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一難去った後の頼み事、あるいは相談



 勢いに任せて走り出したはいいが体力は底を尽き、俺は一分もしない内に足を止めた。



「はぁはぁはぁ......」


 ――――全速疾走から呼吸が乱れる。


 渇いた唾を飲み込み口を開けて息を整えようにも、酸素が足りない為に喉の痛みが引かない。これが週に一回散歩している成果だとすれば完全に運動不足だろう。もう一キロほど歩く距離を増やさないと。


それだというのにこんな苦しい思いをしているのは何故か、考えるまでもない。


 バテバテ気味だろうと頭は至って冷静ではある。

普通なら慌てふためく所だろうけど場合が場合だからかそんなことは気にはならない。とは言っても肌身で柔らかい感触が伝って...... いけない、いけない。

彼女もさぞかし迷惑に思っているだろうと俺は、握っていた立花さんの手を離した。

 


「はぁはぁ、ご、めん...... はぁ...... いきなりっ、手を...... 取って」


 そう彼女に話かけようとするも息を整い切れていなせいで、言葉が途切れがちになってしまう。

その内膝も曲がれば前屈み姿勢で手を置いてしまった。歳の割に若さが足りないっていうか、小さい子とかけっこしても余裕で負けるてしまうんじゃないか。

 マグ◯ムに置いて行かれることは仕方ないとしてもさすがに子供に勝てないのはヤバいの一言だろ......


「えっと、大丈夫? ってか、切れかけの充電(バッテリ―)状態ほどの体力しかないのに最大出力で走行するからだよ」


「よりに、よって例えがロボッ...... ト」


 なんだ、と返す体力はないんだった。

 心配してくれるにしても一言余計なんだって。

 普段走らない分、余計に消費が激しい。仮に低スペックなロボットだとして動いてすぐガス欠を起こすような代物なら使い物にならないよ。即座に破棄処分だ。


「あいみんに頭が上がらない訳だよ、奇跡的に滑走路を滑ることは出来ても離陸(テイクオフ)出来ないんじゃね」


「うぐっ......」


 稀に彼女みたく洞察が優れていれば数回のやり取りで上下関係が感じ取れたりもする。そりゃあ、見たまんまだと把握されてるよな。

 母親に対しては強気な姿勢で反抗出来るけどそれは基本的に普通のこと。

 人よりも能力が劣っている俺は愛美に限らず大多数の人間には強く逆らえない、確かに正論だけれども。あからさまに不備が出てるなら母艦に置けない以前に運用出来はしないだろって。いや、もう好きに言ってくれ。

どうせ何に例えられようともポンコツってことに変わりはないんだ。

言うことを真に受けて返事をしていたら無駄に体力を消耗してしまう......

 

 


「――ごめん、いきなり手を取ったりして」


 その場でじっと待機していれば呼吸の乱れは収まってくる。


 徐々に活力が戻ってきた所で俺はもう一度立花さんに同じ言葉を掛けた。

すると立花さんは「ああー、とね。ちょっとビックリしたけど別に気にしてないよ」頬を掻きながら答える。照れ臭くなっている時に見せる仕草なんだろうけどこれの場合は、うん、ないな。


 勝手についてきたってだけで元々俺は彼女に用はない。

 その立花さんも一応の目的は達成したと見ていい、どちら共に要件はないのならば当然。


「そいじゃあ、私は帰らせてもらおうかな」


 立花さんはそう切り出したが日が沈むといよいよ夜道だ。

それにかような理由でここまで駆けてきたということもある。

俺は「あ、それなら送っていくよ」と彼女を呼び止めたがしかし、手慣れた道だと心配はご無用なのだろう。


「いやいや、気を使ってくれなくても大丈夫だよ」

「そんな訳にはいかないよ」

「んじゃ、とりあえず学校までの道のりで良いや」

「そんな訳にもいかないよ」


 ここは意地でも引かない、俺は二度に渡って繰り返し言えば立花さんの瞳は丸く引っ込んだ。

 普段の様子を知られていれば驚かれるのも当たり前だ。


「ありゃ意外な答えだ、結構紳士な所あるんだね。いやぁ惚れちゃいそうだよ黒真っち」


「欠片も思ってもいない癖によくもまぁ抜け抜けと」


 俺は顔を背けながらの半笑みでひっそりと呟く。

 こんな微々たることで好いてもらえるのならモテ男路線まっしぐらだ。

明日からでも変わる変わる実積していけばハーレム王すらも出し抜けるほどの帝国を築けてしまうよ。如何に体のいい妄想か、上位階級の男がやるならまた違うんだろうけど修羅場は避けて通れないだろう。


 芽森さんが家に来てくれた時も送っていきたかったけど速攻拒否られたもんな。

 あの時も多少強引にでも送っていくべきだったか、けど本人が遠慮しているのに強要したら不愉快にさせてしまうことだろうし時間帯も。あれ? 時間帯と言えば。


「ん、まぁせっかくの申し出だけども外はまだ明るい方だね。日没後トワイライトだから」


「え、ああ......」


 言われてみれば辺りはまだ薄明はくめいの風景が広がっている。


 そうだ、春夏秋冬の中でも夏は日の沈みが遅いのか。

 暗闇ではなく人目があるなら襲われる確率は少ない。駅付近には部活帰りの人だっているだろうから、無駄にかっこつけただけにダサいことこの上ない。

 比べトワイライトっていう響きのカッコよさよ。


「あ、じゃあ学校辺りまでで?」


 けど、ああまで言ってしまった手前だ。

 せめて学校までは頼りないなりにエスコートさせて頂こう。


 ――そんな風に俺達はとりとめなく歩き始めた。



 やも、すぐにあることに気づく。

 もしかして呼び止めない方が良かったのかも知れないと。

なにせ会話がない...... 当然ながら互いに無口である。


エスコートの意味は付き添うこと、護衛すること。並んで歩いているのであれば条件を満たしていると言えるけど、男としては失格だ。もしこれがデートであるのなら最低野郎の判子を押されることは容易。

今はただ送ろうとしているだけだから必要以上にリードする必要性はないんだけど、何かしら話さないとしんみりした空間に閉じ込められることになる。

 そう思って頭を捻るも大した話題は出てはこず、仕方無しに立花さんに目を向けた。


 しかしながら、不思議と同じ異性であっても立花さんはこう女って感じはしない。あんまり話すこともないからか、少なくても俺の中ではもう性格から来るイメージで固まってしまっている。ちみっこい身長は小動物なものを連想させられたり、声は執拗に高かろうとも話し方がアンニュイで個性的な口調だし。

 とはいえ、片方の耳に付けている緑色のピアスがそこはとなく女子力を上げてる風に見えなくもない。


 さすがに胸を押し付けられたりしたら意識してしまうかもだけど。



「でもさ......」


 物静に歩く中、立花さんの呟きが耳に入る。

 彼女は正面を向いていた顔を俺に向けると目を合わせてきた。


「あいみんの前だと男を見せるって意味では学校中では見せないような物言いといい、あれが黒真っちの素の顔だったりするのかな?」



 ...... 異性であることを薄れさせる一番の要因がこれだ。


 普段は瞳を爛々と輝かせえながらも楽し気に憎めない茶目っ気があって屈託のない笑顔を見せているが、その裏では常に目を光らせているかつ、耳を先立たせており。会話のほころびだったり、言動から違和感を感じ取ろうとする人並み以上の洞察を持っている。

 ここで違うと言い張るにしても、なんだかんだで散々態度の変わり様を見られてしまっているので意味深に出さんとする彼女の一言に俺は口をつぐむことしか出来ない......


 そうしたあからさまな俺の態度を見てか、立花さんは正面に向き直った。

 さすれば――彼女は抑揚を変えずに思いがけない言葉を口にした。


「まぁ、余計な詮索はしないよ。誰だって触れられたくない過去ってもんがあるんだろうからさ」


 人目見ただけで理解してる気でいた。

 目利きは凄かろうともモラルが欠けている人だと思っていたからだろうか、正直その言葉は意外過ぎて。

「そういうってことは、立花さんにも、あるの......」

 信じられないといった様で聞き返していた。踏み込んでいいものかと、しりごみしつつ問うてみると。



「もちろん。ありますとも」


 何の躊躇ためらいもなく返答。

 俺はあえて返事はせずに彼女もまた続きを発することはなく――会話はそこで途絶えてしまう。


 無理に強がっているだけか、弱さを見せないためか、どういった意味で返答してくれたのか。正面を向いたままでいる立花さんの表情は伺えない。

クラス中では芽森さんや楓さんと仲がいいにしろ、基本的には分け隔てなく喋ってる様子を見かけるものだがこんな湿っぽい感じの立花さんの姿は初めてなように思う。俺が芽森さんしか注視してないっていうのもあるけど。

 ただこれだけは分かる。

 彼女は多分もう前を向いているんだろう。


 誰にだって人に明かせない事情や秘密めいたものがあって。

 ミステリアスと言い換えれば謎めいた過去を持っている風で聞こえはいいけど、何かしらの事情を抱えてるという事は思慮深い一面が心の内にはあるということだ。決してカッコいいものじゃない。

それを明るく立ち振る舞うか、無駄にかかわらないようにして隠し続ける。

そうでなくても成長と共に自身の立ち位置や役割、性格に見合わない行動を極力避けることを覚えていけば。

 それが空気を読むということに直結するんだ......




「あの、今日の事あまり人に言わないで欲しいんだ」


 過去に何かあるとしてもおいそれと聞くことは出来ない。

 だけど、そういった背景があると知れたからだろうか。ほんの少し心を許しても良い気がして俺は立花さんに話しかけた。


「立花さんにしたら、教室の隅で目だたない系の男子が可愛い女子とお知り合いって話題性は高いんだろうけどさ。でも、お、僕と愛美はほんとに何でもないんだよ、諸事事情でちょっとばかし距離を置いていたのは確かだけど...... 」


 後々これは言おうとしていたことだけど先ほどの立花さんの知られざる人柄に触れてしまったせいだろう「み、見てたのならある程度は察してると思うけど、話の中でちょっと気まずい感じになって」

 頼み事だけでいい筈が続けて相談事を投げかけてしまう。


 けれどそのおかげか見えないながらも怏々しい空気感を纏っていた立花さんに和らげさが戻ると俺の言葉にいつもの口調で反応を示してくれた。


「あー、言われてみれば時折よそよそしい感じはあったね。喧嘩でもしたとか」


「喧嘩とかじゃなくて、なんていうか喋りづらいというか、気まずい感じでお互い黙まりを決め込む状態というか......」


「なるほど。んーっと、口を挟めなくなる理由は主に二つに分けるとして、一つは悪い意味で相手の顔を見たくないとき。もう一つは良い意味で相手の顔を見たくないとき。があると思うんだけど、話を聞く限り黒真っちの場合は後者、つまり逆にいえば良さげな雰囲気になってたってことだね」


 ニンマリと表情豊かでいる様はこれぞ立花さん節っていうかすっかりらしさが戻ってるようで安心する。

あくまで俺が思う彼女なりの『らしさ』でありキャラとしての側面だ。

そういう影りが抜けたからだろうか、らし過ぎるあまりに。


「予想出来てたとはいえ立花さんってこう・無・神・経・だったりするもんなぁ」こちらも自然体な言葉を返して。


「え、あ」


 気を抜けすぎてか――――うっかり口を滑らした。



「い、今のは言葉の綾というか、良い意味での褒め言葉といいますかっ! あのその......」


 悪気な物言いが出てしまったことで俺の足は地面に突き刺さると次第に言葉もつっかえる。

軽口を叩きあえる間柄ならまだしもだ、和やかな人であろうと良く知りもしない奴に言われる筋合いはない。彼女の機嫌を損ねさせてしまったと思ったが、本人はさほど気にしていないらしい。

 

「だろうね、まぁそれは自分でも思ってるよ」


 自覚はあったのか、安々と認めたよ......

 と、俺はその気前の良さ加減に軽く吃驚していれば彼女の口からまたもや予期せぬ一言が。


「でもさ、それは心外しんがいってもんだよ黒真っち」


「え」


「私があれこれと人の神経を逆なでるようにしてるのは事実だとしても、これでも自分の発言には割と気を使ってる方だからね」


「...... あの、じゃあ、何でさっきは? 心外? そもそも気を使ってるなら人をあんなヒヤヒヤさせたり取り乱させるような事はしないように思うんだけどっ!」


 彼女の行動を見る限り言っていることが真逆だと俺は思わず本心をさらけ出す。


「だいたい付けまわしてるのだって気遣いとは違ってる」


 今しがた咄嗟に褒め言葉なんだと言い訳していた事の真実味で、文字通り悪い意味として受け取られてしまいかねない物言いだろう。

 それを言ってしまった後で気づいてしまった俺は、ハッと息を呑むと平常心を取り戻した。


「あっ、いや...... 考えても見てよ、ただでさえ気まずいのに、余計喋り辛くなるかなって」


 言いたい事は山々だが頭を冷静に立花さんに語りかける。

 しかし立花さんの物言いは変わらない、どころか目をパチクリ。開き直るように諭してきた。


「さっきのはまぁ別だよ、だって。聞いてみないと判断できないじゃんか。普段は相手の情報をちまちまと仕入れてから聞くことにしてるんだけど、二人の関係や感じからしてその必要はないなって」


 その割に色々聞いていたみたいですけどね...... 心で思ったが言わない。けれど俺とは対照的に続けて彼女はため息を吐くようにサラッと私意しいを口に出した。


「脈ありと見なしたからこそ聞いたんだけどなぁ」


「見当違いも良い所だよ、それは絶対ないんだって」


「ほー、絶対とな。その心は?」


「え? だって、それは、愛美本人があれだけ否定していたんだし。彼氏だっていてる」


 俺は一瞬考えつつもその問に対して平然と思ったことを告げれば、途端興味が失せたように目が細められた。と言うより睨みか。それも呆れに近いようなものを感じる。


「へー、あれをそのまま受け取ると...... あ~、黒真っちってさ案外と視野が狭いんだね」


「そ、それってどういう......」


「うーん、でも彼氏さんのことを語って嬉しそうにしている姿は嘘偽りって感じに見えなかったし、私の観察眼もまだ甘いのかな、おかしいな絶対そうだと思ったのに、むむ、思ってる以上に難しい」


 お、お茶を濁されたっ?


 聞くだけ聞いといてその反応はちょっと......

 でもそうなると同じ話題を振るのは気後れするっていうか、相手の気が乗らない状態で問答を投げかけても躱されるだけだろうから無理に言う必要はないか。

 むしろこのまま興味が薄れてくれればこっちは万々歳だ。

 かくは言うもぶつぶつ小言を発しながら足を動かす立花さん、俺もついて行く。


 てっきりその事で無視されるのかと思いきや、さも普通に話しかけられた。

 何故か話題は俺に関してのことに変わり家族構成やらその他諸々、同じように濁したかったけれども悲しいかな。会話のネタがない為に個人情報を漏らすしかない。当然答えられる範囲で。

 特に盛り上がりもなく立花さんの質問に受けては答え、または流していれば。


 ――そうこうしている内に校舎が見えてきた。


 

「悪いね、ここまで同伴してもらちゃって、日も暮れて来るだろうし気を付けて帰りなよ」


「ああ、うん。そっちもね......」


 すっかり薄暗くなった帰り道。

 その場で立ち止まった立花さんはお礼を告げてきた。

会話もそこそこ記憶にも残らない最低のエスコートであっただろうけど無事に送り届けることは出来て良かった。


さてと、こちらは1人寂しい気分で夜道を帰るとしますか。

俺がそう背を向けようとした時「そうそう、さっき聞き損じたことだけど。あれは」と溜を作る、この期に及んで何を言い出すのかと思えば、なんてことはない。

 立花さんは結局立花さんだという事だった、敢えて答えなかったんだ。

 俺を悶々とした気持ちにさせる為に。



『男女間の友情じゃなく恋心があったから、って意味だよ。恐らくはだけどね』


 

 彼女はそんな言葉を残して街中へと消えていった。

 ほんとに嫌らしい人だ......




***


 帰宅時間はいつも通りであったものの、帰省時間はだいぶと遅めとなった。

 そのため連絡を入れずにいたせいで、こっぴどく母さんに叱られたその翌朝。

 さらに言うなら愛美との気まずい登校を乗り切ったその朝。


 扉を開け放ったと同時、耳に入ってきたクラスメイトの会話にいやに愕然がくぜんとした。その反動で肩に下げていたスクール鞄がズルリと滑るように腕に落ちて来る。



「幼馴染同士の恋って憧れるよね~」

「ほんとほんと、中々くっつかない所がもどかしくもあって」

「でもそれがまた良いんだよね」

「けっ、あんな奴のどこが良いんだか」



 なにを隠そう、昨日の出来事を思わせかねないであろう台詞の数々。

 教室中は俺にとってはタイムリーな≪幼馴染の話題≫で盛り上がっていた......


一場面内で画面をフェードアウトさせるには話の質が足りない......

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