勇者召喚2
「王様。このまま僕が元の世界に戻ったら、また勇者召喚を行うのですよね?」
広間へと向かう為、赤い絨毯が敷かれている廊下を歩く。たまにすれ違う騎士に敬礼され、メイドや執事にお辞儀をされる。少しむず痒いので自分も軽く頭を下げておく。
「そうですね」
癖なのだろうか、良く顎髭を触りながら王様は答えてくれる。
「その、王様は本気で勇者に魔王を倒させるつもりなのですか?」
「……はて? 何故いきなりその様な質問を? 」
あまり聞いて欲しく無かった事なのか、それとも答えにくい事なのか、質問を質問で返してきた。
「いえ、ちょっと思う事がありましたので。気に障るような事でしたら謝ります」
「…いや、貴殿が謝る必要はありません。ただ、その…私はそんなに分かりやすかったのかと気になりましたので、つい聞き返してしまいました」
分かりやすかったというか、ただの予想にしか過ぎない。それに王様の性格からしてどうも勇者召喚に頼るのは躊躇いそうな気もする。…まぁ、出会って一日以上も経ってもいないのに人の心の中まで理解なんて出来やしないので本当に只の予想だ。
「僕の勝手な憶測ですが宜しいですか?」
「ええ」
そんなに大した理由でも無いけどなぁ。
でも何やら王様は気になるらしいので応接間での会話を思いだしながらポツポツと語ることにした。
「…この世界は日に日に魔物や魔族の被害が大きくなっている。けどまだ、それほどに危険というわけでもないのですよね?」
「はい。他の種族の方達とつい最近協力しあってますから、それなりの対処は出来ているのですよ」
「…なるほど、そうだったのですか 」
それは初めて聞いた。だとすればますます不思議に思える事がある。
「それを聞いて更に思うのですよ。…勇者召喚は今、必要な事なのかと」
「……ええ必要ですよ。魔物や魔族はどうにか出来るとは言え、魔王は他の種族と比べて魔力が飛び抜けていますので」
「でもそれに比べてあまり焦りが見え無いんですよね、王様に」
「それは顔に出さないだけですよ。これでも人前に良く出ますから。…それに国民の前では常に堂々としておきませんとね」
「そう聞きますと内心は焦ってると?」
「ええ」
「…そうなりますとちょっと引っ掛かる事があるのですよ」
「何をです?」
「勇者召喚された人の数です。確か僕で8人目だと聞きました。…この数が多いのか少ないのか、普通なのか異常なのか分かりません。…ここから僕の一方的な主観となりますが、この数からして本気で勇者を誕生させるつもりがあるのかと疑問に持ってしまい、王様にあのような質問をしてしまいました」
「…なるほど」
ここで会話は途切れ、王様の歩くスピードが緩み、立ち止まる。つられて一緒に立ち止まる。
…何か怒らせてしまったのだろうか? だとすると口調だろうか…生意気な感じだったかもしれない
「あの…やはり気に触るような事でしたら、謝らせてください」
「いえ、気にしないで下さい。聞きたいと言ったのは私ですので」
どうやら本当に気にも留めない感じの様子ではあるが、それでもすみませんと頭を下げておく。相手が気にしなくても俺は気にしてしまうタイプなのだ。
「ふふっ」
そんな俺を見て王様は可笑しく笑う。何か変な所かあったのかと考えてみるが王様は答えを出すことはなく近くの窓に近づき、外を眺めはじめる。
そこから見えるのは城壁というものだろうか。少し顔を上げなければいけないほどの高さがある。この城をぐるりと囲むように作られ、壁しか見えない為に外の景色は良いとは言えない。
「確かに私は、勇者に魔王を倒させる事に少し不満があります」
外で見張りをしている騎士達が窓から覗く王様に気づくと律儀に敬礼をしてきた。
「私は思うのですよ。この世界の事は、この世界の人達で平和を導くのが筋なのではないかと」
そんな騎士達に軽くヒラヒラと手を振る王様。それに答えるかのように周辺にいた騎士達はいきなり素早く動きだし、綺麗に横一列に並ぶ。その数秒後、こちらに向かって一斉に敬礼をし始める。
「…ですが、本当に勇者様が必ず魔王を倒してくれるなんて言い切れません。最悪の場合は無駄死にするかもしれない。過去に倒す事が出来ても、今度も同じ様な結果になるなんて限りません。そんな不確かな可能性や運にすがるよりも己の手で未来を掴むのが良いのではないかと思うのです」
力強い目で言い。その顔から何らかの決意や覚悟を持つ表情が感じとれる。
どうやったらこんな渋めで貫禄のある雰囲気が出せるのだろうか。思わず自分もあの騎士達のように敬礼したくなる。
そう思った矢先だった。
「…というのは建前でして」
どうした事か、王様の口からそんな言葉と共に苦笑を漏らしたのだ。
「…実は言うとただ恐いだけなんですよ。勇者様が死ぬのを。私が召喚したせいで元居た世界に帰れず、死んでしまうような事態が起きるのを」
さっきまでとは打って変わって少し弱々し気な声になり顔は俯きがちになる。
「正直言いますと、貴殿が勇者になるのを断った時は安堵しました。私のせいで一人の人生が狂わさずに済んだのだと」
「…そう、だったのですか」
突然の告白に気の利いた言葉を返そうと考えたが、何も思い付くこと無く当り障りの無い言葉で返事をする。
あの時の応接間では自分が断った時に王様は残念そうな顔をしていたような気もしていたが、内心ではそんな風に考えていた様だ。
…もしもその時の王様の立場が自分だとしたらどう考えたのだろう。
まったく勇者の誕生に成功しない自分に国民の不満が膨れ上がる不安だろうか?
それとも魔王が世界を恐怖にへと陥れる時間が刻一刻と迫る焦りだろうか?
いや…もしくはそれらが原因でストレスが溜まり、どんな手でも使い無理矢理にでも良いから勇者にさせるという手段に出るのかもしれない。
…なんだろう。俺の性格ならありえるかもしれないな。追い詰められたら頭が真っ白になって変な行動にでそうだ。そもそも人の上に立つ経験がまったく無いから尚更かもしれない。
でも…そんな立場である王様は自分の事では無く俺を心配してくれる。ここまで来ると正直言って凄い人だ。
よくよく考えれば自分の居る世界よりもこの世界の方が物騒だと言うのにどうしてこうも人に優しく根の良い人になれるのだろうかと不思議に思う。寧ろこういう世界だからこそ色々と考えてしまう事があるのかもしれない。元の世界も今いる異世界も人の上に立つ人間はやはり何か次元が違うような気がしてならない。
「ですが…こうやって勇者を誕生させなかったとしても他の国が勇者を召喚するので私がやってる事は無意味なのですけどね」
「えっ?」
「あれ? 聞きませんでした?」
「いえ…初耳です」
いやいや…てっきり勇者って1人だけだと思ってたよ。そんな話し応接間の時には出てこなかったはず。
そんな驚きを隠せない俺を見て王様は話しを詳しく続けてくれた。
「この世界での人間の国は43ヵ国があるのは聞きましたよね?」
「ええ、はい。確か獣族は9ヵ国。竜族は3ヵ国。妖精族は7ヵ国。魔族は1ヵ国…だったような」
「…妖精族は5ヵ国ですよ。でも他は良く覚えてましたね」
「ええ、自分でも不思議に思ってます」
「それでですが人族が勇者召喚できる国はこの国を省いて6ヵ国。獣族、妖精族は2ヵ国。竜族は1
ヵ国です」
「い…意外と多いですね」
思ってたよりたくさんいるじゃないか勇者候補...
「そうですか?」
「いや…すみません。元の世界の知識もあってちょっと違和感を感じましたもので」
漫画やゲームばかりしてると大体決まった人数と考えてしまう。勇者4人で1つのパーティーだとかさ。
とりあえずそういう思考は振り払っておこう。
「ところでなんですが...魔族は無いのですか? 勇者召喚って」
「…それに関しては私も分かりません。無いと言う話しは聞きますが魔族の事は詳しくないのではっきりとは言えないです。でも…専門家の方に聞けば何かは分かるかもしれませんね」
「そうなのですか」
そういえば魔族は昔から凶暴で他種族を襲う事は頻繁にあると聞いた。その大まかな理由は『美味い』『楽しい』である。
そんな魔族が仮に勇者召喚があったとすれば呼び出された人間は一体どうなるのだろうか...
いやこれは深く考えちゃ駄目な奴だ。どうしてもグロテスクな映像が目に浮かんでしまう。もしかすると今の俺の境遇は凄くラッキーなのかも知れないな。…話しを変えよう。
「思ったのですが...どうして王様は勇者召喚を行ってるのですか? 嫌でしたら他の国に任せる事も出来ますのに」
「それは難しい…と言うより私の立場じゃ無理なお話しなんですよね」
髭を触って複雑な表情を見せる王様。
「魔族が驚異となってきてるこんな世で一人の王が勇者召喚をしませんとか言い出したらどう思います?」
「それは…………」
王様の質問ですぐに理解した俺は答えるのを言い淀む。
「……すみません軽率な質問でした」
やや間を開けた後に謝罪をして頭を下げる。先程の俺の質問は深く考えればすぐに分かる事だ。特に王様自信がそれを理解しているだろう。
「いえ謝らなくても言いですよ。今の質問はただ再認識したかっただけですので。私の思い描く理想は浅はかなのだと」
王様の理想…自分達の力で魔族を倒すと言った事だろうか。いや…それを含めていろいろとあるのかもしれない。
「先程の質問の答えなのですが…もしも仮に私の我が儘で勇者召喚を行わなければ国民から不安の声があちこちと轟くのは間違いないでしょう。そして魔王を倒さんとする他国や他種族にも何を言われるのかも分かりません。もしかすると魔族に操られたのではないかと疑いにもかけられ信用もがた落ちしますし最悪……殺されます」
やはり自分も思っていた通りあまり良い方向には向かないようだ。国民から不満が出るのではないのかとしか予想はしていなかったけれど...殺されちゃうのかよ。
「そ、それでしたら今の王様はその、大丈夫なのですか?」
「…大丈夫とは?」
「今まで召喚した勇者を帰らせてますけど...バレたりしたら不味いのではないかと」
「ああ、まあ、それは平気ですよ今の所は。表向きでは失敗続きで勇者召喚は成功していないと伝えてありますので」
えぇ…良いのかそれで。
「…でももうあまり長くやれませんね。ほとんどの国では勇者召喚は終えてると聞きますし、国民もまだかまだかと言う声も聞きますしね」
「…でしたらこの先どうするおつもりなんですか王様は?」
王様の現状を振り返りそして聞いてみた。
「この先…ですか」
王様はあまり勇者召喚を使いたがらない。けれど立場上仕方の無い事であるため形だけでも良いからやっているという考えで良いだろう。そのお陰で勇者を召喚しては元の世界に返しての繰り返しで8人目である俺が召喚された。
でもそれをずっと続けるには難しいと思う。現に国民から何かと言われ始めているとの事だから。魔族の驚異が大きくなってる今の世でこんなやり方を続けてしまっては国民の不安が募るばかりだろう。その不安が不満となって暴動を起こす可能性はあるかもしれないしどうなるかも分からない。悪い方向ばかりに容易に想像できてしまう。
だからどうするのかと俺は王様に聞いてみたが…聞いてみたのだが。
「……………」
「……………」
何故か黙りこくってずっと俺を見つめている。
え? 何ですかその目は? もしかして勇者になってくれとか言い出したりとかはしない…よね?
「不思議…ですね」
「……はい?」
「何故か貴殿の前だとスラスラと自分の思ってる事を口にしてしまう事にです。普通こんな話しは他人に聞かせられないのですか」
いやまぁ確かに…こんな話し誰かが聞いたらヤバイとか言う問題じゃないよね。
「それは多分僕が異世界人だからじゃないでしょうか? ここで王様の胸の内を聞いた所で元の世界に帰ってしまうので問題は無いですし」
「…確かにそういう考えもあるかもしれませんね」
「もしくは自分が気づかないまでにストレスや疲れが溜まってるかもしれませんね。誰かに聞かせたくなるほどに」
この世界の王様は何をしているのかまったく知らないが決して楽な仕事ではないだろう。イメージ的には力仕事より机と面と向かってのデスクワークを想像してしまう。そうなると精神的なストレスが溜まりそうだ。
「応接間で王様の言葉に救われた礼もあります。僕で鬱憤が晴れるというなら何でも聞きますよ」
「…そう言われますといろいろと愚痴りたくなりますねぇ」
目を反らして何やら恥ずかしげに頬を指で掻く。
「貴殿の気遣いに感謝しますがやめておきます。きっと日が暮れてしまうので」
王様は外を一瞥した後に歩みを止めていた足を広間に向けて動かし歩行を再開する。
「…ですがここまで聞いてもらいましたので私がこの先何をしようとしてるのかをお答えしようと思います」
後ろに付いて歩く俺に振り向かず会話を続ける。
「私が何故に勇者召喚をここまで遅らせてるのかを国民に本当の事を知らせるつもりでいます」
「それって…」
俺が答える前に王様はそれを先に遮って答えた。
「覚悟は決めています。自分達の手で魔王を倒す事を建前だと言いましたがあの気持ちは嘘では無いです。それを含めて私の胸の内を他国の方々に伝えてこの国は勇者召喚を中止とさせてもらいます」
顔の表情は見えないが声で分かる。本気だと。だからこそ聞きたくなる遮られようともう一度。
「でもそれって…殺されるかもしれないって」
「大丈夫です。それは極端な話しですから。私がしっかりとした理由を言えば何かと納得されると思います」
「そう...なのですか?」
「ええ」
迷い無くはっきりとした返事。だけどあんな話しを聞いた後ではやはり不安が残る。この国と世界の未来の為に止めるべきなのか。それとも王様の身の為にも止めるべきなのか...どう判断すべきなのか俺には分からなかった。
そしてこれ以上の会話は続くことなく俺を召喚した広間へと続くでかい両開きの扉が見えてくる。
「勇者召喚はこれでお終いにしようと思っています。最後に貴殿みたいな方に会えて良かったです」
「いえ…僕はそんな大した人じゃ」
その扉の前で警備をしていた二人の騎士が王様に気付くとすぐに敬礼する。そして素早く把手に手に取って重く鈍そうな音を立てながら両の扉が開いた。
「は…早く! 回復の魔法を!」
するとどうした事か。広間に残っていた美男美女達が尋常ではないほどに慌てふためき。隅の方で待機してる騎士達がざわざわと動揺していた。
「何事ですか!!?」
そんな異様な雰囲気に王様はすぐさまに広間の中にへと駆け走り俺も続いてその後ろを追いかけた。
「お…お父様っ?!」
一人の美女が王様に気付くと周囲に居る人達もこちらに視線を向けた。だけどその顔はみるみると青ざめた表情へと変えていき怯えるような眼差しで王様を見ていた。
何故にそんな王様にビビる様な反応見せるだろうかと不思議に悩んでしまう。
「何が起きたというのです?」
「そ…それは」
美男美女達は互いに目を合わせて何やら動揺して口ごもる。
そんな王様の登場によって騒ぎはだんだんと沈静化する。そのお陰だろうか…
「やだぁ…やだよぉお婆ちゃん…」
何処かで小さくすすり泣く声だけがこの広間に響き渡る。
「まっ…まさかっ!? あなた達!! そこを退きなさい!!!」
王様は全てを察したのか剣幕な表情になって怒鳴りつける。
美男美女は反抗や抵抗する素振りもなく言われた通りその場を離れ、前方が見やすくなる。最初の時は動揺して良く見ていなかったがこの広間の中央の床を中心に謎めいた文字がズラリと円形状に書き敷き詰められていた。きっと俺はその中心で勇者召喚で呼び出されたのだろう。
「…っ」
しかし今はそんな事よりもその中央に居る二人の人物に王様も俺も思わず息を飲んだ。
「お婆ちゃん…お婆ちゃんってば」
年老いた老婆が腹から血を垂れ流して横たわり、その近くで顔と服に所々血をへばりつかせたまま泣きじゃくる少女が居た。
それを見た王様は徐々に肩を震わせこちらに振り向いた。
「や、やはり…私に断りもなく無断で2度目の勇者召喚を行いましたね!!?」
凄まじい怒りが眉の辺りに這わせながら美男美女に目に角を立てて激怒する。
それに対して皆は顔を俯かせ、それぞれ謝罪を行う。この様子だと悪気があった訳でもなさそうだ。
「っ…この話しは後にします! まずはあの者達の傷の治療が優先です!」
王様は喉元まで出かかりそうだった怒りを何とか押さえつけ、この場に居る人達にそれぞれ指示をする。
「やめて! お婆ちゃんに近づかないで!」
「大丈夫です。私達はあなたの味方です」
その間少女と王様に一悶着があったがすぐに収まる。
俺はこの慌ただしさが収まるまで応接間に待ってて下さいとすまなそうな顔で言われたのだが体が思うように動かない。というよりも今にも死にそうな老婆に目が離す事が出来なかった。
怯えてる訳でもないし怖がってる訳でもない。興味があってずっと見つめている訳でもない。何をすれば良いのか分からず頭が一時的に真っ白になったのだ。
こんな場面に出くわしたのならば警察か救急車を呼ぶという行動が真っ先に浮かぶ。しかしここは異世界なのだから何をすればいいのか分からない。そんな俺の心情を察してくれて王様は応接間で待っててくれと言われたのかもしれないがそれでも動けなかった。
「あの…良ければ一緒に戻りましょうか?」
そんな姿を見て気に掛けてくれたのだろう。一人のメイドさんが声をかけてくれた。
「いえ、大丈夫です」
「でも…」
せっかく親切に気を遣わせて頂いたが反射的に断ってしまった。学生時代の自分ならば面倒臭い事は誰かに任せて素直に付いて行ったのかもしれないが社会人となってしまった今ならば人として道徳的な判断と行動を世間に求められて鍛えられた故に自分は何もせずにこの場を立ち去っても良いのだろうかと考え込んでしまう。
いや…こんな事深く考えなくともこの世界の知識なんぞまったく知らない異世界人である俺はただの邪魔者以外に他ならないのは分かる。この騒然は王様達に任せて立ち去るのが良いはずだ。
だけど…それでも戻ろうという決断には至らない。ただ俺は慣れてないだけなんだ。人を見捨てるなんて事が。目の前で死にかけてる人がいると言うのにこのまま立ち去ってしまうと罪悪感が残るだけなんだから。
「本当に大丈夫です。何も出来ませんが最後まで居させて下さい」
「…わかりました。ですがあまり無理しないで下さいね? 気分が悪くなればすぐに声をお掛け下さい」
それでも尚、心配そうな目で見るメイドさんはお辞儀をし、その場を離れて応接間にへと続く廊下の扉付近で待機する。
そして俺は中央にへと足を進めた。
「お父様駄目です…傷が深すぎでこれじゃあ」
「弱音を吐かないで回復を続けなさい!」
王様と美男美女達は横たわる老婆に両手を向けてあまり眩しく感じられない優しい光を手先に放ちながらブツブツと呪文めいた言葉を口に出す。
腹部の血も止まり、荒い息もだいぶ落ち着いたようには見えるが苦痛の表情は変わらない。
それでも王様と美男美女は両手を休めず数秒…数分と老婆に回復の効果があると思われる光を当て続ける。
科学が進んだ世界からやって来た自分から見れば本当にそんなので治るのかと疑問に感じてしまう。だが素人では分からないほどの繊細さと集中力が要するのは横から見て理解は出来た。王様達の尋常じゃないほどの汗と苦悶に満ちた表情がそれを物語っているからだ。
「…っ…ぅ…」
「お婆ちゃん!」
そんな張り詰めた空気が続く事にさらに数分。老婆は意識を取り戻した。
「どこ…だい? ここは?」
掠れかけた声を発し、瞼を震わせながら目を開ける。
「もう、もう大丈夫だよ! お婆ちゃん! もう怖い人はここに居ないよ!」
「そう…かい、無事だったんだね」
老婆はゆっくりと腕を動かし、少女の頭に手を乗せて撫でる。
「ここ、が…何処だか、あんたらは、誰だか…知りませんが………この子を」
けれどその手付きは一瞬で力を失い、腕を床に打ち付けた。
「この…子、を」
「お婆…ちゃん?」
命の灯火が消えかかる瞬間とはこの事を言うのだろうか。まさに消え入りそうな声で絞らせる老婆に王様達は焦りを見せる。
「お願い、しま……す」
その言葉を最後に…老婆は動かなくなる。
「亡く…なられました」
誰かが呟く。
「くっ…」
肩を刻みながら息を切らす王様はその結末に唇を噛み締めた。
「お婆…ちゃん? お婆ちゃんってば」
その現実に嘘であって欲しいのか。それとも幼き故に亡くなったのがまだ分からないのか。少女は老婆をゆすり、何度も…何度も語りかける。
「ねぇ…ねえってば」
やがて少女は理解したのだろう。
「っ…うっ、うぁっぅぅ」
嗚咽にも似た声を小さく洩らしながら体を徐々に震わせ、やがて感情が堰を切って漏れ出したのだろう。そこから大声を上げながら泣き始めたのはあっという間だ。
そんな悲壮感が漂う中で誰もが動こうと声を掛けようともしなかった。 その哀絶と凄愴に誰もが居たたまれず目を逸らす者や握りこぶしを作る者もいる。
ただただ...この広間で少女の泣き声が鳴り響くだけであった。