勇者召喚
突然だった。目の前が真っ暗になったのだ。
そんな馬鹿な事があるわけが無い。今先程まで自分は外で歩いていたはずなのに。太陽が俺の遥か真上で地上を照らしていたはずなのに。自分の目に入る視界はすべて暗闇に包まれたのだ。
…それだけじゃない。周囲の雑音もまったく聞こえなくなっている。話し声、足音、車のクラクション等の耳に入ってくるあらゆる音が遮断されていた。
どこか暗い場所に閉じ込められたのではないかと思わせられるこの状況にもう一度自分に言い聞かせる
“そんな馬鹿な事があるわけがない”
つい先程まで外を歩いていたのだ。急に閉じ込められる状況にどうやったら持ち込めるというのだ。考えられるとしたら回りがおかしくなった訳ではなく自分がおかしくなったのであろう。もしかすると視覚と聴覚が死んだのかもしれない。いや…そうではなく自分が死んだのかもしれない。
あれこれと考えを巡らせてみるが答えは見つからない。この意味不明な状況に徐々にと不安と恐怖に押し潰されそうになってくる。それと同時に安心感もやってくる。そんな矛盾な気持ちに自分は少し笑ってしまう。
何も変わらない朝を向かえ。毎日似たような仕事をこなして終らせ。家に帰って少しゲームをして寝るだけの生活。40代を過ぎて親も数年前には亡くなり、結婚もせず何の為に生きているのか分からなくただただ何となく過ごす毎日から解放されると思うと不思議な事に気が楽になったような気もしてしまう。
死ぬのは恐いと考えることはあるけれど、その死に抗ってまで生きたいと思わない。それほど今の自分の人生に価値があるとは思わないからだ。心残りがあるとすればもう少しゲームがしたかった。たったその程度なもんさ。何が原因でこうなってるのか分からないが突然の死を向かえたと言うのなら受け入れよう。
そうして目を瞑り、己の暗闇に引き込まれる。…その数秒後であった。瞼越しから微かな光を感じたのだ。
気になって目を開けて周りを見渡す。だが、変わらず無音の暗闇である。気のせいだったのだろうか……いや、一瞬の事であったが確かにあれは光を感じた。まだ少し気になるので周りをもう一度見渡す。けれど何も無い。
その直後だった。
前方の方から眩い光が襲い掛かかったのだ。一瞬にして暗闇は光に包まれ、あまりの眩しさに咄嗟に目を瞑って腕を目元にもってくる。
いったい何が起きているのだろうか……小さくそう呟いたとこで誰も答えはしない。
そして徐々に光が弱まるのを待ち続け、数分後にゆっくりと妙に重たい瞼を持ち上げる。暗闇から突然の光の為、何度か瞬きして目を馴らさせて目を開ける。
しかし…そこに広がった景色は……
「どこだ、ここは?」
テレビやゲームの中でしか見たことない、広く…城の様な場所であった……
「我等の召喚のお呼びに答え、ここまで足を運び下さった事を感謝します。そしてそんな我等の身勝手な我が儘によって勇者となられる貴殿を何の許可も無くお呼び立てしたことも謝罪します」
当然ながらも人も居た。目の前には王様の様な衣装を着飾った人が頭を下げると、その隣に居た奥さんの様な人とその後ろにいる美男美女達も続けて頭を下げる。
理解が追いつかなかった…
とりあえずパニクっている自分の頭の中を整理する為に王様らしき人が発言した内容を思い出す。唐突に言われたもんだから左耳から右耳へと真っ直ぐ通り抜けてしまい、直接脳にまでうまく伝わらなかった。…歳のせいだろうか?
しばらくして王様らしき人が頭を上げて、他の人も後から上げる。
「…やはり、いきなりの事ですから困惑してられてますか?」
「……ええ、はい」
ややあって何とか返事を返す。この人の言う通り突然の事で戸惑っているけれど、こんな顔の彫りが濃く髭を生やす東洋人風の口から流暢に日本語が出てきたのにも驚きだ。極めつけ衣装も歴史の教科書で見た昔の国の王様のような格好と来たものだ。さらなる困惑が自分に降りかかる。
「もちろん勝手ながらいろいろと説明させてもらいたいのだが、時間は大丈夫だろうか?」
「ええ…まぁ、はい」
時間とか言われても否定する気はない。断ったところで帰れそうにもなさそうだし。
「感謝します。もしも急用な用事を思い出されたらすぐに我等に言い付けてください。早急に貴殿を元の世界に戻す準備に掛かりますので」
「……戻れるのか」
その事に驚いた自分はボソリと思わず呟く。ちょっと予想外であった。こういうのは大抵戻れることは無理だろうと考えていた。
「時間の方は…まぁ、大丈夫ですよ。ちょうど休日でしたので」
その休日に軽くコンビニに行くつもりがこうなるとは思いもしなかったけれど…
「左様ですか。では、長話になるので応接間にへと場所を変えようと思うのですが…貴殿が気にしなければここでも私は構いませんよ」
「…できれば応接間の方でお願いします」
それなりに人前で話す経験はあるが、さすがの自分もこんな広い場所で会話するのは緊張してしまう。それ以前に左右の端の壁際の方で横に一列で並んで様々な武器を携わり、鎧を着ている騎士に見られながら話しをするのが何より恐い。この人に失礼や侮辱するようなことを言えば殺されそうで心がビクビクと震えそうになる。生に執着心はないが痛いのは嫌だよ。
「では私の後ろについてきて下さい」
「はい」
背中を向けたこの人に付いて行こうと歩を進めようとした所で少し疑問が浮かぶ。一緒に行くのはこの人だけなのかと。王様だと言うのならば護衛の1人や2人は付いてくるかと思うけど…ここでは違うのだろうか。それよりも王様の他に出迎えた人達は置いてくのか?
ふと気になって後ろを振り向く。どうやら奥様らしき人と他の美男美女はここに残るらしい。
そこで綺麗な女の子とたまたま目が合ってしまう。いや…思わず見とれてしまったというべきか。
そんな彼女は疑問に察してくれたのか、口が開いた。
「私たちは勇者様がいつでも帰れるように準備致しますので、どうぞ気になさらないでお父様についていってください」
なるほど…
ニコリと可愛い笑顔で答えてくれた彼女に1つ頭を下げてお礼を言い、応接間へと向かった。
「口に合うか分かりませんが、もしも味にご不満があれば遠慮無く申し付けて下さい」
「ありがとうございます」
応接間に入り、ソファーに座った自分に紅茶とお菓子をメイドがテーブルの上に音を立てず置いてゆく。
「王様もどうぞ」
「ありがとう」
メイドの仕事が済み、ペコリとお辞儀をしてから応接間から廊下へと静かに出て行く。
広々とした場所から少し落ち着ける空間と広さのお陰で気分が段々と楽になり落ち着いてくる
「ここって...違う世界なんでしょうか?」
僅かな沈黙の中で自分から先に気になる質問をする。気持ちを落ち着かせる為に待っていてくれたのかすぐに答えてくれた。
「はい、そうです。今ここにいる世界と貴殿が住む世界はまったく違います。貴殿から見ればここは異世界ですね」
「異世界...ですか」
まだあまり実感は湧かなかった。メイドがこの人を王様と呼んだと同様にまったく驚けない。自分の居た国の様にテレビで一番偉い人が出てる人が目の前に居たなら少し恐縮して縮こまってたかもしれない。
「何故俺を...僕を呼んだのですか?」
「...気を楽にして話して貰っても構いませんよ。貴殿は私にとって大事なお客人ですから」
「ありがとうございます。ですがやはり目上の方、ましてやこの国のトップとなられる方に僕自信失礼の無い様にしていきたいのであまり気にしないでください」
つらつらとそれっぽいことを述べるが、途中でこの人が王様だと思い出して僕にへと言い変えたのは言わない。というか気づいてるかもしれない。だってこの言葉に少し可笑しそうに王様が笑ってるのだから。
「貴殿の気遣いに感謝します。それと私はこの国のトップと言えど一番小さな国ですので大した事はありませんよ」
「…それでも僕はすごいと思いますよ」
小さいとは言え、それでも国のトップなんだから少なからずとも一般人で平社員である自分からしてみれば凄いと思う。
ここで一口とメイドが用意したティーカップを手に取り飲んでみる。
…うん、うまい。
「何故私が貴殿をこの世界にお呼びしたのか...でしたか?」
王様は俺がティーカップを置くタイミングを見計らい、本題にへと入ってゆく。
「はい、説明をお願いします」
王様は頷き、そして立ち上がった。
「もちろんそのつもりです。ですが、その前にこの世界の種族について聞いてもらって宜しいかな?」
「…ええ、構わないですよ」
前置きみたいなものだろう。長くなりそうだが聞いておこう。
「まずこの世界では知能ある種族がたくさんいます。その中でそれなりに力ある種族は大まかに分けて5つです」
急に立ち上がるもんだから何かをするのかと思い、王様の動作に1つ1つ目を向ける。すると王様はブツブツと独り言を呟いたかと思えば、目の前のテーブルの上に突然と人が現れた。
「うぉわっ!!?」
当然自分は驚いた。何もない所から人が現れたのだから。
「驚かせてすみません。それは魔法で作り出した幻みたいなものなので害はありません。実際に見た方が分かりやすいと思いましたので」
「そ、そうですか。できれば先に言ってくれると嬉しいです」
やはり歳のせいか心臓を激しく鳴らす鼓動が中々止まらない。歳とか関係があるか分からないけど毎度毎度こんなことされると体に良くないような気がするので王様に注意を入れておく。何よりも良い歳したオッサンが驚くのは何だが恥ずかしい。
「すみません。次は気をつけます」
王様は自分との年齢に近いせいかそれなりに気持ちを汲み取るかのように謝罪し、申し訳なさそうにする。
「で、では、続きをお願いします」
気を取り直し、ソファーに座りなおす。
「はい。今ここに見えるのが私と同じ人族」
「…人族」
突如として現れたその人族におずおずと手を伸ばして触れてみようとするが、触れることはできず透き通ってしまった。
「先程にも言いましたが幻のようなものなので触れることはできません」
「…そのようですね」
ブンブンとおもしろ半分に手を動かして触ろうと試みるが無理なようだ。3Dホログラムが超リアルになったらこんな感じなのかもしれない。
「そして次は獣人族です。人族から急に入れ替わるので注意してくださいね」
「はい」
ちょっと学校の生徒になったような気分だった。
そして幻は人族から姿を変えて獣族へと変わる。その次は竜族、妖精族、魔族と姿を変えて、王様はそれぞれの特徴やどう言った種族なのか詳しく教えてくれた。
何時間経ったのか解らないが、多少の眠気は我慢する。
「そしてその魔族の王は今や世界を滅ぼそうという噂が流れ始め、その噂は真実かのように日に日に魔物や魔族の被害が大きくなり人族だけではなく他の種族にも手が追い付けなくなるほどこの世界の脅威となっています」
…ここまで聞くと自分が呼ばれた理由が分かってくる。なので先回りして王様に問いかけた。
「そしてその脅威となる魔王を倒して欲しい。そう言う事ですか?」
「はい。そのとおりです」
王様は頷く。
だから自分は勇者と呼ばれたのか。40代半ばのオッサンが勇者か……いったい誰に需要があるのだろうか。しかし…自分にとっては中々魅力的な話しである
ゲームの様に盾や剣を装備し、小さい頃に夢見た魔法を自由自在に操るのだ。見たことの無い景色、味わったことの無い食材、冒険の先に待ち受ける様々な出会い。そこで出会った仲間達と共に苦痛を乗り越え、困難に立ち向かい、時には立ち止まり涙を流す。そして長い道のりを歩み、魔王城にたどり着いた勇者一行は激しい闘いの末に魔王を討ち取る。やっとのこさ国に帰っては歓迎パレードが開かれ、この世界の英雄として未来永劫受け継がれ、そんでもって姫様と結婚してハッピーエンド。
そんな事が起きるのではないかと想像するだけで心が踊ってしまう。
でもまぁ、無理だろう。今の自分に体力が無さすぎる。少し前に走っただけでも息切れして死にそうになったのだ。昔から鍛えていたのなら風格のある勇者となり得たかもしれないが、こればかりは仕方ない。
「王様…すみませんがこの話しは断らせて頂きます」
「…理由を聞いても宜しいかな?」
…この王様なら言わなくても分かる様な気もするけど
「見ての通り僕はもうそれほど若くありません。魔王を倒す力や体力は絶望的だと思いますので」
下手するとスライムに殺られるかもしれない。そんな勇者に世界の希望として託したくはないだろう。だから無理ですと言い切ろうとしたが…
「その辺の問題は大丈夫ですよ。貴殿にちゃんとした勇者の儀式を行えば全盛期以上の力と体力が授かりますので」
だから無問題だと王様は胸を張って言う。
「…どういう事ですか?」
「いやまぁ、そうなりますよね」
王様は立派な顎髭を軽く触った後、ティーカップを手に取りゴクリと飲み干した。
「実はまだ貴殿は勇者ではないのです。今は仮の勇者なのです」
そこで誰かがこの部屋の扉をノックした。それに王様はどうぞと声を大きく答え、気にせず話し続ける。
「これにはちゃんとした理由があります。勇者となる前にその人物が勇者となる資格があるかどうか、私自身が見定めなければなりませんから」
ノックをした人物はどうやらメイドのようだ。ティーポットを手に持ち、失礼しますと小さく呟いて中に入る。
「と…なりますと、僕は今王様に見定められているということですか」
「…気を悪くされたのならば謝ります。我々の勝手で貴殿を召喚しておきながら厚かましくも勇者かどうか見定める行為は無礼だと百も承知しておりますので」
「お、王様! 頭をあげて下さい! 僕はそんなに気にしてはいないので!」
今この場に家臣というかメイドがいるというのにも拘わらず頭を下げる王様。
この世界の王様は簡単に頭を下げても良いものだろうか...。いや、この部屋に入ってきたメイドの顔をちらりと見た限りそうでもなさそうだ。
「貴殿の懐の広さに感謝します」
「い、いえいえ」
何だが感謝ばかりされてるような気がする。却って意味が無いような気もするが...
「もしかするとこの世界…魔族の手によって取り返しのつかない所まで危険に晒されたりするのですか?」
王様がこうまでしなければいけないほどこの世界はヤバイのだろうか?
「いえ、そうでもないですよ? ん、ありがとう」
…そうでもなかったらしい。
王様のティーカップにお茶を入れ終えたメイドは、そのまま自分のにも入れてくれた。
とりあえず話を戻すことにする。
「でもまぁ確かに…王様が見定めなければいけない理由は聞かなくても分かりますよ」
世界を守る勇者として召喚した人が悪党とかだったら嫌だろうしね。
「…それとは他にまだ理由はあります」
「何でしょう?」
「もしも貴殿が勇者として力を得たならば、魔王を倒すまで元の世界に帰れなくなります。これが一番の理由なのかもしれませんね」
メイドはいつの間にか部屋から出ていき、再び二人きりとなる。
「魔王を倒す間、故郷に帰れないというのは凄く精神的に辛くなるのではないかと思います。仮に本人が平気だとしても親や友人や恋人と言った人達を心配にさせるかもしれません。そう言ったことを全部踏まえてしっかりと考えて欲しいが為に貴殿はまだ仮の勇者としてさせてもらってるのです」
「…なるほど、理解しました」
本人の意思は尊重するという事か。もしも勇者をやると言えば二度と帰ってこれなくなるかもしれない。旅の途中で命を落とす可能性は十分にある。
まぁ…ここで命を落としたところで悲しむ奴は元の世界で居るわけないと思う。それとあまり未練はない。ゲームや漫画ぐらいだ。そう考えると自分という人間は丁度良いのかもしれない。
「少し…考えさせてもらっても良いですか?」
しかし、そこで勇者になりますと言えないのが俺という人間だ。その場ですぐに決断は出来ない。だから今までずっと変わらず平社員なのだろう。
「ええ、時間をかけてもらっても構いませんよ。私としては貴殿にこの世界の勇者としての器はあると思いますので」
どうやら王様には認められているらしい。
「…それじゃあ私は少し席を外しますね。トイレに行きたくなったら廊下にいる執事に聞いて下さい。案内してくれると思いますので」
「お気遣いありがとうございます」
王様は立ち上がり、部屋から出ていく。
「…ふぅ」
一人になった所で緊張が解ける。肩が凝った様な気もする。何故か妙に疲れた。
メイドが用意したお菓子に手を伸ばし、口にへと運ぶ。見た目はクッキーで味もオーソドックスなものであった。
…1人で考え込んでから数十分。ドアのノックが聞こえ、王様は戻ってきた。
「…決まりましたかな?」
「ええ」
王様はテーブルを挟んで向かいのソファに深く座り込む。
「お断りさせてもらおうと思います」
「…そうですか」
とても残念そうにする王様。いろいろと考えさせてもらったが自分が勇者など似合わない気がする。それに途中で投げたすのが目に見える。未だに会社で小さなクレームを出しただけでそれなりにショックを受けるのだ。世界を救う勇者とかそんな馬鹿でかい責任を背負い切れる自信はない。きっとそれに押し潰されて毎晩吐いてるかもしれない。
「それではあの広間にまでお連れします。貴殿の世界に帰れる準備は整っていますので」
「待ってください王様」
そこで立ち上がろうとする王様を呼び止める。
「1つ聞いても宜しいでしょうか?」
「何かな?」
「…勇者にならなくてもこの世界で暮らすことは許されますか?」
それを聞いた途端、王様は難しそうな表情を作り顎髭を触る。
「できなくはないですよ。ただ貴殿が勇者の力無しでこの世界を生きるのは大変だと思われます」
「その理由を伺いしても宜しいですか?」
「ええ、構いませんよ」
王様は座り直し、真剣な表情に戻す。
「貴殿の住む世界とは違い、この世界のほとんどの種族は魔法で生活をして生きております。ですが貴殿の世界の人族は魔法が一切使えません。それだけでも生きていくのが極めて危険だと思うのです」
「…何故魔法が使えないと分かるのですか?」
「魔力がまったく感じられないからです」
つまり才能が無いという事か。
「何やら納得されてない感じですね?」
「ええまぁ、証拠もなく言われますとね。…でもこの世界の人が言うのならきっとそうなのでしょう」
正直残念な気持ちで一杯です。
それとは他に気になることを言っていたので王様に質問をする。
「王様は僕の世界を知っておられるような感じがしたのですが……僕の他にも勇者召喚はやられたのですか?」
「ええ、そうです。貴殿が8人目ですね」
それなりにやっているようだ。とすると、何らかの理由で全員勇者にはならなかったのか。
「その中でこの世界に住むと言われた人はいたのですか?」
「ええ、いましたよ。断らせて頂きましたが」
「え?」
自分は良くて他の人がダメとはどういうことだろう。王様は言いたい事がわかってくれたのかその疑問に答えてくれた。
「残りたいと言った人は学生の方でしたので」
「ああ、なるほど」
王様からして向こうの世界の親に心配かけさせまいと思っての行動なのだろう。ましてや子供に勇者などさせるつもりはないのかもしれない。
「魔法が使えないと危険だと仰いましたが。生きてけない訳ではないですよね?」
話しが逸れていきそうなので自分で軌道修正。それに気にせず王様は答えてくれる。
「…そうですね。ですが以前に聞いた人によれば貴殿の世界はあまり戦争はないと聞きました」
以前の人…他の勇者候補の人達か。この口振りからして全員同じ世界の人なのかもしれない。
「僕の国は確かに戦争は無く平和でしたね」
「それならばこの世界に住むのを私はオススメしないですよ。魔物や盗賊と言った者達にいきなり訳もなく理由もなく殺されるような世界です。ましてや身を守る為にも魔法を扱うことさえ出来ない。それでもこの世界に残りたいと言うのですか?」
「はい」
自分の返答に暫く沈黙が流れる。王様は何やら深く悩んでいるようだ。
「冗談ではなさそうですね」
「はい」
「…何故ですか? わざわざ平和な生活から争いのある生活に身を投げうるなんてことを。私としては凄く理解が出来ないですよ」
平和を望む為に勇者召喚を行っている王様。その平和の世界からやってきた自分がここに住みたい理由を王様は是非とも教えて欲しいと言う。
「正直言って自分でも良く分かってないのです。…いえ、何か違いますね。分からないからこの世界に住みたいと思ったのかもしれません」
「…凄く曖昧であやふやな考えですね」
素の顔で返してきた。いや…自分でもそう思う。
……もう少し理由を考える。ちゃんとした理由はあるのだけれど納得してくれるのかは分からない。でも言わなければ何も始まらない。
「何か生きる理由が欲しかったのかもしれません」
「生きる理由…ですか?」
自分探しの旅みたいなものに近いかもしれない。…違うか
「確かに僕は毎日変わらず平和です。死に怯えることもありません。そんな変わらず似たような生活をただただ何となく過ごしてきました。何かを求める事もなく。変化を求める事もなくです。…そんな生活の中でたまに考えることがあるのです。何の為に僕は生きているのだろうって」
「…贅沢な悩みですね」
1つ間が開いたところで王様は呟く。自分もそう思う。平和なくせして、何かをしようともせず生きてるのが分からないとは。元の世界の人でもそう思うだろう。
「そんな僕がこの世界で生きたいと思った切っ掛けは王様達の勇者召喚でした。この世界に来るまでの間、深く暗い闇の中で立ち尽くしてましたよ」
王様はこれを知らなかったのか少し驚いている。以前の勇者召喚された人達はこの事を言わなかったのだろうか。
「あの時、僕は死んだのではないかと思いました。けれど…不思議な事にその死に抗いませんでした。悲鳴を上げず、助けを求める事なく死ぬのを素直に受け入れました」
王様は自分の話に口を挟む様子もなく耳を傾ける。
「何故だろうと考えましたが答えはすぐに出ました。この死に抵抗してまで自分の人生に価値はあるのかと。例え生き延びたところで生きる意味はあるのかと」
今も振り替えってみるとそんなたいした人生でもない。元の世界に戻ったところでまた変わらぬ日常なのだろう。
「そして気づきました。僕は何も持たない人間だと。そしてここで考えました。勇者として背負いきれるほどの重さに耐えきれなくとも、この世界で何かを見つけることができるのではないかと」
自分は決して主人公ではない。変わらぬ日常を過ごしたところでこの先誰かが物語を動かすことは無い。自分の物語は自分で動いて作るしかないのだ。
「何故に勇者召喚で僕を選んでここに導いたのかは分かりません。問いません。ですが僕にとってここは人生で最初で最後のチャンスなのではないか思いました」
自分の思いをすべて王様に告げる。何故だかこの部屋の空気は凄く重たく感じる。まるで面接をしているような感覚だ。
長く感じる沈黙の中で王様は静かに口が開いた。
「…口を悪くして言いますが、貴殿の世界でさえ生きる意味を見つける事が出来ない癖してこの世界では見つかると。本気でそう思われるのですか?」
厳しい事を言われた。そしてこれについては何も言い返せない。
「それに貴殿は馬鹿です。話しからしてまだ元の世界で生きる意味を探してないですよね? いきなりこの世界で探すとは.…順番が違うと思いますよ」
「…ですが」
何か言い返そうと思うが、何も言えない。王様は構わず話しを続ける
「もっと視野を広げてください。ここでなくても貴殿は元の世界で十分にやり直せると思います。人生は思ったより長いのですから。それと…」
言葉を区切り、王様は力強い目で俺を見つめる。
「命は大切にしてください。せっかく生きる意味を探そうとしているというのに無駄にしようとしないで下さい」
「…王様」
何故だろう、目が少し潤んできた。初めて人の優しさに触れた様な気がする。
「……お陰で頭が冷えました。元の世界でもう少し頑張りたいと思います」
「そうですか、それは良かったです。……他に聞きたいことがありますかな?」
「いえ、もう大丈夫です」
いろいろと吐き出したせいか心が穏やかな気がする。
「わかりました。…では、貴殿を召喚した広間にまで戻りましょうか」
王様と俺が立ち上がり、応接室から出ていこうとした所でふと気づいた事があった。
「…そういえば自己紹介とかしてないですね」
「ええ、そうですね。それをする前に貴殿の現状を先に説明するのが優先かと思いましたので。…どうします? 」
「…お互い今知った所で無意味の様な気もしますし、止めておきます。その方が未練も無く帰れそうな気もしますので」
とは言ったものの、失礼な様な気もするので感謝の気持ちを王様に伝えた後、二人で広間へと向かった。