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大人への第一歩


 鳴りやまぬ目覚まし時計のアラーム音、フライパン片手にお玉を叩く母親は今時ないとしても、一度ひとたび部屋に入ってくれば収まりを知らない怒号は鬼の如し。

毎朝そんな二重苦に助けられつつも悩まされてきたものだが、寂しいかな、もうそのような光景を見ることはないだろう――




「あら、今日はずいぶんと早いじゃない」


 俺の朝はそんな母親の第一斉から始まった。


階段から下りてリビングに顔を出すと、既に俺より早起きしていた母さんはこちらに気づき目を見開かせた。その驚きっぷりは生まれたての赤ん坊が自らの足で立って歩けるようになる様を目撃したかのよう。馬鹿にされそうな例えだけれども事実、今までは情けなくも親の力を借りて起きていたんだよな。 

 しかしながら子供は親の知らない所で成長する、驚かなくても俺にもその時期が来たというだけ。


「いつまでも子供じゃないんだ、朝くらい起きられるようにならないとね」


「子供じゃないね...... だったら早いとこ恋愛の一つや二つは経験して欲しいわ」


 返事をしつつもテーブルに腰かけた俺の腹に重いボディブローとでも言おうか、ドヤ顔発言をかき消すかのような母さんの返しに恋愛というワードを出されてしまい顔が引きつる。

 成長するとは言っても自立性を高めるのと恋愛事ではまた別だろう、なら恋愛していない人は大人になれないということになる。勿論そんなことはない、年齢と言う名のレベルが上がれば嫌でもピーターパンでいられなくなるんだから。精神がどうのこうの問わず酒を飲めるような歳がくれば誰だって大人なんだ。


「あのさ、俺の学校内での序列や立ち位置を知って言ってる?」


「ええ、もちろん。クラスで人気な可愛い女子とお話出来るぐらいってことは存じあげてるわよ」


 母さんは飽きれ気味に告げた俺の言葉にテーブルに肘を付けながら得意げに口元をつり上げる。

 誰のことを差しているのかは言うまでもない。


「言葉を交わすだけで会話が出来てるっていうのなら大半の人が当てはまるよ、俺だけが特別話せるならともかく、わけ隔てなく笑顔を振りまいてるんだし」


 コンビニのレジで「お箸は要りますか」と問われ「要ります」と返事をするだけで特別意識をされてると感じる人はそういないと思う。

 一度家に来てくれただけで何を期待しているんだか......

 まぁでも特別だと思える関係には一応なってるのかな。それはそれか。


「有りもしない妄想はさて置いて、どちらかと言えば父さんの方が早いと思うけど......」


 あらぬ期待をしている母さんから目線を外して、俺の横に座っている父さんを見ればコーヒーをすすりながら静かに新聞を読んでる。休日には鏡の前に立ちシェービングで髭を剃ってる姿を見かけるものだが今日は剃った後があることからもう処理済みなんだろう。 

 専業主婦をしている母親の傍ら、父親は会社勤めで残業も多く帰宅時間が遅い。

正直言って父さんは苦手だ、小さい頃は触れ合う機会が多かったから普通に会話出来ていたけど中高生になってからはほとんど喋った記憶がない。酒を飲んで饒舌じょうぜつになってる状態で喋った所で本当の父と話しているのかどうか。


喋り好きな母さんとシラフでは口数が少ない父さん。

こんな二人が見合い婚ではなく恋愛婚っていうんだから世の中どうなってるのか不思議に思う。

馬が合わない二人に唯一共通点があるとすれば――


「なにを寝ぼけたことを言ってる、今日とて起床した時間は変わらんよ、それより母さんから聞いたぞ。有真、お前......」


 途端、新聞に目を落としていた父親はこちらを見てきた。



「好きな異性......がいるんだってな」


 野太い声に身体中から汗が滲みでる。

 出来れば言わないで欲しかったな、と目前の母さんを見たら舌を出しペロちゃん人形を思わせる表情を作っていた。

話のネタとして出すことは予想していたから別に怒りはしないよ、けど父さんと恋話とか背中が痒い。

普段はあまり言葉を発さないのに、こと恋愛事情に関しては何故か食いついてくる。中学の時も体育祭を見に来た母親の告げ口で色恋の話題になったことがあった。プログラムの順番確認でちょろっと女子に話しかけただけだったのに、大げさすぎる。


「いや、それはまぁアレだよ、あれ、クラスのマドンナ的な人を見てるだけというか」

 面倒な色恋話に花を咲かせたくなかった俺は少し古い表現で言い逃れをすると父さんは「なんだ、面白くないな」と冷静な顔ながらも残念がるが、思い出したように声のトーンが上がった。


「ああ異性といえば、あの子とはどうなってるんだ。何ていったかほら昔よく遊びに来ていた......」


 子供が関わっていなければ親にも情報が伝ってこない。

 名前が出てこないくらい何年も顔を見てないんだもんな。


「今も隣には住んでるみたいだよ、もう関係ないけどね。ごちそうさま」


 俺は名前を言わずして座っていた椅子から下りる。これでも父親だ、察してくれるだろう。


「ごちそうさまって、朝食に手を付けてないじゃないの」


「夜食べるから俺の分は冷蔵庫に入れておいてよ。学校に行く準備をしてくる」




 登校準備に掛かる時間はかれこれ3分弱。洗顔後に寝癖を直してから教科書にノート、そして用意されてあった母親の自家製弁当をかばんに詰め込む。

 持ち物の最終確認も済んだ所で玄関に行くと。


「そうか、もう孫を見る歳か...... ふっ、通りで視力が落ちてくるわけだ」


 家を出る間際、何やら一人物思いにふけてる父親がいた。


 母さんも父さんも気が早過ぎなんじゃないか。

自分の息子の置かれてる環境や頼りげない言動から何故に孫の姿を拝めると確信できるのか、恋愛婚ならばなおさら他人同士で愛を育むのがどれだけ大変なことか身に染みてるだろうに。

俺が女の人と身体を交わせるような前提で話されても希望的観測でしか在り得ない。未だキスだって......


 と思想をしている内にも、未来を見据え終わったであろう父はドアを開けて出ていく。

 やがて外から車のエンジン音が聞こえてきた。


さて、父さんも見送ったしそれじゃ俺もそろそろ出るとするかな――



海外へ転勤はせずに母共に父親も家にいます

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