフリルが付いた白いエプロンを着込み、ホワイトブリムを頭に身に付けている。訪れた女性二人も同様だ。見た目は似ているが老女と若女であれば雰囲気も印象もまったく別物である。年老いた者が着込めば貫禄や知的さが増し、若い者であれば可憐さや淑やかさが滲み出る。それは経験からくるものか、そのような振る舞いを見せてるのかは分からない。今この場で分かることは老婆は上の立場の者であり、若い女性二人はその者に呼びつけられたという事だけである。


「トュエリー・サントシタード」


「はい」


名を呼ばれた者は一歩前に出た。


「裏召喚で起きた後の働きに多いに評価します。即座に勇者様に白涙血(シロバチ)を使用し、心身疲労した者にも出すように指示を出したのは貴方であると報告に上がっています。……ただ、自分のした行動の連絡は素早く周りに回しなさい。あのような大事(おおごと)が起きれば一番大事なのはその場その場の状況です。何かする場合、何かが起きた場合は必ず報告。暇がなければ私に直接一言連絡なさい」


「申し訳ごさいませんでした。必ずそのように行動するよう勤めます」


「……顔を上げなさい。今回に関しては説教をするつもりはありません」


老婆のその言葉に意外そうな表情を見せる女性。今のような台詞を口にすることは滅多に無いことであるからだ。お褒めの言葉を貰える時はしっかりと褒められ。お叱りを受ける場合は最初から最後まできっちりと絞られる。過去の経験からとしては中途半端に切り上げて話が終わることはなかった。だから女性は不思議に思えていたのだ。


「貴方の事は多少なりとも知っています。普段であれば冷静に行動をしていたのでしょうが……私情が挟んでしまって疎かになったのでしょう?」


「……それは」


「深くは聞かないし言わなくても良いわ。……ただ、教育されたことは忘れないで欲しいから言い聞かせてるだけ。それとは別で貴方を呼んだのは他の事」


老婆は引き出しから一枚の紙切れを取りだして机の上に置いた。綺麗な執筆で文字がつらつらと並べられ、最後に赤色の判が押されている。


「幼き勇者様の世話をあなたにと……王様から命を承ったわ。それを契約する紙がここにある。ただし、命令とは言ってもこれに関しては拒否権はある。何故かはわかる?」


人差し指でコツコツと紙に触れながら老婆は女性の瞳をじっくりと見つめた。


「覚悟はあるのかってことよ」


女性は目をそらさず老婆を見つめ返す。それを一緒に来たもう一人の女性は何やら心配そうな表情で成り行きを見守っていた。


「まだ幼く勇者の力をまだ手にしていないとは言え、私達にとっては光。情が沸いたから……勇者様や王様にお願いされたから……そんな浅い気持ちでやって欲しくないわね」


「覚悟はございます。この身がどうなろうとお世話をする所存です」


「今日のように事あるごとに視野が狭くなって周りに迷惑をかけようとも?」


「例えそうだとしてもです」


「潔いね」


「私自身の未熟さは否定するつもりはありません。それも含めての覚悟です」


「なるほどね。もう一度言いますけど私は貴方の過去を多少なりと知っています。たった数日間だけになる世話となるかもしれませんが……貴方は投げ出さずちゃんと向き合うことは出来るのでしょうね? 中途半端な気持ちでやられて途中で仕事を放り出すような輩にも任せたくはないよ」


「断じてそのようなことは致しません。何が起きようと最後まで側でお仕えさせて頂きます」


そしてそのままお互いは目を離さずに(だんま)りとする。二人の視線は沈黙が流れようと剥がれずに交じりあったまま。疑問の目を持った者と決意の目を宿した者。お互いは語らずとも瞳で訴え、瞳で対抗する。その思いを口にしなくとも相手の言わんとする事を理解してるし、どちらの考えも納得して尊重している。ただ……両者は確認しあっているだけに過ぎない。


「そこまで言い切るのであれば、この紙にサインしなさい。それで貴方は正式的に幼き勇者様の侍女として扱うことになる。それと書かれてある内容も目を通しておきなさい」


しばらくの沈黙を老婆から破り女性はそれに従って机の前にへと移動すると紙を手に取って内容に目を通した。その中で疑問に思えた事を質問し、老婆がそれに答える。その質疑応答を数十分に渡って行われた。女性は全てに納得すると紙にサインをして元の位置へと戻った。


「ついでだから貴方の明日の予定となる日程を簡単に伝えておくわ。明日はいつも通りに起床をしたら男性の勇者様を起こしに参りなさい」


女性は戸惑った。先程までに幼き勇者様の侍女となったばかりの筈なのに何故に男性の勇者様の方にへと向かうのであるのかと。その様子に老婆は付け足すように会話を続けた。


「王様からのお達しよ。朝食を終えて勇者様の準備が出来次第に応接間にてお連れするようにと。そこで勇者様、王様……そして貴方の三人を交えての会話の場を設けたいと」


「私も……ですか?」


「ええ。幼き勇者様について重要な話しがあると。侍女になるであろう貴方にも聞かせるべきであると」


「…………ここまでの流れ、王様は予想されていたのですね」


「まぁ、貴方を知る者であればそう思うでしょうね。幼き勇者様の侍女になりたいと立候補を申し出た瞬間からね。貴方は己と向き合おうとしてる。そしてこのお達しを断ることもしない。本当に覚悟を決めている者であればの話しだけど」


またもや試すように老婆は女性を見る。無理であればここで手を引いても良いと……そんな顔だ。勿論それに女性は臆することは無かった。


「そんなに心配をなさらなくても私は怖じけついて逃げたりするような無様なことは致しません」


「……そうかい。ならもう私からは言うことは無いよ」


「でしたら、私から最後に確認をよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「その明日の予定というのは詳しい時間等は決まられてはいないのでしょうか? 会話の場を設けたいという言葉から察するにまだ決定はしてはいないご様子ですし……」


「まあ、あくまで予定よ。まだ勇者様の明日のご予定の確認も許可も取ってはいないのだから。必ずしも明日になるとは言えない。貴方が就寝する前には聞いて連絡を寄越すつもりだからそれまでは待っていなさい」


「わかりました」


用が終えたと判断した老婆は女性に少し下がるように指示をだしてもう一人の女性に目を向けた。


「タベタ・リリスティール」


「はい」


名を呼ばれた者は一歩前に出た。


「貴方……勇者様の世話をしていましたよね。何故途中で他の者と交代したの?」


「私では勇者様に不快な気持ちにさせるのではないかと……そう思っての判断です」


「なるほど……それは良いわ。じゃあ何故それに私に言わなかった? サントシタードはまだしも貴方までも狼狽していた訳じゃ無いでしょ?」


「おっしゃる通り……私は冷静で居ました。冷静であるからこその行動でございます。家政婦長に報告を怠ったのは怠慢でもなく失念をしていたわけでもございません。独断であります」


「……で、報告をしなかった理由は?」


「王命でしたので言えば必ず引き止められると思ったからです。正直な話し何か意図があるのではないかと考えて出来る限りの事をやらせて頂きましたが私に勇者様をお相手するには荷が重すぎました」


「なるほど……理由は分かった。まずそうやって独断で行動をするのは止めなさい。私も私で今日は貴方に目配りしてやれなかったけど勝手にあれこれと人員配置を変えて何か起きたのでは私は貴方の責任を庇いきることもできない。幸い王様の機嫌も悪くもならなかったし、勇者様も気にしてはいられなかった」


「…………迷惑をかけて大変申し訳ごさいませんでした」


「謝罪は受けとる。本当に反省しているならば今後の働きで示しなさい」


先程の女性と同じく意外そうな表情であった。長い事叱られるであろうと思いきや今日はいつもと違ってすんなりと許しを貰える。


「はい……と言いたい所ですが、その今後について話しがごさいます」


事情はどうあれ簡単に許しを貰えても女性は緊張感を解かなかった。というよりも更に気を引き締めていた。


「言ってみなさい」


「一身上の都合で退職の希望を聞き入れて欲しいのです」


それに早く反応したのは一歩後ろに下がって見ていた女性であった。動揺を隠せず背中を眺めてその言葉の真意を探るなか、老婆は眉1つも動かすことなくそれに答えた。


「そう、わかった」


「……宜しいのですか?」


「何故とは聞かないし自分で決めたことなら止めはしない。それはいつ頃になる?」


「今もまだ慌ただしい状況ですのでこんな私でも役に立つのであれば落ち着いた頃に見計らって退職しようかと思っております」


「そうかい。ならやって欲しい事がある」


老婆はまた引き出しから1枚の紙を取り出して机に置いた。先程の紙と同じように綺麗な執筆で書かれて赤い判が押されている。それを少し離れた所から見る女性は怪訝そうな面持ちに変わっていた。


「あの……申し訳ごさいませんが勇者様の侍女という話であれば身を引かせて頂けないでしょうか?」


「違う違う。これはそういうのじゃないよ」


「では……何を?」


「貴方はサントシタードの補佐に回りなさい」


その言葉に二人の女性は老婆に疑問の目を向けた。


「何の意味も無く二人一緒に呼んだ訳でも無いですよ。これは王様とは無関係で私からの仕事。だからこうして来てもらいました」


「で、でも何故私なのでしょうか?」


「きちんと自分を見てるから。客観的な判断が出来るから。勇者様の世話を途中で放棄したのは相応(ふさわ)しくないと思ったからでしょう? その場で見た訳でもないけど貴方の妙な癖が露呈しちゃったんじゃないかしら?」


「…………はい」


女性はバツが悪そうな顔を表に出して目を逸らした。老婆はそれに深く追及せずもう一方の女性に目を向ける。


「それとは逆にサントシタードは周囲を見ずに何を仕出(しで)かすのか分からないからね。それを冷静に止めれるような人物を必要であると私は思っただけよ」


「私は決して……」


目を向けられた女性は反論をするつもりであったが、最後まで口にしようとした台詞を喉元で押し留めた。老婆の言われたとおり幼き勇者様の事となると思考が定まらず視野の幅を縮めているのは自分でも時折感じることがあると多少なりに自覚はあったからだ。


「相手の短所を補えるぐらいの長所があって良い感じにバランスが取れてるからリリスティールを補佐役としてお願いをしたのです」


「そうでしたか。ですが……私よりももっと補佐に適した方が居られたのではないかと思うのですが」


「…………貴方のその謙虚さは嫌いじゃないわ。自分に向かない事をやらないのも賢い選択であるけど同時に臆病さも感じる。悪い事でも無いけどね」


「申し訳ございません」


「けど安心しなさい。確かにサントシタードは侍女になって貴方が補佐となったとしても勇者様を二人に任せっきりにするつもりはないわ。他の者にも勇者様に関しては最優先事項と扱って目を配らせているから気を背負い過ぎる必要もない。それに……サントシタードにこの職を紹介して連れてきたのは貴方でしょう?」


「……はい」


「それでサントシタードが勇者様の侍女としてしっかりと業務をこなしていけるのかも友人として心配して気にかけるのじゃないかと思ってね。貴方を補佐役として推薦したのよ」


そう言われ、女性は斜め後ろをチラリと見た。気のせいなのか……何かを期待するような瞳で見つめ返されて(しば)しの沈黙の合間に思案をして前を向いた。


「……正直言いますととても心配です。ですがそういった感情に駆られて補佐になるのはどうかと──」


「──リリスティール」


そこで老婆は女性の言葉を遮った。その目に怒りは無い。けれど遮られた女性は失言であったのかと背中がヒヤリとして汗が上から下に落ちた感覚がした。


「簡単に聞く。やりたい? それともやらない?」


女性は口ごもる。どう答えれば良いのだろうかと。たったの二択のはずなのに随分と時間をかけて考えこんでいた。


「脅してる訳じゃないし難しく考える必要もないですよ。サントシタードにも同じことを言ったけども勇者様は私達にとって光。だったら何故若年者であるサントシタードにそのような大役を任せるのも疑問を持つのも当然でしょう。自ら進んでやりたがる人はそんなにいません。今までに訪れた勇者様のように従来通り老手(ろうしゅ)の使用人を向かわせます。……ですが、今回はいろいろと状況が違います」


そのまま次の言葉を言おうとした老婆は何か思う所でもあったのか口を閉ざして思案していた。二人の女性は焦ることなく次の言葉を静かに待っている。


「…………そうだね。何故こんなまどろっこしい事をしてるのか少し話そうか」


小さな息を吐いた後に老婆はいつまにか下げていた目線を女性達に合わせていた。


「貴方達は別に言われた通りに動く奴隷じゃあるまいし、感情を殺してまで国の為に働く踏み箱(キボウ)でもないからね。無理矢理やらせて仕事に支障が起きてしまうのも宜しくない。ただし……もし補佐をするために納得のある話しを聞くというのであれば後戻りは出来ないと考えなさい。今から話す事は外に漏らしてはいけない。退職したあとは自分の生活に監視する人間が一生付きまとわれる覚悟でね。それぐらい重要な事柄に触れていくサントシタードに心の支えも必要となると思っての補佐よ」


語りながら真剣な目付きで補佐として選ばれた女性の返事を待ちながら見据えた。


「…………少しだけサントシタードと一緒に退室しても宜しいでしょうか? 聞きたい事がありますので」


「構わないよ。考えがまとまったら戻ってきなさい」


「ありがとうございます」


女性は頭を下げて一緒に来た女性と共に薄暗い部屋から退室するのであった。





┿┿┿





「トュエリー本気なの?」


「うん、本気」


先程の部屋から少し離れた所に移動し、廊下で立ち話しを始める二人の女性。質問を投げた女性は優心(ゆうしん)を隠しきれずに居ていた。それを少し嬉しく思えたのか、それともそれ以上の心配をさせたくない為なのか投げられた女性は明るく答えていた。


「私としてはそうやって昔の事と向き合えるくらいに立ち直れてるんだって嬉しいと思ってる。でもそこまで背負う必要が無いと思う。何であんな事件が起きたのかはさっぱり分かんないけどさ……これ以上は関わらない方が良い気がするんだ。トュエリーにとって知らない方が良かったことまで聞かされるような気がしてたまらない」


「そうだね。そうかもしれない。……でも、それでもあの子を助けたい。あの勇者様を助けたい」


「どうして? なんでそこまで? こう言っては駄目だけどあの勇者様はトュエリーからすれば赤の他人となんら変わりない。自分の娘と同様に見るだなんてやめた方が良い。勇者様は勇者様だ」


「違う……違うよ。そうじゃない。勇者様だって私達と同じように生きてる」


明るく振る舞うのは止めて真剣味な表情にへと変えた女性は目の前にいる女性の目を捉えた。


「ねぇ、タベタ。私は今日初めて勇者様と会話をしたの。男性の方なんだけどね。……私がイメージしていた勇者様とは程遠かった。落胆したとかそうじゃない。今まで会ったこともなかったし魔王を倒せるような存在だから凄い方なんだと思ってた。でも……違う。勇者様も私達と同じように考えて生きてる。タベタも今日初めて会話してどんな印象だった?」


そんな質問をされた方の女性は相手の目線から逸らしていた。悩み……戸惑い……何か明確な答えを口しようしているが上手く纏まらずにいていた。


「そう、だね…………」


それを急かすことなく焦らせることなく彼女の言葉を待ち続ける。ようやっと自分の考えが浮かび上がったのか……目線を合わせて答えた。


「トュエリーの言う通り私が想像していた勇者様とは程遠かった。遠いと言うよりも身近に思えたり……気づけば同じ目線に立ってるような気もしたりした。でも、それとこれとは別でトュエリーは関わらない方が良い。あの子はあんなにも幼いんだ。長い事はここに居ないはずだ。だから……あまり無理をさせたくない。ほんの少しだけ目を瞑るだけでいいんだよ」


「無理なんかしてないよ。今こうして向き合えるのも……こうやって自分の意思で行動してるのはタベタが支えてくれたからだよ。どれだけ感謝しても感謝しきれない」


笑顔を見せるその女性に本来は喜ぶべきてあろう場面であるが感謝をされた女性は何とも言えぬ表情であった。勇者様の侍女を辞めさせたい為にこうやって会話をしているのにそんな風に言われれば何も言えないでいた。


「だからね……後押ししてくれる人が居ればこうやって自分の意思で何とかしようってなれたのだと思う。その背中を押す切っ掛けになったのが男性の勇者様だったの」


「……そっか」


「納得してくれたかな?」


「いや、まだ……」


「……そうは言われても私は辞めるつもりはないよ?」


「じゃあこれだけ聞かせて。……なんでそこまでして助けたいと思ってるの? 仮にも自分の娘と重ねたとしてもお世話をしたいなんてさ。いまだに幼い子を見るだけでもを吐き気がするじゃない。そうするほどの義理はないじゃないか」


「それは……助けたいのに理由が必要は無いよって言ってしまえばこの話しは終わりだけど。それじゃあタベタ的には駄目なんだよね。……でもねタベタ。誰かがそうしなきゃあの子はずっと一人のままかもしれない。私にはいたけどあの子にいないの」


「いないって……なんの?」


「支えてくれる人」


そう言って今も支えとなってくれている人物を覗き見るように真っ直ぐと目を向ける。上っ面の気持ちじゃなく本心だと伝わるよう言葉に気持ちを込めて話しを続けた。


「昔……私が落ち込んだ時。目の前に起きた現実から逃げるように死のうかなって思った時。タベタは私を支えてくれた。毎日生きるのが嫌で嫌でタベタに酷いことをしたのにそれでも元気付けてくれた」


それは過去の話し。昔あった辛い出来事に救ってくれた人物と救われた人物。それが今の二人であって、心の底から心配をしてくれるほどの友人となりこうやって向き合って本音を言い合えるぐらいの仲となったのであろう。


「でも……今のあの子には誰もいない。今のこの世界で頼れる人がいないよ?」


そしてその辛かった出来事に幼き勇者様と似た境遇を感じていたようだ。けれど自分とは状況が違うのも理解していた。知らない世界に連れて来られて目の前で親族であろう人物が死んで今は一人である勇者様に……いや、一人の少女の為に嘆いていた。


「勇者様は目の前で大切な人が死んで乗り切れるほど強い存在なのかな? 現実を素直に受け入れるほど歩いていけるのかな? 違う……きっと違う。そこもやっぱり私達と変わらない。世界を救うほどの器があったとしてもそれは外見だけ」


例えこの女性が過去にあった原因で少女を見ただけで吐き気や怯えを見せようと、あの幼き勇者が泣きじゃくる姿を目にした時から決意だけは決まっていたのかもしれない。どうにかしたい。助けたいという一心で事件が起きたあとに誰にも指示なく勝手な行動をしたことはそんな気持ちが大きかった故であったかもしれない。


「だから……だからね。少しだけでもいいからあの子の支えになってあげたいの」


その彼女の心情を吐露(とろ)されていても聞いている女性は無言であった。というよりも口を出した所でこうも決意が固ければ簡単に意見をねじ曲げることはできないとわかっていたからだ。


「正直ね不安なこともあるよ。もしタベタが補佐になってくれたら凄く嬉しいし安心できる。でも……タベタも事情があって退職するだろうしいつまでも頼ってばかりなのもいけない」


そんな終始心配顔をしている女性に一歩近づいて片手を手に取り、自分の両手の平で優しく包み込んだ。


「大丈夫。私はやれるから。だからタベタは気にしないで。私も補佐をやってくれなくても気にしないから。……ね?」


笑顔で平気であることを表情で示す女性。それは弱さを誤魔化す為のものなのか、これ以上の心配をかけさせまいとの強がりであるのかは本人でしか分からない。


「ほら、もう行こう? 長い事返事を待たせるのも悪いし」


そうして女性は老婆が居る薄暗い部屋にへと踵を返す。ここへと呼んだ女性は何も言うことなくその背中をしばらく眺めた後に遅れて追うのであった。






┿┿┿






「答えは決まったのですか?」


「はい」


戻ってきた二人の女性。先程の楽な口調は控えて緊張感を持って老婆と向き合っていた


「補佐の件。私で良ければ引き受けさせてください」


その答えに一歩下がって見ていた女性は驚きを隠せずにいられなかった。


「目ん玉の中に見えた迷いが消えたようですね」


一方それを聞いた老婆は口元を緩ませてシワを増やす。それに喜びと言った感情が感じられない。答えに納得や満足を得たような様子もなく只々意味深な微笑みを浮かべていた。


「では、ある程度の事を説明しましょうか。勇者様に若い者を侍女として任命される理由を。まぁ……もっともリリスティールが聞きたいというのであればですが」


「はい。是非ともお聞かせください。それと……もしも許されるのであればこの先サントシタードが知りうる事実を共有させてもらっても宜しいでしょうか?」


「……何故?」


「外に漏らしてはいけない情報を持つ。中身はどのような物か分かりませんが良い悪いを関係無しに彼女はずっと内に秘めれるほど悪い人ではありません」


「……貴方、それだとサントシタードは──」


「──家政婦長。横から口を挟む行為をお許しください。リリスティール。その言葉は聞き捨てなりません。私はどのような事実が待ち受けようと全てを受け入れる覚悟はございます。内容はどうであれ周囲に口をするつもりは微塵もないですよ」


そこでずっと眺めていた女性は会話に割って入った。それを老婆と向き合って話していた女性は後ろを振り向いた。


「……貴方の覚悟は何度も確認するほど揺らがないのはご存知です。とは言え今の誤解を招く発言をしてしまったのは謝罪します。どうか熱くならず最後までお聞きください。何も貴方が侍女になるのは相応(ふさわ)しくないと言いたい訳ではありません」


(いぶか)しげに見つめられる女性は相手が落ち着くのを少し待つ。両者の間にしばらくの沈黙が流れた後に横から話しを割って入った女性から口が開いた。


「不躾な行動申し訳ごさいませんでした」


頭を下げて二人に謝罪を行う。老婆は彼女にこれ以上の追及はせずにタイミングを見計らってから話しを元に戻した。


「それで、リリスティール。何が言いたいのですか?」


「……私はサントシタードが内密をずっと抱えるほどの悪い人では無いと言いましたが、言いたい事はその逆でありまして彼女はとても優しすぎるのです。それ故に時間と共に罪悪感が膨らんでしまうのではないかと思うのです」


優しいから。この先知る事全てを抱えれるほど器用では無いと。覚悟や決意はあれどいつの日か潰れてしまうのではないのかと思い付く限りの事を言い初めた。昔から身近に居て見てきた彼女だからこそ分かることなのかもしれない。


「ですから私も同じ秘密を抱えれる者同士となってサントシタードの負担を減らしたいと思っての共有する理由でごさいます。誰かに愚痴を溢せるような人がいるだけでも精神的に楽になるのではないかと」


「……なるほどね」


「どうせならば形だけの補佐ではなく隣に立って意味のある補佐として勤めさせて頂きたいという私からの我が儘でもごさいます。情報の共有お願いできないでしょうか?」


「…………いいでしょう。となると貴方にサインしてもらうこの紙の契約の内容も変更しなくちゃいけなくなりますね。そうなれば私生活に一生監視が付く云々等の軽いものじゃなくなりますよ?」


「構いません」


女性は腹から出したのか芯のある声で言い放つ。最初に補佐を頼まれた時とは段違いであった。老婆はその変化を多少なりと気にはするものの、聞くのは無粋であると判断して次にへと話しを進めた。


「分かりました。そうなると契約内容も変更しなくちゃなりませんのでサインは明日にしてもらいます。一応確認をとりますがサントシタードはそれで宜しいですか? 貴方の補佐となる方がそう申し出ていますが……仕事に支障が起きるようであれば断れますよ?」


「えっ……いや、はい! 大丈夫です!」


やや遅れて返事を返す。どうやら上の空であったようだ。


「では、話しはこれで以上です。侍女になる理由の話しは私から端的に話さなくとも全て王様から聞いたサントシタードから聞くのが良いでしょう。私も全貌を知ってる訳ではないからね」


こうして老婆からの話しは全て終わり、二人の女性は細かな質問を幾つかしたあとに頭を下げて部屋から退室していった。






┿┿┿





「ねぇタベタ」


廊下に出て後ろを歩く女性に声をかけた。


「なに?」


「…………ありがとう」


前を歩いていた女性は立ち止まってお礼を言う。


「……気にしないで」


それに微笑んで返して二人は横に並んで廊下を歩くのであった。




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