この想いは憧憬
城へ向かう石畳の道は夕焼けの光に照らされてオレンジ色に染まっていた。
行きかうNPCは日暮れまでに自宅に帰ろうと何となく早歩きだ。NPCと言っても安いRPGと違ってそれぞれが自分で考え行動している。
受け答えもしっかりしていて、別人の衛兵が『膝に矢を受けてしまってな』と口をそろえる事はない。
例えるなら、シミュレーションゲームのシムなんとかの住人みたいなものだ。
ほとんど人間っぽいのだが、どことなく違っていて、『あーやっぱりNPCだよね』って思う所はある。具体的になんだと言われると即答できないのだけど。……感情が薄いのかな……。
「リムさん」
俺はそんな道行く人たちを観察しながらリムに声をかけた。
「なんでしょう? セヴ様」
「守護天使同士って、やっぱり特別な感情があるものなの?」
「え? どういうことでしょう」
「さっき、とても悲しそうだったから。なんか、とても人間っぽいなーって」
俺は先ほどの悲しそうな姿や弱り切った姿を思い返しながら言った。
「セヴ様!」
突然、リムに抱きつかれた。
こ、これが伝説の『あててんのよ!』か!
おほぉ~。柔らかい。柔らかい。
OPI! OPI! OPI!
脳がフットーしちゃうよぉ~。
「え? なに?」
「も、もう一度、おっしゃってください。今の言葉!」
え? 俺、なんか地雷踏んだ?
それにしてはリムの表情は明るく、そして紅潮している。
「お願いです。もう一度」
「えっと、『さっき、悲しそうだったから』だっけ?」
「その次です」
「『特別な感情があるの?』でしたっけ?」
「遡ってます。いじわるですか?」
たちまちリムの表情が曇る。
「えーっと、えーっと」
突然そんなこと言われても、抱きつかれたショックで記憶が飛んじゃってるよ。
小説なら読み返して確認できるのに。
頑張れ俺。落ち着け俺。
思考を順番にたどって行けば大丈夫だ。
『特別な感情があるの?』『悲しそうだったから』
その次は何だ?
……思い……出した。――綴るッ!
「『なんか、人間っぽいなー』だっけ?」
「私、人間っぽいですか?」
うっとりとしたリムさん。なんか妖艶だ。
「う、うん。とても……」
「どこらへんがですか?」
なんか、やたらに食いついてくるな。
ここは正直に思った事を言っておこう。
「えっと。ヴィーヴィ・ハララさんの守護天使が消えそうって言った時に悲しそうだったから、仲間意識があるんだなーとか。『やってはいけないこと』だっけ? そう言ってる時の暗い表情とか。あ、あと、ヴィーヴィ・ハララさんが目覚めないかもって言ってた時の悲しそうな顔とか、かな。なんか優しいなあって、人間っぽいなあって思ったんだ」
「悲しみ……。暗い……。優しい……」
リムは俺の言葉を噛みしめるように何度も咀嚼した。
そしてにっこりと微笑んで、太陽のような明るい笑顔を俺に向けてきた。
「ありがとうございます。セヴ様!」
「な、なにがなんだか分からないけど、どういたしまして」
ホント、なにがなんだか分からない。
「私たちは人間の卵なんです」
リムはそう言いながらふわりと飛んだ。
「卵?」
「はい。卵です。私たちはみんな神様から生まれてこの世界で生きています」
リムはそう言って両手を広げて辺りの人々へ視線を投げかけながら言った。「ここで暮らしていくうちに経験を積んで、人間に生まれる前の最終段階で守護天使としてお手伝いするんです」
「へー。じゃあ、リムさんはもうすぐ人間として生まれてくるんだね」
現実世界ってそんなにいいものじゃないよ?
などという無粋な事は言わないでおこう。なんだか、人間というものにとてもあこがれを持っているようだ。
「でも、守護天使になったみんなが人間になれるというわけじゃないんです。神様に認められないと人間になれないんです」
「ああ、さっき言ってた『してはいけない事』ってルールがあるんだね」
「それだけじゃありません。私たちはどこか不完全なんでしょうね。壊れちゃう人たちがいるんです」
「壊れる?」
「はい……。この世界に来た人間にひどい目に遭わされたり、モンスターに襲われて怖い思いをしたり……。理由なく突然、壊れちゃうこともあるんですけどね」
悲しそうに遠い目をしてリムは言葉を紡いだ。「壊れた魂は二度と戻ってきません。セヴ様のように生まれ変わることがないんです」
「そうなんだ……」
なんか、俺は生まれ変わりなんかを自然に受け入れてしまっていた。なんか魂は永遠だという思い込みがあった。
リムが言う『魂が壊れる』というのは本当の死を意味するのではないだろうか?
少し前までに存在していたものが無くなってしまう。それは本当に恐ろしい事だ。
「なんか、怖くて悲しい事だね」
俺はそう言ったが、なんだか言葉にすると薄っぺらい感じがする。
俺が思っているのはこんなものじゃない。自分の語彙力のなさが悲しかった。
「はい。でも、なんだかセヴ様にヒントを貰った気がします。セヴ様はいい人ですね!」
「そ、そうなの?」
そんな事、前世でも言われた事が無いので激しく動揺してしまう。
「はい、前の人はひどい人でしたよ。いきなり関係を迫ってきたり……」
リムはそう言いながら自分の身体を抱きしめるように腕を回した。「思い出すだけでもちょっと嫌になります」
いやはや、その人の気持ち、ちょっと理解できてしまうぐらい俺の心は汚れているんだけどね。
俺も何度、陥落寸前になったことか。
「それは、リムさんが……」
と、言いかけて俺は口をつぐんだ。
「え? なんですか?」
「いや。なんでも」
「言ってくださいよぉ」
穢れを知らないにっこり笑顔でせまってくるリム。
だから、近い近いですって。
うほぉ。あたし、堕ちちゃう、堕ちちゃうよぉ~。
「なんですかぁ? 続きを教えてください!」
「リムさんは色々と魅力的だからだよ」
ああ、とうとう言ってしまった。別に愛の告白をしたわけじゃないのだが、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「ありがとうございます! やっぱりセヴ様はいい人ですね!」
リムは照れくさそうににっこりと笑うと、ふわりと俺の周りを一周しながら言った。
ああ、分かってない。分かってないよ。リムさん。
しょせん、俺はいい人止まりの男なんだね。
ニコニコ笑顔で城へと先導するリムの背中を俺はとぼとぼと歩くのだった。