男子C改め
書けども書けども区切り方が分からない
七月上句。
梅雨も明け、気候も暖かくなってくれば衣替えの時期がやってくる。
言っても今年はそんなに雨が降ってないから大したことはなかったけども。
一般的には六月に衣替えをするらしいが五月でも暑い日があったり六月でも梅雨の時期は寒かったりで着替え期間を設けているそう。要は冬服仕様から涼しい格好に切り替るってことで。
男子はブレザーを脱いで白いカッターシャツを、女子は白いブラウス。下はそれぞれ長ズボンにスカート。
ブレザーがなければ基本は白黒色をベースとした制服だから性別を除けば見た感じはほとんど同じようなものだが、服を切り替えさえすれば上にベストを着るなりカーディガンを羽織ろうと自由だ。
なので色味のないデザインに個性を出そうと小物類を身に着けたりする者もいる。
シャツ・ブラウスだけだと下着の線が透けて嫌だという子が少なくないだろうし、かくいう俺も細い腕が見えることに抵抗はある。とはいえ気温には勝てないため何も羽織らず小物も身に着けず半袖のカッターシャツ一枚を着用してる。
愛美と別れてからほどなくして俺も学校に着くと校門をくぐり玄関で靴を履き替えて教室へ入った。そこまではいつもと変わらなかったが......
「おはよう黒沼君」
ガラリと扉を開けた音に気付いたらしい。
教室に入ってすぐ隣、芽森さんの机を横切ろうとした俺の耳に高く澄んだ美声が「すぅ」っと入って来た。最近というか昨日イメチェンしたこともあってかより一層輝いて見える。
「あ。お、おお......」
故に緊張も増し増しで喉から声が出ない。
慣れない朝の挨拶にテンパってしまうも声を振り絞り何とか挨拶を返す。
「お、おはよう......」
ただの挨拶、されど挨拶。
吃音症まではいかなくても第一斉の声を出すのに間を空けてしまうぐらい人との会話は苦手だ。特に女子とは何を話したらいいか分からない、というか言葉を交わす機会なんてそうないけども。
緊張が弱まらない中でも声が出たことに安心した俺はいそいそと自席に座り、さっそく決まったように机に寝そべりクラス観察を始めることにした。
本来なら後ろの窓際が最適だろうけど最前列の左窓際でもクラスの半数は見渡せる
衣替え期間は約一週間、未だブレザーを着ている者も目立つがほとんどの生徒は夏服に移行している。
この学校では制服の下にパーカーを着るのもあり、ただし全校集会など大事な恒例行事の時には脱がなければならない規則となっている。戦隊系でいえばメ〇レッドのトレードマーク、サブカル系にありがちなファッションとなっている気がしないでもない。
まぁ制服なしに、ましてこんな暑い季節中にフード付きの上着を着る人はいないと思うけど。
男子はこれといった変化は見られないが、女子はアレンジを加えてる人が多い気はする。男子を意識しているのかいないのか。胸元を少し開けて腰にカーディガンを巻いていたり、制服スカートの下にひらひらのスカートを重ねていたりで様々。
中でも注目すべきはクラスの紅一点、芽森さんだろう。
着崩ししていなく、ただ座っているだけなのに俺の脳内スカウターでは測りきれないほどの可憐さ、白いカチューシャを身に着けて華やかさが増した彼女は天使そのもの。
一体学校を卒業するまで何あっふ出させられるのか等、どこぞの照〇環奈さんを頭に浮かべていれば。
「おいおいおいおい、見たぜ、見てたぜ、見てたってよっ!」
横から声がしたかと思いきや何かテンション高めで話しかけてきた一人の男子。
それは自意識過剰で横の人に話しかけたのかなと考えるも声を掛けられたのは間違いなく俺で、なおかつ、どんな神経をしているのか、親交がないにも関わらず突然俺の首に腕を回してきた。
「馴れ馴れし過ぎ!」と乱暴に振り払おうとしたが性格上こんなフレンドリーに接されると逆に振りほどくのは悪いと感じてしまう。俺は振りほどくのを諦め仕方なく彼の方に顔を向けた、予想通り嬉しそうな笑顔を浮かべてる。
まぁでもこういうスキンシップから交流が始まるんだろうな。うざがられたりすることもあるだろうけど、気さくで人辺りが良さそうな人は友達が多いように思う。
「一歩前進だな、何したんだ」
「えっと......」
クラスのムードメーカー的な存在である浜慈、君。名前は知らない。
背丈は平均より少し高く、不揃いなアシンメトリーな髪が特徴で担任である栄田先生にベタ惚れ。
実のところ体育で組分けされる時に先生以外で一人余っている俺を誘ってくれるのも彼だったりする。けどその時の会話もあってないようなものだからまったくもって友達意識はされてないと思う。
いくら友好的に接してくれてようが親交が薄いとどういった対応を取っていいのか分からない。
と俺がそういった具合で返答に困っているのを察してか彼は腕を解いてくれた。
こちらの人間性が見えたんだろう、高校生ともなれば空気を読めるようになる。しかし俺に用があるらしい彼は席を離れず口も閉ざさない。
「っと何で話しかけられたって顔だな、まぁ普段話さねぇからな。とりあえず改めて自己紹介な、俺は浜慈学、マナブじゃなくて、ガクな」
彼は後者が良いのか、呼び名を差してから「まっ好きに呼んでくれて構わねえが」と自信満々に告げてくる。そこを強調するってことはお約束ってことでいいんだろうか......
「あ、じゃあ」
「それと一つ」
間を置かずに浜慈君は言葉を付け加えようとするも俺は彼の言葉を待たず、二秒ほど考えてから。
「浜じぃ――」
「以外で! それよく言われるんだよ。なんで紹介する都度揃いも揃って名前じゃなく苗字の方をチョイスするのか」
敢えて上から取った結果、考えていた通り速攻でツッコんできた。
皆にそう言われるんなら答えは出てるよ、俺にしてみてもそっちの方が印象付くからかな。そのせいか俄然不満げで「毎回、訂正させる身にもなれっつうんだよ」と文句を垂れてる。
「い、今のは無し」
その反応を見た俺はすかさず謝りを入れた。
謎の親しみやすさからつい悪ノリしてしまったものの、どういえば彼のお気に召すのか。
「なら浜ちゃん」
「どこぞの釣り好きな平社員と被るからノー」
「ならそのまんま、はまじ」
「それも国民的アニメのキャラを思わせるだろうから却下!」
っていう感じでノリが良さそうな彼なら全部ツッコんでくれるだろうけど、あいにく俺にそんな器用なことは出来そうもない。そもそもツッコんでくれるのは想像上の彼で実際の彼が思う感じで返してくれるかどうか、ほぼ初対面の相手に対して愛称で呼ぶのもアレだろうし。ここは普通でいいかな。
「じゃあ浜慈君で......」
「うん、至って無難に落ち着いたな、けど好きに呼んでくれって言ったのは俺だしな。まぁしかし普通にさっきのよりかは全然良いか、あと呼び捨てでいいからよ...... って、そんなこたぁはどうでもいいんだよ! 挨拶だよ、挨拶」
お気に召さずとも普通の呼び名は大丈夫だったようで機嫌を直してくれた。は、いいけど今度は何やら話題を軌道修正してきた。挨拶がどうしたのか、言っていることが分からずにポカンとしていれば続けて「しらばっくれやがって」と子供が玩具を手に入れたみたく喜ばしい表情で耳打ちしてきた。
「目当ての女子に挨拶されたろ」
なるほど、彼が言いたいことはつまり。教室の隅っこで大人しく過ごしている俺が学園のアイドルに挨拶をされたことが物珍しいと。
確かに芽森さんに挨拶を投げかけられるのはそうはない、遅刻が重なってることも理由ではあるだろうけども。それを踏まえても滅多にあるもんじゃない。とはいえ人当たりがいい彼女は朝学校にきた人には挨拶をしているのをよく目にする。俺も少なからずは声を掛けられることはあるし。
「僕だけじゃなくて、芽森さん基本的に全員と挨拶を交わしてるから」
今だって後から教室に入ってきた生徒に声を掛けてる。
当然「まぁそれもそっか」と返してくると思っていたが。
「は? 芽森? 違げぇだろ」
浜慈はいかがわしそうに眉を潜め俺の言葉を否定した。
おかしい、俺が憧れを抱いているのは芽森さんだ。誰のことを言ってるのか。
どことなく話が噛み合ってないような。
「ち、違うって何が?」
「おいおい甲斐性なしかよ。いくら大衆の前で振られたからってよ。見損なったぜ......」
手の平を左右に広げて首を振る様はアメリカンチックというか、言葉のイントネーション含めいちいちリアクションが大きい。髪型は違えどまるでデュラン、マ、って思想してる場合じゃない。
「え、あの、誰が誰にフラれ...... あっ」
そうだ、公開告白で自爆してしまったからこのクラス中では芽森さんの友達の女子、楓さんに想いを寄せていることになってるんだ。流れでやってのけた破れかぶれの告白は無事失敗し、慰められたのかそうじゃないのか。とにかく教室中で告白した同士ってことで真っ先に浜慈に声を掛けられたことがある。
そうして俺が浜慈の言わんとしていることを理解した途端、また顔に笑顔が戻った。人のことなのに随分と嬉しそうにしている姿は何というかこそばゆい。
「声は掛けられなかったけど、目で追われてるじゃん。脈アリかもな」
ああ、傍から見たらそういう風に見えるもんなんだろうか。だったら見当違いだ。
単に目の仇にされてるだけ。その証拠に芽森さんグループの中にいる楓さんはこちらを微塵も気にしている様子はない。
「そっぽ向いてるけど......」
「さっきまで見てたんだよ。にしても芹沢ってよう、恋バナに食いつかねぇわ、浮ついた話も聞かねぇわで男に興味なさげな雰囲気だったのに彼氏いるっつってたよな」
人は見かけによらないとも言うし、ファンに内緒で付き合ってるアイドルはザラにいる。
「だがまぁあれだ、ああいうタイプは押しに弱いって決まってんだよ。強情にアプローチされまくってりゃその内コロっと気持ちが揺らぐ、イヤよイヤよも好きの内ってな。それも時間の問題だ。なんせレズじゃねえと分かった途端に告白を受けるようになっちまった。んで言うまでもなく競争率が高えっつうのはそれだけ想いを実らせるのが難しい、ってことで芹沢は諦めるこったな」
ライバル多き故に同情されたというのか、浜慈は胸中が分かると言いたげに俺の肩をポンっと軽めに叩くと沈みがちな声で締めくくった。
真剣に耳を傾けていれば最終的に言いたかったことって、為になるどころか諦めに至る理由を述べただけ。甲斐性なし、見損なったとか言っておいて退くことを進めてこようとは。応援してるのかそうじゃないのか、相変わらずよく分からない。それ以前に俺の想い人は楓さんじゃないんだけど。
「まぁ意中の女を諦めると言っても恋は諦めるなよ」
「いやそれは......」
なんて無茶苦茶な持論だ。自分で言ったことをもう忘れてる......
冷めるほど幻滅したならともかく好きな人を諦めて次に行くなんて、それこそ甲斐性なしじゃないのか。諦めるかどうかは自分の意思であって片思いでいるのも自由だし。好きになるのに誰の許可も必要ない。
望みが低いからって勝手に人の恋を終わらされても困る。
言ってる本人が同じことを人に言われたらどんな反応を。
「俺か? 俺ぁもちろんゴメちゃん一筋だぜ。あの自身ありげな短めなベリーショートの髪と言い、スーツもバッチリと着こなすスレンダーな体。常に生徒を気に掛ける思いやりだったり。少し冷たい感じでいながらも言葉に包容さが含まれていたり、そこはとなくある大人の色気というか余裕というかさ――」
何も聞いてないのに語り始めたよ、目を見ただけなのに。
それって統合すればただ年上の女性が好きなだけじゃ。
と俺が浜慈と会話的なやり取りをしている時、後ろの席から低く唸るような不機嫌混じりの声が聞こえてきた。
「ハマでもジジィでも何でもいいけどよ、うっせぇ......」
前の席でこそこそと会話している声が耳障りと思われたみたいだ。
後ろを振り返らなくても背中に当たってる声で想像出来てしまう。
度が過ぎるけれども、虎をも屈服させてしまうような眼光を放っているであろう女子。
俺は縮こまってしまい振り返らないが浜慈は振り向いたようで。
「あっと、ちょっとうるさかったか、悪い。気づかなくてよ。宮村がノート広げてまじまじと勉強してるなんて思わ...... って宮村がノート広げてる?!」
「あ? アタシが勉強してると悪いかよ」
怖い物知らずって凄いと思う。
み〇ぞん並みに思ったことをすぐ口にしてしまった浜慈は怒りを買いその迫力に押されたのか「悪うございません」と即座に謝罪した、すると以外にも横で彼女の友達と思われるギャル達も同じことを思っていたらしく浜慈の擁護に入った。
「柄にもないことしてればそりゃ言われるって」
「当然の反応じゃん」
「リッツ、サヤ。てめぇらどっちの味方だ」
「んー この場合はハマ男じゃない。ってかどっちでもいいし。私もあとで彼氏に教えてもらおっと」
「とか言いつつ一緒にいたいだけ、だったり?」
「まっそんなとこかな」
「羨ましいぞこのー、ああ~ わたしも彼氏欲しいなぁ」
「だああ! もうっ、全然集中できねぇじゃねぇか!」
「なら紅奈もさぁ、一緒にやりゃいいじゃん」
「ヤルって何をだよ......」
俺の心が薄汚れてるからかギャル達の会話なだけに『勉強』の主語が抜けてるとどうしてもあっちの意味に聞こえてきてしまうと、思っていればまたしても横からの小声が。
「宮村紅奈。おしとやかでもなければ、気品も知性も感じられねぇ。あるのはガサツで汚い言葉使いと豊満な肉まんだけ。俺の苦手なタイプの女だ。分かってると思うが見た目はエロそうだからってあいつは止めておけよ...... 取って喰われるぞ」
君の言葉も十分下品だって、とは思っても口には出さない。
忠告してくれてるが、なら栄田先生がどうかって言われるとほぼ似たような性格、男勝りで崩した口調なんかはそっくりだ。自分の好きな異性のことはまた別で恋をしていると相手の良い面しか見えなくなる。
俺だって芽森さんのことになると冷静にはなれないだろうな。
クラス一のギャルを怒らせてしまった浜慈ではあるが一度揉めたこともあってか、それ以上険悪な雰囲気にはならずにホームルームが始まった。
何事も平和で問題事がないのが一番いい。
そう思ってしまったのがフラグで、この後その平穏な日常が崩れることになるなんてこの時の俺は知らなかった...... ってナレーションしても現状変わらない。何もしてないんだからイベントなんて発生する筈がない。
人知れず学園生活を送っている俺に唯一変わったことがあるとすれば。
***
授業が終わって休み時間。
教室では弄りたくない為、体育館裏に移動し携帯を開く。
天使と書かれたアドレス帳には紛れもなく芽森さんのメールアドレスが入ってる。
昨日の今日のことだからかまだ信じられない、俺が芽森さんと繋がってるなんて。そう周囲を警戒することなく、誰もいない場所でリラックス。
さらには幸福を感じて知らず知らず顔がほころんでしまっていたらしい。
「――ニヤニヤと笑顔を浮かべてるそこの男子C! いや。“黒沼乃有真”くんだったね」
名差しで声を掛けられた俺は「え?!」と驚嘆しすぐさま相手を見た。
一人はクラスメイトの立花緑と、横にいるもう一人は見ない顔の女子だ。
確か彼女は報道部だったはず、ネタを拾いに来たのかそれぞれ情報を聞き出すために広げられたノートとシャーペンが準備されてある。取材する為にあちこち回り歩いてるんだろう。
その報道部が爆報からほど遠い俺なんかに何の用があるのか。
学校中で何か目立った行動はしてないし、告白のことにしたって地味に終わって拡散性はなかった。
日々の様子を思い返しても情報を提供できるネタはない。
しかしスクープを求めているのか彼女はそんなことはお構いなしと言った様子で瞳を爛々に輝かせながら事を突きつけてきた。
「先ほどから嬉しそうにしてるけれども何かいいことでもあったのかなぁ? 例えばその手にしている携帯の中にメモリンこと、我が学園きってのアイドルである芽森文音の番号が入っていたりとか...... しない?」
「し、しないかなっ......」
と眼鏡越しでジーッと見つめられること数秒。
「そっか、そだよね。君みたいな人がメモリンの番号を知り得る筈もないし、私の勘もまだまだだなぁ。いきなり取材して悪かったよ」
早々に興味が薄れてくれたのか少し落ち込んだトーンで俺に礼を言ったのち離れていく。
だいぶと焦ったが冷静に対処すれば大丈夫。
油断大敵、意表を突かれたあまりポーカーフェイスを忘れるとこだ――ったと安堵した一瞬。
「ひひ。なぁんつって...... 実は裏を取ってあるのだよこれが」
去っていこうとしたのは俺を驚かすフェイントだったよう、髪の隙間から緑ピアスがキラリと光る。
軽快に振り向いた立花さんは無邪気な笑みを俺に向けた。
学校によっては制服の下にパーカーを着るのはありなんだろうけど、カッターシャツの上にパーカーって有り得るのだろうか...... それよりもやっぱり主人公に作者の私情を挟むのは良くないですよね。修正しました。




