その背徳は供物
『堕ちたな……』
某動画サイトならそんな弾幕が画面が見えなくなるぐらい張られそうだ。
夜も更けたというのにまだ寝付けない。
ドキがムネムネする。
俺の動揺具合を表現するならそんな感じだ。
先ほどのヴィーヴィの笑顔が頭から離れない。
落ち着け、俺。
ヴィーヴィ・ハララの前世は俺と同じキモブタ野郎!
消え去れ! 煩悩!
どーまん。せーまん。ヒッヒッフー。ヒッヒッフー。
だめだ……。
俺は今日、何度目かわからない寝返りをうった。
こういう時は何か考えていればいずれ疲れて気を失うだろう。
そう考えて、俺は明日の予定を考えることにした。
明日はまず、車いすの材料を買いそろえよう。
組み立てはヴィーヴィにやってもらえばいいだろう。
そういえば、彼女が言っていた細工や大工といった生産スキルについてまったく俺は知らない。
某有名なMMOで考えるとそれらのスキルあげも結構大変そうだが、この世界ではどうなのだろうか?
神様は生き返りやすさに応じて初期レベルに差があると言っていたが、剣技や細工といったスキルに差はあるのだろうか?
うむ。これらは朝にリムに聞いてみよう。
車いすができたら、早速、生命の樹に向かうべきだろうか?
いや、ヴィーヴィの目的が生き返りにあるのだから、レベル上げにも多少付き合った方がいいだろう。
生命の樹に到着した後に神様から与えられる最後のクエストとやらの内容が分からないが、生き返りやすさに応じてレベルに差をつけているのだから、レベルは高い方がいいだろう。
ん? まてよ。ヴィーヴィのレベル1ってめちゃくちゃ、低くね?
うかつだった。
そうなのだ。生き返りやすさに応じて初期レベルが設定されるのだから、レベル1っていうのはもう生き返るのが絶望的なくらい前世の身体が悪い状態なのではないか?
オマケに現在、下半身不随ときた。お先真っ暗な状態じゃないか。まてよ、下半身不随は俺の魔法で直せないのか?
あ、でも、全回復の魔法をかけてもヴィーヴィは歩けなかったな。ってことは駄目なのか。
そういや、レベル上げってどうすりゃいいんだ?
RPGだけにパーティーとか組むのか?
レベル差がありすぎると経験値が入らないとかありそうだな……。
うーむ……。
分からないことだらけだ。
自分が二カ月もの間、ただ時間を浪費しただけだったことを痛感した。
それに、己のステータスとスキルの高さにかまけて工夫する事をしてこなかった。
ヴィーヴィがやったような『大工スキル』と『細工スキル』を組み合わせるみたいな事が他にもあるのかも知れない。
……少し眠気が歩み寄ってきたようだ。
このまま、眠れそうだ。
ふわりと身体の上にわずかな重みとぬくもりを感じた。そして、さわやかないい香り……。
やっと寝れそうだったのになんだ?
「セヴェリ・ハーキン様……」
目を開けるとカーテンの隙間から差し込む月光に照らされた褐色の柔肌が一面に広がっていた。
「へ?」
ちょっと、状況が理解できない。
そんな俺の頬をウエーブのかかった青い髪がくすぐった。
褐色の肌、青い髪、そして天使の羽。
暗闇にすっかり慣れていた目はしっかりとそれを捉えた。
――すなわち、守護天使エルの一糸もまとわぬ裸体――。
「わたくし、セヴェリ・ハーキン様の寛容さに感動いたしました」
エルの熱っぽい濡れた瞳が俺を見下ろし、近づいてきた唇から吐息がもれた。
「ちょっ。ま」
あまりの急展開に慌てた俺はエルを押しのけようとその身体に手を伸ばした。
手が触れた瞬間、俺は快感に溺れそうになった。
この手触り、いつまでも味わっていたい。すべすべとしてしっくりと手になじむ。ただ、それだけなのにとても心地がいい。
「お身体をお慰めいたします。わたくし、心得がございますからお任せくださいませ。――ですから、わたくしの願いをお聞き届けください」
俺の押しのけようとした手の力が弱くなると、エルは妖艶に勝利を確信した微笑みで言った。
「願い?」
「どうか、最後のクエストをヴィーヴィ様とご一緒に……」
「だめです!」
ドンという音が聞こえると、エルは突き飛ばされていた。
「リム!」
「エル。あなたがセヴ様に言い寄るのは別にいいのですけどね」
リムは俺を守るようにエルの前に立ちはだかった。「セヴ様の願いの邪魔はさせません!」
「はい?」
いや、リムさん? 邪魔ってなによ? むしろ、さっきの俺、ちょっと幸せだったよ。
「ふふ。リム。当の本人は分かってないみたいよ?」
「え?」
慌てて振り返るリム。
ちょっと抜けた顔も可愛いですよ。
「セヴ様。生き返りたくないんじゃないですか?」
「お、おう」
と、いうか最近、どうでもよくなってるがな。
「ハッキリしてください!」
「と、言われましても」
リムの目が俺にまっすぐと向けられる。
なんだか『どうでもいい』と言える雰囲気ではないぞ。
「生き返りたくないんですよね?」
さらに問い詰めてくるリム。
なんか尋問されている気分だ。
「う、うん。まあ」
「エル。わたしを惑わせないでください。セヴ様の願いの邪魔はさせません」
「あ、あの。リムさん?」
舌鋒鋭くエルに迫るリムにやんわりと声をかける。「えっと、つまりヴィーヴィさんと一緒に最後のクエストをやると俺は確実に生き返るってこと? 例えば、ヴィーヴィさんがクエスト達成した時点で俺が破棄すればいいんじゃないの?」
「それは……言えません」
そうリムが答えた時、エルがニヤリと口角を上げた。
「それはいい子のリムには答えられないわ。最後のクエストの内容について、必要以上に話してはいけないから」
「もしかして、禁忌ってやつ?」
「はい……」
そんなの、ドゥンドゥン言っちゃえばいいんだぜ。
禁忌を破れば、リムが憧れている人間になれるんだぜ。
これから毎日、禁忌を破ろうぜ。
と、言ったところでリムさんは言う事をきかないだろうなあ。
で推測だが、途中破棄はできないっぽいな。できるならリムさんがここまで反対する理由がないし。
「だから、話は簡単よ。わたくしがセヴェリ・ハーキン様を奮い立たせて生き返る気にさせればいいのよ」
別の場所が奮い立ち……ごふんげふん。なんでもありません。
「セヴ様。最後のクエストについてご説明できなくて申し訳ありません。ただ、わたしはセヴ様の願いを叶えるためにできる限りの力添えをいたします。ですから……」
「硬い。硬いよ」
真面目に俺に訴えてくるリムのほっぺたを俺はぐりぐりとさすった。「そんな事を改めて言われなくても、俺はリムさんを信頼してるよ」
「セヴ様……」
「あと、エルさん。服着て。目のやり場に困る」
「わたくしは……」
「ヴィーヴィさんのためにやってるんだろ? だったら、ヴィーヴィさんが悲しむような事はしないほうがいいんじゃない?」
エルの行動原理はシンプルだ。
すべては『ヴィーヴィ様のため』なのだ。だから、エルの行動を制限するにはヴィーヴィの思いが必要だろう。
「ひょっとして、ヴィーヴィさんの指示なの?」
心の片隅にある疑念をぶつけてみる。
見かけによらず、腹黒だったりするかも知れない。ビデオをわざと流出させちゃう里美先輩みたいにね。
「違います。そうですね。こんな事をしたらヴィーヴィ様は喜ばないかも知れません」
エルは明快に否定した後、いつもの服を装備した。
ああ、さようなら、褐色のOPI……。俺ってほんとバカ。慰めてもらった後に言えばよかった。
いかんいかん。それはいくらなんでも鬼畜すぎる。
「とにかく、生命の樹には行く。その後の事はその時に考えるよ」
俺の言葉に二人が頷き、この事件は決着をした。
なんだか、とても惜しい気がするけど、まあいいや。
「ちょうどいいや。二人に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
ちょうど寝れなかったところだ。悶々とした時に考えていた事をいろいろと聞いてみよう。
「なんでしょう?」
「神様が生き返りやすさに応じて初期レベルに差があると言ってけど、剣技や細工といったスキルに差があるの?」
「もちろん。ですから、セヴ様は全て上限いっぱいですよ」
「じゃあ、ヴィーヴィさんのレベル1でしかも歩けないっていうのは、かなり厳しいってことでいい?」
「厳しいというか……」
「あれほど低いレベルの人は初めてです」
表情を曇らせるエルの後をリムが引き継いで答えた。
「じゃあ、最後のクエストってレベル幾つぐらいあればいいんだ?」
「それは……」
「高ければ高いほど可能性があります」
今度は言いよどむリムをさえぎってエルがはっきりと答えた。
「そりゃ、そうだけど。だいたいこれぐらいという目標はないの?」
「700?」
「800?」
顔を見合わせながら数字を言う二人。今一つ要領を得ない。
どうやら、俺の聞き方があいまいすぎたようだ。
「じゃあ、二人の経験上、一番低いレベルの達成者は?」
「656でしたね」
「わたくしは473でした」
「え? そんな低い人が?」
「運がよかったんです。あれは幸運でした。やっぱり最低でも600ぐらいは欲しいと思います」
エルは懐かしむように遠い目をした。
「600ね。じゃあ、レベル上げで一番効率がいい方法教えて」
目標が定まれば次はその手段だ。
「セヴ様とパーティーを組んで狩りをするのがやはり一番ですね。ただ、ヴィーヴィ・ハララ様にも攻撃に加わっていただく必要がありますけど」
「えっと、ヴィーヴィさんは一発でも当ててれば経験値が入るのかな?」
「はい。倒したモンスターの経験値がパーティー人数で等分されます」
「ふむふむ。じゃあ、経験値がいっぱいもらえるモンスターとゴリゴリやって行けばどんどん上がりそうだな」
「けど、無理だと思います」
エルがうつむくとリムが同意した。
「ですね」
「どういうこと?」
「どんなに頑張ってもレベル1からじゃ400ぐらいが限度だと思います。時間的に……」
「レベル上げってそんなに大変なのか」
タイムリミットはこのゲーム内時間の一年。レベルが上がりきる前にタイムリミットの方が先に来てしまうのか。
「それに、もうヴィーヴィ様はこちらに来て三カ月経っていますし」
「え? でも、今まで見た事なかったぞ」
「車いすづくりのために大工と細工のスキルを上げていたので、ずっと工房で寝泊まりしていましたから」
エルはうつむいたままで表情は読み取れなかったが、声が悲しみで濡れていた。「まだ、あります。ヴィーヴィ様にはマイナスの特殊技能『神の呪い』がついているのです」
「おいおい。いろいろと詰みすぎだろ、それ」
エルが神様に涙を流して慈悲を願っていたが、確かにこれでは不憫すぎる。
いっそ、ひと思いに殺してくれって感じじゃないか。
「ところで『神の呪い』ってどんなものなんだ?」
「経験値90%カット。被クリティカル率50%上昇です」
「殺す気マンマンじゃねーか!」
呆れを通り越して怒りが湧いてくる。
この仕打ちは理不尽すぎるだろう。最初からクリアさせる気がないとしか思えない。
こんな事なら、さっき神様に会っている時に抗議しておくんだった。
――ん?
そういえば、神様との別れ際に『またセヴ君とは会えるからね』とか言ってなかったか?
エルの願いは聞かなかったが、俺からの頼みはどうだろう? この言葉は交渉の余地があるという意味かも知れない。
「リム。神様にヴィーヴィさんの能力を上げるようにできないか、聞いてみてくれないか?」
「え? それは無理なんじゃないですか?」
「聞くだけ聞いてみて」
「はい……」
半信半疑の様子でリムは目を閉じて神様との交信を始めた。
やがて、交信が終わって俺に微妙な表情を見せた。
「えーっと。『明日、ヴィーヴィ・ハララと共に城に来い』と……。ただ『一から説明するのがめんどくさいからヴィーヴィ・ハララからいきさつをよく聞いておけ』ということです」
よし。やっぱり、交渉の余地ありってことだよな。
それにしても『説明がめんどくさい』ってどんだけ怠け者だ。
脳内の神様に罵詈雑言の羅列をぶつけようと思ったが……。
やばい。神様はなんでもお見通しなのだ。ここは褒め称えておかなければ。
(神様は裏表のない素敵な神です。はい、復唱)
よし、これでパッケージヒロインの攻略の足掛かりは固めたはずだ。俺はどちらかというと友達ルートの方が好きです。
「セヴ様?」
俺がとりとめなく恋愛シミュレーションゲームの思い出に浸っていると、リムが不思議そうな顔で覗き込んできた。
「あー。ごめんごめん。まあ、会ってくれるというなら、明日、城に行こうぜ。絶対拒否なら会ってもくれないだろうから、交渉次第では多少何とかなるかも知れないぜ」
「そうですね」
リムがほんわりと微笑んだ。「セヴ様、ヴィーヴィ・ハララさんと出会ってからなんだか、とても頼もしいです」
「そ、そう?」
リムさん。多分、それは大誤解。俺は何も変わってない。
「セヴェリ・ハーキン様。ありがとうございます。このお礼は……」
あ、エルさん。服脱がないでください。なんか、リムさんの顔が怖いので……。
はぁ。今夜はまだ、眠れそうにない……。