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ある日の話題、〈わたこい〉 


 隅々から聞こえてくるのは昨日の出来事を思い起こさせるような声。


 ずり落ちた鞄を肩にかけ戻せども会話元が気に掛かったことで扉前で静止してしまう。嫌な予感しかしない。

 俺はまさか立花さんに話を漏らされたのだと、彼女のしてやったりとしたニヨリ顔が脳裏に浮かんだが――どうにもその線はないみたいだ。




「今週の展開ほんと良かったよ!」

「そうかな、あれは若干共感性を強調しすぎだと思うけど」

「えー、私は逆にそれがあるから女性の支持を得られてんだと思うな」

「そうそう、話も何か捻ってる感じがあって今までにないものっていうかさ」

「あとなんといっても銀河くんが最高にカッコいいから見ちゃうんだよね、あれはもうイケメンを通り越して神メンだよ」



 ...... よくよく聞いてみれば自意識過も良い所でただの思い違い。

 

 毎週決まった日に放送されてるドラマの話題だった。

 誤聴だとはいえ一瞬にも疑ってしまったことを謝らないといけない。


 ちょくちょくと話題に上げられているのは知ってはいたんだけども。

 なんせ俺は触り程度にも見てはおらず、それよりかはバラエティにチャンネルを合わしてる。けれど思いのほか視聴している人が多いらしい。そのドラマには今注目の若手俳優が主役に抜擢されているということで特に女性視聴者の間では中々に評判が良いみたいで半数以上はそのドラマに夢中になっていると、確か父親が見てる新聞に大々的に報じられていたような。


 で、このような話題が飛び交っている。


 早々心配せずとも俺の話で盛り上がる所なんて一つとしてないもんな。

 そう、胸をなで下ろす心持ちで教室へと足を踏み入れた直後。



 世界が色付いた。


「あ、おはよう黒沼君」


 背景バックに咲き誇るのは色とりどりに華やぐ花園。

 さらには陽が満ち足りて春の訪れをも感じさせられるたおやかな風流、って自分で言ってて意味はよく分からないけれども、そういうことだ。

 近しい表現で言えば天国にいるかのような心地よさというのか。

この天使の息吹こそ俺が学校に来る理由。むしろ生命の拠りどころで生きている意味さえも感じる。ああ、幸せすぎて身体がシャーベットみたいにとろけそうだ...... 過剰に言い過ぎか。

 

「あ、あふ、おはよう」


 芽森さんに挨拶された俺はいつもの如くテンパってしまう。

 意表を付かれたこともあり危うくあふらされそうになるやも堪え凌いではみせた、しかし口を開くなりこの事様ことざまという。

 言動からしてありありと分かってしまう余裕のなさがダメンズ、約してダメ男と思われる所以なんだろうな。明るい笑顔を放つ彼女の神々しい姿は俺には眩し過ぎて。

等々、挨拶を済ませたのでこれまたいつものように自席に向かおうとした時。


 突如として降り掛かってきた災厄に一時間いっときまの安らぎは儚くも崩れ去った......



「やー、黒真っち昨日......ぶりだね、あれからどうだった?」


「ぅ! がぁっ!!?」


 空気破壊エアリアルブレイカー、立花さんである。


 俺は彼女の繰り出した一撃に彫刻刀のように身体が硬直。

 ギギギと機械じみた動きで首を横に向ければ視界に無邪気な出で立ちでいる子悪魔の笑みが映る。

 ちょいちょいちょいちょい! なに言っちゃってんのこの人......

褒めてた傍でこれとか認識を改めようとした俺がバカみたいじゃないか。

嘘か誠かあの真面目に語ってた立花さんは何処へ...... と。


 焦りからそうやって顔を青ざめる中、彼女の発言で見るからに場の空気が変貌した。

地味で大人しい存在の人間が目立った事をしても興味を示す奴は少ないだろう、変わった奴と苦笑されるだけ。だけど今の状況ならば固唾を呑んで見守られても可笑しくはない。どういう繋がりか見えないんだ。

 ましてやクラス、学園を誇るアイドルと話す俺に注目が集まっているのをビシバシと感じ取れる。



「あれ、黒沼君って緑と知り合いだったの?」


「あ、あー...... ちょっと偶然、み、道端ですれ違った程度で知り合いってわけじゃ――」


「そそ、辛気臭い顔で困ってたから相談に乗ってあげたんだよ」


 く、然もぬけぬけと言ってからに、って思うも本当のことだから何も言えない。


 長期に渡り疎遠だったにも関わらず、ここ最近は家を出るなり愛美と時間ピッタシで顔を合わせることが増えた。そうした流れで一緒に登校している事が当たり前になりつつある俺にとって、今日の朝はどれだけ意識を遠のけることに苦労したことか。幸い気を使ってかその手の話はしてこなかったからいいものの、あんなに甘むず痒い空気感を毎朝味わうのは辛抱できない、相手にも悪いだろうから。


 それに俺が愛美に芽森さんの事を伏せてる意味。

 間違っても誤解なんてされでもしたら、それこそ芽森さんに、めもりさんに............



「へー、そうだったんだ」


 はは、関心すら持たれてなかったよ...... つらたん。


「うんうん...... って、あれま? 何も聞かないの?」


「だって、例え何か相談したとしても勝手に内容を聞くのは失礼だから、ね。黒沼君」


「え、あ、うん」


 最の理由にしても、結局のところ聞くに値しないとの意味合いなんだろう。

 笑みをこぼしてくれている彼女を悪く言うつもりはないけれども。

 さして興味がない時に出るような最大限度マキシマムからなる、ため息混じりの「へー」を見せられた後じゃあそう言ってる風にしか思えない。

こうして話しかけられるだけでも贅沢な立場だってのにねたみ精神丸出しだな。



「さっすがはメモリン、性格もピカイチ。そういうとこが他の追及を許さない人気女子足る所以ゆえんだね」


「そんな、こんなの普通だから...... ね、楓も何か言ってやってよ」


「さぁ、どうだろうね。けど、みどりがそう言ってるんだから真に受けといても悪くないんじゃない」 


「楓まで...... うう、だったら、もうそういう事にしておこうかな。うーん、でも」



 テレビなどで見かける芸能人はいらぬ発言が元でブログやSNSが悪く書き込まれたり(炎上)することがある。言動は当然、大多数の人に注目されてるなら尚更に言葉選びが重要になってくるもの。

そしてそれは校内でも群を抜いて可愛いと好評を得てる彼女にも同じことが言えるのだろう。気落ちしえながら項垂うなだれてる姿も格別と可愛いのだけれども。

 芽森さんなりに様々な葛藤があるに違いない。



「時に、黒真っちは《わたこい》見てたりする?」


 はたして、空気を読んだのか。芽森さんを見かねての事か。

 話の流れを変えてきたのは立花さん。

だが急に話題を振られても俺はすぐには答えられない。

《わたこい》なんて聞いたこともないワードだけど、まぁ、会話の流れからすると何となく察しは付く。


「うん、ああ、そのドラマは見てないかな......」


「ああね、だと思った」


 どうやら当たったみたいだ、そういう略称をするとは知らなかったよ。

 して有ろうことか立花さんはこちらの返事を予想出来ていたらしく肩をすくめるが。

やにわに「ならなら是非とも見る事をオススメするよっ、特に黒真っちならハマると思うから。ってか絶対見るべきだよ」押せや押せと薦めてきた。


 二次元のアニメと写実的なドラマ、内容(脚本)を同じくしても世界観がまるで異なるのであれば表現に色の差は出て来る。より緊迫した空気を肌で感じ取れるのはドラマの方だと、思う一方でコミカルな部分は過度な描写が出来る分アニメの方が様になる。絵面的にも多種多様である為に自由性が高い。 

 しかし恋愛面ではどうか、少年漫画と少女漫画でジャンル分けがあるように男と女では根本的な感性が違ってる。彼女はいわゆる作為的に起こされるような萌ゆる要素を嫌う人種だ。



「そう、なんだ。じゃあ、き、機会があればまたにでも見てみようかな」


 現実主義、はたまたリアリストっていうのか、その立花さんが言うならよっぽどなんだろうけど...... 何か裏がある気がしてならないのはどうして。


「ああ、でも男の人にはちょっと面白くないかも」


 と俺の声を横から拾ってくれたのは芽森さん。

 次いで俺が何故に、というような顔をしたからか「話の方向としては女性向きだしね」そう続けた。


 アニメじゃない、例え本当に起こり得る現実だろうとも自身の目で見ない限りは信じない。

 どちらかといえば芽森さんもリアル思考なんだよな。

女性層による支持率が高く、二人共に好感色を示してるなら乙女心を刺激するような話になってる感じなのだろう。そうだとして花〇とか男が楽しめる作品は少なからずあるから先入観で毛嫌うのは早いってね。



「んー、せっかくアレだから、一度見てみることにするよ......」


 俺は考えいる仕草でそう返事を返しつつも前進しゆく...... 

 芽森さんグループから離れて向かうは勿論自席である。


何も狙って話を切ったのではなく人に注目される中で話し込んでいたことに限界を感じたので一旦区切りを付けたに過ぎない。そしてそのタイミングはほぼ完璧。

 相手が芽森さんなら途中で抜け出すのは胸焼けというか後味が悪い、なので話を終わらせるなら今のような感じが自分の中ではベストだ。


 彼女と話すのは一度や二度じゃないにしても他人から見れば羨まけしからぬ対話だったと思う。それと同時に言葉を交わす回数を重ねていけども彼女の前では緊張がなくなる事はないのだと実感する。

なにより芽森さんと話してる俺は異端児に見られてるからか、あちらこちらから視線が刺さって...... これにも慣れることは絶対なさそう、ともあれ。



 さっきは思わぬことで焦ってしまったけど、それでも今日は長めに会話が出来たってことだから――




「よう、朝から話題が盛りだくさんさん、おはようさんっと」


 席に座るなり話しかけてきた人物。


「あ、えっと。おはよう、浜慈、くん......」


「おう」



 目前に来た彼に怯む姿勢で挨拶をすれば『ニカっ』と、ノリの良さそうな笑みが返ってきた。

 オドオドとした態度でいる俺に対してこの素知そしらぬ顔。

他人ではあっても初めの頃と印象が違えば不思議と見え方が変わってくるもので、今日も今日とて左右不揃いの髪が決まってるように思えてしまう。

 見ようによっては十分におしゃれと言える髪型だ。


「しっかし今日は割かし残念だったな」


「へ? 何が」


「おいおい、俺がこの手の話題を振る時は一つに決まってるだろ。芹沢だよ、せりざわ」


「芹沢? 楓さんが、どうかしたの?」


「かぁー、たっく沼像と来たら鈍いな、挨拶だよ挨拶」


 彼の意図が分からないでいると、何故か大げさな反応をされた。

 ただいつもよりはリアクションは控えめで、ガックリとしたように手の平を額に当てた後は「昨日はあったが今日はなかっただろ」と俺に耳打ちをしてきた。


「ああ...... それのこと」


 納得した、残念に思われるはずだよ。

 それにしてはまたまたデジャブ、昨日も同じようなやり取りをした記憶がある。

しかし似た光景であってもやり取りの全てが同じとは限らない。

俺が続けて「別に普通だと思うけど」そう口にしたからだろう、今日の浜慈君は昨日とは違った反応を見せてきた。


「もうちょっと危機感を抱けよ、この調子じゃ例のドラマの主人公みたいになるかも知れないんだぜ」


「あ、それ! 今教室で話してた奴」


 そうなれば今度はこっちの番だった、俺は彼の出した一言に即座に反応。

 さっきの話のことだと声高々に言えば浜慈君は再び、にこやかな笑顔を浮かべた。


「ズバリって奴よな、俺も見てんだよ。これが結構興味深くてよ。ああ、そういや沼像は見てないんだっけか。なら詳細を話すな」


 ほー、浜慈君も視聴してるのか、ちゃんと男性の支持もあるんじゃないか。


これは期待値があがるな、さっき勧められて見ようと思っていた矢先だ、だからこそ内容事態は気になるんだけどそれよりも......



「あの、その沼像......って」


 なんとなく一度は素通りしたものの二度目に言われるとそこは触れざるを得ない。やっぱりどうしても気になってしまう。

 と、そんなこんなで俺がそっと指摘を入れてみると彼にしては珍しく二の足を踏んだように静まり返った。バツが悪いといった顔で頭に手を乗せるなりでさわさわと髪をこすってる。


「ああー、まぁなんだ...... 愛称のつもりだったんだが、気に障ったっていうんなら別の呼び名に」


「や、いや、それで構わないよ。別にそんな嫌じゃないから」



 流すことも出来たのに俺も人が悪いっていうのかな。


 付き合いが短くても彼の人柄を、普段の様子見を知ればわざわざ聞かなくても彼らしいスキンシップなのは分かることだ。

その証拠にこっちが拒まない姿勢を見せると「そうか......」と優しそうに目尻を下げて。


 異性とは違う男同士ならではの交流というのか。

 こういう感覚は久しぶりで、なんだかちょっぴり照れくさい。


 片や浜慈君は気を良くしたのか「じゃ、さっそく」の合図をした上で説明に入ろうとして――しかし入らなかった。



「チッ...... !」


 いやに不快な舌打ちが聞こえてきたことで。


 彼は人差し指を口の前に立てて「しー......」 という小音を吹き鳴らす。


「っと、その前に注意書きだ、なるだけ声は小さめで、こっちも自重してんだ。じゃねぇと眠れる獅子を起こしかねないからな」


 俺は了解と、声を出す代わりにコクリと頷く。

 そして浜慈君の視線の先を見れば納得した。


 窓の外を確認する振り(フェイント)を入れつつ、視界にギリギリ映るように調整して首を回せば、確かに獅子がいた、それも飛びっきり凶暴そうなのが...... 

 俺の後ろに位置する獅子ししという名の宮村さんはただ静かに勉強していた。


 通りで大人しいはずだ。


良く良く教室全体を見渡してみれば彼女に限らず机に噛り付けで勉強している人は何人かいる。

普通に頭の隅に置いていたけど、あと数日でテスト期間に入るんだよな。ああ考えただけで気が滅入る。



***


 とにもかくにも。

 そう前置きして浜慈君はあらすじから何まで色々話してくれた。


 ここでググレとか言わない辺りがコミュニケーションの高さを見受けられる。

仮にそれを言われたとしても俺はスマホではなくガラケー所持者、尚且つ機能制限の有無で情報が調べられなくなってるんだけど。おなじみの動画を見れなくなったことは残念でならない。



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