不協和音な関係
「あら、あなたは」
「え?」
瞬時に気づいた先輩の声に呼応して閃光が走った方に首を向けると以外にも見知った顔があった。
人と交流を持たない俺が記憶している数少ない人物、クラスでいう浜慈みたいなムードメーカー的存在で学校中、特に女子からの評判は決して良くはない。俺の中でもお調子者と名高い二組の男子、高乃塚真也。
カメラのシャッターを切ったであろう彼は首から一台の紐付きカメラを提げており、動きながらでも撮れるようにしている為だろう手頃の大きさのそれは両手に収まっている。でもなぜ彼がここにって、人があまり来ない場所とはいえ体育館裏なんてブラ歩きで立ち寄ることも珍しくないのか。
突然割って入って来られたことで興奮していた立花さんも俺から距離を取ると同じように彼を視認したのが横目で見えた。身長が高い分、目線は上を向いてる。
目線の先を追えばカメラを片手に彼、真也はこっちに向かって歩いてくるが立花さんは言葉を発さない。どうやら真也を待っていたようで、互いの距離が近づくと立花さんの方から言葉を投げかけた。
「何か用かな、ちょっと今取り込んでてね」
表情には出してはいないけど機嫌を損ねたらしく静かな問いかけには多少棘がある。
が、そんなことよりもだ。俺から目を離したことで隙ができた、これはまたとないチャンス、と思うも用はまだ済んでいないからここから動く訳にはいかない......
「無理強いはよくないんじゃねぇの」
真也は聞かれたことには答えず、逆に立花さんに問いただす。
きっと遠目からでも俺が困ってる風に映っていたんだな。
おかげで助かったと言いたいとこだが人柄のせいか釈然としない、彼女も多分そう感じてるんだろう。質問を無視されたことよりも彼の言葉は立花さんの癪に障ったみたいだ。
「む、人聞き悪いなぁ無理強いだなんて。黒真っちは心よく引き受けてくれたよ、ね」
ムスッと口を曲げて真也に反論したかと思うと、その口惜しい表情のまま俺の方を向き確認を入れて来る。
「別に無理には聞いてなかったよね」
「え、それは......」
クセか、そうじゃないのか。
お笑いでもそうだけど二回言葉を繰り返すのは、客やゲストにネタが受けているか確認する為なんだと思う。もちろん聞き流されないようにする為でもあるんだろうけど。
こうやって相手の真意を疑うのは自分が述べたことに確信を持てないと言っているようなもの。でも話を聞こうとしたのは無理やりではなく俺の意思だ。
ああ、気が小さくなければなぁ。
こんな情けない性格じゃなければ初めに話しかけられた時点で軽くあしらっている筈だろうし、そっちの方がカッコいいに違いない。
「ふん、俺の秘密か、知りたければ勝手に探せ。あらゆる過去は全部、心の中に置いてきたがな」といった具合に――性格が180度変わったりしない限りは無理か。ついあの偉大なる景色から見た有様を自分に置き換えてしまったけど誰が興味あるんだよって話だ。
一攫千金の財宝に比べたら、それ以前に俺の過去なんて他人からすれば取るに足らないというか、この思想がもうくだらないか。
「うん」
とりあえず俺は返事を返し、様子を見守ることにした。
「ほらね」
「こころ良くねぇ、相手が嫌々頷いてくれたようにしか見えないけどなぁ」
今しがた頷いてしまったけれどもその見方で合ってるよ。
人柄はともかく中々に良い観察眼をしてるじゃないか、人柄はともかく。
「それで、用はそれだけ? それともまたまたお得意のお説教でもする為に来たのかな」
「いやいやぁ、ちょいと通りがかったもんでな。こちとらいつまでも聞き分けのねぇ奴の相手をするほどお人好しじゃねぇのよ」
「通りがかっただけならわざわざ話しかけないんじゃないかな普通、あ、そっか。人があんまり立ち入って来ない場所に足を運ぶほどに暇してるんだ。納得納得」
やけに挑発的に言った後、彼女は「なるほど」と左手のひらにもう片方の丸めた拳を乗せる。
もちろん変な動作を混ぜたり尻を後ろに突き出すようなふざけた真似はしてない。
しかもこのポーズをやるためなのかノートを脇に挟んでる、嫌よ嫌よも好きの内って言葉が一致しないほどの嫌悪感を露骨に見せるなんてよっぽど嫌いなタイプなんだ。
「あれぇ? っかしいな、俺が見てんのは幽体か。人ならそこにいるじゃないの。まっ、空いた時間を使ってどこをほっつき歩こうが俺の勝手っつか、そっちこそよ、話題性の薄そうな奴を捕まえてその言いぐさは説得力に欠けるな。報道部もよっぽど暇なこって」
「それはちょっと聞き捨てならないわね」
と、そこで先輩の横槍が入った。
終始黙って見ていた先輩も真也の報道部を軽く見た発言には苛立ちを覚えたようで、声が強圧的だ。
立花さんも同様に「現在進行形で活動してたじゃん」と異論を唱える。懸命に励んでいる部活をバカにされたなら誰だって怒るに決まってる、普通に考えれば怒りの矛先はそのまま罵った相手に向けられる筈なんだろうけど――先輩と結託して真也を諫めんとした勢いは数秒とは持たず。
「ってか、暇してるっていうのは千先輩のことを言うんだよ」
あろうことか矛先を変えた。
立花さんの無礼な振る舞いには『この流れで味方に振るぅぅ?!』とビューティフルな女の子ばりに叫びたかったが自分のキャラではないので心の中に留める。
「それはまぁそうね......って、べ、別に私は暇しているわけじゃなくて緑の暴走を見守るっていう役目があるのよ。ある意味では暇と言うんでしょうけど......」
ただ横で見ていただけなのに、これまた千草先輩にも火の粉が飛び散っちゃってるよ......
友達感覚でいるんだろうな、年上は敬うものと重んじてる俺には無理な芸当だ。
何やら言い合いをしているようだけど、二人のこの会話。
挑発的な彼女の言葉にも全く動じてない、間延びした口調で嫌味ったらしく言葉を投げ返すという余裕。この僅かなやり取りだけで彼の性格は見て取れる。
個性的な眼鏡をかけていたり、手が腰に当てられているのも自信の表れと見ていい。
暗い俺とは対照的、真也は俺にとっても苦手な男だ。
それにしてもノートで情報を探らない所を見ると立花さんも真也を知っていたのか。まぁ俺みたいにあまり目立つことはない存在はともかく、報道部ってことで生徒のことはそれなりに把握してるらしいから見知っていて当然か、なんせ彼は学園中でも目立つ男子や女子と行動を共にしてるんだから。
こちらが悠長に観察している間にも二人はしばらく罵り合っていたが。
言葉の掛け合いはいつまでも続かない、途切れるか、飽きるか、仲裁が入るか、もしくはどちらかが折れるか。先に折れたのは真也だった。
喋り気味でいた為か。一度睨み合いを止めると深呼吸してみせた後、大きくため息を吐いた。
「しっかしなぁ、おめぇのがめつく食い下がる姿勢は相変わらずっていうか、いつ見ても変わんねぇのな」
「人間、そんな簡単に変われないってことだね。そのイケてない星型眼鏡を愛用してる塚っちのようにさ」
指摘、ツッコみはなんのその、上下関係なく誰に対してもストレートな言動は変わらないらしい。
これは勇ましいと言っていいのか、けどそれは俺も思っていた。
愛用してるとは言っても傍から見ても微妙な、蝶々型や星型の眼鏡はパーティ所では映えるかもだが外を出歩くには適さない。一風変わった眼鏡なんだ、まず俺でもいちゃもんを付けるならそこを付く。そんな度胸はないけど。
「分かってねぇな、と言いたいとこだが、まっ。これは誰が見たってダセェだろうしな......]
流行っているからと他人の恰好を真似たりはせず、誰もしていない格好を個性的なファッションと格付けていたり好き好んで着ている人はいる。
彼も同じ類なんだと思っていたが、違ったのか。素直に認めたにしてはどこか腑に落ちない顔だ。彼に限った話ではなくセンスがズレていようとその人にとっては愛着ってものがある。
学校や会社など服を指定されているなら別だろうが、浴衣にしろコスプレ衣装にしろ興業の場でしか着てはダメ、なんて規則は存在しない。裸以外ならどんな格好でいようと自由なんだ。無論、他人と違うことしていれば変な目で見られたり痛い奴と思われてしまうのが世の常識。
それを理解している上での恰好をしている真也は「けど」と眼鏡を指で押し上げる動作をした後、豪語した。
「星型眼鏡って命名すればどうよ! 名前をちょこっと変えるだけでカッコよく見えるもんだろ。何も物だけじゃねぇぜ、あの愛くるしいポメラニアンにだって沙羅曼蛇と名付けるだけで烈火の如く燃え盛るほどのイメージに」
「見えないよ」
「見えないわね」
「見えない、かな」
俺は遠慮がちに、立花さんと千草先輩はバッサリと。
三人一挙に否定の声を挙げる。
萌え盛るほどのイメージなら分からなくもないけど。人間だって仮に光宙と合ってもピ〇チュウには見える筈もないだろうから。
でも名前次第で物の見方が変わるって考え方は俺個人としては面白い捉え方だと思う。
分かりやすく例えるなら、立花さんを噂好きな女の子となぞらえて【ろくろ首】とか。そしてあのモザイクが掛かるほどのえげつない物体でさえも【ソ〇トン】と名付ければおぞましい見た目にそぐわないほどカッコよく、なる訳がないな。あれはソフトクリームだし。
まぁそういう感じで、あくまでも良い方に捉えれば面白いけど結局は外見がもたらすイメージは変わらない。
面白半分で【神宇主】とか男なのに【樺美優】みたいに、女と思わす名前を付けられた日にはどうなるか、なるべくあだ名や名前は考えて付けるようにしないと大変なことになりかねない。
「揃いも揃って感性が貧しいったらねぇ...... 人生楽しいのかねぇ、そんなんで」
賛同する者がいないと見るや苦笑する真也。
言葉尻に言葉を付け足したからだろう、千草先輩が一言物申した。
「パターゴルフを嗜んでいるお年寄りの前で同じ台詞を言ってのけれるなら尊敬するわね。あなたがどうだか知らないけど、その少ない感性の中で趣味や生きがいを見つける、楽しみにしていることが一つでもあれば幸せだと思わないかしら」
体力の衰えなどで運動能力が極端に落ちた年寄り達には人気の趣味、あるいは競技。身体に負担がなく簡単に楽しめるスポーツみたいな感じだろうか、簡単といっても大会が開かれたりして腕を競い合っているらしいから年寄りにとっては学生の部活動と変わらないものだ。
「なるほど。さすがは上級生の先輩、良いことを言うねぇ。けどよ物によっちゃあ...... いや、素晴らしくごもっともな意見で」
皮肉交じりにも温かみのある言葉で諭された真也は先輩の意見に納得。
途中言いかけた言葉を止めたような、まぁ反論する余地はないと思っただけだろう。
前面的に先輩の意見には賛同したいが真也の言うことも分かる。彼の言う通り物事を柔軟に考えられたら楽しいと思う、細かいことは気にせずに広い視野で見た方が面白いだろうから。ただこの場合は単に興味の差の問題かな、子供心を失っていないからこそヒーローもの番組を見続けられているんだ。
ともあれ、彼にとってみれば他人の人生感なんてどうでもいいことのように思える。たぶん本質はそこじゃない。
「まっ通りがかった船だ、先刻のご要望にお応えしてやるとしますか」
真也は話の主導権を握った途端、ニヤけていた表情を消す。そしてこの流れを待っていたと言わんばかりに立花さんに向かって真面目な声で喋りかけた。
「ある国の女王様がパパラッチに追い回されて...... っつう事件、聞いたことあるよな」
「ああ、うん。知らないこともないよ、けどさ、それがなに?」
「ちっとは肝に置いとこうとは思わね?」
全ては語らず、首を傾げながらに言うが「うーん、思わないね」と悠然に頷き返す立花さん。
どうにか聞き入れてもらおうとしているみたいだが意に介さないといった様子。理解の得ない彼女の態度、遠回しな言い方をされたら俺だって同じ状態になるだろうな。出来ない側の俺が言えた限りじゃないけども、伝えたい事があるなら物事はハッキリと言った方がいい。
「今まではそのやり方で上手くいってたんだろうがよ、もうちっと自重した方がいいと思うぜ。じゃねぇといずれ――」
真に迫った言い方をしておきながらも先は言わず、またしても言葉を切る真也。
今度は立花さんが「いずれ?」と疑問な面持ちになる。
いきなりで話は見えないけど、彼の言うことは度々ニュースで報道されていて世間体に疎い俺でも知ってる。
10万云冊もの魔法書を脳内に記憶すると言われてるとある魔法都市の少女の話、は違う――過去もっとも人々の支持を集めたある国の女王の悲劇的な事件。だった筈、なんだってこんな話を。立花さんの言動を危うく見てるとか? 彼なりの忠告だとしても肥大化しすぎやしないか。嫌に具体的な例えだ。
なんていうか、俺の中での彼は問題を運んで来るってイメージがあったからちょっと意外だ。
普段人に助言したりするタイプには見えないから、って勝手な思い込みか。などと考えていれば彼はいつものおちゃらけ顔に戻った。
「こうまで言っても分かんねぇなら...... 意欲をなくすっきゃねぇな」
どうやら聞き入れてもらうことはもう諦めたらしい、次の話に持っていこうとしてる。
「勝負っつうか、放課後この場に戻ってきて仕入れてきたネタを確認し合うってのはどうよ」
「へー、私に勝負を挑むんだ。でもね、いま見ての通り取材中だから無理だよ」
「そうだろうな、ま、言い訳にでもしねぇと負けるのが怖ぇもんな」
「む、それは宣戦布告って受け取ってもいいのかな...... 報道部との差を思い知っても知らないよ」
立花さんはあからさまな真也の挑発に対して簡単に乗っかった。
俺としても報道部としてのプライドを優先してもらえれば助かる。
「はっ、写真部だって情報網じゃ負けてないんだなこれが」
「よく言うよ、塚っち単体でしょ」
「へっ、分かってんじゃねぇの。けどまっ、単にネタの見せ合いをするだけじゃあ面白くねえよなぁ。そこでだ、負けた方は秘密を一つ暴露する。異論は?」
「ないね」
「なら善は急げってな」
***
なんやかんや言いつつも双方共にどちらが良いネタを掴めるかの勝負と題して、あれよあれよと言う間に行ってしまった。
小規模な台風が去った後の静けさは丁度こんな感覚なんだろう。
「忙しないわね」
先輩は彼らが立ち去った痕跡を見て言葉を漏らす。
この状況はどうしたらいいんだ......
多人数でいることも苦手だけど二人きりになるとまた緊張感が違う。まして異性、それも先輩だ。
黒く長い髪に凛々しい表情、改めて見ると雰囲気が誰かに似てるような気はするが思い出せない。
今先ほどのやり取りで共通の趣味、オタク知識を有してると知った訳だけれども俺と先輩は友達じゃない。知人同士の繋がりもない。然らば当然、こちらから話しかけるという選択肢は生まれない。アニメオタクという同じ人種であるなら会話も弾んだりすることもあるんだろうか、残念ながら俺にそんな勇気はない。つまる所、気まずいというか。
「白真くんだったかしら......」
色々理由を付けて迷っていたせいか、遂には先輩の方から話かけてくれた。
「ごめんなさい時間を取らせてしまって」
「い、いえ」
このさい黒か白かはどうでもいい。礼儀を心得てるなら名前の間違いですら好印象に思える。同じ空間に知り合いがいないなら、ただの他人だ。無視することも出来たはず。話すこともないんだ、俺が先輩ならぶつぶつ呟きながら先にどこかへ行った彼らを追うように逃げてる。
こんな優しい先輩に対して立花さんは良くあんな態度を取れるもんだ。
まぁ俺から見たらそう思うだけか、それもその筈で立花さんといる時とは雰囲気が違ってる。自然体で話せる仲にでもならない限りは普通に対応されるのは当然だろう。
「緑はゾ――ではなくて、取材に集中すると周りが見えなくなってしまうのよ」
明らか今言い直されたよ。
普段、人と話す時は気を付けているんだろうな、俺も影響されてアニメから抜き取った台詞を使ってしまう時があるから。
「あの、いつもあんな感じなんですか」
普段教室で見ている分には問題なく過ごしてると思うけどな。
俺がそう質問すると、部活の後輩である立花さんを心配して出た言葉だろう。
「ええ、熱意が間違った方向に行かないか心配だわ......」
先輩が最後にそう呟いたのを尻切れに、俺は教室へと戻った。
比較的に少ないながらも台詞を全部拾ってしまうと文字数が......