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勇者召喚6

台車に空となった皿を次々と乗せて後片付けを行うメイドさんに美味しかったと告げると、誇らしげな表情を見せた後に相好(そうごう)を崩して頭を下げた。食事の内容としては大まかに肉、野菜、スープ、米であった。味も見た目も元の世界と似たような食べ物であったので、食事中に気になって聞いてみたのだが……どうやら過去に勇者召喚で呼び出された人達の飲食の文献が残っているらしく、それらを参考にして口が合うように調理をしてくれたようだ。その説明の途中で時折メイドさんが肩を静かに震わせていたけども……あまり気にしないようにした。


正直言って、料理が運ばれる前は少しばかり不安があった。異世界とは言っても日本にしか居たことが無い俺にとっては外国に居る感覚で未知の世界だ。だからなのか……ゲテモノ料理みたいなのが出て来たらどうしたものかと肝を据えて待ち続けたよ。でも、思ってたより本当に普通であったことに内心ホッとした。


そんな気持ちを(いだ)いていた事は口に出さず、テーブルにへと目を向けた。片付けは数分で終わり、ウツシ玉と花瓶を元あった位置に戻される。それから何故か……真っ白な液体が入ったグラスがテーブルの上に置かれた。


「食事を終えた所で大変申し訳ありませんが……勇者様にこれを飲んで頂きたいのです」


「……これは?」


メイドさんの言葉を返答するよりも先に、出された飲み物の詳細を求めた。いきなり知りもしない物を口にするほどの勇気は持ってはいないし、恐いものだ。


白涙血(シロバチ)と言われる薬です。勇者様がこの世界の環境に適する為に用意致しました」


「環境に適する……ですか。具体的には?」


「多々ある病気に対抗出来るように免疫力を高める為にごさいます。この白涙血(シロバチ)は主に怪我の治癒を速めたり、心身の疲れを取る効果がありますので、治療をする際に頻繁に使われています。……回復するだけで大した事が無さそうにも思えますが、一番に注目すべき所は様々な病に対して効果があることなんですよ」


「……それは凄いですね。万能薬の様なもんですか」


「いえ、これは効果があるとは言ってもほんの僅かで完璧に治す事などは出来ないのです。……ですが、多少の予防に役立ちます」


なるほど……予防か。確かに異なる環境に身を置くとなれば、慣れない風土によって自身の体は病に犯される可能性は高い。しかも国境を越えての範囲の話しではない。地球という惑星を越えての別の世界だ。短い期間に居るとは言え、即死するような病気をもらってもおかしくは無い。


「……理解しました。そこまでの配慮に感謝します」


白涙血(シロバチ)が出された理由が分かり、グラスに手を伸ばす。口にへと運ぶ前にグラスの胴体に描かれた花のデザインに視界が入った。書かれたと言うよりガラスに掘られてると言うべきか。グラスリッツェンと思わしき彫刻の技術で二つの花が掘られていた。片方は白。もう片方は黒。両者とも綺麗に色が付いて中々の出来である。


そこでふと思い出す。応接間で紅茶を飲み終えた後にティーカップの底に書いてあった絵の事を。……良く見ればこのグラスと似てるのだ。


「どうかなされましたか?」


不意に横からメイドさんの声がかかる。見れば不思議そうな顔でこちらを伺っていた。……そりゃあ飲もうとしたグラスを数十秒も空中に止めて眺めていたら、当然そんな表情もするだろう。


「似てるな……と思いまして」


視線をテーブルの端に置かれている白色の花が挿された花瓶へと目を移した。


「このグラスの花の絵……そこの花瓶の花を模写したのですか? 凄く似ている気がしたので」


八重咲きのオダマキと似た形の花をじろじろと見比べる。やはり絵と同じ形で色も同じである。初めてこの花瓶の花を見たときに既視感を感じたのは応接間の時に絵を見たせいだったのかもしれない。


「ええ、その通りです。良くお気づきになりましたね? 勇者様はこう言った物に関心があるのですか?」


「……そうでもないよ。このグラスの花の絵を見るよりも先に、応接間で使ってたティーカップの底に似たようなのを見ていたので少しばかり目を惹かれたと言いますか……気になってしまったので」


もしもあの時見ていなければグラスの絵の事も気付かず、さらに花瓶の花にも興味を示さなかったのだろう。よっぽど珍しくなければ物を一度見ただけでは関心を持つことなどない。二度目と三度目と続いて目にすれば徐々に印象が残るし、気にはなってくる。


「左様でしたか……」


頷いて納得するメイドさんを確認する。それが分かった事で視線を手に持った白涙血(シロバチ)の入ったグラスにへと戻した。見ればとても純白な色にも関わらず、底にまで透き通りそうな綺麗な色を魅せてくれる。天井に吊るされてる馬鹿でかいシャンデリアの美しい光も相まってそのように見えるのかもしれない。……そしてそのまま(ふち)を口元にまで近づかせて一気に飲もうとしたのだが──


「──お待ち下さい、勇者様」


何故かメイドさんに止められてしまった。


「……どうかしましたか?」


「それを口にする前にですが………その白涙血(シロバチ)のお話しを詳しく聞いて頂いても宜しいでしょうか?」


「構わないのですが……話しを聞いた限り、早々に飲んだ方が良いと思うのでは? その為にこう言った薬を準備してくれたようですし」


「それについてですが……既に勇者様は白涙血(シロバチ)を口にしております」


「……え?」


「本来ならば今のような予定の時間にご用意する筈なのでしたが、連絡の入れ違いがあったのか……それとも他のメイドが独自の判断で勝手に予定よりも早く用意をなされたかもしれません」


「まったく気付かなかったのですが……どのタイミングで?」


「……勇者様が花の絵をご覧になったのが確かであれば、応接間で紅茶を飲んでいた時でしょう。……この世界では白涙血(シロバチ)を客人や目上の方に飲ませる場合は必ず花の絵を描いた入れ物を使うのはマナーとして扱われています。例え身内や友人だとしても礼儀としてそうするほどの常識でごさいますので」


「そうなのですか……つまりあのティーカップを使用した時点で知らぬ間に飲んでいたと」


「……私も知らなかったとは言え、この不備は全体としての責任であります。至らぬ所をお見せして申し訳ございません」


深々とお辞儀をして謝罪を見せるメイドさん。それを見ながら今一度応接間での事を振り替える。あのティーカップの花の絵に気付いたのは少女が勇者召喚されてから応接間に1人で居たときの事だ。その前に俺がこの世界に召喚された後に応接間でも紅茶を飲んでいた。しかし……気付くことはなかった。召喚された直後でもあって気にも留める余裕も無かったのか、そもそも出されていない場合もある。その時の王様は俺を元の世界に帰らせる予定でもあったからだ。異世界に長く居させるつもりがなければ白涙血(シロバチ)を飲ませる可能性も低い。


「……少し、聞いてもいいですか?」


「はい。なんなりと」


「この白涙血(シロバチ)を用意する予定とはいつ頃に決められたのですが?」


「……勇者召喚の事故があった後からとなります」


「そうですか……仮に連絡のミスが無かったとして、あなたが言われた独自の判断だとすれば、事故後の応接間で紅茶を煎れたメイドさんとなりますね」


「あ、あの……勇者様、それは」


「安心して下さい。怒っているつもりではありません」


その時のメイドさんと言えばトュエリーさんだ。あの人が悪い意思を持って勝手な行動をしたのは考えにくい。……と言うよりも考えたくはないな。


「既に飲んでしまった事ですが……予定よりも早く飲んだ事に都合が悪いことがあるのですか?」


「いえ……そんなことはありません。むしろ良い事です。事件後は多少のごたつきや混乱があって即座に勇者様の今後の対応が遅れてしまった始末です。勇者様が暫くこの世界に過ごされるとお聞きした後、王様と面談を終えてから落ち着いた頃に白涙血(シロバチ)を出すように指示を受けられていました」


「……なるほど。ちなみにですが、その時に見た絵のティーカップの紅茶を煎れた方はトュエリー・サントシタードさんと言う方なのですが……ご存知ですよね?」


「……はい」


「もしもこれがトュエリーさんの勝手な行動だとすれば、貴方達からすればどのような評価なのでしょうか?」


「……とても誉められるべき行動だと思います。混乱していたとは言え、すぐに勇者様の体調に気を使ったのは称賛を贈るべきほどでは無いかと。個人的な判断としては好評価でありますし、ちゃんと報告さえして頂ければ完璧でした」


「分かりました。それだけ聞ければ充分です」


胸を撫で下ろすかのように一息ついて、グラスをテーブルの上に置き戻す。トュエリーさんとは親しい間柄で無いが、あんなに少女を想う人が良からぬ事をしでかしていたのならば少しばかりショックを受けてしまう。応接間では数十分ほどの会話をしただけで相手の本質なんて見極める事は出来ないが、心の何処かで信用を得たからこそトュエリーさんに少女のお世話を頼んだかもしれない。例えその時は相手に同情があったとしても、話しの流れに感情が思うままに従ったとしてもだ。


だが……嘘をつかれていた。娘さんが亡くなっている筈なのにあえて本当の事を言わず、居ると言う話しを前提に会話をしていた。でも、その嘘は俺に気を使わせまいとの思っての発した言葉では無いかと考えられる。このメイドさんや王様を見る限りでは勇者に対してかなりの献身的な態度だからだ。


でも、それでも俺は聞きたかった。トュエリーさんの行動は良い事なのかと。例え嘘をつかれていたとしても、あの時のトュエリーさんは真剣そのものであったのは感じられていたから、つい確認をしてしまった。


「あ、あの! 勇者様!差し出がましいお願いなのですが……トュエリー・サントシタードをお許しになって欲しいのです! いえ、許されなくても結構です。彼女の行動と勇者様に対して嘘をついてしまったのは私達の教育不足であり使用人全体の責任であります!お咎めを受けるならば私に!」


「え……いや、待って下さい。何か勘違いをしてますよ 」


しかし、そこで俺の言葉に彼女はどこか誤った解釈をしているようで、悲願に近い表情と声で一歩近づいた。


「で……では、どのような意図があってこのような質問を? サントシタードの目に余る落ち度に機嫌を損なわれたのではないかと見受けられたのですが……」


ああ……なるほど。確かにそう捉えられても仕方がない。少し言葉足らずであった。


「先程も言いましたが怒ってる訳では無いですよ。むしろあなたと似たような感情でお聞きしたのです」


「……どういうことでしょうか?」


「まだトュエリーさんが独自な判断で行動をしたと決まった訳では無いですが、もしもそれが本当であってそれなりの処罰を受けられてしまうのであれば、許して欲しいと思ったのです」


その行動が勝手だとしても、全ては自分の為に動いてくれたのならば叱責するはずわけがなかろう。この世界で立場的に偉くなってようが、それに遠慮なく乗っかって厚かましくなるような態度になるつもりは一切無い。


「ここでの俺は勇者かもしれません。けれど、元の世界での俺は普通の人間ですし一般人と変わりない。あなたと同じか……それ以下の立場でもあります。だからこそ俺に対しての些細な過ちや失態のせいで何らかの処遇を受けてしまうのは少しばかり良い気分にはなれないのです」


良い事を言ったつもりでは無く、当然な物事の考えのつもりで喋っている訳なのだが……この言葉にどうやらメイドさんの心の琴線に触れたらしく、尊敬の念を抱くような眼差しでこちらを見つめてきた。


「勇者様の寛大なお気持ちとその器の大きさに私達にとっては身に余るほどの光栄でごさいます」


いや……頼むからそんな目で見ないでくれ。嬉しいけど本当にこれは苦手だ。自分が大した人間ではないと分かっているから余計に複雑な気持ちになる。たとえお世辞だとしても、城に居る全員に俺は小心者だからもっと雑に扱ってくれと大声で走り回りたい。だが……相手側の立場も理解出来るから言ったところで簡単に扱いは変わらないだろう。


「本当に……俺はそんな風に言われるほどの人ではないのですが」


こんな呟きに近い台詞をわざと聞かせても、メイドさんは滅相も無いと首を横に降って強く否定しちゃうもんだから何も言えなくなる。


「とまぁ……そんな訳ですから安心してください。確か白涙血(シロバチ)について話しがありましたよね? そちらの方を聞かせてください」


少し恥ずかしさもあって話題を半ば強制的に修正させる。そもそもあれ以上に白涙血(シロバチ)の説明なんて必要なのだろうか。飲まなきゃいけない理由さえ分かれば充分な気もするのに。


「私の思い違いで取り乱し、話しが逸れて申し訳ございません」


「先に話題を転じさせたのは自分からですので気にしないでください。それと……詳しい説明と言ったけども、これ以上に詳細を知る理由が見当たらないのですが。予防の他に何か?」


「はい。勇者様が飲もうとなされたこの白涙血(シロバチ)。いったい何を口にしようとしてるのか知っておくべきなのではないかと。薬の効力よりも実はこちらの方が重要だと考えられる人が多いかもしれません。……ただ話しが長くなりそうと思いましたので、勇者様のお身体の健康を優先にして飲み終えた後にでも話しをするおつもりでした」


「……そうでしたか」


まぁ……こうして様々な情報を耳にしておくことは損にはならないはずだ。思ってたよりも裏召喚での出来事はいろんな人に影響を受けているようにも思える。その影響によって何事も無く元の世界に帰れるのも怪しい。王様達も精一杯のサポートをしてくれるかもしれないが頼りきってしまうのも情けない。とは言え……余計な事をするつもりはない。どうでもいいような話しでもしっかりと覚えてるだけでも不測な事態に僅かながらも対応出来る可能性もある。


「では……僭越ながらこの白涙血(シロバチ)について説明致します」


耳を傾けて聞く姿勢に正すと同時に……メイドさんはテーブルの両端にある2つの花瓶を中央に持ってきた。


「勇者様が絵と似ていると仰っていたこの花瓶の花……この花の蜜から採れたのが白涙血(シロバチ)となります」


「これが……ですか?」


白色の花は何となくわかるが、黒色の花からこんな純白そうに綺麗な蜜が白涙血(シロバチ)として採れるのは意外に感じる。


「ですが……白涙血(シロバチ)が採れるのはこの白色の花からです。もう1つの黒色の花から採れる蜜は黒涙血(クロバチ)と言われています」


そこで俺の勘違いを察したのだろう。間髪なく説明を付け足して話しを続けていく。


黒涙血(クロバチ)白涙血(シロバチ)と真逆の効能を持っていて、飲めば気分はたちまち悪くなっていき、体調を崩しやすくなります。……それを多量に摂取しても死に至るほどの症状にはなりませんが、数ヶ月は昏睡状態に陥るほどの毒性があります」


数ヶ月も昏睡になるのは相当体は危険な状態じゃないか? ちょっとばかし興味本位で黒涙血(クロバチ)の蜜を見てみたいけども、そんな危ないもんは用意をしてないようだ。


「とは言っても……不思議な事にどの世でもどの種族の一部の中には食を追及するグルメや料理人が多く、黒涙血(クロバチ)を使用した料理は様々とあります。これに限った話しでも無いですが、舐めただけで即死するような毒でもそれらを問題無く口にするまでに試行錯誤を繰り返しては死の瀬戸際に立つのは当たり前のようです。そこまでいきますと私としては理解が及ばないのですが、そんな彼らが居たからこそ今の食文化があるのだと思いますし、こうやって沢山の美味しいご飯が食べれますので有り難みも感じる事が多々あります。……そう言えば先程のお食事の際にふと思い出したのですが、勇者様が住まわれる世界には魔力が無く料理の味付けをする際は調味料を使う頻度が多いと本で呼んだのですが、今でもそのような感じなのでしょうか?」


「ええ……多分そうではないかと。料理はあまりしないので良く分からないのですが」


心なしかメイドさんの目が生き生きとした感じになってきているのは気のせいだろうか。


「それはなんと。……実は言いますとこの世界のプロの料理人は調味料をふんだんに使うのは未熟な扱いとされてしまうのです。素材のみで味を最大限に引き起こすことが彼らの美徳であり芸術。苦味……甘味……酸味……塩味……旨味……その他もろもろと1つの素材にいろんな味を引き出す事が出来る彼らの手腕は正に神にも及ぶ領域。誰しもが味の変化だけは簡単に出来ますがほんの僅かの味のズレで不味くなるので苦手な方は普通に調味料を使用します。特に味付けをすること事態悪いことではありません。大昔の人達の考えでは命に召し上がるものに対してそのまま口にすることなく味を変えるのは神への冒涜であり天罰が下されるという教えがありました。なので昔の名残で料理人の間では素材のみだけで最高な料理を作ることが出来ることで腕前が良いと評価され、プロとして一人前だと認められる風習が今にもあるのですよ」


なんだろう……メイドさんの目の耀きが増して今にも小躍りしそうにウキウキなオーラが見えそうなのは気のせいだろうか。


「けれどもです。素材をそのまま使う料理は確かに美味しいですが、調味料を使った料理も負けてはいません。味付けが世間的に認められてからの歴史はまだまだ浅いものですが、ここ数十年で勢いは増して人気が爆発的に増えています。それには加えて最近では過去の文献に残された勇者様の世界に住まわれる食に関することも注目されています。……ですが大勢の方々は勇者様の料理を再現させて私達が口にするのは如何なものかと議論もあります。しかしそれも徐々に沈静化し、これもまた世間的に認められるのも時間の問題でしょう。なんだって食べる行為は大半の生物として生きる為に欠かせない行動でありますから誰もが美味しい物を食べたいと思うのが当然であり心理でしょう。そんな今の世の現状はまさに食の開拓時代の真っ只中と未来で語り継がれるのは間違いありません!」


もう気のせいとかじゃない。興奮が抑えきれないのが目に見えて分かるメイドさん。真面目で仕事に忠実なイメージがあった彼女が徐々にテンションが上がる姿を見ていたら少し心配になってくる。けど何故だろう。……そんな彼女の姿に目を奪われている自分がいる。釘付けだ。


「あの……」


でも、そんな自分を冷静になれるほどに相手の様子が変なので思わず声をかけた。


「なんでしょう! 途中で何か気になる事で…………あっ」


すると……その昂りも一気に冷めてしまう。俺が話しかけた事によって背中に氷でも入れて驚かせた感じの反応を示し、背筋が一瞬にして伸ばされる。きっと無意識だったのだろう。明らかな話しの脱線に気づいて失態を見せたのだから小刻みな震えを見せた後に頭を即座に下げた。


「も、申し訳ございません!」


「いえ、良いんです。個人的には中々面白い話しでしたので不愉快な気持ちは一切ないよ。ただちょっと……雰囲気が急にガラッと変わったのが心配になったので」


「……その……今のは私の悪い癖でして、長話しから少しでも食べ物関連に繋げてしまうと今みたいな感じになってしまうのです」


「そうなんですか。……もしかして貴方がそのグルメさんであったり? あんな風になるほど料理に興味がありそうだったので」


「え……あ……いや…………そんなことも……いえ、違ったり…………」


今度は急に歯切れが悪くなり、目線を泳がせて尋常じゃない動揺を見せる。


「あの…? 何かまずいことでも聞きました?」


「い、いえ! 全然! まったく全然!!」


この慌てぶりはそんな風ではない。……やはりグルメと聞いたのは失礼であったのかもしれん。この世界の礼儀や作法なんて知らないだけじゃなく、失礼に当たる言葉さえも元の世界と大きく基準が違う可能性もある。例えば直接グルメと聞くのはタブーであったりだ。……待てよ、そもそも女性に対してお前はグルメなのかと質問するのは大変失礼なのではなかろうか? グルメといえば良く食べる。良く食べるとなれば体重が増える。体重が増えるとなると太ってくる。そう、つまり……


グルメ=大食い=太る=デブ


このような連想が瞬時に浮かび上がる。そう俺は……彼女に遠回しにお前はデブなんだと言っているのと等しい。彼女の視点からすれば直接デブと言われたのと変わりないのでは? そこで強く反論をしたいのかもしれないが俺が勇者であるために何も言えず羞恥心が押し寄せてこのような動揺を見せているなんてことは……いや、流石にこれは考え過ぎか。


「すみません。まだこの世界の事は良く分からないものですから……常識足らずで気づかぬ内に暴言を吐いたのなら謝ります」


「そ、そんなことはありません! ただ……その……」


「待って下さい。私事でしたら聞きません」


「ですが……いえ、お気遣いありがとうございます」


ふぅ……あぶない。またトュエリーさんと同じような(てつ)を踏みそうになった。あまり興味本位で相手が言いたくなさそうなことは問いだ出さないほうが良いだろう。勇者扱いである俺が聞いてしまうと簡単に口が開いてしまいそうだし。


「それにしても料理ですか。あまり関心はありませんが……貴方は美味しそうにご飯を食べそうですね」


「……よく周りの人に言われます。私にとっては一番至福な時間ですのでだらしない表情をお見せしてるかもしれません。出来れば感情を表に出さないように努力をしていますが」


「それはそれで良いと思いますよ。近くで幸せそうに食べてる人がいますと見てるこちらも微笑ましいものです。そんな風にたくさんのご飯を食べる子はとても好感が持てますよ」


「あ……ありがとうございます!」


良かった……多少なりとも震えは静まってきてるようだ。


「もしかすると……俺が腹を空かせてあんな敏感に反応してくれたのはメイドとして失敗を感じた訳ではなく、あまりにも可哀想に思えて同情をしてくれたとかだったり」


少し調子に乗って冗談のように言った俺にそんな事はないとツッコミを期待をしたのたが……


「ぁ………………」


まさかの図星だったのか……徐々に頬が赤く染まるのが分かった。


「す、すみません。……やはり私は勇者様に説明を務めさせて頂くのは荷が重かったかもしれません。いえ……世話役として選ばれた事自体間違いかもしれません」


「……誰しも仕事に四六時中は絶対に私情を挟まない人は少ないと思いますよ。それにまだ一度の失敗じゃないですが」


「そうかもしれません。……ですが欠点が浮き彫りになってしまう私なんかよりも適任者と代わった方がスムーズに話しが進むと思います。途中で説明を放り出して無責任と思われ、機嫌が損なわれるのも無論承知であります。それについては如何なる罰を受ける覚悟もごさいます」


「それだけで……何かさせるつもりはないのですが」


そんなに気にする必要もないというか……真面目というか……メイドさんも本人の評価じゃなく使用人全体の評価が落ちるとなれば当然の対応なのだろうか。確かに勇者(おえらいさん)の前で恥を見せるのも、これ以上の失態を見せて呆れさせたくないのは分かる。もしもメイドさんが自分の仕事に誇りを持っているのならば尚更嫌だろう。俺だって長く説明する際に途中でゲームの話しをウキウキと無意識に話してしまう癖があれば他の奴と代わって欲しいと上司に悲願しちゃうよ。


「少々お時間を取らせるかもしれません。すぐにでも代わりの者を呼んできます」


「待って下さい。その必要はないと思いますよ。今ここに居る貴方が一番の適任者ですから」


しかしだ……俺はそんな相手の感情を汲み取りながらも引き止めさせた。


「……それは、どういう意味でしょうか?」


「考えてみて下さい。あなたの癖は今に始まった訳でもないはずです。周囲の人間はそれを知ってるはずですよね?」


「え、ええ。無意識ですので隠し通すことは難しく出来ませんでした」


「そうすると……王様も貴方のその癖をご存知に?」


「…………はい」


「でしたらお分かりでしょう。どこまで仕事を任せられてるのか知りませんが、そんなあなたを寝室に案内役として選ばれ、今もこうやって俺の世話役としてやっているのです。……それほど多くの会話を交えていませんが、王様は短絡的思考な方とは到底思えません。きっと貴方がふさわしいとの判断で選ばれたはずです」


それもそうだ。数あるメイドの中で案内役として連れられてきた彼女を選んだのは必ず理由があるはずだ。


「…………私……分からないのです」


他に気を回せばうっかりと聞き逃すほどの小声を発したメイドさんに俺は聞き返す。


「……何をです?」


「……いえ、すみません。気にしないでください。早急に他の使用人を呼んで参ります」


頭を下げ、(きびす)を返してそそくさとドアにへと向かう。


「待って下さい!」


だけど……なんでかな。思わずまた引き止めてしまった。そのまま行かせれば良いのに。


「まだ……何かごさいますでしょうか?」


訝しげに眉間のシワを寄せてこちらに振り向いて見つめる。これは下手に感情論で可哀想だから引き止めたとか、あやふやな気持ちで答えては良くない。そんな返答を求めてなさそうなのは表情で分かる。


「ただの憶測に過ぎませんが……王様は俺に気を使わせてあなたを選んだのだと思います」


メイドさんが分からないと口にした呟きは本人でさえも王様に勇者の案内役に終わらず、こうやって世話として選ばれた理由が分からない……と、そう言った意味が含まれているかもしれない。まぁ、これも憶測で今から喋ることも全部憶測だ。人の心の中なんて分かりやしないからね。本当はただの王様の気まぐれだったオチもありえる。そんなあやふやな思考のくせにメイドさんを引き止めた自分をひっぱたきたくなる。


「勇者召喚の事故があってからは暗い話しばかり続きましたし、なにより城内での不穏な空気が流れてるのではないかと思います。そんな俺にこの世界でしばらく過ごすことに至って不安がらせないように淡々と真面目に仕事をこなす使用人よりも、勇者を前にして少しだけ素顔を見せることが出来るあなたが選ばれたのではないかと。……その場の空気を出来るだけ和ませるように」


「……そう、でしょうか?」


俺の憶測に疑問を持つメイドさん。それは分からなくもない。何せ王様は裏召喚によって王妃はかなり危険な状態であると言っていた。精神的に不安定であったのは会話の時でも明らかであったし、普段顔を見ない俺が疲労を感じたのだから周囲の人達も感じ取れていたはずだ。だからこそ疑問に思えたのかもしれない。王様はそこまで気を回せるほど余裕があったのかを。


「こればかりは本人に直接聞いてみないと分からないのですが……でも、律儀そうなあなたは問いかけたのではないですが? 自分は相応しくないと」


「……はい、確かに私はお聞きしました。ですが、あまり深く気にせずいつも通りにやりなさいと仰せ付けられましたので」


「そうですか……」


伏し目がちなメイドさんにこれ以上の声をかける言葉が出なく、気まずげな沈黙が流れた。まだ他に言われることあるのか……それとも出ていくタイミングを見失ったのか……時折こちらの様子を伺っていた。この状況にいったい何がしたいのか、何を望んでいるか分からない自分を毒突いた後にようやっと口を開かせた。


「すみません引き止めてしまって。……誰かと代われる前に少し我が儘を聞いてもらっても良いですが?」


「……えっと、私に出来ることであれば」


「この白涙血(シロバチ)についての事なのですが……これだけはあなたに引き続き話しを聞かせてもらいたいのです」


「そ、それは」


「癖でまたああなってしまう懸念を抱いてるのは承知です。むしろ俺は逆にそれで聞いてみたいものです。料理の話しだけであれだけ生き生きと楽しそうにしてますから飲み物に関しても同等の熱情があるのではないですか?」


「……ぅ」


「この白涙血(シロバチ)はどんな人でも花の絵が描かれた入れ物を使うのが常識と言っていました。それは何かしらの特別な理由があるからではないかと。……そんな特別な代物をこうして飲む前にせっかくお話しを聞くのですからあなたのような詳しそうな方に是非ともお願いしたいものです。もし……それでも無理だと言うのであれば強要はしません」


「待って下さい……ちょっと……待って下さい」


オロオロとソワソワと落ち着きがなくなり、その場でくるくると行ったり来たりと歩き回り始める。その妙な光景はメイドさんには申し訳ないが大変面白い。


「でも……いや、でもっ」


手を口に当ててブツブツと何かに葛藤をして数秒。意を決した表情で話しかけてきた。


「本当に……私でよろしいのですか? もしかすれば勇者様に不用意な発言で不快な気持ちにさせるかもしれません」


「暴力や罵詈雑言(ばりぞうごん)さえなければ問題はないですよ」


「そ、そんなことは絶対に致しません! 例え我を忘れていたとしも勇者様にそんな無礼な事は!」


こちらに勢いよく歩み寄って真剣な眼差しで俺を見つめる。うん……信じる、信じるから顔をもう少し遠ざけてくれるとありがたい。間近で直視し続けるのは気恥ずかしい。


「であれば白涙血(シロバチ)について引き続きお願いしたいのですが……大丈夫ですか?」


「大丈夫です! まったくもって大丈夫です! でもっ本当に! 本当に勇者様はよろしいのですか?!」


またもや確認をしてくるメイドさん。もう素面がほとんど表に出てしまって気品さが欠けつつある。己自身の心底にある思いを何とか制御して何度も確認してくるのは仕事中であると僅かながら意識してるからだろう。だがそれも薄れつつあり期待するような目で俺を今か今かと見てくる。


「いろいろ話したいことがあるかもしれませんが、始めに白涙血(シロバチ)の事を優先に話しをしてくれると嬉しいかな。先程のようにだんだんと話しの道筋がズレて白涙血(シロバチ)が飲めずにずっとお預けをもらってるのはもどかしく感じますので」


「そ、それは白涙血(シロバチ)のお話しを終えても尚! 他の話しも聞いてくださるということですか?!!」


「え? あ、はい」


目を爛々とさせるその瞳はまるで……小さな子供が新しい玩具を与えられて今すぐにでも親に遊ぶ許可を得ようと見ているようであり、飼い犬が尻尾を左右に大きく揺らして吠えながら飛びかかって来そうな勢いでもあった。なので俺はその意気軒昂(いきけんこう)に押されて思わず承諾してしまったのだか……これは早まったかもしれない。しかし──


「──申し訳……ございませんでした」


……その勢いは急変した。メイドさんは徐々に真顔になり、こちらとの距離を取って深くお辞儀しはじめる。あまりにも感情の起伏の激しさに俺はついてこれなくて唖然と眺めているだけだった。


そして落ち着きを取り戻す為か、静かに息を吸って吐いてを幾度か繰り返しての数秒が過ぎ……俺との目を合わせた。


「私……食べる事が大好きなんです」


どういうわけか神妙な面持ちで自分を語り始める。平常心に戻ったのか? それとも本当におかしくなってしまったのか? いや……これはどちらも違う。最初に案内を務めていた時のメイドさんとはまるで別人でもある。メイドとしてではなく1人の女性として立ち振舞いの雰囲気を感じる。何故か……心の内を話そうとしている。


「でも……私は」


「待って下さい。いきなりどうなされたんですか?」


けれど……それにただ黙って聞く気にもなれなかった。唐突に自分の話しをされても困惑するばかりですんなりと聞けそうにない。ワンクッション置いてもう少し相手の変わり様を聞いておきたい。


「我に返ったというよりも急に冷めた感じに見えたのですが……その、何と言いますか……いろいろと大丈夫ですか?」


「いえ、特に問題は……ご心配かけて申し訳ございません」


「そうですか。しかし勇者の前だからとは言え、何もかも話す必要はありません。これは俺が謝るべきでしょう。無理をさせてすみませんでした」


「あ、あの! 頭を上げて下さい! 私は平気ですので!」


「いえ、謝らせてください。恥を重ねさせるのを知ってても尚……話しを聞きたいと言いだしたのは俺です。自分の事ばかりで配慮が足りませんでした」


「そんなことは決して! どれもこれも私が1人で勝手に突っ走って話してましたから! 勇者様に非はごさいません!」


「じゃあ……こうしましょう。お互い様ってことで」


「そう……ですね」


メイドさんはあまり割りきれない気持ちがあるのか、小声で答えた。全部お前のせいだとか責任を押し付けるつもりはないし、逆に全部自分のせいだと言えばメイドさんは私が悪いと対抗してくるだろう。傷のなめあい合戦へと発展した所で虚しくなるだけさ。


「では……白涙血(シロバチ)の説明は如何致しましょう?」


「それは他の方にお願いしようかと思います」


「…かしこまりました」


心無しか残念そうな表情にも見える。多分……目を爛々と輝かせるメイドさんと比較してるせいかもしれない。本人は癖であると言ってはいるが、人前で大っぴらにできないだけであってあれが本来の素の顔とでも言えるだろう。

 

「先程も言いましたが無理はさせたくありません。本当であればあなたがこの部屋から立ち去る時に止めるべきじゃありませんでしたね。でも……どうかしてたのか、引き止めてしまいました」


「それはきっと勇者様がお優しい方だからでしょう。私だけでなくあまり接点のない使用人にも心配をしてくださりますから」


「言うほど優しくないよ。心配をして引き止めた訳ではありませんし」


「ではどのような心境でお引き止めに?」


「それは…………」


言葉が詰まる。何故と聞かれれば答えることはできない。咄嗟の判断であったし理由なんてないものだ。同情をしたわけでもなく、実際にこのメイドさんの口から説明を聞きたかったわけでもない。


「出過ぎた事をお聞きしました。ちゃちな質問であったことをお許し下さい」


悩んでいることを気にしたのか、頭を下げて先程の質問は無かったことにされる。けど…ひとつだけ確かな理由があったので構わずに答えた。


「あなたに惹かれたから……かもしれません」


「え…あ、えっ?」


「ああ、紛らわしくてすみません。異性としての意味ではありません。あなた自身のどこかに興味を持ったからこそ思わず引き止めた。そんな感じです」


「えっと、あの…ありがとうございます」


わかってる……メイドさんが動揺してるのを。なんて反応すれば困っていることぐらいは。中途半端にやめて変な誤解を持たせないように話しを逸らせるにはいかないし、不思議とやめるつもりもまったくない。本当に言いたいことが喉元にまで出かかっている気がするのだ。


「何と言えばいいのか自分には無い物があなたにあったから、その……強く惹かれたと言いますか…………」


「勇者様に無いものが私にですか?」


「ええ。そうですね……例えばあなたの癖とかですか」


「そ、それに惹かれるところなどは」


「……そうです。それです。あなたの癖に惹かれたのです」


「あの、ご冗談ですよね?」


困惑するメイドさんの傍らで思い至った俺は冗談でないと首を横に振って会話を続けた。


「面白味のない話しになるかもしれませんが。この世界の来る前の俺は味気無い人間でした。仕事以外は何をするのも億劫で無気力で生きてる意味も理由もあやふやになって……だからですかね、あなたの癖……いえ。生き生きと楽しそうにしてる素のあなたの目がとても綺麗に見えたりもしました」


少し前の俺であればメイドさんの素の顔に何も感じられはしなかっただろう。けど、今は違う。何も持たない自分にもいずれあのような目を持つ日がくるのだろうかという期待が胸の奥で熱く感じていた。欲しかった物が身近に……目の前にあったから。


「ですから……そんなあなたの魅力に強く惹かれたのかもしれません。もう少し見ていたいと。だから、引き止めたのかもしれません」


そんな自分の内側にある隠れていた思いを吐露した。それにメイドさんは何一つ表情を変えずにこちらを見つめたまま。やっぱりこんな事聞かされたところで内心では反応に困ってるよな。


「つまらない話しを聞かせました。もうこれ以上引き止める理由はありません。こんな勇者に世話をさせてもらってありがとうございました」


感謝と他の使用人に交代しても良いと言う意味を含めて会釈する。話しが逸れに逸れて中途半端な感じではあるがこれ以上このやり取り続ける意味もない。……だけど、メイドさんに動く気配が感じられない。もしかして上手く伝えられなかったのか?


「あの……他の方と代わられても結構ですよ? もうこれ以上引き止めはしません」


発言と同時にメイドさんの足が動く。しかし……その向かう先は扉の方ではなくこちらに向かって歩み寄ってきた。


白涙血(シロバチ)黒涙血(クロバチ)。この蜜である花の名前は命欠片(キーピス)と呼ばれています」


そして何故か……説明が始まった。当然俺はいきなりどうしたのかと問いかけたが、それに構わずメイドさんは話しを続ける。


「この花は至る所に咲かせます。例えそこが雨が降らない場所であろうと、人の身では堪えきれない寒さであろうと、草や木が枯れ果ててしまう腐敗した土であろうと。そこに命が終わればこの花は咲きます」


分からない。メイドさんの心境が変化した理由が分からない。けれどこの説明をやめるつもりもなさそうだ。……いずれにせよ聞くつもりであったし特に困るような事ではないので耳を傾け、疑問を口にした。


「命が終われば咲く?」


「そのまんまの意味でごさいます。もしここで生を持つ者がひとつ死を迎えれば、その場所に必ずひとつの花が咲きます。自分の僅かな命を残すかのように」


誰かが死ねばその場で咲く花。つまりなんだ……そのテーブルの上にある白い花と黒い花は死によって生まれ、そんな花の蜜から採れた白涙血(シロバチ)を俺は飲もうとしていたのか。


命欠片(キーピス)の絵を使用し始めたのは遥か昔、1人の勇者が魔王を倒して平和な時代が訪れた後の事でした。この世界の知能ある者達は白涙血(シロバチ)を使った料理や飲み物には必ず命欠片(キーピス)を使用したのが分かりやすいよう花の絵を描いた入れ物を使うようにするべきだと妖精族が全種族に呼びかけたのが切っ掛けであり始まりです。この命欠片(キーピス)を口にする場合は敬意を持つべきだと。この命欠片(キーピス)が咲く前の生き道が悪であろうと生きた証をその身に宿す行為であり、慈悲深さを持ってその者の歩んだ罪を浄化すべく受け入れよと」


なるほど。それが今ではこんな風に花の絵が描かれるようになったわけだ。しかも生だの死だのそういうのは昔の種族は神秘的な扱いをしていることもあって妖精族の言葉は抵抗もなくあっという間に浸透して習慣となり常識となったらしい。日本で言えばご飯を食べるまえに手を合わせて頂きますをするようなものなのか。


「そして命欠片(キーピス)が黒く咲く場合と白く咲く場合である明確な理由が二つごさいます。一つは魔力。二つ目は感情。むしろこの二つは密接な関係であるため二つで一つのようなものです。感情の変化によって魔力はそれに応えて力が変わっていきますから。……分かりやすい変化となれば味の変化となりますね。例えば魔力持ちである動物が喜びの感情を持ったまま死を迎えればその魔力は肉体に染み渡り甘さを引き立たせます。怒りであると辛くなり、哀しみであればしょっぱくなります」


「へぇ……それはまた面白そうな話しですね」


「そうですか?! いやそうですよね! 興味持っちゃいますよね!」


素直に思った事をつい口にしてしまい、それに乗っかるようにまたもやメイドさんは目を輝せた。三度目であるお陰かすぐに我に返ってそれ以上の興奮を抑える為にこちらに背を向け、胸に手を当てながら深呼吸をしていた。


「続けますね」


何とか落ち着きを取り戻せた後にこちらに振り向いて、わざとらしい咳を一つ挟んで話しを続ける。


「先程述べたように最後に残った感情の死によって体内の魔力が変化致します。それと同じように命欠片(キーピス)が黒と白に色が別れてしまうのは魔力と感情の原因なのです。悲しみや憎悪と言った負の感情に近いほど花は黒く咲いてしまい。逆に喜びや嬉しさと言った正の感情になりますと白い花が咲きます」


それを聞いてテーブルの中央に置かれた白い花と黒い花に目を向ける。このような話しを聞かされてしまえばただの綺麗な花に見えなくなってしまう。


「いろいろ細かい所を省いて簡単に説明を勝手ながらさせて頂きましたが、このように死者の命を形として残るこの花は昔から神聖視されてきました。ですから勇者様には蜜である白涙血(シロバチ)を口にしてもらう前に少しばかりでも敬意の念を持ち合わせてもらえば幸いと思い、こうして説明をさせて頂きました。この世界のマナーを押し付けるような形でご迷惑かと存じますが御理解さえして頂ければ感謝の言葉もありません。それほど私達にとっては特別な花でありますし……何より亡くなった者の冥福を祈る行為でもございますから」


「……いえ、飲む前に聞かせてもらえて良かったです。これがそんな代物とは思いもしませんでした」


相手の都合によって呼び出されのは確かだが何もせず世話になるのだ。現状では彼等無しではやっていけない身でもある。言われたことはなるべく素直に聞くつもりではあるし郷に入れば郷に従っていくさ。


「かく言う見慣れてる私もですが……このような綺麗な花に死が関わってるだなんて嘘ではないかと思う時があります」


「そうなんですか?」


「…………はい」


やや遅れ気味に返事をしたメイドさんの目先は命欠片(キーピス)だ。無表情ではあるがどこか哀愁が漂う。


「勇者様も色々と悩み事や辛い事があるかもしれませんが……最後の人生は笑って死を迎えてこのような白く綺麗な花を咲かせるように悔いの無い道を歩んでいければ宜しいのではないかと」


「え?」


「あ!……いや、その。いきなり変な事を口にして申し訳ございません」


目線を花からこちらの顔に切り替えたと思いきや気遣いをしてくれた。まさかそんな事を言われるとは思いもしなかったので多少驚く。そんな反応に恥ずかしくなったのか、メイドさんは頭を下げて謝罪を行った。


「もしかして……俺があんな事を言ったからですか? あなたが急に説明を始めてしまったのは」


あんな事とは自分が生きている意味云々と語った事だ。それから頑なにミスと恥を見せないよう断っていたはずなのに、すんなりと気が変わっていた。


「……お節介と思われ、不快に感じられたのであればこの場をすぐに立ち去る所存です」


「そんなことは無いですよ。とても嬉しく思います」


そっか……そう言うことなら素直に嬉しく感じる。人から受ける親切心というのは温かく感じるものだ。


「……それじゃあ、もう飲んでも大丈夫なのですか?」


「はい」


ここでようやっと口にするまでに長く感じた白涙血(シロバチ)の入ったグラスを掴む。それに合わせてメイドさんは静かに頭を下げていた。


「えっと……?」


いや何でそこで頭を下げたのか理解出来ずに俺は戸惑う。


「ここまで……」


ボソリと小声が聞こえた後、顔を上げてこちらの目を見据えた。


「……ここまで私の至らぬ点をお見せばかりで謝罪ばかりでしたが、変わらず気にせず態度を変えることなく接して頂きありがとうごさいました」


それは彼女からの感謝の言葉であった。とても誠意のある口調で俺の目を見逃すよう真っ直ぐと見てくる。同時に何か覚悟のある瞳にも見えた。


「誰にも得手不得手はありますし、それに俺はお世話になる身でもあります。正直言いますと少し雑に扱っても構わないくらいに丁寧に持て成しくれているので文句はありません」


全く無いというのであれば嘘になる。ここまで内心でブー垂れることはあったような気もする。けれどそれを口にしようという気持ちが無いのも本当だ。


「ありがとうございます。勇者様も無理をなさらず嫌な事があればいつでも申し付けてください」


ペコリと頭を軽く下げ、背を向けて扉に向かって歩いていく。今度こそ彼女は自分の代わりとなるメイドさんを呼ぶのであろう。


「もしも……もしもですが……」


俺は立ち去る彼女の背中に語りかけた。彼女の瞳を見て少しばかり不安があったからだ。


「これを切っ掛けに仕事を辞めようと考えになられているのでしたら、少し寂しく思います。……ほんの僅かの時間でしたが世話人としての相手があなたのような方で良かったです」


メイドさんは歩みを止め、振り向いて深くお辞儀をしてくれた。俺の言葉に何も返答もせず、ニコリと微笑みを見せた後に静かに寝室から出ていった。


何も答えてくれはしなかったけども、ただの杞憂であればそれで良い。ああ言う人は何も罰を与えず文句さえも言われず許されるだけで終わりとなれば自分が凄く惨めに感じる人もいる。たまにいるのだ、失敗の責任を取らなければ良くないと……そこまで仕事に熱意がある人も少なくはない。もしもそれに彼女が当てはまるというのであれば……少し心配をしてしまったのだ。あの瞳を見て仕事を辞めてしまうのではないかと。まぁ……これ以上考えても仕方がない。今は一人なのだ。白涙血(シロバチ)を飲んでゆっくりとしよう。



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