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求むは現実的な恋愛


 不安を覚えたならさっさとその場から去ればいい。

 この間の告白騒動の時を思えばこそ、面倒事は避けるに越したことは無い。


ああいうことが度重なるという思想そのものが単なる自意識過剰だろうとも、事によってはまた注目を浴びてしまうかも知れない。あの時は魔が差した...... 浮ついた気持ちがあったにしても、もうあんな体験はごめんだ。同じような事が起きてしまう前に逃げた方がいいに決まってる、だけどそう思っていてもこの場所から動けない。



 連続で撃った質問が不発に終わりガックリと項垂れる先輩。

 同じくその先輩にガッカリ気味になっている立花さん。


『甘い、甘っちょろいわ、千草ちゃん』といった感じで一置きすれば。


「いやぁ、聞いてればどれもこれも絵空事ばかりだったからテンション上がんなくて、でもようやくスイッチが入ったよ。なのにさ、黒真っちはどこ行こうとしてるのかなぁ?」


 高い声色には思ったほどの不安は乗っていない。

 背中から呼び止められた俺は身体を反転させ立花さんに向き直った。なれば彼女の陽気で裏表のなさそうな顔が視界に入る、嫌な感じがしたのは気のせいだったか。


「え、あの、これ以上用がないんなら教室に戻ろうかと......」


「そかそか。でもせっかちだね、取材を切り上げるなんて一言も言ってないよ」


「あれ、終わったんじゃないの?」


「それは千先輩だね、慌てなくても本番はこれからだよ」


 彼女は俺の至足らずな言葉にも軽快に返してくる。

 用が済んだと勝手に思っただけか。


まぁでも本番と言っても俺に関して質問されたことはあらかた答え訳だし、これ以上聞かれようもないだろ。もっとも先輩と同じような質問なら受け流せばいいんだ、などという低度の浅い俺の考えを見抜けない彼女ではなかった。

 


「“校内”にはいない。黒真っち、今確かにそう返していたね」


「う、うん、まぁ、いっ......」


 答えようとした寸前で、返事を返すことにためらう。

 スイッチが入ったというのは多分嘘じゃない、宛にならずともここで頷いてしまうのはダメだと直感が告げてる。先輩とのやり取りで警戒心がすっかり緩んでいた状態でいた為に危うく自然に頷く所だ。


「や、えっと 一度に質問されたからよく覚えてないかな......」


 さっき質問された時に一緒に同じ学校、とあったからこの学校ではないと答えてしまったんだっけ。はっきり答えた記憶はないけど、そんなとこを突いてくるなんて失態だ。予想外の質問に言葉を詰まらされた俺は、とっさにしらを切る。

 痴漢で例えるなら、「その人は触ってないので無実ですよ」と言ってくれる証言者がいなければまず確実に冤罪とされてしまう。やっていない信じてくれと強調しても疑わしくは自分ただ一人、誰の証言もない言葉には信憑性が生まれない。しかしそれは状況によって変わる。

取材の場合は炎上案件になれども答えた本人が忘れているのであれば無駄に追及されることもないだろう、ないと思う。けれども問題は証言者だ。


「むー、曖昧あいまいな返答は困るなぁ、そだ。千草先輩は覚えてるでしょ!」


 眉を寄せ困りあぐねてる立花さんは俺から目を離し、質問を投げかけた先輩本人に問うが。


「さ、さぁ、どうだったかしら......」


 思い出そうとする仕草を見せるも首を横にひねる先輩を見て安心する。

 覚えていないのならその言葉は言っていないことも同然だ。


「ほ、ほら。先輩もそう言ってるんだから、多分、言ってなかったんだよ」


 俺は諦めてくれるようにもうひと押しした。


「そっかぁ、でもま、しょうがないか。どうせ今質問したって疑い深い黒真っちのことだから同じ返答を返してくるだろうし、ざんねん今日はここまでか......」


 聞き間違いじゃなければ今日で、の間違いであって欲しい。

 こんな風に毎日追い回された挙句、秘密や弱みを握られるなんてたまったもんじゃない。

俺がこの短い間に立花さんの性格を知ったように彼女もこちらの人間性を理解しているのだろう。同じ質問は無駄だと悟ってくれたようで、さすがの立花さんもしょんぼりと肩を落とした。


 よし、ひとまずはこれで......


「ひひ、なぁんつって、そう返されるのは想定の範囲内だよ。じゃこれでも覚えてないって言えるかな?」


 終わってなかった――彼女お得意の終わった終わった詐欺とでも言うのか、またもや俺は度肝を抜かれた。


 「え」と驚く俺をよそ目に立花さんが出したのはスマホ。

 ピンク色で装飾している芽森さんや派手はでにデコってある宮村さんとも違う、少しポップな感じのデザインだ。ポケットから取り出すと器用な手先で画面をタップした。そして、先ほどのやり取りが再生される。


《同い年で一緒にこの学校に通っている幼馴染の女の子は》


《校内にはいない、かな》


 スマホから聞こえてくるのは間違えようもなく自分の声。

 どもりながらも千草先輩の質問に対してしっかりと答えてる、それが録音されていた......


「え、あの、え、いつから」


「最初に話かけた時から」


「そんな前から......」


 あれ、でも最初っていうのはおかしい。

 確か途中で情報確認の為にスマホを弄ってたような、俺が知らないだけで別のアプリを開いていても録音出来る機能が備わっていたりするとか。


「あ、ちなみに確認しやすいように数分置きに録音し直してるよ」


 等の疑問はあっさり解けた。


「な、なるほどね。でも、それにしたってちょっと、本格的すぎじゃ......」


「報道部だもん、聞き逃した時用に保険を掛けておくなんてお茶の子さいさい! それも情報が少ない人となるとなおさらだよ。ねっ千先輩」


「え? あ、そ、そうね。私だってスマホの調子が悪くなければ当然していたもの」


 いやいや見栄を張っていても千草先輩は出来ていなかったという事実は変わらないですよ...... 

なんて達観してる場合か、録音されていたとなるとさっきまでの奮闘はなんだったのか。俺がそう発言していたという事実があるならいくら質問を躱そうとしても意味を成さなくなる、立花さんを甘く見過ぎていた俺の負けだ。


「ふふん、言質げんち取ったからもう言い逃れできないっしょ」


 まんまとひっくり返されてしまい戦意喪失、こちらの優位を取った彼女は「どうだ」と言わんばかりにドヤ顔。


「げ、げんち?」


「あとで証拠となる言葉のことだよ。てかてか、そんなことより、その女の子とはまだ関係が切れてないと見ていいのかな」


「う、うん」


 頷いた直後、俺は自身で驚いた。

言質を取られたから仕方なく認めてしまったことにじゃない、関係...と聞かれて自然と頷いてしまったことにだ。この間までなら平然と否定出来たんだろうけど、今は違う。

ハサミで切った糸をガムテープで補強したような不安定具合だとしても再び繋がってくれた。何よりあんな顔を見せられたら事実を捻じ曲げることはしたくない。



「それならそれなら、幼い時に幼馴染の女の子と一緒に西大を目指す、大人になったら結婚しよう、みたいな約束事をした覚えは?」


 思想する間も与えてくれずに立花さんはここぞとばかりに追及してくる。


楽観的な表情は変わっていないように見えるけど、声に感情が入っていないというのか、一本調子になったというか。嘘をついたとしてもまた別の角度から狙ってきそうな感じで恐いというか。

それに録音のこともある、ここは、正直に答えた方が良さそうだ。


「な、くはないけど...... で、でもそれは、ほら小さい頃なんて誰でもそういうもんだし」


 先輩の挙げたような数々の出来事は聞き流して適当に答えれば済む話でも、現実味を帯びている質問だとそうはいかない。

とはいえ、SFやファンタジーを除いて恋愛要素だけを見れば現実でも漫画のような出来事は実在している、逆か現実の恋愛沙汰を漫画に作用させてる...... あ、多分これか、このムズムズとした感じは不安じゃなく、誰にでも、俺にも当てはまるような現実的リアルな恋愛に対しての焦りだったんだ。


「おやおや黒真っちも意外と隅に置けないね、そういう甘い経験を得ていない男子はごまんといるんだよ。言いよどんだということは」


「だ、だとしてもそんな......」


「親密な関係じゃないならその女の子とは今どんな関係かな、家は近い? お互いの家族仲は――」


 だめだっ、手ごわすぎる、さきほどの感じでポンコツなんだと決めつけてしまっていたけどこれは。

 一つ質問するたびに言葉を区切り確認を入れてくる先輩とは違う、猛追もうついというのか喋らせてもらえないほどにグイグイ捲し立ててくる。


「校内にはいないということは、他校にいて。しかも口ぶりから察するにただの同級生って訳じゃないね。クラスで大人しい地味男子には実は長年連れ添った幼馴染の女の子がいるなんてまるで今人気の...... ふひひ、これはちょっとしたスクープだよ。恋愛ってやっぱこういう生々しさがいいんだよね」


「ちょ、立花さん。は、話を......」


「めもりんとの関係も気になるけど、とんだダークホースが隠れていたもんだね。うんうん、俄然がぜん興味が湧いて来たよ。なぜにそんな存在がいるにも関わらず、かえっちに告白するに至ったのか」


 止まらない、一方的に詰め寄ってきてはノートに情報を書き連ねていく。

 興奮して周りが見えなくなることはよくある、ただこんなにも食いついてくるなんて。近いようで遠い、そうやって考えて見れば二次元の世界ではごく普通にいる幼馴染(女の子)という存在は現実に置いて特別なモノなのか......


しかし、本人は気づいてないのか、腐っても男女。どうにか胸部分だけは触らないように手で抑えはしているものの、こう膠着こうちゃくされたんじゃ......

俺は自分ではどうにも出来ず彼女の上司である千草先輩に助けを求めるが、目が合っても首を横に振るだけ。


『こうなった緑は止められないわ、諦めなさい』


 心の声でそう言われた気がした、実際その通りなんだけども。

 せめて別の話題に転換することが出来れば、でも俺にそんな話術は――とその時。


 パシャリと眩しいフラッシュが焚かれた。



「――その辺にしといた方がいいんじゃねぇの」



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