勇者召喚4
「長い間待たせてすみません」
「…いえ」
テーブルを挟んで目先にあるソファに王様は座り込む。立派な顎髭で東洋風な顔で渋さがあって何度見ても格好いい。だかその顔をジロジロと伺うように見てみればかなりの疲れがある様子で相当な面窶れだ。元から面と向かって遅いだの退屈だの言うつもりではなかったが文句の一つは言ってやろうかと言う考えが浮かばなくなる。
「失礼します」
案の定ここでノックの後にお菓子とティーカップを乗せた丸いトレーを持つメイドさんが部屋に入ってきた。トュエリーさんなのかと顔を一瞥してみれば別人である。王様と廊下を移動する際に気づいた事があるのだが、すれ違ったメイドさんと執事さんはショートヘアに茶髪と統一されている。全員整った顔であるために見た目は同じに見える。なので使用人が近づいてやっと誰なのか分かるレベルだ。
「ありがとう」
王様の前にティーカップを置き、テーブルの真ん中に様々なお菓子が乗せてある皿を置いた。俺には既に淹れてもらった紅茶があるので省かれる。
メイドさんがお辞儀をして応接間から出ていくのを王様が目で追って確認するとこちらに視線を向けた。
「こちらの不手際のせいで貴殿に迷惑をかけてしまい申し訳ごさいません」
そして頭を下げてきた。やはりと言うか少しばかり予想をしていたので動揺はしていない。ここで謝罪なんていらないと言ってもまた頭を下げてくるのだろう。なので俺は止めることなく謝罪を受け入れて話しを進める事にした。
「もう充分ですよ王様。あと…もし良ければ何が起きたのか知りたいのですが」
「ええ勿論です。包み隠さず説明させて頂きます」
頭を上げて頷いて答えた。
「もう察しておられてると思いますが…あの少女とお祖母様は勇者候補として召喚してしまいました。その儀式を行なったのは私の息子と娘…そして王妃です」
召喚を行なったのはあの美男美女達か…確か王様が現れてからの慌てっぷりと青ざめた表情は凄かった。無断で勇者召喚をしたのがバレてしまったからなのだろう。
「それじゃあ…あの老婆がああなった原因は…」
「いえあれは…召喚される前に元の世界で何らかの事故が起きたのでしょう」
「それは本当ですか?」
「はい」
「…それは良かった」
「…え?」
「あ、いえ、その事で少しばかり気になってましたので」
人が死んだというのに不謹慎だと分かっているがこれに関しては本当に良かった。
もしもこちらの世界の原因で老婆が死んだのであればトュエリーさんに何と声を掛けてあげれば良いのか分からなくなってしまう。この部屋から出ていく前に見せてくれたあの笑顔が無理して作ってくれたものならば尚更だ。これで少女に対しての罪悪感が少しでも薄れると良いのだが。
「それにしても何で王様に無断で召喚したのだろう…」
一番気になった事が分かったことで次の話しを進める。
「………」
しかしその疑問に王様は答えてくれるのを待ってみるが何やら間が長い。少し不味い事を聞いたのかと思えばそんな表情ではない。こちらの言葉を待っているかのように伺っている様子にも見える。
「あの、貴殿の質問を無視するのは申し訳ないのですが。……疑わないのですか?」
「えっと…何をでしょうか?」
「お祖母様が元の世界でああなったのではなく。あの広間で召喚された後に誰かの手によって殺されたとか考えたりしないのですか?」
「ええっと…それは」
確かに…王様がここに来る前にチラリと似たような事を思案していた。あの老婆はあの場に居た人の誰かがやったのではないかと。けれどあまり深く考えてもしょうがないと決断に至り、途中でこの思考は放棄した。
「そうですね…それに関してはあまり疑ってはいないですよ」
それを絶対とする根拠や理由はもちろん無い。ただまあ、何と言うか…あれです。
「信じてると言いますか信頼してますから…王様の事」
「…信頼ですか。お互い出会って一日も経っていない仲ですよ?」
「そう…ですね」
何となく王様の言いたい事は分かる。いや、分かる。この言い方は悪かった。俺と王様はそれなりにお互いに多少の胸中を話せるほど気を許せる関係になったのかもしれない。けれどたったそれだけだ。信頼とはまた違う。コツコツと信用を積み上げるどころか土台の上にさえ乗ってもいないとも言える。まだまだ浅い関係なのだ。
と言うよりもだ。信頼関係が云々よりも王様が何故に疑ってくれないかと聞いてくることに疑問を持つ。嘘をついてなければ普通に話しを進めれば良いだろうし、ついてたなら平然と装おって話しを進めれば良いのに。
いや…後者はあまりよろしく無い。実は嘘で老婆の死は勇者召喚によって原因だとか言われたらどうしたものだろうか…
「それじゃあ聞いてみますけど。王様は嘘をついてるのですか?」
「…いいえ」
「本当ですか?」
「はい」
「でしたら信じます」
「…ですが。いえ分かりました」
どうやらあまり納得のいかない表情だ。
いったい何が不満なのだろうか。本人が信じると言ってるというのに何故かそれを受け入れてくれる様子がない。逆に疑いの眼差しで責めて欲しいのか?
…うーん分からん。それとも王様はトュエリーさんのようにこんな事件に巻き込んだ事に大きな責任を感じてるが故に一つ二つでも文句は聞きたいのだろうか。正直自分の身は無傷だし今の所は何も不満が無いので怒るような事は無い。
でも、まあ。それが本当だとしてもあまり深くは聞きたくないのが本音だ。老婆の死に関して本当に隠してることがあるのではないかと意識し始めてるからだ。その内容が良い事か悪い事が別として聞くのが怖くなってきた。聞く事自体に躊躇いがある。いろいろ不安になってきたのだ。
不安、不安と言えばそうだ。王様も見るからに何かがおかしく感じるのはそう言うことだろうか…
「王様…何か不安なのですか?」
ただの疲れのせいだと思ってたけれど、あまりにも覇気が無いのだ。廊下で見せてくれた弱々しさとはまた違う。己への自信さえも感じられない。最初に見た時よりも全体的に小さく…と言うよりも縮こまったようにも見える。
「…そんな風に見えますか?」
「ええ。あの老婆が亡くなった件からかなり憔悴してるかとさえも思います」
「そうですか。貴殿に気遣わせてしまいましたね。大丈夫ですよ。私は平気ですので」
いや、全くそうには見えないんだよ。
「…お言葉ですが今日はもう休まれた方が良いのでは」
「本当に気になさらないで下さい。たいした事はありませんので」
「…わかりました」
そこまで言うのならばこれ以上は何も言わない。しつこく言うのも気が引ける。それに自分の体調は本人が一番が理解してるだろうからとやかく言う必要も無い。
けど…少し心配になる。
「では話しに戻りましょうか。…確か無断で召喚を行なった理由ですよね」
何事も無かったかのように王様は次の話しを進める。おかげで先程までの会話に関してはモヤモヤとしたままだ。多少のわだかまりが残されたが再度聞き直すつもりもないので黙って頷き返す。
「あれは…全部私のためらしいです」
声のトーンが少し低くなり目を伏せる。
「廊下での私との会話は覚えてますよね?」
「ええ。それと何か関係が…」
王様の目的。勇者を誕生させない理由。パッと簡単に内容を思い出す。一番印象に残ってるのは王様が死ぬかもしれないということ。しかしそんな事態になりうることは無いとは言っていた。それらに美男美女達との関連性は…
「…あ」
ここで何か分かったような気がした。
あの美男美女達は王様の子供だ。この世界とこの国の事情をほんの少しかじった程度ですぐに理解できなかったが、あの美男美女達は違う。前々から知っていたのかもしれない。
推測だが何か複雑な理由がある訳でもない。至って単純な理由なのではなかろうか。父親を助けたいという想いで。
「…もしかして王様を死なせない為に無断で召喚を」
「そのようです」
「でも王様は言ってたじゃないですが、死ぬような事は無いと」
「そうですね。でも…あの子達にとってはそこが問題ではなかったようです。私が死ぬかもしれない。それが嫌だったらしいのです」
最悪殺されるかもしれない。廊下で王様の口から聞いた時は多少は動揺したものだ。それが実の息子や娘…あとは母親か。当人達からしてみれば気が気ではなかったのかもしれない。
「廊下でのあの会話の内容は皆さんにも言われたのですが?」
「いえ、全部は流石に。この国で勇者を誕生させないとだけです。……とは言ってもそれがどんな意味合いがあるのか、私の背中を見て育ってきた子供達からすればいろいろと察する事があったのかもしれません」
「その時点で王様の考えに気付いてたのかもしれないと?」
「かもしれませんね。ですから私は付け加えて何も心配は要らないと言い聞かせてはいましたが。…却って逆効果だったようです」
…もう元の世界で親は亡くなったが、俺も子としての立場に戻り、目の前で親が死を臭わせるような発言なんぞすれば怒られようが何とかしようと行動はするだろうと思う。あの美男美女達の行動のそれが無断での勇者召喚であった訳だ。王様が国民に非難されない為にも。死ぬかもしれないという最悪なシナリオを避ける為にも。
「そこから王様に内緒で勇者召喚の計画…という事ですか」
「いえ、その発想には至らなかったようです。と言うよりもやろうとさえしなかった。そう子供達から聞きました。そもそも連続で2度目の勇者召喚というのは特殊なやり方で抜け道みたいなものです。正規のやり方ではありません。ですからそれ相応のリスクを背負わなければなりません。だからやるつもりはなかった…はずでした」
…だがしかし、結果的には2度目の勇者召喚は秘密裏に実行された。相応のリスクとはどれほどのものか知らないが、それを覚悟の上で行動に移した何かしら訳があったのだろう。
「ですが実際問題…事が起きてしまいましたね」
「…ええ。貴殿には迷惑かけてしまいました」
「別にいいんですよ。……それで、やっぱり何か切っ掛けはあったのですか? ご子息とご息女が勇者召喚を隠れてやったと言う事は」
「ええ勿論。すべては私が原因であり、不安を払拭させるつもりの発言が切っ掛けとなりました」
一つ間が置かれ、すべては私の責任です。と、ちいさく声が漏れる。つい先程の何故疑わないのかという会話の一連でも思うようにこの事件に関しては咎めるつもりはまったく無いし、責めるつもりは無い。なので黙って耳を傾ける。
「この国で勇者は誕生させないと言った数日後ですか。あれから心配そうに話し掛ける子供達に私は良かれと思って話した内容がさらに焦らせ、不安にさせてしまったようなのです。…内容と言っても昔の話しなのですが」
ここで長い顎髭を摘まんで上から下へとなぞりながら一泊置いて話しを続ける。
「過去にも今の時代と同じように魔王の手によって脅かす時代がありました。その時代にも私と同じように勇者召喚が出来るにもかかわらず勇者召喚を断固として行わない国があったのです。その結果…周囲の人族の国は魔王や魔族の手によって操られたのではないかと判断し、その国を焼き払う事になりました」
「…廊下でもチラリと似たような事言ってましたね。操られてるのではないかと思われて殺されると」
「ええ。…もう一度言いますが、それは極端な話しになります」
「極端って……ですが、過去に殺された実例を今挙げられたじゃないですか」
「ですからそれは“過去”の話しです。“現在”は違います」
過去と現在を妙に強調させる。まだ話しに続きがあるのだろうと理解し、ここでさらに質問を挟むことはせず口を閉じた。
「確かに昔は争い事ばかりで物騒な世の中でした。私達人族は数えきれないほどの罪を歴史に残してます。でもそれを何も思わず過去を振り返らずに歩み進むほど人族は愚かでもないのです。何も学んではいない訳じゃないんですよ」
過去の罪…ね。俺の住む地球の人族、いや…人類か。今じゃ大きな戦争はなく昔よりかは平和な世界なのだが、平和までの過程の足取りを遡ってみれば残虐非道な事を平気で行われてた事が様々とある。だが人類は喜怒哀楽のある感情や知能を持つ生き物だ。その残虐行為に思わしくない人々もいた。でなければ今の地球にいる人類は未だ戦争を続けているか、衰退しているか、滅んでるのかもしれない。平和なんぞ訪れはしないだろう。それと同じようにこの世界の生き物達も過去の過ちを悔やみ、歩み進めてるのだ。
「つまり…昔ではありえたかもしれないが、今は勇者召喚を行われないだけで国を焼き払われたり、殺されるような時代では無いと」
「そうです」
「…なるほど」
「でも…それを子供達に説明して納得させる所か……………」
王様は会話を続けることなく途中で止め、首を横に降って静かに溜め息をついた。聞かなくとも先に続く言葉は分かる。美男美女達に納得させることはできなかったのだ。むしろ失敗に終え、勇者召喚を無断で行う切っ掛けとなる火種となった。だが、この話しを聞いても美男美女達にとっての火種が何なのかはまだ分からない。これはもう本人達の心情を読み解く必要がある。でもそれはさすがに無理だ。1人1人の人物像も知らない俺にはとっては一生分からないだろう。知ってることはただのイケメンで、ただの美女だ。なのでちょっと聞いてみる。
「あの…聞いてもいいでしょうか?」
「ええ…いいですよ。そんな遠慮なさらず聞いて下さい。貴殿にはその権利がありますから」
…いや、そうしたいんだけどもね。会話を進める内にだんだんと王様の表情が暗くなってくもんだから、質問する前に一応確認を入れておきたくなるんですよ。
そんな王様に心配に思いつつも興味が勝ってしまい、ちょっとした迷いも徐々に消えて口が開く。
「では、その話しをご子息とご息女がお聞きになり、王様に無断で勇者召喚を行動する事に…で良いんですか?」
「ええ、この話しを切っ掛けにですね。当初はただ私を勇者召喚を行うようにするよう説得するつもりだったらしいのですが…」
「そうなのですか。…それでですが、その切っ掛けとなった話で何故に2度目の勇者召喚を行う決断に至ったのか…理由がいまいち分からなくて」
「ええっと……そう、ですね…」
ここで少し王様の歯切れが悪くなる。言いたくなければ言わなくとも良いけども、それは王様の判断に任せる。その沈黙の合間にティーカップの取っ手にへと手を伸ばし、一口飲んで喉を潤わせた。
「…お恥ずかしい話し…いえ、他者や貴殿から見れば馬鹿みたいなお話かもしれませんが」
「笑いませんよ………というのは何か変ですね。王様が良ければ聞かせて下さい」
王様は顎髭を撫でるように触り、数秒ほど考える素振りを見せた後に頷いた。
「歴史は繰り返されると思い至ったからです。いえ…違いますね。一番の原因は私の死が余計に感じ、さらなる危惧の念を抱いてしまったからでしょうね。…そんな所です」
顎髭を撫でる手を止めて、目線を落とす。少し俯きがちだ。
「確かに1000年…2000年と時を過ぎようと学んでいるのは歴史であってそれは人族自身ではないですし、個人個人の命はたったの100年ぽっちの灯火でしかありません。過去の出来事など簡単に薄れ消えゆくでしょう。いずれはまた悲劇を繰り返される事が無いとは言い切れない。でも…それでも、冷静に物事を考えれば今の時代で私の死までは起こり得るはずは無いと思えるはずなのに」
微かに震える声。それに悲壮感は感じられず、沸々と沸き上がる感情を表に出さぬように抑え込んでるかのようにも思える。
「でもその理由は分かります。娘も息子も妻も…全ては己の感情を優先した結果だって事です」
王様の口元は僅かに震え、チラリと目を落として手元を見れば、拳を強く握りしめていた。己の不甲斐なさなのか、それとも美男美女に対してなのか、何処に怒りをぶつければいいのかそんな感情が似て見れる。何か気の利いた事でも言ってあげれば良いだろうか。
「王様……決して笑い話では無いと思いますよ。たとえいくら王様が殺される事が無いと思いましても、それでも心配するのは当然ですよ。親子なんですから。ですからそんな悲観に──」
「──笑い話ですよ!! こんなの!!」
俺の言葉を遮り、握りしめてた拳をテーブルの上から叩きつける。同時に振動でティーカップは揺れたが幸いな事に中身は零れることは無かった。
「自分の思い描く夢…いや、自分勝手に行動した結果がこれなんですよ!? 王様として中途半端であれば親の役目としても中途半端!! 子の気持ちさえも理解すら出来ない無能で! 馬鹿で! 愛する妻にさえも死の瀬戸際に立たせてしまう愚かな人間なんですよ! 私はっ!!」
「っ……すみません」
この怒りは自分に向けたものではないと理解しているが、目の前で突然と激怒されては恐々とした態度に陥ってしまう。トュエリーさんの場合はまだ冷静になれていたのだが、王様だど迫力が違いすぎる。そのせいか無意識に背筋が伸ばしてしまう。効果があるかどうかも知らないがこれ以上相手に不快な思いや刺激をなるべく与えないようにとりあえず姿勢だけは良く見せて素早く謝罪の言葉を口にする。上司に怒られた時はいつもこの行動が真っ先にしてしまう。……ほんと癖になってしまったものだな。
そんなびくついた俺の様子を見て王様は我に返り、すぐさまに頭を下げた。
「こ、こちらこそすみません!」
「あ、ああ、いえ。………王様もいろいろと大変でしょうから気になさらず」
この場の空気が冷めてくのを感じつつ、お互い気まずくなったのか言葉を発することなく長い沈黙が流れる。あれこれと何を喋れば良いのか考え込むが、また余計な事を言ってしまえば怒るのではないかと思い、中々口を開こうという気がしなかった。それでもどうにかこの空気をなんとかしよう考えた矢先に王様が語りかけてきた。
「怒らないのですか?」
「え?」
「いえ、これは私の甘えですね。今のは忘れてください。それと…先程は取り乱して本当に失礼しました」
再度頭を下げる。いつもより深々と長くかけて謝罪の気持ち込めてるのが分かる。
「貴殿の言う通り…疲れてるかもしれませんね。ここまで感情が上手く抑えきれないなんて」
かも…というより最初から疲れてる表情にしか見えない。心配かけないように強がってる振りでもしてくれてるかと思ってたけど…振りではなく疲れてる事すら本人でさえ理解してなかったかもしれない。それはそれで結構危ない気もする。
「今日はいろいろとありましたから仕方ありませんよ。妻…王妃でしたか。詳しくは知りませんが大変な事があったようですし」
王様の怒りから勢いよく出てきた言葉を思いだす。まだいろいろと複雑そうな事がありそうな気もする。
「ええ、2度目の勇者召喚……この際ですから裏召喚と名付けましょう。チラリと言ったのかもしれませんがこれを行うには大きなリスクが必要となります。それは──」
「──王様。今日はここまでにしましょう」
その前に王様の話しを止めさせる。話しの内容としては興味はあるがそれ以前に王様が心配となってきた。主に精神的疲労に関してだ。今日起きた出来事ではいろいろと胸に応えることだったのだろう。きっとこの続きの話しは王妃が死の瀬戸際に立った理由もここから繋がってくる。そしてまた暗い話しになるのが目に見える。俺は大丈夫なのだが、今の王様の精神が不安定な状態で何を言われるのかも分からない。
「今日は休んで下さい。時間があればまた明日にでもお聞かせ下さい」
「貴殿は心配しすぎですよ」
「ええ、そうです。僕の目から見ればそう思う程にお疲れに見えます。…何も事情も知らずに勝手な言葉となりますが、あまりにも気負い過ぎるのも体には良くないと思われます。この国や世界の事は教科書をかじった程度の者の言葉としてはあまり重みもない戯言となりますが……民を背負う王として今倒れられるのは国にとって大問題ではないかと。…それに王様は理解してるはずです」
一呼吸置いて王様を見据える。本当に最初に見た時とは雰囲気が違う。力強さのある目も…威厳も…全てごっそりと抜け落ちている。
「もし…不愉快と思われましたらこのまま口を閉ざします」
続く言葉の前に王様を伺う。きっと本人も分かりきってる事を俺は言うだろう。それに不快を買うような事はあまりしたくない。
「…続けてください」
許可を頂き、頭を一つ下げた。
「理解を承知で言います。今や王様は一人の命では無いはずです。裏召喚の件でもそうですが、ご子息とご息女と王妃は王様を救うべく動いたのです。そして民を背負う王でもあります。きっと僕には想像できぬほどの責任も背負われてるのでしょう。ですからこんな時こそ休むべきなのではないかと。それでも無理だと仰るのでしたら僕の事は放って他に成すべき事をお願いします。勇者召喚として勝手に呼び出して心を痛まれてる気持ちは十分に伝わりました。なので僕の事は優先順位を低くても構いません。だから──」
「──貴殿の言いたい事は分かりました」
目を瞑り、落ち着かせるように口でゆっくり息を吸って吐く。それは俺に対してなのか。王様自身なのか。それとも両方なのか。
「貴殿はいきなり知らない世界に連れてこられ、いろいろと不安を感じられてるはず。それなのに会って間もない人にそこまで言われるとは…余程今の私は酷い顔のようですね」
ここで王様は手を伸ばし、ティーカップの取っ手を掴んで口に運ぶ。一口…二口…ゆっくりと喉を鳴らした後に一気に飲み干した。
「ふぅ……これで疲れは無くなりましたし。大丈夫でしょう」
「んな訳ないでしょっ?!」
何言ってんのこの人!? 誤魔化せるほど全く顔色変わっちゃいないよ! いや待て待て…ここは魔法がある世界だしそんな効果はあったりするかもしれない。ああいや、待て…その前に取り乱して王様に素で反応してしまった。まず先に謝らなきゃ。
「っ…すみません! ちょっと言葉使いが荒くなりました」
「冗談ですよ」
王様は口を緩ませて愉快そうに笑う。対して俺は疲れた訳でもないのに力が抜け落ちた気分になって乾いた笑いをこぼした。
「最初にも似たような事を言ったかもしれませんが。もう少し気を抜いてもらっても良いのですよ? 先程のような態度で接しても構わないですし」
「それはちょっと…すみません」
そうは言われても国の一番のお偉いさんだ。相手がどれだけウェルカムだったとしても、かなりの抵抗感がある。そんな俺の反応に残念そうな顔をしながら立ち上がった。
「貴殿にこれ以上心配かけられるのも申し訳ないですし、お言葉に甘えて少し休もうかと思います」
「僕の我が儘を聞いてもらってありがとうごさいます」
「どちらかと言えば一番の我が儘なのは私なのですけどね。こうなったのも全部私のせいですし」
王様は言いながらテーブルに置いてある振鈴に手に取って振り、可愛いらしい音が部屋に響き渡る。
「失礼します」
鳴り止むと同時にメイドさんはノックして部屋に入ってきた。
「それと…貴殿には申し訳がないのですが、元の世界に戻るのはあと5日ほど待って下さっても宜しいでしょうか?」
「5日…ですか」
…5日か。1日でも会社に無断で休んだらどうなるのかな。俺の部署の上司は厳しくはあるが根は優しい。とすると…何かあったのかと必ず電話をしてくるだろう。とは言ってもここは異世界だし元の世界にまで電波は届かない。ここで暇をしてた時にスマホを弄ってたので確認済みだ。そうすると急に連絡が取れなくなった俺に警察が家にまでやってくる可能性もある。けど見つかるわけもない。…だって異世界にいるし。これは下手すると行方不明者として扱われたりするのではなかろうか。
「あまり宜しくは無いのですが。…それが最短なのですよね?」
「ええ。裏召喚のお陰で貴殿を帰す術士が体力も魔力も万全ではありません。無理にでも…と言われて中途半端に行いますと、貴殿の身に何が起きるのか検討もつきませんし…」
「そう言う事なら仕方ありません。予期せぬことで自分の命が失うのも嫌ですので」
これは元の世界に帰ってきた時にいろいろと言い訳を考えておかないとな。「異世界に行ってました!!」とか、会社の人や警察の方は信じてくれるかな。……信じる前にきっと病院に連れてかれるんだろうな。もういいや。その時はその時で考えよう。
「貴殿には本当にいろいろと迷惑をかけます。元の世界と環境が大幅に変化するでしょうし、いろいろと不都合やご不満が出てくるでしょう。その時は遠慮なく仰ってください。出来る限りのことはしますので」
「ええ、分かりました。たった5日間ですかお世話になります」
「それと…私だけではなく貴殿も疲れてるでしょうから寝室を用意しときました。案内はここに来たメイドがしますので」
そこでメイドさんは慣れたように綺麗に体を折って頭を下げた。俺はそれに軽く会釈する。
「粗相の無いようお願いしますよ」
王様はメイドに一言そう告げて扉に向かい、こちらに振り替える。
「それでは…私はこれで」
「あっ…王様! 待って下さい!」
出ていかれる前に伝えなきゃいけないことを思いだし、立ち上がって王様を引き止める。
「どうしましたか?」
「あの…メイドの中にトュエリー・サントシタードさんと言う方が居ますよね?」
「ええ、確かにいますね。サントシタードがどうかなされましたか?」
「その方に勇者召喚で呼び出された少女のお世話をお願いしたいのです」
「えっ?」
俺の頼みに早く反応したのは王様ではなく案内役として来たメイドさんであった。何故か驚いた表情をしている。一方王様は難しそうな表情作り髭を触る。そして途端にこちらの意図を探るように見つめた。
「何故…ですか?」
「ええっと……彼女には同じ年頃の娘が居るようですし、接し方もだいぶ馴れてると思いましたので。それに…彼女の希望でもあります」
「ええっ!? っ…あ、すみません、取り乱しました」
またもや驚く反応を見せるメイドさん。慌てながら手を口を塞ぐポーズから冷静を取り戻して両手を前に持っていき、綺麗に体を折って頭を下げる。その姿勢に至るまで一連の動作に乱れも感じさせなく綺麗に思わせられるそれに流石はプロだと感心する。けれど……そんなメイドさんに取り乱すほどの発言では無いはずだ。
「それは…本当なのですか?」
王様は王様で一見冷静そうに見えるが何処か戸惑いを感じる。もしかすると二人はトュエリーさんの事情を知っているのかもしれない。負い目を感じているはずの人が自分から進んでやるのかと…
「ええ。最初は僕が頼んでみたのですけれど。凄く嫌がられましたし、無理にさせるのも良くないと考えまして…それで止めようと話しになった時ですが、急にやる気がでちゃったようなんです」
「いえ…違うんです。聞きたかったのそこでは無いのですが…」
それにコクコクとメイドさんは頷いて王様に同意をする。どうやらお互いの会話に噛み合わない部分があるようだ。
「……何を疑問に思われてるのでしょうか?」
「サントシタードに娘が居る…と言われたのですが。それは本人の口から聞いたものなのですか?」
「ええ、そうです。確かに本人の口からそう聞きました」
ほんの一時間以内前ぐらいの会話の出来事だ。それをすぐに忘れてしまうほどボケてはいないはずだ。
「そう…ですか。仮に貴殿のその言葉が嘘だとしても何も得はないでしょうし、意味も見出だせない。だとすれば本人が嘘を?」
王様は口に手を当てて考え込みながらブツブツと独り言のように喋っている。いったい何を気にしてるのだろうか。
「あの…トュエリーさんに娘さんがいるのは何か問題でも?」
「えっ? ああ…すみません。1人で勝手に話を進めてたようで。実はなんですが、その娘さん……3年前に亡くなられてるはずなんです」
「…………え?」