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勇者召喚5


「──さま、勇者様。……勇者様?」


「……ん?」


(そば)で誰かに呼ばれる気配を感じ、その声の主に目を向けた。茶髪のショートヘアで目鼻がはっきりしていて日本ではあまり見かけない顔立ちの女性だ。その者の服装は紺色のワンピースにフリルがたくさんついた白いエプロンの組み合わせを着込み、ホワイトブリムを頭に身に付けていた。身近な生活で見ることは少ないがメイド服というものだ。周りを見渡すとこの女性と似たような容姿と顔がちらほらと歩いているのを見かける。それだけではなく燕尾服のような立派な服を着飾った男性も視界に入った。…確かこの男性達は執事だったはずだ。不思議な事にその執事達も茶髪で髪は短く整えられている。ここの使用人達はそう言った決まりなのだろうか。


……そこまでの周囲を確認しながら自分の立場と状況を思いだして我へと返った。


「大丈夫でしょうか? 何やら物思いに耽られていたご様子でしたが……?」


「…大丈夫です。ここで立ち止まったという事は着いたのですか?」


「はい。この扉の先が勇者様の寝室となられます」


目の前のメイドさんは寝室への案内役として課せられ、俺はその後ろに付いて歩いていた。ここに来るまでに色々と考え込んでいたようで気づけばもう到着していた。


ここまで周囲を目にもくれず歩いたのは久しぶりかもしれない。起因は何となく分かる。トュエリーさんの娘さんが既に亡くなられてると王様から聞いたからだ。でも…詳しい話しは聞く事はしなかった。人の過去を深く詮索するのは気が引けたし、王様自身も本人の居ない所で人の不幸な出来事を話すのはあまり好きではないらしいので会話を続ける事もなく応接間から出て行った。


「どうぞ…お入り下さいませ」


いつの間にかメイドさんは木製の様な扉を開け、入らずに横でお辞儀をして待機する。


目先にある寝室を優先に踏み入れさせてくれるらしい。こんなお偉いさんの様な扱いにはやはり慣れず背中がむず痒い。


「ありがとう」


礼を言いながら一歩、二歩と踏み出して中にへと入る。先に注目したのは部屋の中心の天井にぶら下がっている馬鹿でかいシャンデリアであった。(らん)々と白く綺麗な輝きを見せるそれに思わず立ち止まって魅入らせた。一人で使うには広すぎるほどのこの寝室を余すことなく照らし、ラグジュアリーな雰囲気が醸し出す。そしてそれに負けぬほどの…いや、似合った絵画が幾つか壁に飾られている。見たこともない風景画であるが何処か引き込まれそうな絵で目を奪われそうになる。…それだけではない。部屋の隅には腰辺りぐらいの四つある置き台の上に歪な壺が置いてあった。色はそれぞれ異なり、赤色、青色、緑色、茶色が透けて見えるほどに鮮やかな光沢を放ち、美しく輝くシャンデリアの光すらただの引き立て役となっている。その他にもドレッサーやら絨毯やらテーブルがある。……どれもこれも高級染みてて細かく評価するのもキリが無いので思考を停止させた。


「あの…どうかなされましたか? 何かお気に召さなかったのでしょうか?」


棒立ちする俺に後ろから声が掛かる。振り替えれば少し不安気味な面持ちでこちらの様子を伺っていた。


「あ……いえ、そうでは無いのですが」


出来ればもう少し質素な部屋にして欲しい。………何て事はメイドさんの顔を見てとても言いづらかった。薄々だか今の俺の立場はかなりのお偉方なのではないかと思えている。冷静に考えると国の王様と向かい合って名も知らない一般人と一対一で話し合えるのは元居た世界では常識では無いはずだ。この世界では常識と言ってしまえばそれはそれで終わりなのだが、今の俺は一般人ではなく勇者として扱われている。それ相応の態度とこのもて成しを見ればやはり王様の立場と近しい存在と考えても良いかもしれない。


だからこそ…だからこそ言いにくい。部屋を変えて欲しいという簡単な一言が。ちゃんとした理由を話してメイドさんが納得させたとしても、他の使用人達の目からすれば結果的には気に入られなかったと判断させてしまう可能性もある。考え過ぎなのかもしれないが…もしもそうなった場合、この寝室の準備や手入れをした人が俺の知らない所でクビになるなんて事もあり得るかもしれない。それが目の前のメイドさんだと考えると余計に言いにくいのだ。


それに…だ。折角の好意を無下にするのも申し訳なさもある。なので部屋変えは諦め、貴重な体験として勉強させてもらう気持ちとして切り替えて相手を誉めてく方向にへと持っていこう。


「あそこのベッドメイキングは誰が?」


中央の右端にあるキングサイズ並の白を基調とした天蓋(てんがい)付きベッドに指を指す。


「光栄ながら私がやらせて頂きました」


「そうですか…素晴らしいですね。部屋は文句を付ける隙も無く綺麗ですし、ずっと眺めてたいと思うほどに充分な魅力を感じさせました。ですから万感胸に迫る思いを抱いてしまい、ついつい立ち止まってしまいました」


俺も良い歳をした大人だ。向こうからすれば建前としての言葉だと捉えるかもしれない。でも…ここまでの事をしてくれるのならば、それに対しての礼儀と態度を見せなくてはならない。勇者として選ばれた特別な人間ではなく、地球人代表としてなるべく恥を掻くような行動は避けるべきだ。生まれ故郷である地球を悪いイメージを持たれるのは少しながら嫌に思う。


それに…仕事を誉められて悪い気分にはならないだろうし。


「お褒め頂きありがとうごさいます!!」


「いえいえ」


それをメイドさんは()々たる表情と声を上げてお辞儀をした。そこまで嬉しがられると褒めたこちらも気分が良くなるものだ。


「それで…この寝室を利用するに至って何か気をつけなればいけない事等ありますか? 例えばあそこの壺を触れてはいけないとか」


たまたま視界に入った赤色の壺に顔を向ける。


「問題はありません。勇者様が利用する間は寝室のあるもの全て勇者様の所持品として扱わせて頂きます」


「それは…いいのですか? もしも俺があの壺を壊してしまった場合は賠償の請求や弁償はしなくても良いとなるよ?」


「もちろん構いません。気にしなくとも良いですよ。勇者様の所持品ですから」


良いのか? 本当に良いのか? あの高そうな壺を触る事すらおっかなビックリになるだろうし壊すつもりは毛頭無いけどさ、そこまでの扱いをしてくれるとは。…ほとんどは勇者だからという理由かもしれないけれど、それほどの人柄ぐらいは信用を得ている訳なのか。


「ただ…壺とシャンデリアに関しては早めに連絡して頂ければかと思います」


「それは…何故ですか?」


「この寝室を守る結界としての機能を(にな)っていますので、ひび割れ等の破損が生じましたら力が弱まってしまうのですよ。それに特別製という事もありまして。少々直すのにも御時間が必要となります」


「…そうでしたか。もしも何かあればすぐに伝えます」


再度シャンデリアと壺に顔を向けた。


……なるほどね。道理で何かを惹き付けるようなオーラ的なものを感じたのは気のせいではなかったかもしれない。もうあれだ。この寝室にあるもの全て極力触れないでおこう。ちょっと恐い。


「あれの説明も必要となりますね」


あれとは何か。聞くよりも先にメイドさんは歩いて中央にある長方形のガラス製のテーブルに向かう。そのテーブルの右端には花瓶があり。八重咲きのオダマキと似た形状の白い花が挿してあった。そしてその左端。反対側にある花瓶は黒い花であった。


何処かでそれと似たような花の絵を見たような気がするな…


「どうぞ。お掛けになってください」


そして立ち止まったメイドさんは背もたれの椅子を後ろに引いて俺を見る。それに応えるように会釈して椅子の所まで歩いて腰を掛けた。


「この世界の水晶玉にはいろいろと種類が御座いますが、テーブルに置かれてるこれは通称ウツシ玉と言われる物です。人によっては記録玉や映像玉などの別の名称で呼ばれますが、どちらも名前の通りの力を兼ね備えてますので、呼び方は勇者様のお好きな方にと御判断をお任せします」


テーブルの中央に金色の三つ足の台があった。その上に拳二つ分ほどの大きさの水晶玉に目を向ける。説明してくれたのは良いが、ただの綺麗な水晶玉にしか見えない。


「まずは使えるように罠の解除を済ませますので少々お待ち下さい」


メイドさんは俺の向かい側に移動し、そして水晶玉に触れそうな位置に手をかざした。


「おぉ…」


すると何と事か。水晶玉から薄い水色の煙が出てきたのだ。それはまるで生きているかのようにクルクルと回転し、そのまま煙はメイドさんのかざした手に絡んでまとわり付いたのだ。


「そ…それ、大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。この煙は使用者の認めている人の魔力なのかを確認しているだけですので」


「へ、へぇ…」


冷静に受け答えするメイドさん。この世界では当たり前の光景なのかもしれないが、俺からすれば異常だ。手にまとわり付いた煙は包帯を何度も巻きつけるように徐々に分厚くなっていく。本当に平気なのだろうか。


「ちなみにそれは…使用者じゃなかった場合はどうなるのですか?」


「そう…ですね。持ち主によって仕掛ける罠が異なるのですが。相手を痺れさせて動けなくさせたり、殺傷力が高い魔法を受けてしまわれますね。あ…ですが、このウツシ玉には重要な記録がごさいませんので相手を眠らせる程度の魔法しか込められていないはずです」


「…凄いですね、魔法って」


手から火を出したり水を出したりと自分が想像する魔法にはまだ目にしていないが、魔法と聞くだけで何だか凄いワクワクしてくる。…でも残念な事に俺自身には魔力が無いらしいから使うことは出来ない。王様が言っていた仮の勇者ではなく全盛期以上の力を手にした勇者にへと変われたのなら使える可能性はあるのかもしれない。……そう考えると少しばかり勿体無い事をしたかもなぁ。


「終わりました」


言うと同時に絡み付いた煙は瞬時に消失していった。


「では、使い方の教え…の前に確認ですね。………勇者様は演劇や芝居と言った催し物は興味おありでしょうか?」


「…演劇ですか。無くは無いですが…それと水晶玉に何か関係でも?」


「ええ。このウツシ玉には勇者様が退屈をさせぬよう様々なジャンルの演劇の記録が納められているのですよ」


「そうなのですか?」


目の前の水晶玉をまじまじと見つめる。


ウツシ玉に映像玉に記録玉。呼び方と話の流れからして…この水晶玉の機能はビデオカメラの様なイメージが湧いてくる。ただ…見るにしたってあまりにも小さすぎて目が疲れそうだ。


「他の娯楽もあるのですが…今の勇者様は魔力をお持ちではないとお聞きしましたので、安全面を考慮した上でこのウツシ玉を選ばさせてもらいました」


「そうだったのですか。お気遣いありがとうございます」


「…ですが。これを利用するに至って好みでは無かったり、体調が優れぬ場合が御座います。それにつきましては無理をせずに遠慮無く申し出て下さい」


「わかりました」


何から何まで丁寧に扱ってくれて申し訳ない。暇を持て余さないようにわざわざ考えて用意をしてくれたようだ。


「今回は初めてと言う事ですので、説明も兼ねて私もご一緒に視聴させても宜しいでしょうか?」


「ええ、勿論です」


「では、そのウツシ玉に手を乗せて下さい」


「こう……ですか?」


言われたとおりに手を乗せる。…思ってたよりも小さく鷲掴みのような形となる。意外とヒンヤリしていて気持ちが良い。


「…失礼致しますね」


それに続き、メイドさんは優しく触れるように手を重ねてきた。指はスラッとしていて爪に薄いピンク色のマニキュアがしているのを目に入る。同時に手の甲から(ぬく)もりを感じ、近くからフワリと甘い香りが鼻に入る。視線はその匂いを辿って手元から上にへと向けた。


「…っ」


気づけばメイドさんの顔はウツシ玉の高さに合わせて中腰になっており、先程よりも距離は縮まっていた。いや…違う。近く感じるのだ。原因は彼女の目の高さが俺と似た位置になり、重なる手から伝わる体温によって能が錯覚的にそう感じさせるのだ。女性と触れ合う事などまるっきり無いのだから余計にそんな風に思わせられる。


しかし…それぐらいで動揺を顔に出すほど歳をとってはいない。確かに不意討ちで内心驚きはしたがすぐに平常心にへと戻った。


「そのまま楽にして頂いて目を閉じて下さい」


「…はい」


「それでは意識をウツシ玉に潜りこませます。感覚で宜しいですので重ねた手先からウツシ玉に気持ちを込めて下さい」


「…気持ちとは?」


「あまり難しく考えられなくても結構です。出来るだけの雑念を捨てて、触れてるウツシ玉の事のみ考えるだけて充分ですよ」


「分かりました」


「…その状態で約十秒程の維持をお願いします。今回は私が合図しますので、それまでは目を閉じてて下さい」


と言う事で雑念を捨てて、触れてるウツシ玉にのみ集中を(こころ)みる。手の甲から伝わる人肌の感触よりも手の平から伝わる冷たさに意識を傾ける。瞼の裏でウツシ玉の曖昧な形と大きさを思い描いて気持ちを一心させた。


「…成功です。無事に意識はウツシ玉にへと入りました。今の勇者様が居られる空間の景色は真っ暗闇となっております。驚かれるかもしれませんが、害や危険はごさいません。気を落ち着かせてゆっくりと目を開けて下さい」


そしてメイドさんの声が耳に入る。空間が真っ暗とはどう言う事だろうか。視界に入った景色に驚かないように心構えだけは作り、ゆっくりと瞼を開かせた。


「……ここは」


暗闇であった。本当に真っ暗闇であった。美しく輝いていたシャンデリアも無く何処を見渡しても一寸先は闇………だと言うのに、それらを矛盾とさせる物がある。テーブルに花瓶にウツシ玉にメイドさん。どれも全部はっきり見えるのだ。光が無いこの空間で。


「ご気分はいかがでしょうか?」


「…え、ええ。今の所は問題無いです」


正直理解不能である。ここで仕組みやら原理やら聞いた所で何を聞いても結論の行き着く先は異世界もしくは魔法は凄いんだと脳内で完結しまうのだろう。いやもう、それで良いや。魔法は万能。それだけで深く考える必要は無い。魔法は便利。超便利。


……そんなことよりもだ。この空間…俺は似たような場所に居た覚えがある。確か…そう、この世界に来る前の暗闇の空間と何処と無く似ている。


「俺…ここと似たような場所に一度訪れた覚えがあります」


その言葉にメイドさんは驚いた表情を見せる。そう言えば王様に伝えた時も驚かれていた。それほど暗闇と言うのはこの世界で特別な意味を持つのだろうか。


「そう…なのですか?」


「ええ。…何か不味かったですか?」


「いえ…そうでは無いのですが」


メイドさんは自身の手を俺の手から離し、言うか言うまいか悩むそぶりを見せる。


「余程大事な事なのでしたら無理に聞きませんよ。俺自身に問題が無いのであれば深く聞くつもりはありません」


「す…すみません。大事な事とまではいきませんが、もしかすれば勇者様を不安にさせてしまう内容を口にしてしまうかもしれません。話しても宜しいのですが、その内容の原因の質問等のお答えに納得のさせるほどの自信も知識がごさいません。とは言え…個人的にはこのまま無視をするのもいかない案件でもあります」


寧ろその焦らされるような物言いに不安を覚える。スパッと答えてくれれば払拭されるのだが、言われた通りに不安になってしまった場合の質問の時に答えが出ないのは痛い。だからこそメイドさんは不安を増長をさせない為にもこんな言い方なのだろう。


「そこで…一度私の方から王様にこの事について話を通し、勇者様にご説明の方を頼んでみます。勇者様が良ければですが、こんな形で宜しいでしょうか?」


「ええ。丁寧な対応をありがとうございます。ただ…この事に関してですが、王様も知ってられると思いますよ」


「そ、それは本当なのですか?」


「はい。貴方と同じように驚かれていたのは覚えてます。ただ…それについて追及する空気でも無かったと思うので聞かれる事も無く話しは終わりました」


その時は俺がこの世界で生きる意味を王様に聞かせてる最中でもあった。暗闇の空間にどれほどの価値や重要性があるのかは知らない。あったとしても相手が真剣に話をしてるのに遮ろうという気にはなれない。もしかすれば王様はそんな気持ちもあって聞く事はしなかったのだろうか。


「それもありまして、あまり重要な話でもないと思ったのですが。貴方としてはやはり無視は出来ないのですよね?」


「……え、ええ。現に勇者様は平気で問題は無いご様子ですし、そんな大袈裟になるような事にはならないと思うのですが。少し気掛かりがあるのです。私の知識不足もありますから実は大した事でも無いのかもしれません」


ここまで聞くと大事になるような事は無さそうだ。王様はいろいろと大変だろうし、これについて無視をして良いだろうと判断したのだが……メイドさんの心配は無くならないと思うからお伝えだけはお願いしよう。


「でしたら王様に優先しなくても良いので、もし重大な問題があるのでしたらお聞かせくださいと付け加えて伝えて下さい」


「分かりました。そのようにお伝えさせていただきます」


お辞儀をして了承の意を示すメイドさん。顔を上げると申し訳なさそうにしながら口が開いた。


「すみません。私のせいで話しが逸れてしまいました。今からここの説明をさせて頂きます」


俺は小さく頷いて耳を傾けた。


「初めての方からすれば驚かれるのかもしれませんが…ここはウツシ玉の中となります。意識だけを潜り込ませてる状態になっていますので、私や勇者様にそこのテーブルは元居た寝室と切り離された存在となります。簡単に言いますとこの空間に居る私達はウツシ玉によって作られました。なので本物ではありません」


そう言われて自分の体と顔を触れてみる。普通に体温は感じるし脈が打っている。ここが本当に意識だけの空間とは思えないし、作られた存在とはにわかに信じ難い。


「そうなりますと、寝室に居た私達はどうなっているのかと疑問に思われると思います。第三者の目からすれば、ウツシ玉に手を触れたまま意識を失っているだけにしか見えません。…このウツシ玉の利用する際の欠点となりますが、ここにいる間…本物の自分は無防備な状態となっております。その点に関してですが、変な輩や賊に襲われないよう寝室の周囲に騎士を配置して強い結界も用意させました。ですからその辺の問題に心配はごさいません」


なるほど。……そう言えばあの壺やシャンデリアに結界としての機能の役割があると聞いたが、ただ寝室を守るだけでの理由じゃなく、こう言った事の為に用意をしてくれたのかもしれない。


「次に使用方法となりますが───」






────あれこれとメイドさんから詳しい説明を受け、途中で質問を挟み込んだり等して淡々と時間が過ぎてゆく。


頭の中で整理し、このウツシ玉は何なのかを自分に分かりやすく要約して説明させるとすれば映像の中だ。例えば外の景色や風景や街並みの記録があるのであれば、この暗闇の世界から瞬時にそれらの記録の世界に切り替える事が出来る。まるで別の場所に瞬間移動したかのようにだ。しかもそれをテレビのチャンネルを変える様な感覚で行えてしまう。おかげで何度も自分の目を疑ってしまった。


そんな体験をさせてもらい、一通りの説明を終えた後にオススメの時代劇の物を見せてくれたが……それもまた凄かった。終始口をあんぐりと開けていても可笑しく思えない程に驚きの連続であった。映画館であれば座って目の前の巨大なスクリーンを見ながら片手でポップコーンを口に運ぶのだが、ここは違う。360度がスクリーンでありその映像の中に放り出された感覚とも言えよう。それだけではなく音や匂いも忠実に再現されてあたかもその場にいるかの様でもある。そうなると迫力も段違いだ。魔法を使っての大きな戦いが目の当たりした時には恥ずかしながらも子供のようにはしゃいでしまった。





そんなこんなで最後まで見終えて、メイドさんにウツシ玉の中から抜けだす方法を教えてもらう。戻り方は入り方と同じ手順な様で問題も無く無事に元の現実に戻れる事が出来た。


「いかがだったでしょうか?」


「………凄かった」


いや…ほんと……凄かった。他にもっとこう評価の仕方があるのかもしれないが、未だに興奮が収まり切れなくて上手く言葉に出来ない。


「それは良かったです。他に気分や体調と言った物に変化はございますでしょうか?」


「…妙に疲れと言うか脱力感があるような気もします」


実際に疲れた訳ではない。ウツシ玉の中に居た自分と今の自分の体は違うとは言っていたし、身体的に問題はない。ただ何故か疲れを感じるのだ。


「名残ですね」


「名残…ですか?」


「はい。慣れてない人に良く起きる現象でもありますね。稀にご自身の体とウツシ玉の相性が極端に悪い人も居るのですが…酷くて立ち眩みさえも感じられる事もあるそうです。ウツシ玉の中で作られた存在とは言えども、精神は繋がっています。その中で疲れを蓄積すれば、元に戻ったとしても脳に残ったままです。ですからまだ疲れてると脳が錯覚してしまい、勇者様が感じられてる状態に陥る事は珍しくありません」


「…なるほど」


肩を軽く回してほぐし、他にも問題があるかどうかを自身の体の確認を行う。……特にこれと言った違和感や影響が無い事をメイドさんにお伝えすると、上まぶたを安堵したようにたるませた。


「所でですが…勇者様がこの世界に召喚をなされてからかなりの御時間が経たれましたが、お食事はまだ大丈夫でしょうか?」


「食事……」


そう言えば俺…この世界に来る前に昼飯買おうとコンビニに行く途中でもあったんだ。まさかこうやって勇者召喚で呼び出されるとは思いもしなかったけども。そのせいなのか…困惑で頭が一杯になって空腹は脳の隅に追いやられて何も感じられなかった。今になって腹に意識を向けると、眠りから叩き起こされたかのように不機嫌に腹の虫が鳴り響こうとしている。


「は…配慮が足りず申し訳ございません!」


「え?」


そこで急に頭を下げて謝るメイドさん。もしかして腹が減ってたのを顔に出してしまったのか…それとも無意識に腹を擦った手によって敏感に反応してしまったのか……分からないがとりあえず頭を上げさせよう。


「ああ…いえ、大してそんなに腹は空かせてないので頭を」


上げてくださいと続けて口にしようとした同時に寝室全体が響き渡りそうなほどの音が鳴った。


メイドさんは驚愕の表情で頭を上げ、その音の発生源となる場所に視線を向ける。その目はいったい何処を見てるのか聞かなくとも分かる…俺の腹だ。


「あ…いや、これは」


あまりのタイミングの悪さに動揺と羞恥心が押し寄せてきた。


(ただ)ちに料理を作らせて来ます!!」


「ま、待って! ちょっと待って!」


「で、ですが!」


「大丈夫! 大丈夫だから!」


何が大丈夫か分からないがこのまま行かせるのは何か嫌だ。素直に認めてしまえばいいのだが、何故か凄い恥ずかしいので少しでも言い訳を言わせて頂きたい。


「じ…実は言いますと、腹が減らなくとも時たまに腹の音が鳴ってしまう体質なんですよ」


「そう…なんですが?」


「え、ええ」


咄嗟に思い付いた嘘で何とか納得してくれたかと安心し、気を緩ませたせいか…またもや腹の音が鳴り響く。それを何か言いたげな表情でメイドさんは見つめてきた。その無言の眼差しに直視する事は出来ず、俺は肩を落として観念した。


「確かに…召喚されてから時間はかなり経っているし、少しはお腹が減った気がするかもしれません。急がなくても良いので、料理を頼んでも良いですか?」


「はい! かしこまりました!」


笑顔で対応するメイドさんを見て、俺が変な意地を見せてたのが馬鹿に思えてくる。


「他に細かいご要望がありましたら承りますが…何かございますでしょうか?」


「…多少多めに食べたいかな」


それに頷いて了承したメイドさん。他にもいろいろと丁寧に受け答えをして頂き、綺麗なお辞儀を見せてから寝室を退室していった。


「……はぁ」


一人になった所で先程のやり取りを思いだし、少し情けなく思える自分に溜め息を吐くのであった。


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