チューリップの花 一話
「おい、優希。学校遅れんぞ」
「もう……うるさい」
俺はいつも幼馴染みの優希を起こして一緒に学校へ行く。優希の親はこいつが小さい頃に離婚して父親だけだった。
その父親は優希の学費を稼ぐのに必死で優希の面倒を見てられないのだ。だからこうやって俺が毎日迎えに来る。
「あと五分」
そう言って二度寝する優希の布団を奪う。
「さっさと起きろバカ優希」
「涼介のばか!あほ!まぬけ!もうちょっとくらいいいじゃん!!」
優希は俺を睨みながらそういう。だが、時間はもう八時前、俺たちはいつも八時には家を出なくちゃならない。
「今日俺寝坊したんだよ、時計見てみろよ」
時計を見せると優希はびっくりして飛び跳ねた。
「なんでーーー!!」
優希は歯磨きだけを済ませて制服に着替えた。その間に俺は朝飯のおにぎりを作った。
なんとか八時には家を出ることができ、俺たちは歩いて学校へ向かった。
学校へ向かってる途中、やっぱり優希のお腹が鳴った。
「あー、ご飯くらい食べればよかった」
そう後悔する彼女の前に作ったおにぎりを差し出した。
「ほら、朝飯」
「うひょー! 涼介さっすがー私のママだね」
そうやって笑う優希。こっちの気持ちも考えて欲しいものだ。好きな人にママだねなんて言われたくない。
俺はため息をつき、優希を見た。にこにこしながらおにぎりを美味しそうに頬張る。
無性に頭が撫でたくなり、優希の髪をぐしゃっと乱した。かわいいなんて言えない。
それにこいつは覚えてないだろう。
俺たちが出会ったあの小さな施設で優希が言ったこと。その時恥ずかしくて俺は否定してしまった。高校卒業と同時に俺はあの時の話をしようと考えている。
十二年前。
俺たちは六歳になる時だった。その時に親たちが戻ってきて離れ離れになると思っていた。
その時に優希が言った言葉。
「りょーすけ! おおきくなったらりょーすけのおよめさんになってあげるね!」
なんて上からモノを言うように顔を赤くしてにっこり笑っていた。
「ふん。誰がお前なんか嫁にもらうかよ!」
恥ずかしくてこんな事を言ってしまったことを今でも後悔している。
もしここで家が離れて遠くへ行ってしまっていたら、俺は一生後悔したと思う。
だが、幸い家は近くこうしてまた一緒にいることができる。
俺が色々と思い出してる時に優希は俺の顔を除いた。
「涼介? 何ぼーっとしてるの?」
「んだよ、いきなり顔覗くなよ」
「ふーん。どうせやましいことでも考えてたんでしょ」
「うるせえ貧乳」
「だまらっしゃい変態」
いつも通りに会話が進む。何一つ変わらない。ずっとこんな風にこいつが横にいるとそう思ってた。
学校に着くといつも通り、みんなと挨拶を交わす。相変わらずあいつは全員と仲がいい。男と話してたら少し嫉妬なんて事もある。
「みんなぁー! 優希さんがきちゃったよ」
「優希おはよー」
「うん!おはよー!」
あいつはにこにことまた笑う。あいつが泣いたところ俺は一度も見たことない気がした。
クラスの奴らは俺と優希が付き合ってると思ってるやつも少なくはない。
「おはよー! 涼介といつもセットだな!単品はないのか!?」
「ははぁーん! お前、私を狙っているな!?」
「おうよ! 涼介こいつ俺に譲れよ」
「ふっ、こんな私を扱えるのは涼介しか居ないからね!」
俺がこいつをやらねえなんて言う暇もなくあいつはいつもこう言ってくれる。
毎日のこの瞬間が今でも俺を好きでいてくれてるのかもしれないと少し期待してしまう瞬間だった。
先生が来てみんなが席に着く。授業がたんたんと始まりみんなの気分が下がる。
俺はそっと優希を見た。あいつはいつも寝ていたり机に伏せていたりする。あいつは気持ちよさそうに寝てるんだ。と微笑んでしまうくらいだった。
その時だった。優希は変な声を上げた。
「うぐっ……」
みんな一斉に優希を見つめる。あいつはパッと顔を上げる。
「あはは、お腹殴られる夢見ちゃった……」
苦笑いしてそう言うと笑いが巻き起こる。みんな笑って先生は怒って。
誰に殴られたんだよという声がちらほらと聞こえる。
「涼介に朝起きろー!って殴られる夢見た。正夢になんなきゃいいけど」
ちらっと俺の方を見る優希。俺が優希を殴るはずないだろ。その言葉を言いかけたが飲み込んでこういった。
「お前がちゃんと起きれば正夢にはなんねえだろうな」
「えー、やだなぁ」
ブツブツと文句を言いながら座る。数分たちまた授業が再開される。みんなのだるい雰囲気は優希のお陰でもう無くなっていた。
初めての優希が起きている楽しい授業だった。
そして授業も無事に終わっていく。午後の授業は何かと楽しむことができたようだ。
楽しい時間が進むのは早く、もうお昼休みになっている。
「優希、飯行くぞ」
「あ、うん! 待って」
優希が準備していると横からクラスの奴が優希の耳元で俺を見てコソコソと話していた。
その姿にすごくイライラしてしまった。話が終わると優希はごめんごめんなんて言いながらこっちに来た。
いつも通り、中庭でご飯を広げる。
「涼介のご飯はおいしいね」
俺は黙ったままご飯を食べる。
「怒ってる? どしたの?」
「別に」
「なにー! 気になる」
「さっきコソコソ何話してたんだよ」
「……別に、涼介には関係ないよ」
優希は少し間をあけて言った。
「教えろよ、なんか関係あるんだろ」
俺は強引に聞こうと優希の腕を掴んで目をそらした優希を見つめる。
「なんでもないってば! 私の問題に関わらないでよ!」
そう言って俺が掴んだ手を振り払って立ち上がった。
「待てよ」
「幼馴染みだからって私のこと知ったつもり?」
なにやらいつもと違う雰囲気の彼女。その目には少し涙がたまっていた。
初めて見る優希の涙に動揺が隠せない。ここで謝ればよかったものの俺は捻くれていた。
「あっそ、じゃあお前なんてもう知らねえ。消えちまえばいいんじゃね」
俺はお弁当をそのまま置いて教室へと戻った。みんなの様子が少しおかしい。
「あれ? 優希は?」
「喧嘩した」
「そ、そうなんだ」
いつもなら、なんで!?って聞いてくるはずなのに、みんな納得している。
俺はそれにも腹が立ってしまった。優希が誰かに取られてしまうかもしれないのに、何をやってるんだと自分にもイライラした。
俺はその後すぐに早退した。
家に帰り小さい頃の優希との写真をみて涙を流す。
俺が居なくなった学校で何が起こってるかも知らずにただ自分に腹を立て泣いていた。