男と女ではなく、大人の教師としての在り方
普通であれば前の話で画面が一旦フェードアウトし、次の展開へ移るんだろうなと。
思いながらも対談の続きです......
...... 男だからこうあるべき、かくあるべしの精神を捨てた訳じゃないけど。
自分の力量では手に余る以上妥協するしかなく荷物運びという案件とあっては下らないプライドは一旦胸の内にしまい込まざるを得ない。
初めは俺と栄田先生で半分ずつとのことだったけどこの成り様はどうだ。
見たまんまの非力さのせいだろうが他の生徒による助力を促された事で「1人で持てます!」自信ありげに告げたものの結局は持てずじまい。しまいには持てる量まで減らした結果がこれ。
先生の両腕に収まっている教材の方が俺より幾ばかし、いや断然多い。しかも本人は苦にもならないのか涼しい顔をしていらっしゃる。
だもんで反対にこっちは情けのなさが増しに増すばかりで......
「ここのところ遅刻の回数、めっきりと減ったじゃないか。私としてもそこは少し困っていたんだがな。先生としては喜ばしいぞ」
悔しかろうとも相手は大人であって子供が適う筈がないんだ。
と、自身の力量に合うよう持ち直しに掛かり、体制を立て直す手前。俺がそういった負けん気を込めてリスタートを切った所でまたしても先生の語り口が耳に入ってきた――
お互い黙り状態で荷物を運ぶというのは気まずいものがあるからして。
ただ、栄田先生の思考は別にあるようでこの場に置いては息苦しさとかは考えてないんだろうなと。そう思えてしまう根拠は先生の諭したような物言いから。
最初からそのつもりだったにしても元はと言えば俺が折ってしまった話の流れなんだ。
一つ前の話題に戻そうとするのは不自然じゃない。
「あ...... た、度々他の先生方にも注意されていて自覚はあったんですけど、こ、これが厄介なもので中々どうしてか改善には至らなくて」
「まぁ、天敵とまではいかないが朝起時は誰であれ大変な作業だろうからな。学生や社会人に限らずとも。無論、私とて睡眠時間を長く取るように心がけてはいるが毎朝身体を起こすのにはちょいとばかりの労力を使うよ。目覚めも悪かったり日々積み重なった疲れが残っていることも少なくない...... 習慣の乱れはもちろんのこと”夜更かし”でもしていればなおさらにだ」
「うっ......」
よそよそしくも返事を返した一方でこれまた痛い所を突かれてしまった。
そんな見るからに図星となれば「ふふっ」と微笑をこぼす先生、次いで「例に漏れず苦労しているみたいだな」と追い打ちを掛ける囁き。
もうね返す言葉がないったら。
「起こしてくれる親にも悪いと思っては、いるんですけどね......」
はぁ......
こんなこと幻想でもない限りありえないけれども。
芽森さんが家にまで来てくれて起こしてくれようものならスッと布団から飛び出れるのにな。
今にして思えばだけど――なんだかんだで懐が甘い母さんと違って愛美はいっそう強引にでも布団をめくり上げてきたっけな。ハツラツというかガサツというか、そこがまたあいつらしくて良いんだけど...... なんていう風に。
脳内で回想してる場合じゃなかった。
詰み荷を減らしたことで足取りが軽くなったにしてもしっかり前を見て歩かないと。
――思うに、話し合いの場を廊下にすることで流動的に会話が出来たり。
尚且つ荷を持って歩いていれば他の生徒に話しかけられることもない。と、そういった事を計算に入れた上で...... なんて考えすぎかな、
というかそれに関係なく話かけられはしないか。
だけど、こうして親身に話しかけてくれているのなら見えない壁を作ってまでご厚意を無視している訳にはいかない。
「...... じゃあ、ないにしても。お、大元の、根底にある一番の理由は学校に来る楽しみがなかった。もん、でして」
いくら口下手とは言えども掛けてくれる言葉に返答を返すばかりが会話じゃない。
今度は俺から先生へ向けて発言を口にした。
相手が親切心で語りかけてきてくれるのならこちらとしても本心をぶつける。
そうあれば幾秒かの間を空けて...... 『なかった、か』ポツリと言葉が返ってきた。
「なら今はどうだ」
「え?」
「楽しみがない、と言えなくもないという事はそれが過去形へと成り変わった証拠だろう、しっかりと改善出来てるじゃないか」
「あ......」
俺はそんな先生の言葉に一瞬唖然となるやも、温調な顔色を変えずして首だけを傾げてきた。
「ん、違ったか?」
「い、いえ......」
確かに合ってはいるのだけれども。
こうもストレートな言い回しをされてしまったら、反論の余地なくたじろいでしまうよ。
まざまざと言われて見ればこそ自分でも改めて思い知る。
当たり前であることが当たり前じゃない、現状が解決したからこそ物事に一つの変化が起こるんだってことを。
愛美とまた話せるようになったからこそ立花さんから受けた質問にさも自然と『今でも関係性が途切れていない』という風に答えることが出来た。
散々遅刻の常習犯だった俺がここ最近調子よく起きる姿勢でいられるようになったのも同じで、朝起きには天使のささめきを聞くことは叶わずとも、たちまち教室に入れば『おはよう黒沼君』と優しく投げかけてくれる一声を聞きたいがため。
遅起きは一文の損とは誰が言ったのか、現金な奴もいたものだ。
俺が颯爽と学校に赴く理由はその楽しみが出来たからに他ならない。
「まぁ、だいたい察してるがな」
として考えようものなら――栄田先生はこっちの思考を読んだかのように得意げな表情を作る。
そして上機嫌に溜めを入れてから。
「ヤル気元気猪木ならぬ。思春期男子の奮起奮闘活力の源と言ったらズバリ、恋だろ!」
頑なだった空気はその声色で一変、嬉々として愉し気な方向へと......
そればかりか直射日光に当てられているせいなのか先生の眼鏡が「キラッ」と輝きを放ったように眩んで、見えるは多分アニメ脳から来る思い込みだろうかな。
眼鏡キャラあるあるだ。
「お、その反応はどうやら正解みたいだな」
「いぅ...... っ!」
だがそれもそれとしてだ、恐らくは表情で勘づかれたっ。
なしか声を上げてしまったのでは首を縦に振っているようなものか......
愛美曰く、俺はババ抜きが弱いタイプの人間で表情を隠すのがことのほか下手らしい。
自分ではそうは思わないけど芽森さんにさえも「ほんと嘘付くの下手だよね」ってな事を言われるほどだもんな。
「あ、えと、えと...... あの、その......」
しかしながら、大人相手だからなのか続きの言葉を発せない。
ただまぁ口は上手く回らずとも思考だけは忙しなく動いてる。
どう、答えるべきなのか、そもそも何を口にしたらいいのやら......
先生の真似事で「中々にめざといッスね」と言えばいいのか。
同じ世代の人と話す時と歳が離れた世代の人と話す場合とでは、言い表し方や感覚がまたちょっと違うって言うか。と、いうよりかは......
自分の親にすら恋愛相談なんてしたことがない時点で赤の他人である担任に話せる訳がないっていう。
そんなこんなんで俺が黙りこくろうものなら「この手の話題は苦手か? なら話の主旨を変えようか」と先生は恋愛事情に関する話題を逸らしてくれようと思ってか別の話を切り出してきた。
た、助かった――そう思いきや。
「ここ最近は浜慈と良く喋ってるそうじゃないか、さきほども一緒にいたようだしな」
今度は俺の交友関係の貧しさについての指摘だった。




