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俺は静かに思い立つ


《ただいま七時、ただいま七時をお知らせします》



「有真、そろそろ学校行きなさい」


「はっ?]


 いつになく目覚めの良い起床をしたおかげで朝食を食べる時間もあり、リビングにて母親に作ってもらったハムエッグを食べて少し上機嫌になっていた俺の耳に聞き捨てならない声が入ってきた。


「いやまだ七時なんだけど......」


「今日はこうして起きてるんだから、早いが吉って言うでしょ」


「えっ、でもまだ全然余裕あるよ?」


 目前のテレビでは無機質な音声が朝の始まりを告げると共に時刻が表示される。

こんな太陽が昇り始める早朝の時間帯に何を慌てる必要があるのか。電車通学をしている者なら早めに出ないと間に合わないだろうし、社会人なら朝込み始める通勤ラッシュは大変なんだろうか、そして今日も今日とて机に座っているだけの退屈な一日が始まる。今はそういった他人の心配を出来る程には余裕が有り余ってる。

 それに、いつでも家を出られるように既に制服には着替えてるから準備は万端だ。

 俺にしてはちょっと早すぎたくらいだろう。


「そんな調子だからいつも起きられないんでしょうが、学校まで三十分以上掛かるんでしょ、早めに出た方が楽よ」


「それはそうなんだろうけど......」


 早めに登校した所で俺の場合やることがないから出来るだけ予鈴が鳴るぐらいの時間帯で教室に入るのがベストなんだよ...... 単に時間にルーズという訳じゃなくて朝の教室に楽しさを見いだせない限りバックレてでも出来るだけギリギリで行きたいんだ。って母さんにはこの気持ちが分からないか、弁解するのも面倒そうだ。


 気が乗らないながらも手を合わせ皿はそのままに洗面所に行き歯を磨く、そして鞄の中を念入りに確認する。教科書に弁当に水筒――っと、そうだあれを忘れてた。



...... よし。


「じゃあいってくる、こんな時間に登校したって時間潰すのに苦労するだけだけど」


 用意を済ませた俺はドアノブに手を掛けつつ聞こえないよう母親に毒付いてから家を出た。



 しかし、八時四十分までが基準ラインとはいえど七時十分に出るのは早過ぎると思う。

徒歩だと距離はあるけど早歩きで行けばそう時間は掛からないし。 

まぁそれは今みたいに軽快な足取りだから言えることで起きたての身体というのは重くて怠い、当然家を出る時間は早い方が良いに決まってる訳だけど。

 そういえば、出席単位はどうなんだろう。

 一時間目の授業は九時に始まるからホームルームを抜きにしても授業日数に支障はきたさないと思いたい。少しずつ遅刻を減らすよう努力はしてるしまだ留年することはない筈、それより問題はテストか...... 今の所分からない箇所は先生に教えて貰ってどうにかなってるけどそれもいつまで持つのか。



 何時なしにそんな不安を持ちながら学校へと続く道のりを歩き、足を止めるような嬉しいハプニングに遭遇することもなく至って普通に学校についたものの。



***


「ほら...... こうなる」


 教室に入ると誰もいない。

どうやら一番乗りだったようでやはりというか自然と出るは愚痴にも似た落胆と言う名のため息。

『よし!』と手を上げテンション高めで喜ぶ者もいるんだろうか、このクラスで言えば何となく立花さんがそういうタイプな気がする。

 何か貰える訳じゃなし一番に教室に入ったからといって嬉しくもなんともない、着く時間が早いとその分暇を持て余すだけ、取りこし苦労という奴だ。違うか......


 とりあえず自席に座り鞄を置く。

早朝の教室に自分一人、辺りは静まり返っているせいか何だか妙な寒気さがある。

中間テストの不安感を抱いていたのも僅か、こなれてる道沿いを無心で歩いていれば学校まではそう時間はかからない。その証拠に教卓の上にある時計を見れば秒針は七時と四十分、家を出てから三十分ちょっとで着いてしまった。


 こういう朝特有の空間は嫌いだ......

 まるで小さな箱に自分だけが取り残されたかのような感覚、賑わいのない無人の教室を寂しそうに見渡してる黒板はこんな気持ちなんだろう。

教室のカーテンを開くのはいち早く登校したものの役割なもので順番に開けていくと、外は日差しはなく少し霧がかっていた。一年の教室から見える景色の面白味のなさはどこも共通なのか木の根部や雑草しか映らない、上級生になれば階が上になりグラウンドを見渡せたり少しは目の保養になったりはしないか。

 でも学校内の景色といえばやはり桜の木、木漏れ日の下で告白すると恋は実るみたいな伝説の木ではなく、卒業シーズンを祝うように咲き誇る桜だ。


そんな想像をしているとなんとなく、窓から桜の花びらがふわりと手のひらに落ちてくる情景みたいなものを思い浮かんでしまう。


 いつかこの教室を去る時、卒業する時どんな気持ちでこの机に座っているのか。


もう学生ではいられない寂しさだったり未来への不安が募っていたり、あるいは一回り成長した自分に胸を張って堂々とした主面で前を向いている。それは各々が学園で過ごした時間や育んだ思い出で変わってくるものだ、例え思い出や未練がなくても感極まる人もいるんだろう。

 けど小学、中学共に涙一つさえこぼれ落ちなかった俺が学校でのことを思い返して、涙腺が緩む姿は想像出来そうもない。卒業式に泣いてはいけないシリーズがあれば優勝は間違いないとさえ断言できる。

ただ、時として雰囲気は虚無感さえ凌駕するから侮れない。



――――と、それにしたって。




 暇だ...... 暇すぎる、この時間をどうやり過ごそう。






「くろま君...... くろま君」


 ふと誰かに呼ばれた気がして振り向いてみると、視界に入ったのは馴染みのある顔。

 その同年代の女子達に勝るとも劣らない愛くるしい顔立ちには怯えが見える。

自分に自信がないらしく、いつも俺の背中に隠れてる臆病者というか、でも頼ってくれるのはある意味では愛らしい。こういう奴だから俺が守ってやらないと......


「なんだよ涼夏、何時にもましてそんなに怯えて――」


 返事を返そうとしたところで突然、視界が眩んだ。

直後ぐにゃりと空間が歪み情景が徐々に移り変わり始めた。見慣れた街並みが少しばかり形を変えていき、良くみれば先程まで幼く見えた涼夏の顔立ちは大人びていて――そうだ、これはあの時の記憶。

 日差しが照り返す休日の昼間頃に俺が外に出てみると、家の前には既に荷台を積んだトラックが止まっていて。どうしようもない自分の無力感に、弱さに、愚かさに打ちひしがれた日......

今もしこの場面からやり直せるならば、俺は泣いてせがんででも許しを請いだと思う。


「涼夏、俺ずっとお前に言いたいことがあったんだ。電子音なんかじゃなく会って直接言葉で、この口で、伝えたいってずっと思ってて」


 なんて、本人を前にしてこんな台詞が出てきてくれるとは思えない。

幻だと知りながらも俺は、何も言わずこちらを見てる涼夏につい懐かしく感じ語りかける。しかし次の瞬間、口を閉ざしていたはずの涼夏は言葉を発した。

 それ......を口にされた途端、再び視界が眩むが今度は情景が変わらない、虚ろに見える世界に必死で手を伸ばすも俺の意識は否が応でも遠のいていく。


 待ってくれ、まだ伝えてない、言わなきゃいけない言葉があるんだ、俺はもう一度あいつと――りょ......




「りょうかぁぁぁあああー!! ぁあ...... えっ」



 “意識”が覚めると机の前で手を伸ばし叫んでいる自分がいた。


 その行動は傍から見たらもちろん奇行に思えたに違いない......

いつの間にか時間が経ちホームルームになっていたことに気づいた俺は瞬時に手を引っ込め、秒で口を噤むも周囲からヒソヒソと小言が耳に入ってくる。


「ふふ、必死に叫んじゃってさ、初恋の相手かな......」


「うわぁ、本当に叫ぶ奴っているんだな、初めてみた......」


「ああいうヤバい奴とは関わりたくないよな」


「だっさ......」



 俺の顔が真っ赤に染まる、これはやらかしたパターンの奴だと、轟き叫びたい。

いびきを上げるならまだしも夢の中で叫んでる声が現実に反映されるなんて、そんなこと今までなかったのによもや大多数の人がいる教室中でとか、最悪だ...... 

実際、事件を起こした翌日、他者が語るインタビューで『物静かでおとなしい、何を考えているか分からないような人』的な立ち位置にいる訳ではあるけども、今のはそんな印象を増進させかねない凶兆だ。

目立ちたいとは微塵も思わないけどオカシイ人と思われるのだけは避けたかったのに。

 これなら深夜に寝ぼけたまま外に出てしまうジャイ〇ンのがまだ良さそうに思える、それはそれで嫌か。


「これこれ、そんなに笑ってやるな、誰であっても思い出深い人の一人や二人いるものだろ。それに初恋なら初々しいことじゃないか。な、黒沼」


「え? あ、いやちが、違くて、あの......」

 

 それは勘違い、と言おうとするも栄田先生と目と目が合ってしまい笑顔でウインクを投げつけられた。

当たり前にハートは浮遊してはこないけど先生みたいな大人の女性からウインクされるのは初めてのことでいつも以上に言葉がもつれて噛み噛みになってしまう。

ましてや後席から「ちっ」という舌打ちが聞こえて怖いのなんのって......

そう少しの間困っていると「そんなことより」と異様に鋭い声が横から上がった。

 この光景にはもう見慣れてきた気がする。


「俺はゴメちゃんの初恋が知りたいです! あ、ちなみに俺の初恋はですね......」


「ああっと...... さぁどうだったかな、忘れてしまったよ。いや私もすっかり歳だなー」 


 前々から思ってたけど知らぬ素振りが下手すぎだろ、声が棒すぎる。

 そういう俺は嘘が下手らしいけど仮に演技をやろうもんなら、棒役者と総叩きを食らうレベルで酷い......

初恋というワードが出たからか唐突に浜慈が質問を投げ打つも、先生は一言一言発しながら後ずさり「HRは終わりだ、授業が始まるまで着席しとけよ」と結局また逃げるように教室から出て行った。

 はぐらかされた浜慈は落ち込む所か増々惚れ直したに違いない、それは一日毎にか。

あの棒演技で舞台に立っても浜慈だけは絶賛してくれると思う。栄田先生限定でだけど。


 恥ずかしながらに注目されてしまったホームルームが終わり一時間目の授業が始まった。



にしても初恋か、俺の初恋は――そんなことどうでもいい今は。

ノートを開きペンを走らせつつも机の横に釣ってある鞄に目を向ける、今日この鞄の中に秘策を入れてきた。二人の距離を近づけさせるものを。

 少し前のめりに横目みると真剣な眼差しで授業を受けてる芽森さん。その眼差しの向こうにはきっと......


 実際、今は気持ちが整理出来ずに戸惑ってるだけだ。進級し同じクラスになれば必然と会話を交わす機会だってある、そうじゃなくても時間が解決してくれる。俺が無駄に介入しなくても、あの二人なら何もしなくてもいずれは自然と縮まっていく。同じ学校に通っていて住んでる場所も恐らく近い、タイミングなんてその内交わるだろ。

しかし他人である俺は違う、多分今ここで足掻かないとこの先一生届かない。所詮この感情は薄汚い思想からくる願望で自分勝手なエゴに過ぎないのかも知れない。



でも、それでも俺は決行することに決めた。

芽森文音(彼女)にとっての特別な存在になりたいから――


そういえば朝練(早朝の部活)ってどの学校にもあるのかな......(汗)

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