侍女と少女3-1 【王様】
寝室内部の出入口付近で立っている一人の女性は天蓋付きベッドに腰かける少女に目を向けていた。
その少女は朝からずっと上の空であり王様と侍女と勇者らの会話を終えた後は何処かしら気を落ち込ませてるようにも女性は思えていた。それは誰もいなくなった故による寂しさが募ったのではない。共にこの世界に来た老婆をどうすることも出来ない事実を少女は知ってしまったからだ。何かしたところで何も出来ないその現実に。
「ぁ……ちゃん。おばあ……ちゃん」
しばらくの時間が経ち、命を失えば二度と会えなくなるのだと明確に理解したその子はベッドにうずくまって涙を流した。
「どうかなされましたか?!」
異変に気づいた女性はベッドに駆け寄って声をかける。
「うぅ……ぁ……っ」
掛け布団に顔を押し込んで自身の泣き声を洩らさないように嗚咽する少女に女性は近くまで寄り添って背中を無言でさすり、弱々しく縮こまるその姿に悲痛な気持ちになった。女性はこの子が力ある勇者であるという思いはもうない。この世界の安寧にへと導く光なんかでない。ただの子供であると。
そんな彼女は少女の侍女となる一人の友人を思い出していた。夫が亡くなり残された娘が殺されて命を絶とうとした友人だ。自決だけはどうにか止めることはできたものの、子供を目にすると過去を思い出してパニック状態になることがしばしばあった。今ではもうにマシなったとは言え過去の出来事を乗り切れたわけではない。だというのにその友人は少女の支えになりたいと勇者の侍女として志願をしたのだ。
その行動に女性は確かに喜びはした。あまり小さな子を目に入れないように城下町から遠ざけてこの城の使用人として働かせてもらえるよう頼みこんだ女性はただただ現実から目を背けさせてるだけでは駄目ではないかと思っていたからだ。しかし勇者の侍女というのは同時に心配もあったのだ。今はまだおおっぴらにされずその場で見た者は事を広めないよう口を閉ざしているが昨日の勇者召喚後に年老いた勇者が死に、王妃は倒れて目が覚まさない状態になっているのだ。そして王様はその一連を見ていた女性を男性の勇者にウツシ玉を一番安全な娯楽品であると嘘を教えて使用させるように言われた。案内人として食事の世話人としてもふさわしくもないと首を降っていた彼女であるが、さらに国の光であり希望である勇者に嘘をつくなど大いに罪悪感が苛まれたのだ。たいした罪滅ぼしになる訳でもないのにその罪を償うために使用人を辞めようと思ったのもその理由に過ぎない。それほど勇者という者はこの世界にとって特別なのである。
その一方、女性の友人は幼き勇者の侍女になりたいと申し出た。己の過去と向き合うのは良いがこの件に関しては面倒事があると女性は睨み、軽率な発言だろうと関わるべきではないと面と向かって言ったのである。なのに友人は受け入れなかった。幼き少女を想う気持ちが強かったのだ。だから女性はその友人が無理をしないよう家政婦長に頼まれた補佐を受けたのであった。
そのように心配なだけで補佐をやることにした彼女であったが、震える背中をさする最中に友人と同じく助けてあげたいという気持ちが少しずつ芽生えていた。
┿┿┿
しばらくの時間が流れた。少女の寝室前には赤を基調としたマントを羽織、それを揺らしながら歩く一人の男性が訪れていた。頭髪はやや金髪寄りで顔の彫りが深く、顎髭が多少長い男性だ。
「私です。中に入っても宜しいですか?」
手の甲を使って優しく扉を叩く。
「お待ちしておりました王様」
それに応じて扉は開いた。
「勇者様のご様子は?」
男性は開かれた隙間から中にいる少女の様子を伺い、目の前に現れた侍女の補佐である彼女に容態を聞く。
「身体的な問題はごさいません。ですが……今朝がたと比べ、かなりふさぎ込んだ状態だと思われます。正直言いますと先刻の会話よりもまともに話せるのは難しいかと」
「……そうだろうね」
その理由に心当たりある男性は顔を少し歪ませた。こんなことに招いた原因である自分と老婆を救う事が出来なかった非力さに痛感染みた気持ちに陥る。
「あの……やはり、それでも会話をご所望なのでしょうか? 日を置いて改めるというお考えは……?」
「私もそうしたい気持ちもある。……しかしそうする訳にはいかない。例え魔法やシロバチで病気を防ごうも勇者の力を持たぬミユキさんにとってこの世界は危険であるのは変わりないし、その危険が唐突にこない保証もない」
だから親族の死を受けいれる時間も暇も惜しいと語る。
「最悪な事態にだけは避けて勇者様を無事に元の世界に帰らせる。それがこんなことに巻き込ませた今の私が果たすべく責任です。懸念材料を放置して手遅れだったなんてはさせるわけにはいかないのだ」
娘、息子……そして妻である王妃の心情を無視して己の我が儘によって今の事態に導いた現国王である男性は、またもや失敗を重ねる訳にはいかないという考えであった。
女性は使用人であるためこれ以上の口は出さない。というよりも出さなかった。王も王なりで少女を思っての行動であったからだ。それゆえに女性は王の持つ物に疑問が増していた。
「このウツシ玉が気になりますか?」
それを注視してるのに気づいた王は隠すことなく見せる。
「……勇者様に使用させるのでしょうか?」
女性は不安になった。男性の勇者と同じくウツシ玉の中にへと入るのではないかと。なぜならそれは精神に負担がかかる行為であるからだ。今の状態の少女に使わせるとなると悪化する恐れがある。
「そう心配しなくても内部に入るつもりはない。ただ……個人的に気になることがあるので」
「申し訳ございません。余計な勘繰りを致しました」
「謝る必要はない。もしも私が間違いを起こそうとなれば遠慮なくミユキさんを優先してください」
使用人である彼女に反応しづらい言葉。それはどのような状況でどのような場合であれば優先すべきなのか。勇者も大切であるが……国王であり主でもある相手を簡単に裏切る行動はできない。特に返事を待ってる様子ではない王に使用人は無言を貫いた。
「そういえば聞きたいことがあります」
それに機嫌を損ねることなく訪ねる。
「ミユキさんに魔力を感じますか?」
「その……ミユキ様というのは中にいらっしゃる勇者様でしょうか?」
「ええ、そうです」
「いえ……まったく感じられません」
「まぁ、そうですね。たいした意味はないので忘れてください」
疑問を表情にだすことなく思案する女性に男性はこれ以上話すことはなく寝室にへと入った。
┿┿┿
「またお時間を頂きありがとうございます」
テーブルを挟み、向かいあってソファーに座る男性と少女。先程の女性の言う通り沈んだ表情である。
「あれこれと遠回しに無用な話しはしません。無理に会話をする必要もありません。耳を傾けるだけでも充分です」
相手がどれだけ落ち込もうと自身のやるべきことを優先する男性。
「ミユキさんの想像する王様とは違って頼りないかもしれませんが私はミユキさんを助けたいのです」
だからなのか……少女の心は簡単に開くこともなく感心も向くことはない。例えそれに気を許してしまいそうな表情で語りかけようと無反応。多くの外交や演説や会議で培われた経験による会話術は子供にとって作業にしか感じられない。
もしも彼に今回の騒動を解決の優先ばかりに目を向けず本気で少女を想って会話をするのであれば少しばかり気を向かせることが出来たのかもしれない。だが……例えそれが出来たしても少女の口からこの世界に来る以前に何かあったのかは聞き出すことが出来る可能性は低い。
なぜならそうして少女の閉ざした心を解きほぐすほどの器量ある男であれば裏召喚を実行した子供達と妻を父親として面と向かいあい。今の状況を避けることが出来ていたに違いなからだ。
「やはり……今の私に気を許して聞いてくれるなんて考え方はおこがましいでしょうね」
当の本人はそれに気づくことなくこのような状況を作り上げた原因である自分だからこそ気を許してくれないのだろうという考えであった。今の少女にとってそれはどうでもいいことだ。
「であれば私からはもう聞き出すことはしません」
それに元より男性は少女の口からこの世界に来る以前に何が起きたのかを聞き出すことなど出来るとは思っていなかった。なので執着せず諦めて身を引くことにした。その役目を果たすのはもう一人の勇者か少女の侍女に委ねていたからだ。
なら何故……出来ないと分かっていて訪れたのかは別の目的があっての行動である。
「ですが……1つだけやってほしいことがあります」
男性はテーブルの手前に置いていたウツシ玉を少女の前にへと移動させた
「それに手をかざしてもらっても良いでしょうか?」
意図の読めないお願いにも関わらず困惑すら見せない少女。そもそも聞いてるのかも怪しいぐらいに微動だにすら見せない。
「どうかお願いします。私はミユキさん助けたいのです……そして愛する人……妻を。大切な人を衰弱した状態を放るだなんて耐えることなどできません」
その理由の内容に至っては唐突であり今の現状すら何も把握などしていない少女にとって蚊帳の外にいるような状態でもある。そもそも幼い故に理解すらあまりしていないだろう。それに対して男性はまた無言を貫くとだろうと思えた。
「大切な人……助けたいの?」
思えた矢先反応があった。初めての反応だ。慌てて男性はそれに返事する。
「はい。……ですがそれだけでどうにかなるとは思えません。妻とミユキさんの現状の問題を解決出来る糸口は見えるのではないかと思っています」
少女はウツシ玉に目が向く。数秒して視線を男性の方に向く。また少ししてウツシ玉に目を向ける。何やら思案しながらそれを繰り返すと少女は語りかけた。
「それしたらお婆ちゃんも助かる?」
男性は動揺する。
「それは……」
「助かるの?」
少女は別に悪戯心で答えを知ってて聞いてるのではない。確かに死というのは少しばかり理解しただろう。だがまだ知識は無い。純粋に助かるのか聞いてるだけに過ぎない。
だからこそ男性は悩む。言葉を間違えるとまた口を閉ざしてしまうからだ。
「……繰り返し何度も同じことを言いますが、ミユキさんのお祖母様を助ける方法はありません」
悩んだ末に導きだした言葉は正直に答えることであった。例え幼くとも結末を分かってて一時の喜びを見させ、希望を持たせるのも残酷であるし、王として無責任な事も言えないからだ。
その言葉に少女の瞳は陰りを帯びる。何を言ったところで現実は変わらない。
「確かに私はミユキさんの想像する王様とは違って凄い王様ではありません。無力と言っても良いでしょう。現に傷だらけのお祖母様を助けようと私なりに出来る限りの事をしましたが力及ばず助けることなどできませんでした」
その時の状況を鮮明に思い出す男性は拳を握りしめた。
「正直……悔しかったです。例え瀕死であろうとどう足掻いても助からぬ命であろうとそれに抗うのことの出来ない自分の非力さに怨みました。……そしてなによりも怒りを抱いているのはこのような状況にさせた自分自身であることです」
だが、こうなってしまった以上後戻りもやり直すことも出来ない。
「だからこそミユキさんのお祖母様が亡くなる直前に託された想いを果たすつもりです」
──この子をお願いします
死に際に残る気力で振り絞った老婆の声が男性の頭に再度響く。
「このような頼りのない王様から差し伸べる手は弱く、ミユキさんを支えるには物足りないかもしれません。……ですがその手は私一人だけではありません。周囲を見渡せばを多くの者が手を差し伸べています」
事実、広間での裏召喚を目撃した者は少女に何かしてあげられるようなことは無いのかという言葉を男性は多く聞いていた。
「あまり難しげな言葉で言われては何を言っているのか分かりませんよね」
ずっと聞き流してるように思える少女に大人相手のようにずっと振る舞ってる自分に自嘲気味で笑って見せた。
「これ以上不幸な目に合わせない」
そして言葉を崩し、シンプルに伝えた。
「何度も言いますが王様ではなく、私個人として信用してほしい」
力強く……相手の心に届くよう力強く言う。
「……お願いします」
頭を下げる。
少女はその懸命な姿を見て無表情から戸惑うような表情にへと変化した。
「……いいよ。それ、触る」
「ほ、本当ですか?」
小さく頷き、少女はウツシ玉に手をかざした。
「な、なにこれ?!」
そして薄い水色の煙のようなものがウツシ玉から現れ、少女の手をクルクルと包み込むかのようにまとわりついた。
「安心してくださいそれに害意はありません。すぐに終わります」
それは使用の認められた人物であるかウツシ玉の魔力の承認確認であった。違う人物であればその者に警告として持ち主の設定に従い相手になんらかの魔法をもちいられる場合もある。
「……ミユキさん、もう手を下げても大丈夫ですよ」
数秒して煙が消えて何事もなく終わる。少女は自身の手に何か怪我が無いのか心配して見つめていた。
「ご協力ありがとうございました。おかげて少し何か分かったような気がします」
ニコリと感謝の笑みを浮かべて頭を下げて立ち上がる。
「それでは私はこれで失礼しますね。何か困りごとがありましたら気軽に言ってください」
少女は小さく頷き部屋から出ていく背中を見送る。その時の男性の表情は凄く険しい顔であった。
何故ならウツシ玉は少女に反応したからだ。あの煙は体温や動作によって反応はしない。魔力を感知したから動いたのだ。そして持ち主であると判断して何事も無かった。
その男性が持って来たウツシ玉の持ち主とは王妃である。