いつもと違う朝
汗水垂らし働いて得た収入で食べるご飯は格別だと言う。
現在の気分を表せばそんな感じなんだろうか、自分の力で起きて学校に行く...... さすがに園児でも出来ていることを照らし合わせるのは失礼だな。働いた経験はないから実際どうか分からないけど父さんが働いてくれてるおかげで食にありつけてるんだ。加え手料理を振る舞ってくれる母さん、親に感謝しないと。
それにしたって清々しい気分だ、眠気はなく目がぱっちりと開いてる。
いつもは肩がだるくて足取りが重くなりがちなのに。これもメ〇シャキ効果ならぬあの人のおかげ――俺は気持ちのいい朝の空気を肌で感じていた所で思想を止めた。
「“くろまー”」
登校してから間もなく家々に囲まれた静かな十時路を歩いていると、いつもは聞こえない声色が後ろから聞こえてきた。
俺を愛称で呼ぶ人は限られてる。まさか、と声のした方を振り返れば束ねてある髪と小さめの鞄を揺らしながらに駆けてくるのは一人の女子。
幼馴染であり長年もの間、俺が好意を抱いていた相手でもある......
幼馴染と言えども普段は家が近いのにも関わらず登校時に出会うことが滅多にない。
というのも会うことを避けているというのが理由の一つ、単に遅刻魔の俺とは時間帯の差から鉢合わせることがなかっただけなんだろうけども。
「おはよー、今日は早いんだね」
彼女は俺に追いつくと横のポジションを確保し元気よく挨拶してきたが。
「噂をすれば何とやら......」
「ん? なにか言った?」
つい先程、父親が話題にしていたせいか思った感想が口から出てしまうも当たり前に自分が話題にされてるなんて思わない彼女は俺の言葉を拾う。
「あ、やっ、何でもないよ。お、おはよう林道さ――」
「・な・ま・え・」
話題のことは伏せて挨拶しようとした所、彼女は笑顔を引っ込めたのち声を低めた。怖がらせてるつもりなのかジト―と目を細めてる表情は相変わらず可愛い。
片方に寄せる感じで結んである髪にはピンク色のリボン、とは少し異なるシュシュだったか。円状のうねった部分が顔を出しており、俺が着ていた紺色のブレザーと対象的に赤色を強調とした制服もよく似合っている。夏服だろうから正確にはゆっとりとした白いシャツに赤色のスカートにネクタイかな。
私服はもちろん一緒の中学に通っていたから制服姿を見慣れてる分、女子高生姿はまた真新しいというか、あまりじろじろ観察してもあれか。
苗字呼びが気に喰わないことは知ってはいるけど咄嗟には呼びづらいのは分かって欲しい。
もう一度、今度は「おはよう愛美」と名前で挨拶を返すと彼女は再び明るい笑みに戻った。
「愛美、は電車通学してるんだったね。何で」
「口調も普段通りでいいよ」
「...... 心の中では崩してるよ」
さすがに幼馴染ということもあってか俺が外では口調を変えてるのに気づいてる。何も彼女の前では丁寧な言葉は使わなくてもいい気もするけどそう簡単に崩すことは出来ない。
他人の前で性格を変えることを『猫を被る』というが俺はどちらかと言えば『仮面を被る』だ、性格はそのままに表情はあまり出さないようにしてる。同じような意味でも違う。
ある事情でこうなったとはいえクール系男子を心ざしてるからちょうどいいんだ。
目指すべきは序盤で言う筈のない台詞を連発していた元〇級妖怪。
理想は〇に復讐する為に力を欲し溺れていったエリートの抜け忍。
「まぁ話してたらその内戻るか」
そっちから言ってきたのに口調のことはさほど気にならないのか、そのまま話を続けようとしてる愛美に俺はげんなりと顔を歪める。会ったからには挨拶程度で済む訳がないっていう......
話をすると言っても当然こっちから話題を振ることはない、俺は話を聞いて相槌を打つだけ。聞き上手といえば聞こえはいいけれども一人で自問していては意味がない。会話は言葉を投げ合うもの、話のネタがなく受け答えに徹するしかない男なんて面白味がないだろう、こんな俺が誰と恋愛出来るのかを今一度両親に問いただしたいものだ。
聞けば、愛美は電車通学をしていて乗り継いで徒歩五分ぐらいの所に校舎があるらしく。だいたい朝の八時前に家を出れば遅刻はしないとのこと。その他、友達を作るのに苦労していることや苦手な科目のこと等、主に話題は入学してからの諸々事情。
外の情報に疎い俺に気を使ってくれているのか、首を捻るような話題は出してこない。
そうして色々話をしていく中で話題は幼馴染あるあるに変わった。
「――ほんとだったら、朝起こしに行ってあげたい所なんだけどね。昔みたいに、おばさん苦労してるんじゃない?」
「うん、まぁ」
アニメでよく目にする、幼馴染の女の子が男の子を自宅にまで迎えに来て一緒に登校するという光景。
今でこそ母さんの負担が大きいけど、小さい頃は愛美がよく起こしに来てくれてたっけ、傍から見て羨ましいと思えるような関係性を俺は体現していたんだよな。
ただし二人一緒に学校に行くという当たり前の毎日は続かなかったけど。
それというのも......
「でもほら、わたし彼氏いるからそういう訳にはいかないっていうかさ」
「だったらわざわざ僕なんかと喋ってないでその彼氏とやらを起こしに行ってあげればいいんじゃないの」
今はお互いに小さい頃と違う。
通っている学校が別だということの他に愛美には付き合ってる男がいるんだから。
俺はともかく愛美に浮ついた話がないっていう方はおかしい。
犬みたく人懐っこい性格で心に壁を作っていても構わず入りこんでくる距離感の近さ。意外にも髪を後ろで束ねたツインテールよりポニーテールを好む男子が多いと聞くし、愛美と話してる男子は内心ドキドキもん、いや彼氏持ちだからモヤモヤもんか。
逆の発想で彼氏持ちの女の子と会話するだけのゲーム、その名も【ドキモヤメモリアル】
思わず連想したが胸をときめかすも一瞬で儚い気持ちに駆られるような恋愛モドキのゲームなんて絶対売れそうにないな。そういうリアル誰も求めないだろうし俺が今まさにそんな状況化でいるからか悪態づいてしまった。がしかし当の本人は俺の態度を見ても変わらないどころか。
「ムキに反応してくれちゃって、もしかして焼いてる? まぁたまになら起こしに来てあげてもいいけど」
「えっ!? なら是非おねが......」
俺は脇を小突きながらに滑らした愛美の予期せぬ発言に首を縦に振りそうになるも正気を戻す。
「いい、遠慮するよ、彼氏。宗助君に悪いだろうから」
愛美の彼氏とは同じ中学出身。なので少しばかり話したことがある。
クラスメイトの緒方君とタイプが似ていて見た目的にも好青年って感じだから、他の男と一緒にいると知ればどうなるか。
「そんな嫉妬深いってほどでもないんだけどなぁ、でもそっか......」
乗り気でいたようだが彼氏の名前を出せば納得するしかなく、しぶしぶといった感じで口元を尖らせた。
危ない、いきなり言うもんだから自然と頷かさせられそうだった。
しょうじき、愛美の方から話しかけてくれなければずっと縁が切れたままだったと思う。俺の方から話しかけることは多分なかった。
そういう意味では横並びに歩いてるだけで嬉しいんだけど何度も顔を合わせるのは気が引けるし、これからは家を出る時間帯を変えないとだな。
――という分かりやすいまでに魂胆が見え見えだったのか。愛美と目が合わさった直後。
「あっ。家を出る時間帯を変えようとか考えてるでしょ」
一声上げると、疾風の如き速さで睨んできた。
ギクリと思考が止まる......
「ほんとすぐ顔に出るんだから、似合わないポーカーフェイスなんてやめればいいのに。でも残念でした。もう見つけちゃったもんねー」
「な、なら見つからないように存在を消すまで――」
考えが読まれてしまったら表情だって崩れる。こうなれば開き直ろうかと思った寸前、今度は目前に顔が迫ってきた。見慣れていても息が掛かるぐらい近寄られると恥ずかしい。なんて感じる暇もなく、短めの眉毛が八の字に釣り下がると愛美は左右の目も揃えずに皮肉な笑みを俺に向けた。
「え、存在をなに? さすがに高校生にまでなって「ミラージュ◯ロイドが作動してるから俺の姿は見えてない...... 幽霊でもいると思って話かけないでくれ」なんて良く分からないこと言わないよね」
ダメだ、完全に性格を把握されてる。
距離を置く為の口実にそんな感じの台詞を言っていたような、「探知センサーが付いてるしシルスコープもあるから見えるよ」と詰め寄られたらそれまでだったけどアニメに関心がないんじゃ会話の温度が違ってくる、まぁ言ってることが理解し辛くても態度で分かるか。しかし人の過去をグリグリとほじくり返さなくても。
「いつの間にか連絡も絶たれていたし、あ~、あの時はショックだったな」
「そ、それはっ」
差し伸ばしてくれる手を振り払っていれば、いずれ離れていくと思っていたから。
何度も突っぱねていると目論見通りその内、風間宗助という俺に変わる男が現れお役目御免。話しかける頻度も減ったことでいい機会だと思い登録してあった番号も消した訳だけど、自分本位だった俺は愛美の気持ちを無視していたのかも知れない。けど俺なんかといるよりは......
「なぁんてね。露骨に顔を歪めないの、別に気にしてないから」
「うん......」
深く考え込み暗く沈んでしまった俺を心配しての発言だろう、俺は何も言わずに頷く。
返事をしたのもつかの間、明るい振る舞いを見せる愛美。かと思いきや、顔が下がり声色が徐々に落ちていく。
「でもせっかくこうして前みたいに話せるようになったんだしさ、もうそんな薄情なことしないでよ」
思い返すかのように俯いた状態でゆっくりと告げる愛美。
小さいながらも暖かみを含んだ声が耳を打つ。反して、横顔はしなだれた髪で隠されてしまっている。
明るい性格の彼女が暗い声調で話すのはよほどの事情がある時で。近しい距離にいた俺でさえ数回ほどしか目にしてない。その数回の内の一つがまさに、落ち込ませるほどの原因を作っているのは他でもない俺だ。
「あ、愛――」
「黒真も」
黙ってては気まずい。言葉の一つでも出そうとしたが先に口にされると何も言えなくなった。間がずれてしまうと次の言葉が出しづらく掛ける言葉を見失う。違う、言葉が出ないのは声が被ったからじゃない。
言葉を見失うこと数秒、少し溜めてから顔を上げた愛美にドキッと胸が跳ねた。
「黒真だってわたしと会うのがこれっきりなんて寂しいでしょ......」
見慣れてなければ恐らく2秒と耐えられないほどのあざとい所作、少なくても他人であったならば落ちていた。
いつの間にこんな高等テクニックを身に着けたのか。首を横に傾け下から見つめてくる。物憂げな瞳の中に見えるのは悲しさや寂しさ、そして勝手に離れていった幼馴染に対しての不満心。気にしてないと言った最中にこんな顔をされると......
何とも言えない和らげな空気感、俺は感情的な気持ちになる前に目線を逸らしつつ細々と呟いた。
「べ、別に俺は...... それに彼氏がいるなら十分じゃないか」
「彼氏がいたって別の男の子と一緒にいたいと思うこともあるし、ほら同じガムを噛んでいても味がしなくなるっていうか、甘いレモン味も良いけど酸っぱいブドウもいいね的な?」
...... 一瞬感じたメロっぽさはなんだったのだろう。
笑いに変換できなければアウトな発言だ。言っていることは正論だろうけども。
道〇寺が好きだけど花〇類も選び難いから天秤に掛ける、そう言ってる風にしか聞こえない。
優しい系より俺さま系、鉄板といえ実際はオレンジもキュウイもバナナも捨てがたいと思ってる人も少なくないだろうな。刺激を感じられない平凡男はつまらないだろうし。俺が良い例だ。
もう互いに知りすぎて味という味はしないだろう。逆にいえばそれだけ知り得てるってことで一つの安心感はあるけど、俺を食べ物で表したイメージはそれなのか......
男をたぶらかすような魔性の女にはならないと思っていたのに、人は時間が経つとこうも変わるんだな。もしくは彼氏との付き合いの中で変化して...... みたいなことは考えたくない。
外見はあまり変わってないように見えてもそういう所はやっぱり俺の知ってる愛美とは違うんだと感じさせられる。
「それ宗助君の前で言わないことをお勧めするよ」
若干引き気味で言葉を返すと愛美はどこか腑に落ちないといった表情を見せる。
本当にショックを受けたみたいで「なんで真に受けるかな、冗談だから、嘘に決まってるじゃない」と魔性の女であるのを必死に否定した後、安心感のある声で囁いてきた。
「久しぶりに顔を見たいなって」
「久しぶりも何もちょっと前に会ったばかりだろ」
「うん、そうなんだけどね」
急に声に弾みがなくなり会話が途切れる。
話題を提供してくれなければ相槌を打つことも出来ない、二人して口を閉ざせばまた静寂になった。だけど湿っぽい空気は消えてるから嫌な感じはしない。
それよりさっきの発言だ、冷静に答えたものの心臓が凄い速さで脈打ってる。
他意はないんだろうが俺からしてみたら誤解を招くような言葉を言われると勘違いしてしまう。ただでさえ、まだ......
「今日の体育ドッジだったよな、おれすっげー楽しみ」
「えー、わたしは嫌だな。顔に当たったら痛いし」
「大丈夫だって守ってやっから」
「あー、――ちゃんだけずるい。ぼくも守ってよ」
「おまえは男だろうが」
会話しながら歩いていたせいだろう、気づけば坂も下り終え人の姿が目立ってきており。
よくみればランドセルを背負った小学生の集団が前を歩いていた。
車通りの多い道路沿いには馴染みのある店もあれば潰れた店、新しく出来た店舗もいくつかある。
ずっと一人で町並みを眺めていたから忘れてたけど、小さい頃は二人で家を出て後からもう一人が合流、三人で一緒に登校してたんだよな。
どれだけ街並みが変わろうとも思い出だけは色あせることはない。
「何だか小さい頃を思い出すね」
愛美も小さい子達をみて思う所があるようでぼそりと呟いた。
俺にとってはこうして二人で歩いてるだけでも懐かしい気持ちになる。それだけ会ってなかった期間があるってことだけど。
「ねぇ、黒真はさ。今、恋してる?」
会話が再開するとさっそくの問いかけ。
恋愛話は苦手だけどボールを投げてくれるのはこちらとしてもありがたい。
しかしどう返す、夢中で君に恋してる。なんていうのは過去の話だ。
自分から拒んだとはいえ手を伸ばすとこんなに近い距離にいる、でも彼氏がいるならもうどうしようもない。この感情はいい加減捨てるべきなんだ。それに言う答えはもう決まってる。
「してるよ、天使に。いまのところ到底届きそうにはないけど」
まぁ一口に天使と言っても美人だったり清らかな人を表す比喩だ。別名、通称とも言うかな。
女性以外にも小さい子供やイメージから来るランドセル、外観的に同じように称されるガ〇ダムもある。
「天使って、背中に白い羽が生えた? それはいくら何でも届かないって......」
そうとは気づかない愛美は俺を妄想癖が強い野郎と思ったようで腕を左右に広げてる。
こういう鈍さは変わってないとみた。名前を言わずともあだ名などの固有名詞を使えば濁すこともできるし、気づかれにくい。引っかかってくれて良かった。
***
「――じゃあお先」
駅が見えてくると束ねてあるポニーテールが綺麗に揺れ動いた。
俺は真っすぐ直進だけど電車を乗り継ぐ愛美は大変だな、と凡庸なことを思っていれば何やら愛美の様子がおかしい。駅は目の前なのにとぼとぼ歩いてる。というか足を止めてしまった。
ただ先に学校へ行く、それだけのことなのに愛美の背中はどこか元気がないよう......
「え、永遠の別れって訳じゃないんだから、そんな顔すんなよ」
愛美には常に笑っていてほしい、俺は背中ではなく敢えて背に向けた顔のことをいった。すると愛美は何歩か先を歩き再び足を止める、振り向くと今度こそ駅に向かって走りだした。
飛びっきりの笑顔と、女の勘と思わしき一言を残して。
「天使さんに対する片思い実るといいね」
如何にも天然ですよ、みたいな顔をして結局分かってるんじゃないか、昔だったら言葉をまんま鵜呑みにしていたんだろうけど。全く......
一杯食わされた。
恋愛としてこの形は在りなんだろうか......




